第三十五話:それはかつてあった都の話・エピソード10
そしてそれから10年の月日が流れた。10年の月日は長命な種族にとってほんの一瞬である。短命である人間族にとっては長い営みの時間だ。
村はいつしか町になり、その周りに村ができる。若い人たちは町に職を求めて村を出て行き、町の方に人口がどんどん多くなっていった。
しかし、そこにノアの姿はなかった。
ノアは亡くなった母との思い出が詰まった家を離れたくなくて十六歳の時に戻ってきた。それまでどこにいたかというと親戚などいなかったノアは孤児院でお世話になっていた。母・シエラに教えられた知識と経験で薬を作り、母親と同じようにそれを村の人々に売って薬を作っていた。
どの家にもノアが作った常備薬があるくらい高く人気があった。そして他にも噂があった。
「いらっしゃいませ」
「最近頭が痛くて後、肩こりが」
ノアは刻々と頷き診断する。
「肩こりから痛みがきているのかもしれないわね、よく効く湿布を処方するね」
ニコッとお客さんに笑顔で笑うと、とろけるような笑みで男は帰っていった。本人は病気で苦しんでいる人を安心させるために笑っているだけなのだが…。
彼女の美貌と相まっていつしか「森の聖女」と呼ばれるようになった。そんなことを言っているのは周りだけで当の本人のノアは知らない。
ノアはお世話になった孤児院に通っている。孤児院には小さな子供が10人くらいいる。ここには事故や病気で両親を亡くした子供達の居場所だ。
16歳まで成長させて育ててくれた院長には感謝しきれない恩義がある。何かできないかと考えた結果、自分の作った薬を卸すことにしたのだ。
「こんにちは」
孤児院の庭で見知った人物にノアは挨拶をした。
「ただいま、院長先生」
「あらノア、お帰りなさい」
孤児院は外から見ると小さいが中は広々としていて手入れは行き届いているのが分かる。小さな机と椅子を見てノアは懐かしそうに笑った。
「あ、ノアだ」
外でボールで遊んでいる子供達に早速見つかった。
「ふふ、レオン久しぶりね」
ノアがそういうと嬉しそうに近寄ってきた。レオンは切り傷を作っているのをみてため息をつく。
「レオン、あなたまた森の中に入ったわね」
「森」という言葉にレオンはわかりやすく視線を逸らした。
「あの森には怖い魔物がいるのよ、あんたみたいな子供なんてパクリよ」
ノアは怖い魔物の真似をするかのように両腕を広げた。
「そ、そんなのいるわけないじゃん、み、見た事ないし」
ふんと強がっているがレオンだったが足元を震えているのがバレバレである。
(こうゆう可愛い所があるから憎めないのよね〜)
「レオン、なんか足震えているけど〜」
「へ、……ぎゃあっ?!」
レオンの足元を突くように彼を驚かせたのはいつの間にか彼の背後にいたレオンの妹のフウルである。直情的な兄と違い、妹は物静かだがお茶目なところがある。
「何するんだ、フウル!」
「ちょっとつついただけだよ、本当は怖いんじゃない?」
「はあ? こ、怖くないし」
「そうなの?」
何だかヒートアップしそうな雰囲気にノアは仲裁に入った。
「はい、喧嘩はここまで」
この日は子供たちを交えながら薬草を取りに行くことになった。孤児院の付近にはふくよかな土壌と色んな薬草が生えている。ノアにとって最高の楽園である。久しぶりの慣れ親しんだ場所にキラキラと目を輝かせた。
「ふふふ」
「先生、ノアお姉ちゃんの【病気】が始まった」
「ふふ、あの子は出会った時から薬草を積むのが好きだったからね」
そろそろいいかと薬草を積んだ籠を集め孤児院に戻ろうとしたときに一人の子供が戻っていないことに初めて気づいた。ノアは集まった子供たちを見て瞬時に誰がいないことに気づいた。
「ラルクがいない!」
ラルクとは大人しいが好奇心旺盛なところがある男の子だ。ノアは気持ちを切り替えてとにかく探すことにした。
「院長先生、子供たちをお願いします」
「ノア、ですがっ」
「急がないと、どこまで行っているか…っ」
切迫した事態に院長はノアに任せることにした。
「気をつけて、ノア」
「はい」
ノアはすぐさま森を駆け抜けていった。あの子が行きそうな場所ーー
「ここら辺にいないとなると」
孤児院の周りは森があり森を抜けると大きな山の麓がある。麓には綺麗な花畑があり清流の小川が流れているが魔物が出没することもあると子供達には院長が注意しているはずだが、ラルフは伝わっていなかったようである。
今は考えても仕方がない。
そこに向かうと案の定小さな人影を見つけてノアは全速力で駆け抜けたたためほっとした。ラルフは花畑で蝶々を追いかけていた。心配してきてみたら一気に脱力する光景である。
「はあ〜 全く!」
ため息をつきながらラルフに近づく。
「こら! ラルフ」
「あ、ノアお姉ちゃん〜」
「あっ、ノアお姉ちゃんじゃないでしょ」
ノアは呑気にいうラルフのこめかみをグリグリと刺激した。
「ふえ、痛いよ〜」
涙目になったラルフにノアは手を止めた。
「こんなところに一人できたらみんな心配しているよ」
「うえっ ごめんなさい」
ノアはラルフの手を取り、帰ろうとしたその時だった。
背後にドシンとした衝撃音が聞こえたノアは戦慄が走った。
『この地響きはーー』
恐る恐るノアは振り返ると、そこにはよだれを垂らした魔物がいた。




