第三十六話:それはかつてあった都の話・エピソード11
あまりの迫力にノアは硬直したが、近くにラルクがいることで理性を取り戻した。
『しっかりしなさい、何とかこの子だけでも逃さないと』
ノアはラルクの体を抱きしめ、走り去ろうとするがすぐに追いつかれ、鋭い爪がノアに襲い掛かろうとしたその瞬間、一筋の光が魔物を追い払った。
自分が襲われる瞬間、目をつぶっていたため誰かに抱きしめられていることに気づいたのは少し後だった。
恐る恐る目を開けるとそこには一人の男性がいた。
「あなたは…」
「……俺は」
彼が話しかけようとした時、魔物は雄叫びを上げながら突っ込んできた。男性はノアたちを自分の背後へと奥に逃がせて、剣を構えてなぎ払うと次の瞬間魔物は倒されていた。
それは一瞬のことでノアは瞠目する。
(すごい……だけど)
こんな人がどうしてこんな山奥に……?
「あなたは一体……?」
「……早く戻らないと院長が心配している」
「あっ、はい、ありがとうございます」
(孤児院の事を知っている……院長の知り合いか何か?)
色々と聞きたいことがあったがラルクを連れて急いで孤児院に帰り院長に聞いてみた。森の奥で魔物に襲われそうになった時、男性に助けられた事を話すと優しい笑みで答えてくれた。
『そう……いつか、また会えるわ』
何か知っていそうな雰囲気だったが、それ以上語らないのを見て察したノアは止めたが、会いたいという気持ちは高まっていた。
「あの人、どんな顔をしているんだろう」
長い前髪で表情がよく分からなかったと、その日はずっとそればかりを気にしていた。
〇〇
【カストール視点】
彼女のことはずっと見守り続けるはずだった。けれど彼女の危機に体が勝手に動いてしまったのだ。
ノアを助けた男性であるトールもといカストールは長いため息をついた。今、現在の彼は自然豊かな村ではなく、彼の故郷である王都にいた。
王都では普段人々の生活の耳にしているが、今日は一際騒がしいほど賑わっていた。王都にたどるまでの街道があるその一本道に人々が溢れていた。
この時の狙い食べ物や飲み物を売ろうとする商魂たくましい商売人も少なくなかった。今日街の人たち全体が集まっているのは特別な行事があるからだ。
ポリュデウケスの結婚式があるからだ。
双子の弟は街の人からも心気があった。皆祝福しようと待ち構えていた。パレードが始まると、卓越した踊り子たちの舞や楽器の音楽に皆が酔いしれる。
そしてお待ちかねの二人が見えてくると観衆が沸き立つ。それに応えるように二人が手を振り応えると歓声がさらに湧き上がった。
「ポリュデウケス様〜」
そしてお相手はもちろんのこと、
「ヘレネ様〜」
王子様だけが主役ではない。王子の隣には花嫁がいる。
平民の出だが質実剛健な性格を気に入り付き合ったのがきっかけで、まさに都の娘たちは羨望の眼差しでヘレネを見つめるのも少なくない。祝典は一週間近く続いた。
〇〇
それは王都であったことであるが、遠くになる村の人々も色んな噂を聞いて浮かれていた。
「お城の人たちってどんな格好をするんだろ?」
「いっぱい食べ物が出るんだろうな」
村の人たちは王都での夢心地に話すが、村に住んでいる彼女別のことで思い悩んでいた。
「どうしたんだい、ノア?」
「いえ、ちょっと気になることがあって」
村人が心配そうにノアを見るのは自分が生まれる前から知っているキアラだった。昔から色々と相談していてノアのことを知り尽くしている存在である。ノアは早速キアラに胸の内を話した。
「この前、自分を助けてくれた人のことを忘れられないんです」
「ちょっと前に魔物に遭遇して襲われかけたあれかい?」
「襲われそうになったのを助けてくれたのがその人なんです。名前を聞くのを忘れていて」
「……そうだったのかい」
名前が聞けなかったのがこんなに落ち込むとは自分でもどうすればいいか分からずにいる。そんな時、一人の若い男性がやってきた。
とても沈んだ顔にノアは優しく問診した。すると何でも妹が生まれつき体が弱く、周りのお医者さんはサジを投げたらしい。質の良い生地の服と言葉使いを見て上流階級者だとノアは気づいた。
「ユーグと申します」
「私は町の町長の息子で、お金は用意ができています」
「分かりました」
「それで我が家に来ていただけないでしょうか?」
「なるほど、出張ですね」
ノアは家から離れたくなかったが、病人が外で苦しんでいたら話は別であるし一刻も早く助けたいと思い快くうなづいた。
「ありがとうございます、それじゃ明日お迎えにあがります」
「はい、よろしくお願いします」
用件が済んだユーグは晴々とした顔で帰っていった。キアラがその様子を見ていたのにノアはやっと気づいた。
「どうしたの、キアラおばさん」
「いや〜、まだまだ若いわね」
「うん?」
何のことか分からないノアは首を傾げた。
「お屋敷は一人で行くのかい?」
「ええ、病状がどのぐらいか分からないしちょっと荷物が多くなるけど」
「…それなら一人、手伝いを呼んできてやろう」
「うん、ありがとう」
翌日ノアは準備をし終えて待っていると、玄関のドアの音を耳にする。
『お手伝いさんが来たかな』
「は〜い」
ノアはドアを開けるとそこに立っていた人物に驚いた。ーーその人物は
「あなたはーーこの前の」
そこにはこの前魔物から助けてくれた男性がいた。
「……久しぶりだな」
〇〇
前日にカストールはいきなりキアラから何気ない一言に驚愕する。
『明日あの子の家に行ってくれんか』
『何を言って…俺はもうあの子の家には』
『だけど、もうあの子に行っちゃったしね〜』
『何を?』
キアラはカストールに昨日の経緯を伝えた。
『一人でお屋敷に行って変なことされないと良いけどね……誰かさんがべったりじゃったからあの子、男に色目を使われても気づきもせんかったぞ』
『…色目をかけられていたのか?』
このことにカストールは不愉快そうに眉間にシワを寄せた。
『あれはまだマシな部類そうだな…で、どうするんじゃ。 まあ〜お前じゃなくても他の手伝いを行かせても良いが……あの子の仕事を手伝いたいというものが多いぐらいお前さんが一番分かっているだろう?』
キアラの説得力のありすぎる言葉にいつもは淡々としているが珍しくカストールは言い渋った。




