第八話:予想外
ヴィストリカ視点から始まります。
「おせ〜な、ビールのおかわり〜」
騎士の鉄拳の団長ヴィストリカ・マッケンは依頼が終わった後に軽く一杯するために奥の個室を借りて祝杯をあげていた。
「『すぐ、持ってくるから待っててね〜』って言ったじゃねえ〜か なあ、メルちゃん」
「はあ〜」
もうすでにほろ酔い状態である団長に向かいに座るクラリッサは大きくため息をついた。
いかにも女の子の名前に彼はコンプレックスを抱いていたが、副団長やクラリッサと普段は呼んでくれるが、こうゆう時に名前を呼んでくるので本当にタチが悪い。
気持ちを切り替えようとクラリッサは彼に適当な相槌をうった。
「それもそうですね」
「団長〜〜!」
ギルドの一員が叫んできたことに一同は驚いた。
「どうしたんですか?」
「ロビーで何か始まるみたいなんです! 腕相撲をするみたいで」
「腕相撲?」
クラリッサはくだらなさそうに白けた目をした。
「はあ〜、どうしてそんなことを」
「何と一人はミルカさんなんですよ」
「!?」
クラリッサは開いた口が塞がらなかった。ミルカのことは幼い頃から知っていたからだ。小さい頃から大人しく、冷静なのは知っていたため彼女らしからぬ行動にクラリッサは不謹慎だが興味がそそられた。
それはクラリッサの向かいにいた人物も一緒で彼以上に好奇心旺盛であるヴィストリカは見過ごすはずがない。
「ほう〜、それは面白そうだな 酒は切れちまったし、暇だからいくか」
ニタリと笑ったヴィストリカは腰をあげて人が集まっているロビーに向かった。
「お〜、集まっているな」
円を描くように周りには勝負を聞きつけた観客達が大勢集まっていた。多すぎてミルカの対戦者の顔が見えなかった。
「あっ、団長だ」
「騎士の鉄拳の団長、副団長もいるぞ」
自分たちのギルドの者や他のギルドのものヴィストリカのことに気づきながら軽く挨拶しながら足を進めた。
彼は歩いて行く途中である疑問を抱いた。
(まだ対戦者の顔が見えねえか?)
ということは自分たちよりもどんだけ小さいことだと、まさか子供じゃないだろうと思っていたヴィストリカは見事に予想を裏切られた。
酒だるがセットされ、そこにはミルカが立っていた、そしてミルカの向こう側にある小さな少女の姿に面を食らった。
「は? 子供」
まさか対戦者がミルカよりも華奢な女の子だと思わなかった。
「お前がミルカと戦うのか?」
ヴィストリカに声をかけられたノアはうなづいた。
「うん、そうよ」
「おいおい、やめとけ ミルカもなんで」
「ヴィストリカさんは黙っていてください」
ミルカは横槍に入ろうとするヴィストリカを制止する。
「止めようとしても無駄よ、私が止めて少しも聞き入れなかったし」
近くに寄ったカルアは肩を落としながらため息をつく。
「おい、カルア…お前こんなところにいたのか」
ヴィストリカに指摘されて、カルアは忘れていたことをはたと思い出した。
「うん?……あら、いけない! ビールのおかわりだったわね 今、持ってくるわね」
「いや! それは後でいい こっちの方が断然面白そうだしな」
「もう、対戦するのは私の妹何だけど」
「あ〜、そういやそうだったな 外見が違いすぎるから兄妹だと忘れちまうな」
「もう、いけず何だから」
カルアは頬を膨らませてぶすくれた表情をする。これが子供だったらかわいい者だが、180越えの筋骨隆々な男がやっているを見ると、それを見たものは精神的なダメージを受けるものの、しかしそれを見てもノーダーメジであるヴィストリカはまともな感覚を持っていなかった。
「それで勝負の理由って一体何なんだ?」
「ふふ、理由は後ろにいるこの子よ」
カルアの大きな体で見えなかったが、一人の少年が立っていた。ティルは彼らが来たことも気づかないほどミルカとノアを心配そうに見守っていた。
〇〇
数分前のことである。ティルはノアと少し離れたところで小声で話しかける。突然のことに動揺が隠しきれない。
「えっと、ノア 本気でやるの?」
「もちろんよ! なんか負ける気がしないわ」
ブンブンとノアは肩慣らしをする。
「そりゃ…」
かつてティルはもといカストールであった頃、その力をノアに譲る前に魔力を暴走させて一つだった世界を九つに分裂させてしまった。
そんな膨大な魔力を叩きつけられたら何も知らずに勝負するミルカが危ないし、ギルド本部が吹き飛んでしまうかもしれない。
自分でも手に余っていた魔力である。まだ力加減できない彼女にはなるべく危ない目にあって欲しくなかったのだが、
「どうしたの、ティル?」
ノアは心配そうに伺う様子のティルに首を傾げた。ティルは約束のことを忘れている彼女に話しかけた。
「ノア、よく聞いてください」
「う、うん」
「…君の魔力はあまりに膨大で、……もし失敗したらこの辺りが吹き飛んでしまうかもしれません」
「え…」
ノアはそんな馬鹿なと一瞬思ったが、神妙に話すティルに気持ちを切り替える。そして先日話た約束のことを言うと、ノアはあからさまな表情をする。
「ーーあ、そうだった」
(やっぱり)
忘れていたのは仕方がないとティルは肩を落とす。落ち着く時間が欲しいが、時間は待ってくれない。もうすでに勝負の舞台は整いつつあった。ノアが勝負するのに彼女以上にティルも緊張と不安に襲われた。
(いちかばちか…いや、失敗は許されない)




