第十二話:ヘンリーの悪だくらみ
悪役の登場です。
マルドォーク学園都市はシモン共和国にある君主制を持たない国にある。君主制ではない代わりに、そこは他の国とは特殊なところがいくつもある。
その一つである学園都市はかつて数百年前は荒れ果てた土地だったらしい。そこにる一族のものが住み、その一族は人を学ばせる。
学び舎を作り、それを拠点に人や種族、そこに住む建物が増築されいつしか一つの都市国家となった。
その内の貴族の爵位を持ったフッド家の一人息子ヘンリー・フッドは何不自由なく過ごしていた。
けれど、あることをのぞいてーー
(くそっ 邪魔しやがって)
ヘンリーは人前では愛想を振りまくのが上手だが、裏では陰険な一面を持っていた。
苛ついていたのはある一人の少年が原因だった。今日は、ナイトクラスとヴィザードクラスの小競り合いが起きた。それがいつものことなので気にしなかったが、そんなことより彼は夢中になっていた存在がいる。
その小競り合いしていた二人をーーエレナが仲裁に入ったのだ。
『はあ〜、今日もまたなんて美しい、まさに私の彼女にふさわしい』
夢うつつ浸りながらヘンリーは彼女の剣技に見惚れた。
しかし、そこで思わぬ場面に遭遇する。
今まさにエレナに襲い掛かろうとする少年オウガにヘンリーは戦慄が走った。ヘンリーが魔法で攻撃しようとした瞬間、一人の少年がオウガを制止していた。
それを見ていた女子たちは歓声を上げる。
「あれ、リントじゃない」
「やっぱり、かっこいいわね 中身はチャラいけど」
「ちょっと、すごくない」
振り上げようとした拳……自分が助けようとした行き場のない気持ちに悔しい思いをし、それを邪魔をしたリントにぶつけた。
(あいつが邪魔をしなければ、僕がエレナを助けていたんだーーそうだ、このままじゃ、気がすまない)
この時、ヘンリーはあることを企てた。
息子が帰ってから一向に部屋から出ようとしないので心配をした両親はヘンリーが部屋から出てきたことにほっと胸を撫で下ろす。
「ヘンリー、大丈夫? どこか具合が悪いの?」
「うん…… ちょっと学校であって」
息子が泣きそうな声で話すのに両親はどうしたんだと心配する。
「実はね……僕、学校でクラスメートからいじめを受けているんだ」
「何ですって! それは本当なの」
ヘンリーの母、フランシスは愛息子が哀しい思いをしていたことに衝撃を受ける。そして息子を傷つけた父のサマエル・フット子爵は激昂する。
「何だと?! どこの馬の骨だ」
「えとね、リント・ファルンっていう僕のクラスメートなんだ」
「そいつがヘンリーを」
まだ見ぬリントに憎悪を滾らせたフッド子爵は使いを読んだ。
「まずはそいつの身辺調査だ」
「かしこまりました」
命令された使用人は退室した。それをほくそ笑みながら、ヘンリーは嗤った。
(これで、あいつの弱みを握って、あいつの一泡を吹かせてやる)
そしてもう一人、痛い目を見て欲しい人物がいた。それは彼女に傷つけようとした少年オウガ・ローウェンだった。
〇〇
ヘンリーは早速オウガに接触を図ることにした。
オウガは昨日のことで荒れていた。性格が凶暴なのもあるがそれを上回って素行が悪く、運悪く視線があった者には、『喧嘩を売っているのか』など乱暴で問題児である。
今は寮で謹慎状態のため誰にも危害を加えられないのが幸いだが。教師から非戦闘行為をしたとして、3日間の寮の謹慎を言い渡された。
普段は動くことが好きなオウガにとって数時間じっとしているだけでも拷問に等しかった。
「あ〜、くそ……っ」
寮を出るのは簡単だが、どんなに苛立っても出ないのは罰則が重いからである。一度でも抜け出すと学園を退学になる。それも永遠にである。その分、日数が短くなっている。
学園を追放されるのはオウガにとって痛手であった。亡くなったオウガの父親が武家の出で傭兵だった影響か戦うことが好きだった、そして誇りであった。
この学園には都市の一般人よりも優れた剣術の使い手や魔法使いがいるので、オウガにとっては自分の腕ためしに丁度よかったのである。
そんなオアシスを追い出されたら、一時的な感情の高ぶりなど霧散してしまう。ただ、行き場のない怒りをどう払拭しようかと考えていた時だった。
一人の面会者がいることを寮長から知らされた。
『ヘンリー・フッド』
(聞いたことの名前だ…)
というよりもオウガはエレナなど強い人物など覚えているが、弱いものはとんと興味がなかった。
だが、暇な時間を持て余している今なら何でもいいという心境だった。オウガは入室の許可を出した。
やがてノックをする音がして部屋に入ってきたのは、いかにも貴族が切るような高そうな服装を纏う少年にオウガは鼻で笑った。
「ふん、坊ちゃんか」
どんな奴が来るかと楽しみにしていたが、見るからに金持ちの少年に戦う気が失せた。
「それで、俺に何のようだ」
オウガはなぜここに来たかというと、ヘンリーは下に俯き震え出した。
急に怯え出した彼に、訝しむオウガは「用がないなら帰れ」と言おうとした時にようやく口を開く。
「あの、僕ヘンリー・フッドって言います。実は僕ーー昨日のローヴェン君の戦いを間近で見ていたんだ それで僕に剣技を学ばせてほしくて」
予想外の言葉にオウガは驚いた。
「ほう、俺の剣技に惚れたか (見た目はともかく見どころをありそうだな)」
自分の剣技を褒められて悪い思いをしないものはいない。
「俺、こんなんだからクラスメートに弱く見られて、というよりも実際に弱いから、だから自分の護衛になってくれる人も探しているんだ」
「……は? どうゆう意味だ」
余りにも奇天烈な願いにさっきまでのいい気分は害される。
「僕のボディガードになってもらいたいんだ、ローヴェン君」
「はあ?! 何で俺がお前を守らないといけないんだ」
「あ、お金なら日給で10,000円からでどうかな?」
「?!」
破格の値段にオウガはぐらついた。父は亡くなり、今は遺産を崩しながら母親は持病で病院に暮らしている。そのために生活費は自分で稼がなければならない。学園に入れば、病院代も大分安くなるので退学することを踏み切れないのは優遇されるのも多いためである。
「……いいだろ、お前の護衛になってやるよ」
「本当に?!」
ヘンリーは毒気の無く、嬉しそうに破顔する。
「ああ、謹慎が解けたらな」
「うん、それはもちろん それじゃあ、またね、ローヴェンくん」
ヘンリーは満面の笑みで立ち去り扉をしめた。
ーー振り返り扉を背にむけた顔は醜く歪んでおり、抑えきれない感情が溢れていた。今にも舌打ちしそうに、侮蔑を含みながら吐露する。
(平民に頭を下げるなんて……)
公の場では差別社会がないが、陰では歴史や伝統ある家の一族こそが純潔で尊いものだという思想を持つものもいた。貴族でも頭を下げることは人として当然であることなのだが、フッド一家はまだ風化されるべき思想が強く残っていた。
(だが、これで一つ目が終わった 次は……)
ヘンリーは口元を歪めそうになりながら優雅に家に帰っていった。




