第三十二話:それはかつてあった都の話・エピソード7
その瞬間、今まで我慢していた感情の箍が外れるようにシエラは涙を流す。
「嬉しいはずなのに…とても寂しい、あの人がもういないなんて……信じたくない。家に帰ったらもしかしたらあの人が帰ってきているんじゃないかと思ってしまう」
嗚咽を漏らしながらシエラはキアラに思いの丈をぶつけた。キアラは震えるシエラの手を強く握り締めた。
「寂しいのは当たり前さ、大好きな人といなくなるのは余計にね」
キアラは3年ほど前に長年連れ添った夫を亡くしていた。
「でも、あんたが我慢することなんてないんだ、自分の気持ちは自分しか分からない」
「っ……キアラさん」
「あとは無理はせんように」
ずいと近寄り口を酸っぱくシエラに言うと彼女の口元が引きつったがその後の言葉に頷いた。
「今は自分だけの体じゃないからね」
「……はい…」
(もう、私だけの体じゃない……)
「それでどうするんだい? 村の方にくらすか、村長には私から話をつけておくよ」
キアラの優しさはありがたくて嬉しかったが、シエラには譲れないことがあった。
「私、やっぱりあの人と暮らした家に帰ります」
「……シエラ」
「やっぱりあそこは我が家ですから、あの人がもういなくても、あの人がいた場所です」
泣きそうに笑うシエラをキアラは悲しそうに見つめた。
「ーーとまあ、そんなところかね」
話を終えたキアラは一息をついた。
「強いな…」
「ああ、母は強しだね…ちょっとやそっとじゃ、倒れないわねあの子は」
だけどキルアの瞳からは心配でたまらないという想いが溢れていた。
「お腹が大きくなっているならそろそろだと思うがね」
「それじゃ、俺がシエラの手伝いをするのはどうだ?」
「あんたがかい? そうだね、……それじゃあよろしく頼むよ」
わずかばかりの空白に少し悲しげ余韻があった。本当は自分がそばにいたいのだろうが自由に身動きができないことを悟ったキアラはカストールに頼んだ。
それからカストールはシエラの手伝いをするようになった。これは同情や憐憫などの感情からではない。
城の中でただのんびりと時間が過ぎていく日々を過ごす自分と違い、自分の意思で動く彼女に強い関心を抱いたからである。
「君が手伝いに来るの?」
「ああ」
シエラは少し驚いたかをして、俯いたので迷惑だったかと考えたが、杞憂だった。
「う〜ん、甘えたくないけど正直すごく助かります、この子のためにも、それじゃあお願いしても良いですか?」
「ああ、俺にできることなら…」
〇〇
「これから忙しくなるな」
カストールは一応村人として認知されて仮住まいもあるが、居続けることは難しい。
たまに帰らないと王城にいる貴族や周りのものがきっと不審に思うだろう。王城には一時帰った時でもシエラの異変がわかるように自分の髪で編んだミサンガを彼女に送ることにした。
これで彼女の体調が急変した時に自分に知らせるように魔力を念じた。
「これは…もしかしてミサンガ」
「ああ、あんたに何かあった時に知らせてくれる」
「へ〜、それはすごいわね、ありがとう、大事にするわね」
シエラは嬉しそうにミサンガをつけた。
そしてさらに数週間が経ったある日のこと、カストールは魔法で村から離れ、自分の家がある王城に帰っていった。
自分の母親に聞きたい事があったからである。母親のレダは元人間だったが、父である王が同族に転化させた。
「母上、少し聞きたい事があります」
「あら、どうしたの?」
母のレダはのんびりとした性格でカストールの性格は間違いなく母親譲りである。
「カストールが聞きたいことあるなんて珍しいわね」
首を傾げながら自分の息子に聞いた。
「子供が生まれるんだが、どうしたら良いか分からなくて」
「……うん?」
最初は何を言われているのか分からなくてレダは首を傾げた。
「もうすぐ生まれるのだが、どう世話をしたら良いか…」
普通に質問しているつもりが内容が奇天烈過ぎて、近くにいた給仕をしている使用人は明らかに目が泳いで動揺して、他の使用人はカップに紅茶を注ぎすぎたりしてしまう始末である。
「ーーちょ、ちょっとまってカストール、あなた付き合っている人がいるの?」
急転直下、久しぶりにあった息子に何を質問されるかと思えば、落ち着いて聞きたいたがというよりも聞きたいことがありすぎてどもってしまった。




