第二十五話:遭遇
ルイズとリオ、二人は急な事態に戸惑いながらも収集しようとしていた。どうしてこうなったのかと焦る気持ちを抑えながらルイズはリオに聞き込みをする。
「確認をしなかったのですか?」
「申し訳ありませんっ…職員室でヴァーミリオン先生にAの洞窟って聞いていたのですが」
『ヴァーミリオンーー!』
その名前にルイズはピンときた。人の良さそうな顔をしているが、ヴァーミリオンの本質をルイズは薄々見抜いていた。
リオのことをあまり快く思わない目で見ていたことを何度か見覚えがあり、あまりいい気持ちはしなかった。家柄や魔術と魔力も申し分なく彼の方が優れている。けれどどうしてランクの低いリオを目の敵のように見るのか分からなかった。偶然か必然かそこにルイズ達の目の前に彼が現れた。
「ヴァーミリオン先生」
「これはこれは、フィズカルト先生」
ヴァーミリオンはルイズに話しかけてきた。
「二人が一緒にいるなんて珍しい、何かあったのですか?」
「それはーー」
ヴァーミリオンはルイズを見て、そしてリオに視線を移した。
「おや? フィンナッシュ先生……顔色が悪いようですけど体調を悪くされたのですか?」
「……いえ」
「では何かあったのですか?」
その時彼の口元がニヤついたのをルイズは見逃さなかった。瞬間憤る気持ちに駆られたが、今はまだ早い。
『ここは隠していても、この男はフィンナッシュ先生が何をしでかしたのかを知っている……どういう風にバラされるか分からない』
フィズカルトは考えながら答えた。
「実は……入学予定の少年がいたのですが、その子が間違ってAの洞窟に入ってしまったようなんです」
「それは?! 本当ですか」
いかにもわざとらしい演技にルイズは冷めた目で見たが、いかにも塩らしい態度を取る。
「はい……」
「それを引率した先生は…もしかして、あなたですか フィンナッシュ先生」
追求されたことにリオは分かりやすくビクリと肩を揺らした。
「はい……」
「そう言えば昨日、話をしましたよね……入学予定の少年がいて試験を受けることを」
リオにそう問われて、ヴァーミリオンは眉間のシワを深くして首を傾げた。
「そんなこと言っていましたか、何分に疲れていたのであまり覚えていません」
「そ……うですか」
それ以上ヴァーミリオンに質問しようとしても「覚えていない」の一点張りになるだろう。休みで試験会場が変わってしまうアクシデントなど前例がない。その間リオが学校を離れていただけで、そこにこの男はつけ込んだのだろうルイズはほとほと嫌気がさした。
「ここで立ち話をしていても仕方ありません。今から救助要請を出しに、学園長室に向かいますので失礼します」
「ええ気をつけて、フィンナッシュ先生も」
「はい」
ルイズは背を向け、リオと共に学園長室に向かった。学園長室は学園の城の中にある。
〇〇
「学園長」
「なんじゃ?」
「早急に話されたことがあるそうです」
「うむ、よかろう」
学園長の秘書に挨拶をして、リオとルイズは開かれたドアの中に入っていった。中は書斎のようになっており、色んな魔道書が置かれていたが、リオは喜ぶ気持ちになれなかった。奥に行くと机があり椅子には白ひげを蓄えた老人が座っていた。
「お〜、それで早急とは一体どうしたのじゃ」
「はい、お忙しいところすみません」
「先ほどこちらのリオ・フィンナッシュ先生と出会い、問題が発覚したのでそのご報告に」
「ふむ」
「フィンナッシュ先生が入学予定の少年に試験を受けさせるまで良かったのですが……その場所を間違えてしまったのです」
「ほ〜、それで」
「救助要請のために警備員使用の許可をお願いします」
いくら魔術のエキスパートであるルイズでも魔獣蠢く洞窟に一人で入るのは危険すぎる行為である。
「あい、分かった」
学園長は秘書にいい、紙を持って来させてハンコを押した。
「それにしても、どうしたのじゃ フィンナッシュ先生は?そんなしょぼくれた顔をして……」
学園長はルイズの後ろにいたリオに声をかける。
「学園長……今回の事の八反は私の失態です」
リオは自分が侵した事の重大さに青白くなっていた。
「私は……」
「そなたは今すべきことは反省することではない」
「え……?」
「今一番困っているのは洞窟の中にいる少年じゃないのか?」
「ーー?!」
『僕は何を考えていた』
自分のことばかりを考えていて、周りのことを考えていなかった。
「……はいっ、フィズカルト先生!」
リオに呼ばれたルイズは少し驚く。
「はい?」
「今更ですがご迷惑をかけて申し訳ありません」
「へ?ああ・・いえ 私は当たり前のことをしただけなので」
真剣な目でリオに向けられたルイズは気恥ずかしくなり目線をそらした。リオがルイズと退室した時はもう暗い表情は無くなっていた。
立ち去る姿を見つめていた学園長は扉がパタリと閉められた瞬間に口元をにやつかせた。
「全く孫の成長する顔を見るのは楽しいもんだな」
学園長とリオ……というよりもリオの小父とは古くからの友人である。だからなのか学園長は子供を授からなかったため、孫ができたようで嬉しかったのである。そんな老い先短い楽しみを側で笑う者がいた。
「そうか? 俺は別にどうでもいいけどな」
その声は学園長のものではない。若い男の声である。彼はずっとこの部屋にいたことにルイズとリオは気づかなかった。
「で……どうする 学園長どの?」
この学園都市の最高責任者に向かって傲岸な振る舞いをする彼は意味深につぶやき、学園長に問いかけた。
〇〇
歩いて行くと、ひらけた場所に出てきた。
大きな穴のようなところに出てきたティルは天井を見るが、どこも同じ洞窟の景色で青色の空は見えない。
「ーーということは随分地下深くに来てしまったのかな」
自分が今どこにいるのか考えていたその刹那、生暖かい風がティルの髪やローブを靡かせる。その薄寒さにぶわりと鳥肌が粟立つ。
「うわっ、なんだ この生温いかぜ……」
ティルは風が来た方向を振り向いた。
そういえば昔母さんが絵本を読み聞かせてくれたっけ。その中である生き物の話を思い出す。
むかしむかしあるところに
ひとをひとくちでまるのみしちゃうこわいばけものがいました
そのばけものは
どうもうなきばとなんでもきりさくするどいつめとおおきなからだとおおきなはねを持つその化け物の名はーーー
『絵本の中だけだと思ったのに、本当にいるなんて』
恐怖と命の危機にさらされるティルは冷や汗をかきあまりの衝撃に動くことができない。絵本に描かれていた大型生物の名前を呟く。
ーー「ドラゴン」
ドラゴンはこの魔法世界ミドガルズではヴァティカン神国だけしか生息していない稀少な種族だが生憎ティルにはその知識を今は持ち合わせていない。
ヴァティカン神国しかいないドラゴンがなぜこんな洞窟にいるのかという異常よりも、この場にいるドラゴンを前にティルは自分の命を守ることに必死だったからである。架空のものだと思っていたのに、まさか本当に実在しているなんて
『怖い ーーけど逃げないと、確実に死ーー』
「え」
ひゅっと何かが動いたと思った咄嗟にティルは素早く後方に下がる。
だしゃん!!
ティルが先ほどいた場所はめり込んでおり、跡形もなく原型をとどめていなかった。ぴっと頰に飛んで来た飛礫が頬をかすめて切り傷ができる。あと一歩動くのが遅かったらかすり傷程度じゃすまなかった。
小さな傷ができたそれよりも、今はここをどう抜け出すかが重要である。
『どうする、どうすればいい?!』
「!」
『あれは』
ティルの視界に洞窟の横穴が見えた。あそこならドラゴンが入ってこれないと思ったティルは急ぎ走った考えている余裕は無い。
『一か八かだ』と心で念じながら横穴に入り喜んだ瞬間、呆然とする。
「やったーーって、え?!」
『底が見えない?!ーーそうかっ……横穴じゃなくてこれはーー大きい穴』
しかし気づいた時にはもうすでに遅かった。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
ティルの体は為す術なく吸い込まれるように暗い穴の中に入り下に下へとに落ちていった。




