第十話:火花を散らす二人の少女
ノアはびくともしない、ミルカの腕に悪戦苦闘をしていた。
(う〜ん、これはちょっとやばいかもね…でもあまり力を入れすぎるとこの子が吹き飛んでしまうかもしれないって言ってたし……それにしても何ていう集中力だろう)
一切の揺らぎのない魔力のオーラの波動がノアには見えていた。
(どうしたものかしら……!)
ノアは迷っていた時だった。ふとヴィストリカのことを思い出した。
(確か、ルールでは酒だるが壊れたらおあいこって言ってたはずーー壊れるぐらい力を込めればっ)
ノアは覚悟を決めて魔力を手に集中した。その時、微動だにしなかったミルカの腕がピクリと動いたことに観衆たちは騒ぎ出す。
「おいおい、マジかよ」
「俺がやった時、ピクリとも動かなかったのに」
「もしかして、これっていけるんじゃねえか」
最初に観衆たちは冷やかし混じりで見ていたが、ノアの思わぬ反撃に衝撃が走り、応援しているのもまた現金なものたちである。
「やれやれ、嬢ちゃん」
「負けるな〜」
応援する男たちの雑音を遮断するように冷徹な声音が辺りに響いた。
「皆さん…少し 黙っていてくれませんか?」
たった一言、ミルカは呟き、視線をノアからずらし観衆たちを睥睨した。その冷たい視線に観衆たちは怯え、鎮まりかえった。
誰もが戦々恐々としている中、ミルカの兄のカルアは妹の異変を感じた。彼女は無表情で言葉が少ないが、人に苛立ちをぶつけるような子ではないことは知っているからだ。
(もしかして、押されている?)
兄の見抜いていた通り、ミルカは焦っていた。
(私らしくない…人に当たるなんて)
最初は余裕に勝てると思っていたが、こうも粘られるとは思っていなかったからである。
このまま長期戦になると仕事に差し支えるかもしれないという冷静さを取り戻したミルカはーー
「少し、本気でいかせていただきます」
「あれ? 今まで本気じゃなかったんだ」
笑いながらいうノアに絶妙に癇に障るが、その減らず口を聞けなくしてやろうとさらに力を込めた。
それと同時にノアも負けじと力を込めると、二人から波動がビリビリと発し、周りに突風がおきた。
「おい、こりゃ?!」
それに驚いた観客たちは唖然とする。ノアとミルカの手が眩く輝いていたからだ。
上半身を支えるために、下半身の足が床にミシミシとめり込むような音を周りか固唾を飲み込んだ。
この一瞬で勝敗を決そうとした時だった。震えていた酒だるがバシャンと音をたてて壊れ、中身の酒が飛び散り、こぼれてしまう。
「そこまで!」
ヴィストリカは声をあげて、こうして二人の戦いは呆気なく終わった。ミルカは不満そうにつぶやく。
「ルールですから仕方ないですね…」
「そうね」
「まあ、どっちも強いからおあいこだな」
がははとヴィストリカの豪快な笑い声で場を締めた。
帰るものもいれば、飲み足りないもの、熱い闘いをしたノアとミルカを讃えるものがいた。ミルカは仕事場を汚してしまったことを反省し、掃除道具を持ってきた。
それを見かねたティルとノアは手伝いを申し出た。一人だと時間がかかるのでミルカはその申し出を受け入れた。ティルは申し訳なく謝罪する。
「すみません、仕事場を汚してしまって」
ミルカは否と首を振る。
「いえ、勝負を受けたのは私なので」
「まさかこうなるとは…ミルカさんには学園に入学できたことを伝えるだけのはずだったのですが」
苦笑するティルは何気なく話したが、そのことにミルカは驚く。
「……え、 入学できたということは学園にずっといるということですか?」
「はい、ギルドにはちょくちょく来ると思うので、よろしくお願いします」
「…こちらこそ、よろしくお願いします」
その時、ミルカの口角が少し上がった。
「その時はティルと私も行くからよろしくね」
ティルの背中に乗っかるようにノアはミルカに話しかけると瞬く間に無表情になった。
「あなたには聞いていません」
「ちょっと私に冷たすぎない?」
喧嘩しながらも仲がいいとティルはほっとした。
妹が会話していることに嬉しいカルアとそれを微笑ましそうに見るヴィストリカのゴツい男二人が並んでいる光景にクラリッサは少し感動が減った。
掃除中、ミルカは何かを忘れていたが、思い出しかけたが最後まで思い出せなかった。
(まあ、仕事に支障はないはず…)
思い出せなかった哀れな青年ーージョンはミルカの願いを遂行しようと都市街を奔走していた。
(ミルカさん! 待っていてください〜!)




