第三十一話:それはかつてあった都の話・エピソード6
シエラを心配するカルとエラの祖母キアラは心配そうに話しかける。
「あの子のお腹はどんな感じだったかい?」
「そうだな…結構大きかったような」
お腹とはシエラのお腹にいる胎児のことである。カストールはなぜ独りであんな所にいるのかと心配に思った。
「あんな身重では色々と不都合そうだな…」
キアラはカストールの真っ当な言葉に苦虫を噛みつぶしたように笑った。何か事情があるのかと思って聞かないでいたが、聞かずにはいられなかった。
「私も同じことを言ったんだ、あの子が妊娠したのが分かった時に一人じゃ危ないから村で暮らしなさいと」
「でもね……」
その当時のことを思い出しながらキアラはため息をつきながら呟いた。。
『あの人がいたこの家を離れたくない』とーー
「あんな切ない表情されて言われたら、無理強いなんてできなかったさ」
「あの人って…」
「あの子の旦那さ」
「あそこには男の影なんて見当たらなかったが…」
「……あの子の旦那・レメクは亡くなったんだよ、半年前にね…」
シエラの夫レメクは木こりをしていた。その日は前日雨が降っており、他にも木こり達は仕事に行き、帰りの山道を通っていたら崖崩れに遭遇してしまい多数の人が負傷する。レメクは崖崩れの被害に遭いそうになった木こりの一人を助けようとして亡くなってしまう。
「シエラも駆けつけて治療をしようとしたが、もう事切れていた、いくら腕が良い薬師でも、死者を治すことはできない」
キアラは男衆に頼んで彼の遺体を別の所に移動させようとすると、彼女は縋り付くように叫んだ。
『嫌っ!!? まだこの人は死んでいない』
「あの子の悲痛な叫びは半年経っても耳に残っている」
重々しい口調でキアラはシエラの過去をカストールに語った。
〇〇
レメクを看取り火葬したあと、キアラはシエラを休ませようようとしたが、泣きもせず他に怪我をした人を治療をし出した。それこそ薬師の鑑でもあるだろうが、けどそれは鬼気迫るものを感じて周りのもの達も声をかけるのは憚れた。
「シエラさん、やっと終わりましたね」
「ええ」
手伝いに来ていた助手がシエラに話しかけると彼女の顔色が悪いことに気づいた。
「シエラさん、大丈夫ですか?」
「え?」
「顔色が真っ青で、ちゃんと休まれていますか?」
「そう? ちょっといつもより動いたから」
振り返りいつものように返事をしようとしたが視界がぐにゃりと歪み、シエラの体は倒れた。
「シエラさんっ!!」
仕事がひと段落し気力だけで立っていたシエラは正気に戻った途端、急激な目眩に襲われたのだ。
みんなが気がついた時にはシエラは憔悴仕切っていた。過労で倒れ隣の町の医者に来てもらい彼女の容態を見てもらった。
「疲労や元々体が弱っていたのもありますが、それは別の原因です」
「…別の原因って?」
キアラはそのことに激しく動揺するが、その直後に喜びに変わる。
「ご懐妊です。彼女のお腹には赤ちゃんがいます」
「ええっ?!」
「体調が急変したのはそのせいだと…」
思いもよらなかったことに周囲は驚いたが、女性達はすぐに冷静になった。
「二人は夫婦だったから、できていてもおかしくないか…」
喜びたいのに、喜べないとい状況に女性達は苦しそうに歯噛みする。
「でもこんな時に……っ」
彼女にとって、そばにいて欲しいと思う人はもうこの世にはいない。
「ここで考えてもしょうがない」
キアラはシエラにお腹に赤ちゃんがいることを決めて彼女がいる寝室に向かった。
「キアラさん、ご心配をかけてすみません」
「困った時はお互い様よ、だけど無理はしちゃいかん」
「私、最近体調が悪かったみたいで…薬師失格ですね」
「あんたほどの薬師がダメなら他の医者はやぶだね」
ふんと鼻で笑うキアラにシエラはおかしそうに笑った。久しぶりのシエラの笑った顔にキアラは胸が苦しくなった。それでも言わなければならない。
「それで…私の診断はどうもなかったでしょうか」
「……ああ、どうも無かったよーーあんたのお腹以外は」
「えっ…」
不可思議な言葉にシエラは思わず硬直する。
「どういう…い?」
キアラが言ったことを反芻するように確認する。
『お腹』
その時、ドクンドクンと心臓が高鳴ったような気がした。それは彼女自身が患者のお腹を触診したときもある馴染みのある行為だったからだ。
「私の……お腹に赤ちゃんがいるんですか?」
シエラは震えながらキアラに聞いた。
「ああ…あんたとレメクの子供だよ」
「レメク…」
夫が亡くなった時にも出せなかったシエラの瞳からようやく一筋の涙が流れた。




