第三十七話:それはかつてあった都の話・エピソード12
その言葉にぐうの音もでないカストールはため息をつきながら答えた。
「分かった」
「お〜、行ってくれるか」
楽観としたキアラの声音に少し苛立ちながらも本意でもあるため、無下にはできない。そして今日に至り、ノアと共に馬車で揺られながら町の中に入り屋敷の前で止まった。
「トールさん、目的地につきましたよ」
「……」
「トールさん?」
「うん、ああ…そうだな」
「どうかしましたか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうですか? 何か体調が悪い時は行ってくださいね」
「ああ、分かった」
ふっとカストールは心配してくれるノアに笑うと、視線をそらされた。
『ずっと無表情な人だと思っていたけど、今のはちょっと、ずるいわ』
ノアは困惑する気持ちに蓋をして仕事モードに切り替えた。玄関に着くと玄関先に立っていたのは昨日依頼してきた人物だった。
「こんにちは、ユーグ様」
「いらっしゃいませ、ノアさん」
ユーグはにこやかに挨拶すると彼はノアの隣にいる見覚えのない男性に気がついた。
「あの……この方は?」
「あっ、私の助手のトールさんです」
「そうなんですか、かっこいい方ですね」
一見質素な服だが顔も整っているため似合ってしまう。ユーグのそばにいる使用人もカストールの容貌を見て頬を染めていた。
まずは妹の寝室に案内された。広々とした一室に白を基調としている室内で女の子らしい部屋だった。
大きな窓のそばには天蓋付きのベットがあり、そこにはフワフワした髪の華奢な少女が寝込んでいた。ノアたちが来たことに気づいた少女は挨拶した。
「こんにちは、ルルと申します」
可愛らしい声で自分の名前でいう姿に庇護欲がくすぐられる。青白い肌と小さな体に儚さを感じた。
とりあえず簡単な問診をした。咳止めの治療薬を処方してから別室に移動した。
「妹さん、ルルさんは呼吸器に障害があるんですね」
「はい、喘息が生まれつきあってルルは外で遊んだことがないんです」
「だから、何としても医者の方に直してもらいたくて」
「妹さんが大好きなんですね」
「はい」
その二人の仲良さそうな様子をカストールがじっと見つめていたことにノアは気づかなかった。……それと他に気になったことがあった。
『あの子供に何かじっと見られれていたような』
カストールはノアと一緒に寝室に入り助手として挨拶した時からじっと凝視されていたことに既知感を感じた。
『何だが城の中の女性たちを思い出した、けど変な感じはないというか』
カストールは頭を抱えながら逡巡する。妹の体調が良くなるまでノアは屋敷で生活することになった。その夜、ルルは寝る前にユーグに声をかけた。
「兄さんに聞きたいことがあるの?」
「うん? どうしたんだい」
可愛らしい声で何をおねだりされるのかとユーグは伺うと、
「ノアさんのことが好きなの?」
「え?」
思わぬことにユーグは動転する。
「え〜、あ…うん、その好きというか気になるというか」
ウジウジする兄の姿にルルはイラついた。
「もう! はっきりして」
「はい、好きです」
ルルは体は弱い反面で騙されやすいが性格は強烈であった。
「他にも女性のお医者さんたちも来たけど、お兄様がノアさんばっかり見ていたし」
「えっそんなに?」
言われて初めて気づく鈍感なユーグに妹のルルは心配になる。
「でもそれは、ノアさんも一緒かもね」
「えっ? それってどういうこと」
「ノアさんも結構鈍いかもね、あんなに一緒にいてお兄様の分かりやすい好意に気づかないなんて」
「……そんなに分かり易かった」
コクリとルルはうなづいた。
「一目で分かったわ。それともうノアさんは相手はいるのかも」
「えっ、そんな話一度も」
「一緒に来ていた助手のかっこいい人がいたでしょ? 私はあの人と特別な関係にあると思うの」
「確かに僕も出迎えた時は一人だけだと思っていたからびっくりしたけど」
「多分私のカンは当たっています、お兄様」
「そんな〜」
信じたくなかったがこれまで妹のカンで言われたことは百発百中である。ユーグは告白する間も無くルルにこんこんと諭され玉砕したのだった。
その翌日、ノアとトールがルルの診察をしているときにユーグとルルの姉が実家に帰ってきた。
「久しぶりね、あらお客様」
「リリーお姉様、お久しぶりです」
久しぶりの家族の団欒に水を差さないようにノアとカストールが外に掃けようとした時にリリーから声をかけられた。
「あら、あなた達は」
リリーに声をかけられたノアは挨拶をする。
「あっ、私はルル様の治療を受けおった薬師のノアと申します」
「あら、それはありがとうございます」
「そちらの方は…」
リリーはカストールの顔を見た瞬間にノアとは違うリアクションをする。
「……失礼ですが、どこかでお見かけしような」
その様子にカストールはさっぱりと分からない感じに、リリーは話を付け加えた。
「いえ、王城であなたに似た方を見たと思いまして」
「えっ、お姉様、お城に行ったの」
ルルは羨ましそうに声をあげた。
「ふふ、いずれ一緒にいきましょうね」
「うん!」
「人違いではないでしょうか …私は城に行ったことがないので」
首を傾げたカストールの返答はもちろん否である。
もしバレたら、こんな辺鄙なところで何をしていたのか質問責めをされかねない。そしたらノアの存在を遅かれ早かれ公にすることになるだろう。
『城』という単語に反応しそうになったが、何とか体裁を保つことができた。少しでもおかしい表情を出してしまえば勘ぐられることは必至と考えた。
「それもそうよね。 ごめんなさい、勘違いしてしまって」
その後に続く言葉に嫌な予感が当たった。
「あなたお城の王子様とそっくりだったから本人かと思っちゃったわ」
リリーは殊更残念そうに呟いた。




