第二十七話:それはかつてあった都の話・エピソード2
「魔獣の討伐お疲れ様です」
「カストール様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
カストールは困り果てていた。目の前にこんなに大人数の女性たちに囲まれたことがなかったので、目線が覚束ない。
『どうしてこんなに俺のところに来ているんだ? 目がチカチカする』
「皆様、カストール様が困ってらっしゃるわ」
困り果てていた彼を見かねた女の子が声をあげた。そこには可憐な美少女がおり、フワフワのお人形のような髪とくりっとした大きな瞳をしている。
「フレイヤ様」
「フレイヤ姫」
少女たちは彼女の顔を見た瞬間に挨拶をした。
「ふふ、かっこいい王子様がいれば現を抜かしてしまうのは分かりますわ」
美しい姫君は口元に笑みを浮かべクスリと笑った。それを見たお嬢様たちは陶酔した表情をしている。カストールは詰め寄られることがなくなりほっと胸を撫で下ろした。
『早く静かなところに行きたい』
鬱屈した気持ちを抑え小さくため息をつくと、彼女の方から声をかけられたので返事をする。
「確か…フレイヤだったか」
「……! 名前を覚えてくださりありがとうございます」
『まあ…あんだけ名前を言っていたら覚えてしまうが』
と思ったがあえて口にしなかった。そして身なりのいい男性が近づいてきた。
「フレイヤ、ここにおったのか?」
「お父様」
声をかけられてきたフレイヤとは親子関係であるらしい。
『確かーー名はなんだったか』
「これはカストール様、先ほどの魔獣の討伐おめでとうございました」
「はい」
「さすが、王様の御子息であって魔力が高いのですね」
「いえ、私は何もしてーー」
「またまたご謙遜を」
ぺらぺらと喋る男、ニヨルドにカストールはうんざりしつつあった。
『まだ話すのかこの男』
「それで…突然ですがカストール王子はどなたか意中の相手はいますか?」
ニヨルドは微笑みながらカストールににじり寄ってくる。
「それがどうしたのですか」
「実は我が娘をどうかとーー」
『なるほど…』
ニヨルドは兄君に娘を嫁がせるつもりでいるのかと、近くで見ていたポリュデウケスは口下手で純粋なぐらいの彼だからこそこうゆう時に助太刀したくなる。自然な歩みで困っている兄の側に寄った。
「…どうされました、兄上」
ポリュデウケスの声にカストールはすぐに気づき、いつも無表情な顔が少し明るくなったような気がして思わず笑いそうになったがなんとか堪えて、いつも以上に猫を被り挨拶を振る舞う。
「こればヴァン神族のニヨルド様とフレイヤ姫ですね、ご機嫌よう」
「おおこれはこれは弟王子まで」
ポリュデウケスは礼をして、フレイヤ姫にも会釈をした。
「どうされたのですか、ニヨルド様、今宵は可憐なお姫様を連れているようで」
「お〜、いえ、娘はフレイヤと言って貴殿の兄君に紹介していたのです」
「そうだったのですか」
分かっていたがあえてポリュデウケスは分からないふりをした。そして白々しく答えた。
「てっきり自分の娘を見合いをさせたいのだろう思いました」
興味津々な二人の会話を聞くために周りが聞き耳を立てていて、【見合い】という単語に意義を唱える。
「それは誠ですか?」
位が高い神族であろうが、抜け駆けは禁物である。結婚相手は親が決めるものではなく、王子は自分が見初めた相手を選ぶことができるのだ。
問い詰められた二ヨルドは慌てふためいた顔をして取り繕った。
「いえ、そんなことはあるわけないじゃないですか、まだカストール様はお若いですし、娘が魔獣を討伐したご兄弟のご尊顔を拝見したいと紹介したまでです」
「そうだったのですか…それは失礼いたしました」
ポリュデウケスは早合点だったと自分の非礼を詫びた。
「可愛らしいお姫様と兄上がまるで絵画のようでしたので」
その言葉にフレイヤは花のように笑った。
「お褒めいただきありがとうございます、ポリュデウケス様」
その微笑みを見たものたちは魅了される。
「確かにお似合いだわ」
「そうね、悔しいけど」
囃し立て呟く人たちにポリュデウケスは毒づいた。
『このタヌキめが』
みんなが我が娘を褒めやかす状況にタヌキもといニヨルドは口元をニヤつかせた。このまま話をしても埒が明かないとポリュデウケスはやや強引に兄を連れて立ち去った。
その後祝宴会は滞りなく進み、お開きになった。ポリュデウケスは寝る前に自分の父である王に話したいことがあると言って少し時間をもらった。部屋の中には容姿の整った男性がソファに座っていた。
「ポリュデウケス…で、話しとは何だ」
ポリュデウケスはどちらに似ているかといえば父親に似ていて、カストールは母親に似ている。ポリュデウケスは祝宴会であったことを話した。
「カストールは政治には向いていないことはお前も分かっているだろう」
「あれは妻に似ている」
「母上にですか?」
「ああ…どんな者にもにもいい心を持つ持つ者もいれば、悪い心を持つ者もいる」
「それでは、私は悪い心を持っていますね」
「どうしてだ」
「あいつらの考えが読み取れたからです」
「ふ…それじゃ、私も一緒だな」
笑いを抑えきれずにいた父は声を上げて笑い、それに釣られてポリュデウケスも思わず笑った。父の笑顔で鬱屈とした気持ちは何処かへと消えていった。




