第四十話:再会
「一体なんだとーー」
ティルの周囲を見回すと、その原因がすぐに分かった。土煙の中に見覚えのありすぎる巨大な影にいち早く気づいたからである。
「まずいーー…早くここから逃げないと」
『殺される』
自分はまだ死にたくない。
「母さん、父さん、メアリにセシル」
無情にもドラゴンのかぎ爪がティルに襲い掛かるのを待ちわびながら、故郷にいる家族と友達のことを思い出した。人は死を前になると走馬灯が流れるというが、本人にとって冗談ではない。
そんなことを思いながらもどこか諦観とした面持ちで生きることを諦めていた。
「僕、頑張ったよね」
後退りしながらも痛いのは勘弁なのでギリギリまで後退しようとするティルの背中に何か当たったことに気づいた。
「なにが…」
自分が思った以上に後方に下がっていたことに気づき何にぶつかったのか振り返って気づいた。
「あっ」
ティルが思い出したように声をあげたのはドラゴンの存在で彼女のことをすっかりと忘れていたからだ。
『このまま後ろに行くと彼女に当たるかもしれない』
生きているかどうかも分からないのにとティルは焦りを募らせた。しかし、ドラゴンはティルの存在に気がつき咆哮をあげた。
「グワァ!!」
『やばい…気づかれた』
ティルはとっさに別の方向に走ろうとするが、ドラゴンは逃すまいと大きな翼をはためかせ風を巻き起こす。
ちょっとした風でも人が吹っ飛ぶくらいの十分な風力でティルの体はいとも簡単に逆戻りになり、グシャリという鈍い音と共に結晶体に叩きつけられた。
これが魔力を持っている人間ならば防御や緩和をすることができるだろうが、ティルは魔力を持っていない。
『やば……頭を強く…』
薄れゆく意識の中、ドラゴンを見るとこちらの様子を伺っている。そして動かないと分かったのかドラゴンの足の音を響かせながら近づいてきた。
『このまま、食われるのか』
緩慢な動作でドラゴンは見下ろして、不意に自分の上の方を凝視していた。何を見ているのか見上げると、ドラゴンの見ているものが分かった。
ドラゴンが見ていたのは結晶体の中にいる女の子だった。自分の中で何かが沸騰するものを感じた。
(やめろ……それに手を出したら)
自分が立ち上がることもできない、口だけは動く程度である。何もできないが、言わずにはいられなかった。
「おい」
声に気がついたドラゴンはティルの方を見た。
「その子に傷ひとつつけてみろ……殺すぞ」
ティルの髪は結晶体にぶつけたときにほつれてしまった。今は片目が髪の毛で塞がったが、もう一つの眼光でドラゴンを強く睨み上げた。
ティルの瞳は一瞬、緑から黄金色へと異質な輝きに染まった。
その直後、ドラゴンの巨体はピタリと止まった。さっきまで圧倒的な立場にいたドラゴンはよだれをたらし蟻を踏み潰すようなに残忍さがあった。
けれど今のドラゴンは微動だにせずにまるで時がかかったように動かなかった。ティルは起き上がることもできずにただ呆然と自分の死を待った。
そして意識を失いかける瞬間、誰かの声が聞こえた。
『きてーー起きて』
(誰か……僕を呼んでいる)
子供のような声にメアリがセシルに声をかけられていると思ったがこんなところにいるわけがない。
誰なんだ…
この声は、どこかで聞いたような…
「起きて」
その言葉にティルは耳を傾けた。
(…だれ?)
「それは私が聞きたいんだけど」
女の子の困ったように返したその口ぶりにティルはクスリと笑った。なんだかとても懐かしく感じる。夢の中で見た女の子の声に似ているなと感じた。
(あの女の子も確かこんな声だったような…)
(確か名前は……)
「ノア」
ティルがその名を呟いた瞬間に結晶体に亀裂が入り、音を立てながら崩れ落ちた。パラパラと崩れ落ちる瓦礫とともにティルは目を覚ました。目の前のドラゴンは動いていなことに気付き、どうしてだろうと周囲を見回した。
「あれ、さっきまでここに……」
『そうだ、あの女の子がいたはずだ』
体を起こそうとするが、身体中に激痛が走り起き上がることができない。その音でドラゴンが気が付き、ティルに目掛けてその巨体を押し寄せた。
ティルは動くこともできずにギュッと目を瞑り腕を交差させた。圧力で押し潰されるかと思いきや、少し待てども一向に衝撃が襲ってこなかった。
腕の隙間から微かに目を覗かせるとそこには驚くべき光景があった。
「え」
なんとそこには女の子が立っていた。しかもドラゴンは彼女の目の前にいるのだ。けれどドラゴンは襲ってこないのになんでだとティルは混乱した。
ティルの死角から見えないが、女の子はドラゴンの鼻を掌で押さえつけていたのである。
「…元気があっていいわね」
ドラゴンは手加減しているわけではなく、強靭な足で大地を踏み閉めているにも関わらずである。グググと地鳴りのような音が響き渡る。少女はドラゴンに別れの言葉を告げた。
「ばいば〜い」
「!!?」
その巨体はパッと目のまえから消されてしまった。
「ふふん、他愛もないわね」
白いドレスを着た黒髪の女の子は腰に手を当て得意げに笑った。それよりも、目の前の現実に頭が追いつかなくてティルの頭はパニック状態だった。
『今、一体何が起きたんだ』
ティルはふらつく体を起こした。




