第七話:ノアとミルカ
「ティルくん…こんにちは」
ミルカの驚いた表情にティルは不思議そうに首を傾げた。すると、ミルカの方から声がかかってきた。
「どこも怪我とかありませんか?」
「え……ないですけど」
「そうですか、それはよかった」
ミルカはティルに説明した。
「実は少し前に女性と子供連れが来て、子供が人攫いにさらわれそうになったところをある少年に助けてもらったからその少年を探して欲しいと依頼がきたんです」
そのことにティルはいち早く察した。
「あ、もしかしてアメリアちゃんのことかな…その子と母親のリリーさんとならさっきばったりと会いまして」
「そうだったんですね」
ミルカは少し驚きうなづいた。
「はい、だから依頼は取り消しにこようと思いまして」
「分かりました、処理しますのでお待ちください」
依頼書の取り消しのハンコが押され、ミルカのサインを書き入れた。
「ここにティルくんの名前をお願いします」
「はい、分かりました」
ティルは自分の名前を書き入れて、紙をミルカに渡そうとしたが彼女は別の方向を見ていた。
「ところで、彼女は一体……?」
「この子はノアです」
「…そうなんですか」
歯切れの悪いミルカの返事にティルは不思議がったが特に気にしなかった。
けれど彼女は違った。
ノアはミルカと初対面だが、何かを感じたものの気づかないフリをし、口元に笑みを浮かべて挨拶をした。
「はじめまして、ティルのパートナーのノアです」
パートナーというところに語調を強めたノアにミルカはすっと目を細めた。
「こちらこそ、はじめまして 私がギルド連合の受付を担当しているミルカと申します、以後お見知り置きを」
二人はただ自己紹介しているだけなのだが、彼女達から放たれる異様な雰囲気が空間を支配する。
けれど遠くから見ているものには美少女二人が揃い踏みなので目の保養となっていた。しかしそれ以上に驚愕したのは…。
「ミルカ姉さんが単語以上のことを喋った…」
「おい、俺は幻聴でも聞いているのか 俺を殴ってくれ」
お望み通り、男一人は仲間の一人に頭をぐーで殴られた。
「いて、お前ぐーで殴ることねえだろ」
「お前が殴れって言ったんだろ?」
男二人の他にも大勢の常連の客達がおり、その話をしていて自分が見たものがにわかに信じがたいのだ。
彼女、ミルカは界隈でクールビューティーと呼ばれるぐらい数が少なく、彼女の佇まいと、キリッとした目元は近寄りがたい高嶺の花のイメージがある。
その雰囲気通りに誰が話しかけても仕事中心で考えるので、そう呼ばれていたはずなのだが、ひょっこりと現れた少年と普通に会話をしている姿に、ミルカの口元が上がったような気がして彼らは穏やかではいられなかった。
『一体、あの小僧は何なんだ?』
そんな騒ぎになっていることを知らず、受付の周りは人だかりができていることに、奥で団長と話をしていたカルアが戻って来た。
(あら? 今日ってミルカが担当よね)
受付にいる人物を確認して、見覚えのある人を見つけパッと目を輝かせた。
気配を殺し、足音をなくしながら「彼」の背後に歩み寄った。そして彼ーーリオの肩をポンと叩いた。
「あら〜、リオちゃん また会えたわね」
〇〇
リオは聞き覚えのある声音にぎくりと体が強張り、ギイギイと音を立てるように首だけ振り返ると予想通りの人物がいた。
「相変わらずかわいいね」
「こ、ここんにちは、カルアさん」
「こんな時間にリオちゃんがくるなんて珍しいわね、まさか私に会いに来てくれたの?」
「え…いいえ!、 僕はティルくん達の付き添いで」
「あら、そうなの〜 ティルくん…達?」
一昨日は一人しかいなかったはずだが、人数が増えていることにカルアは気づいた。
「あら、いつの間にか女の子が増えているわね」
ノアもカルアの存在に気付いて、目が合った。
「こんにちは 私はノアって言います」
ペコリと礼儀正しく挨拶するノアにカルアは好感を持つ。
「あら、かわいいわね もしかしてティルくんの彼女?」
カルアは面白そうにティルに話しかけた。
「いえ、、彼女というかパートナーです」
「あら?! もうパートナーを見つけたの 早いわね」
「そうなんですか?」
ティルはよく意味が分からずににリオに尋ねる。
「そうですね、パートナーにもいろんな意味がありますが、若い年齢で決めるのはなかなかいませんね 自分の命を預ける時もありますから」
「なるほど」
そしてそれだけかと思いきや、横入りするようにミルカは口を開く。
「だからと言って、パートナーが恋人、婚約者と決まってはおりませんので」
(…ミルカ…?)
いつも以上に冷淡な声音で話すミルカにティルは首を傾げた。その異変に気がついたのは二人しかいなかった。
一人はミルカの兄のカルアだった。
(あの子が人の話に横から口を出すなんて珍しいわね)
少し逡巡して、カルアは元凶であろうティルとノアを見て、見当がついた。自分でも見覚えのある光景にデジャブを感じた。
(あ〜、なるほどね ミルカにも春がやって来たのね)
嬉しくもあり、寂しくもあったがミルカの健闘を祈った矢先のことだった。ミルカの物言いに負けじとノアは反論する。
「だけど、それぐらいパートナーは強い信頼関係がないと成り立たないでしょ?」
その言葉にミルカの目に剣呑な光が宿ったことにカルアは気づいた。
(この子もなかなかやるわね)
ミルカの冷たい目つきにたじろくことなく、ノアは胸を貼って堂々としていて胆力があるというか、見た目に反して神経が図太い彼女に感心してしまう。
(ちょっと見ていたいけど、そろそろお開きしないとね…でもこのままだとミルカ、仕事ができるのかしら? 私だったら殴り合いでスッキリさせるけどね〜)
心は乙女だが、男らしい一面もあるミルカは名案を思いつく。
(そうよ!)
「ねえ、それじゃ腕相撲なんてどう? 勝ったらティル君の仮のパートナーになる、負けたらミルカはあなた達にドリンクを奢るってのは?」
「え……? 仮って?」
いきなりの提案にぼ〜と見ていたティルは困惑する。
「本当のパートナーじゃないけど、補佐的な存在みたいな感じね」
「そういう仕組みもあるんですね。いいですよ、腕相撲 この子がいいなら話は別ですけど…」
本人に意思を確認する間もなく、彼女の瞳に闘気がみなぎっていた。
「やってやろうじゃない」
腕を組んだノアはミルカは火花を散らせた。




