第四十一話:脱出
『ドラゴンが消えた、しかも一瞬で』
ティルは呆気に取られながら、何が起こったのか目の前の少女に聞いた。
「あ、あの今のは…」
「うん?」
ウェーブがかかった長い黒髪に白いワンピースドレスが映える。よく見ると瞳の色が赤く煌めいていた。
女の子は後ろを振り返るとこの時初めて目線があった。やっぱりあの結晶体にいた女の子だ。今まで会ったことが無いはずなのに強い既知感を覚えた。
『違う…君のことを知っている…だって』
その時、目から滴が流れ落ちていた。女の子は驚きティルの目の前まできて心配そうに伺う。
「…どうして、泣いているの?」
「…え」
気づくとティルの瞳から涙が溢れていた。自分自身どうして泣いているのか分からなかった……けど、その時何かが鮮明に頭の中に浮かんできた。
『ああ…そうか、君がーー』
「大丈夫?」
涙で濡れた頬を女の子は指で拭い去った。涙を抑えようとしても余計に溢れてしまう。
ティルは何かを話そうとするが、何から話せばいいか分からずにいいあぐねていると女の子から話しかけられた。
「まずは、その傷を直さないとね」
女の子はティルの負傷した頭の幹部に手をかざすと柔らかい光が彼を包んだ。
「もう動けると思うわ」
「えっ…」
ティルは女の子の言う通りに体を動かすと、さっきまで動けなかった体は動かすことに驚く。
「えっ、これは」
「他にもどこも痛くない」
「……?!(さっきまで傷だらけだったのに、頭の傷も治っている)」
「そう、よかった」
女の子はほっとした顔をした。その表情にティルは、
「あなたに聞きたいことが山ほどあるんだけど、まずは私をここから出してくれてありがとう」
「え、いえ、お礼を言うのは僕の方です。 あなたがいなければ今頃死んでいたかもしれませんし」
「ーーということは私は命の恩人ってことね」
少女はニッと眠ったような気がした。
「へ? あ、まあそうですね」
なんか言質をとられたようなとそんな話し方をする故郷にいるたくましい友人を思い出して苦笑する。
「…その前にまずは自己紹介よね」
「私はーー」
自分の名前を言おうとする前にティルが口を開く。
「ノア」
「ーーえ? ……どうして私の名前を知っているの?」
ノアは驚いて目を見開き、ティルを凝視する。その仕草に彼は微笑ましくて呟いた。
「それは、君のお母さんに教えてもらったから」
「私のお母さんのことを知っているの?」
「はい」
「あなたの名前はなんていうの?」
「……ティルです」
「ティル…ティル…う〜ん思い出せない。 どうしてだろう」
彼女が記憶を失っていることに、ティルは説明した。
「ノアに記憶がないのは多分副作用だと思う」
「副作用?」
「うん…長い話になるからここを出たら一から話す」
ノアはその言葉にうなづいた。
「そうね、こんなところさっさと出ましょうか」
グッと可愛らしい手を握り、拳を作り振り上げた。
ティルはその仕草に嫌な予感をしてノアに声をかけようとしたときははすでに遅かった。彼女は次の動作に拳を突き出した瞬間、岩壁は無残にも粉々に砕け散っていった。
〇〇
ティルがノアと出会った頃、リオを初めルイズや他の教師たちは救助隊を作り洞窟の前にいた。
「それぞれ手分けをしてお願いします」
「今から救助に向かうので準備をお願いします」
リオは洞窟の前まで来て、ティルの安全を願った。
「ティル君、時間がかかってごめんね、今から助けに行きます」
今にも体が震え上がりそうになるのを抑え込むように強く拳を握る。
その前にリオはルイズが他の救助隊に指示をするところを見かけて、話しかける。普段は苦手意識を持っている相手だが、今はそれどころではない。
「フィズカルト先生、申し訳ありません 忙しいところ」
リオはいつもより覇気がなく、ルイズに頭を下げる。
「っ…頭を上げてください」
ルイズにリオの意気消沈した姿に動揺するがなんとか堪える。
「今回は私も落ち度がありますし、そんな顔ではあの子、ティル君も心配しますよ」
「…はい」
返事も事務的に答えるリオにルイズはいち早く開始するために号令をかける。
「それでは…」
言葉をかけようとした直後、洞窟の穴から不気味な音が鳴り響いた。
「何だ?」
「この音は?」
突如異変にザワザワと救助隊は動揺し、訝しむ表情をしている。そして次には真上からドシャッとする音が聞こえたと思ったら大量の礫が飛来してきた。
「へ」
リオはあまりの突然のことに動くことができず、しまいには礫が頭に当たってしまい気を失う。
「フィンナッシュ先生!!」
ルイズは障壁を作り、飛んでくる礫からリオを守った。
『これは魔法…?!』
「だとしたらなんてでたらめなの?」
「ティル、向こうのほうが明るいわ」
人の声と足音をルイズの耳が捉えた。そこには今までなかった岩壁に大きな穴ができていた。
さっきの衝撃でできたものだろう。
「皆さん、警戒を!」
ルイズは救助隊に警戒を強めるように指示をしたが、
「ふう〜、やっと外に出られたわね」
大きな穴から出てきたのは一人の少女であったことにルイズは瞠目する。




