第十一話:学園長の憂鬱といつもの朝
学園長ルーカス・マルドォークの朝は早い。というよりも歳を経るにつれ、年々早くなっている彼は今年で齢69になる。
高齢で息子のレイジからは心配されているが健康体で大きい病気などすることなく問題はなかった。朝食を簡単に食べて書斎に移動した。
机の上にはまだ処理されていない書類と新しい書類がずらりと並べられていた。
(ふ〜、またこんなに溜まっているの〜)
朝から減らない書類を見たくないという気持ちもあるが、それでは仕事にならないので渋々と椅子に座る。
新しい書類には学園で起きた騒動や不始末のことが書かれていた。
血気盛んな若者がハメを外したり、人を実験体にしようとするものもいたり、生徒が加減を間違って道具を壊してしまったなどこれはよくあることなので軽く目を通すだけのつもりだったが、最後に見た書類にルーカスの視線が止まった。
「うん…? これは昨日あったことか」
始末書には『共同訓練の時に非戦闘行為』を行ったことへのと記されていた。
「ふむ、ナイトクラスとヴィザードクラスがまた喧嘩したのか」
訓練ではあるが、戦闘行為をすれば厳罰されるのが分かっていても、この二クラスの喧嘩は絶えないことはいつものことなのだが、詳細を見ていると二人の人物の名前に目が止まる。それは見学に来ていたティルとノアの二人の名前だった。
「これは、何とも 入学して早々にトラブルに巻き込まれるの〜」
ルーカスは痒くなったこめかみを手でかき、そういえば彼から珍しく関心があることを思い出して、今後の方針を聞くために未だ寝ている彼を起こすことにした。
学園都市の方にもルーカスは一件家を建てており妻のシレーネはそちらで暮らしている。別居状態とかいうわけではなく、関係は良好であるはずである。帰ってくるなり、「もう帰ってきたの?」「まだ帰ってこなくてよかったのに」と言われれることは多々あるが、学園のトップでも敵わないものはあるものなのだ。そして妻以外にももう一人いる。
学園長の自室にはいくつか部屋があり、その一室に彼は眠りについていた。
ノックをして一応声をかけた。
「眠っているところすまない、お主に相談があるのだが」
ノックをして数分待っても返事は返ってこなかったので、そろそろ起こすかと腰を上げかけたその時だった。
部屋の扉がガチャリと開く音がして、彼と目があった最初の一言はーー。
「ご飯」
(……一応、儂はこの学園のトップなんじゃがな〜)
ぶつぶつと愚痴りながらも甲斐甲斐しく世話をやくルーカスなのだった。慣れた手つきで簡単な朝食を作り、準備をする。彼はまだ寝ぼけた状態である。
もそもそとルーカスが作った朝食を食べながら、彼に話しかけた。
「食べているところ悪いが、見て欲しいのがあるのじゃが」
「うん……?」
食べるのを中断し、ルーカスから書類をもらいそれを受け取った。
「ふ〜ん……あ〜、この子たちが」
彼は面白そうに見ながら笑った。
「この二人はこの短期間でトラブルに巻き込まれるね」
「…そうじゃな、それともう一つの件でも都市の方で困っていることがあるみたいでの」
もう一枚の紙を渡すと彼はそれを読み上げた。
「何何……学園都市を騒がしている泥棒……?」
「最近巷で輩が貴族の家に忍び込み、金目のものを盗んでいるのじゃ」
「とっとと掴まればいんだろ」
「その泥棒は嫌にすばしっこくての、ギルドの者も手を焼いているらしんだ」
「……ふ〜ん、その泥棒は金目のものだけか?」
「ふむ、侵入された館のものは、泥棒を追走して怪我を負ったものはいたが、みな軽傷じゃ」
「なら話は別だ、人の命を平気で奪うような奴にいるだけで虫唾が走る……そんな奴はーー」
彼は残っていたミニトマトをフォークでぶすりと刺した。
「叩き潰す」
トマトから赤い果汁がしたり落ちる。それがまるで血のように見えたのは錯覚か、淀みなくいう言葉に朝からルーカスは固唾を呑んだ。
さっきまで飄々としていた口調から、一瞬でガラリと冷酷にかわる様は一層見事である。
「その時にどうするかだ……ルー」
彼はルーカスを愛称の名前で呼んだ。
「何じゃ?」
「ミニトマト食べるか?」
「……食べ残しはいかんぞ」
その直後、彼は子供のように不貞腐れて嫌いなトマトを口に放り込んで咀嚼し、牛乳でゴクリと飲み込んだ。




