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魔法世界の少年ティルの物語 ~魔力ゼロで元魔王な少年は第二の人生を気ままに生きていきます  作者: yume
第一章:かつて魔王と語り継がれた少年の第二の人生の始まり
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第三十八話:それはかつてあった都の話・エピソード13

「王子様?! お姉様、王子様を見たの?」


 普段はませているルルだが、年頃の女の子らしく頬を染めて声をあげた。絵本でしか見たことがない登場人物に憧れを抱いても何ら不思議はない。


「とってもカッコよかったわよ」


「いいな〜、私も行きたい」


 夢を膨らませる少女にノアはここぞとばかりに意気込む。病気は病は気からということわざがあるように気持ちの考え方で良くも悪くもなる。患者がポシティブにいてくれるとそれを治す人にとっても応援になる。


「そのためにも私も全力であなたの体を治療しますので」


「はい、よろしくお願いします」


 それからルルの体は徐々に回復していって外で歩けるようになると、ルルの体を回復させたお祝いにと豪華な晩餐会が催された。


 晩餐会にはリリーが帰ってきていることを知り友人のイレーヌもやってきた。


「リリー様、ご機嫌よう」


「なかなか会いに行けなくてごめんなさい」


 リリーは王都のある貴族に嫁いでおり、イレーヌは隣町の町長の娘であり、リリーの幼なじみである。


「いえ、会えただけで嬉しいですわ」


 リリーの隣にいた女性に気づいたイレーヌは声をかけた。


「この方がご病気を治された方ですか?」


「ええ、この方が私の妹を助けてくれたノア様です」


「そうなのですか」


 女性が何の躊躇もなくジロジロと見られることにノアは嫌な気を感じながらも挨拶をした。


『何なのかしら この値踏みされる感じは腹たつわ〜』


「薬師のノアと申します」


 内心、苛立ちながらも隠し笑顔を作った。


「はじめまして、私はリリーの友人のイレーヌと申します」


 ノアの異変を察したのか近くにいたカストールは横に入った。


「失礼します。 大事な話があるのですがよろしいでしょうか」


「少しすみません」


 失礼にならないように女性に会釈をしてノアとカストールはその場を立ち去った。謎の美貌を持つ男性に近くにいた女性たちは色めきだつ。カストールもまた普段の質素な格好から華美な服装に身に纏っていた。その姿を女性たちが逃すはずがない。


「何あの人、めちゃくちゃカッコよくない」


「ええ、そうね まるで王子様見たいだわね」


 女性たちが言っているのをイレイヌは聞いていたが心ここにあらずであった。



 〇〇


 ユーグはノアではなくカストールに声をかけた。


 「トールさん、少しお話があります」


 「……はい、わかりました。少し離れます」


 「うん」


 ノアは頷いて二人を見送った。


 (ユーグさんが私じゃなくてトールさんを呼ぶなんて珍しい、一体何を話すんだろう、すごく気になる)


 と思いながらも小腹が空いたので小皿に盛り付けられている食事にありつこうとしたが視線が気になりすぎて食べれずにいた。慣れない格好と状況に息が詰まりそうだった。


『綺麗な方ね』


『ああ、話しかけたいな、お前話しかけてみろよ』


『お前が行けよ』


 普段は野暮な格好をしているノアだが、今は洗練とされたドレスを身に纏っていて、その美しさに皆は声をかけられずにいた。


 (早く帰ってきて、トールさん!)


 〇〇


 一方離れた場所で、ユーグはトールに話しあっていた。


「失礼であるが聞いておきたくて、君は彼女とは一体どのようなご関係ですか?」


「え……?」


 何を言われているのかさっぱりと分からないカストールはつい真顔で答えてしまった。


「関係って……」


「親密な関係…恋人同士じゃないのかどうかです」


 あまりにもカストールが素で話すのでユーグの勢いが削がれた。何だそんなことかと肩を落とした。


「……恋人では無いが、大切なものだ。……もし彼女が傷つけるようなものがいたら許さない」


 その表情を見てユーグは驚く。


(こんな顔もするんだな)


 ユーグはトールの初めて見せる人間らしい表情に親近感を覚えた。


「君が彼女以外の前で人らしい顔をするなんて初めてだな」


「そうですか……? もう話はいいですか?」


「ああ……、だが一つ君に忠告する、君はもう少し周りを見た方がいい」


「……はい、ご忠告痛み入ります」


 カストールはユーグに礼をしてすぐにノアの元に戻ろうとする姿を見て嘆息しながら呟いた。


「本当に気付いているのかな……」


 ノアにも人気があるように、その傍にいる彼にも人気があり女性たちから言い寄られても無頓着で彼女のことしか見ていないことに。


(それなのに、恋人じゃないって……これはかないっこないな)


 もう一度深くため息をついたユーグは失恋の余韻に浸った。そしてお別れの時がきたて、ノアとカストールはユーグたちに別れを告げた。


「また遊びにきてください」


 ユーグはノアの手の甲にキスを送った。その仕草があまりにも自然で彼女は思わずときめいた。


「それでは、トールどの、よろしくお願いします」


「ええ、まかせてください」


 カストールは口角を上げて、ユーグに微笑んだが目が笑っていないことに彼だけが気づいて苦笑する。


(本当にノアさんだけだな……)


「やるわね、お兄様」


 兄の積極的な行動にそばにいたルルは賛辞を送った。


 二人が馬車に送っていく姿を町の皆は盛大に祝っていた。しかし、ただ一人の人物は忌々しそうに見ていたことに気づかなかった。


 〇〇


 王子様、見たいではない


 王子様、そのものである。


 何度も見たからわかる。姿形は変わっていてもあの人の面影はーー


「どうしてあの方がこんなところにいるの?」


 皆が楽しんでいる宴の中、イレーヌが茫然自失していたことに誰も気づかない。そしてそれがのちに小さな火種となることなど誰も知る由が無い。そレから少し後に女性の間の中である噂が広がった。


『王子様が村の娘と付き合っているとーー』


 〇〇


「あの噂、聞きました」


「ええ、あれは本当なの?」


 世の女性たちは第二王子が結婚した後、第一王子はまた違った熱の帯び方で見られていた。


 第一王子は孤高の存在として誰もが一目置いていたからである。それがいつの間にか村の娘に負けた女性たちは嫉妬に駆られていた。


「一体、どこの誰なんですの」


「あの方の心を奪っていったのわ」


 〇〇


 ノアは鼻歌まじりで薬の調合をしていた。いつもの日常なはずなのに何か物足りないと彼女は感じていた。それは幼い頃から感じていたものだった。


 その時にふとあの人(トール)の顔が思い浮かんだ。最近会ったばかりなので色々と手伝ってくれる優しい人のことを。


『それとあの人の顔を見るたびに、とても切なくなるのは何でだろう』


 ノアはセンチメンタルな気持ちを切り替えるように首をふった。


「そんなことより薬の調合をしないと」


 そう集中しようとした時にドアのノックが聞こえたのでノアは急いでドアを開けた。


「は〜い」


 そこにいたのはローブを羽織った男性だった。


「こんにちは、私、道をお尋ねしたいのですが少しよろしいですか?」


「はい、構いませんよ」


「実はここに行きたいのですか」

 

 男性がおずおずと地図を示したところを見ると、


「あ〜、ここは道案内がいないと難しいかもしれませんね」


「そうなんですか?」


 少し困った声音にノアは話しかけた。


「よければ私が道案内しましょうか?」


「いいんですか? お仕事中では」


「いえ…今、薬の調合をしているだけなので」


 ノアはすぐ帰れると思い、ドアに鍵をして二人で目的地に向かった。


「私は隣村に住んでいるセイと申します。あなたの噂は聞いていますよ」


「噂?」


「例えば、どんな傷も癒す力を持っているとか…絶世の美女とか」


 美女という言葉を言われてもと照れ臭くなったノアは頭を掻いた。


「ええ〜、そんな噂があるんですか」


「そうですよ、ところでそのドレスはどこで仕立てたものですか」


 ノアが着ている服は白いドレスで普段は着やすさと動きやすさを重視している彼女だが、今日はフリルとリボンをつけたドレスをきていた。


「この前、町のほうに行った時に帰りに買ってもらったんです」


 ノアはマネキンが着ているドレスをじっと眺めていると、カストールから手渡された時はとても喜んだ。


『誕生日が近いだろう』


『ありがとうございます』


 その時にふと不思議と思ったことがあった。


『…あれでも、私あの人に誕生日なんて言ったかな?』


 今考えても分からないことでノアは逡巡していると、黙っている彼女を不思議そうにセイは見ていた。


「どうされました?」


「……いえ、何でもないです」


「ドレスはもしかしてあなたの想い人からですか?」


「えっ、いいえ 最近知り合ったばかりなので…色々と気を使ってくれる優しい人です」


 何だか会ったばかりの人に色々と話をしてしまったことに急に気恥ずかしくなった。ノアは話を変えようと地図に集中して山道を歩いていた矢先のことだった。


「セイさんはどうしてこんな山奥にーー」


 ドスーー


 最初に聞こえたのは鈍く響く音だった。そしてその後に背中に衝撃が当たったことが分かりお腹に激しい痛みが伴った。


 目線を下すと白いドレスが色鮮やかに自分の血の色で赤く染まっていた。


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