第二十二話:リオの悪いクセ
一方、レイヴァント家は穏やかな日々を送っていた。ティルが旅立ち一週間が経った。ティルがいなくなってから寝かすのが父と母の役目になり、寝かせようとするが、どうにもぐずついてしまうのである。
生みの両親でもあるにも関わらずにだ。それもそのはずである。二人を寝かしつけていたのはティルだったからである。
ティルは生まれてからずっと肩身離れずに二人の側にいたのだ。ティルの育ての親エルヴィスはマリノアに子供達の眠っているかどうか様子を窺う。
「寝たか?」
「…うん」
ドアの隙間から双子の姉弟が寝ているか確認する。健やかな寝息が聞こえぐっすりと眠っているようである。
エルヴィスとマリノアはようやくリビングに戻った。子供達が眠っている時だけが二人だけの時間になる。
普段のマリノアは髪を結んでいるがふわふわの髪も今は解かれていて幾分か幼さが戻る。
マリノアはエルヴィスの肩に顔を寄せる。
「ティルがいなくなって寝つくのが遅くなって心配したけどもう大丈夫そうね」
エルヴィスがティルが旅立つ時のことを思い出した。双子が顔を赤らめてティルが旅立った姿を見えなくなるまでじっとしっていたことに困ったことを思い出した。
「ずっとあそこで立っているから家に入れようとしてもてこでも動こうとしなかったし、あのときはさすがにまいったね」
ふふとマリノアは微笑んだ。
「それにしてもリオ君が先生なんて時が経つわけだね」
「そうだな」
「……エル君?」
いつもならすぐ返ってくる返事が返ってこないこと不審を抱き妻は夫の顔も窺う。つい昔の呼び方で呼んでしまった。エルヴィスの少し浮かない表情にマリノアは不思議がる。
「一つ不安なのはあいつの悪いクセが直ってくれているといいんだがな」
「悪いクセ?」
『リオ君に悪いクセなんてあったかしら』
マリノアは考え過去を振り返る。そして、夫の言葉でようやく思い出したのである。
「あ」
エルヴィスはすかさず声を出すであろうマリノアの口を手で塞いだ。もがっと声にならなかった声音が手の中で不発する。
「ん”〜〜〜」
『なんで止めてくれなかったの〜!!?』
マリノアが言いたかったことは察しがつくエルヴィスは素直に謝罪する。
「悪い、俺もさっき思い出した」
父のエルヴィスはいつもの無表情さを崩すこともなく淡々としていた。不安を押し隠そうとしているのか、自分がハンターの技術を叩き込んだ自信からなのもあるだろうがーーマリノアは今は母校にいるティルの安否を心配する。
『何事も無ければいいんだけど』
母の心中は山奥の夜の静寂さとは裏腹な気持ちであった。しかし、数日後マリノアの心配も虚しく裏切る事態が起きてしまう。
〇〇
ティルの入学試験当日ーーー今、ルイズ・フィズカルトは猛省していた。
リオが学校に帰省したらカフェ・ピエールに行ったのはオムレツが目当てなのも本当であるが、二人きりで食べることも目的であったのだ。
先ほど出会ったリオに嫌味を言ってしまったことに後悔して余計に苦手意識を持たれたかもしれないと苦悩していたのである。
けれど、周囲の者に知られたくないルイズは素直になれないのである。そう彼女は筋金入りのツンデレなのだ。
今日が休みで助かった。こんなことでは教鞭を執る者として授業中に身に入らないだろう。2時間ぐるぐると同じことを考えていると森の中に差し掛かった。森林浴の中でリフレッシュしようとした時にリオの姿を捉えた。
ルイズは周りに誰もいないことを確認し勇気を振り絞り、彼に声をかけた。
「こんな所で何をしているんですか、フィンナッシュ先生」
「え、フィズカルト先生」
自分を呼ぶ声にリオは振り返る。
「何って……入学の試験を今やっているんです」
「さっき会ったティル君のーー」
リオの顔面を思わず近距離で見てしまったルイズは思わず顔を背けた。
「はあ? 何を馬鹿なことを」
「え?」
リオはルイズの言葉に不思議がる。ルイズは素直に言えない言い方にやきもきしていた。
『私の馬鹿!なんでもっと優しく言えないの』
「ここは確かに試験用の洞窟でしたが、つい最近移動されて今は「B」の洞窟ですよ。ここには危険生物である魔獣がーー」
そう言いながら振り返るとごく当然に言ったはずのルイズは後ろを振り返り彼の顔色に衝撃を受ける。真っ青になったリオの表情にである。ルイズはさっきの会話を早急に思い出した。
『今、彼はなんて言っていた』
『入学の試験を今やっているんです』
『ティル君』とはカフェで会った入学予定のあの少年か!?
「ーーっまさか!?」
ルイズの叫びはティルが入っていった洞窟に虚しく響き渡った。ティルが洞窟に入ってから一時間後のことである。




