第二十一話：恋は思案の外・虫の知らせ

「うわ〜　美味しそうですね」

　テーブルには新鮮なサラダにはドレッシングがかけられている。そして夜ご飯抜きのティルのために頼んでくれたのだろうサンドイッチがある。

　そしてリオに食べて欲しいと言われたオムレツのインパクトに驚いた。まずはサラダから食べる。

　シャキッとしたレタスとキャベツの横にはコーン入りのポテトサラダが入っている。ポテトサラダにはコーンのプチットした食感を甘さが食欲をそそる。玉ねぎのドレッシングの酸味がポテトサラダとコーンの甘さを引き立てる。きゅうりの瑞々しさが喉を潤してくれる。あっという間に平らげた。

　次は見るからにボリュームのあるサンドイッチである。

「これは何のサンドイッチですか？」

「それはハムをカツにした、ハムカツサンドです」

「なるほど〜」とティルは相槌を打ち、一口食べて咀嚼すると、もう止まらなかった。

　ハムのジューシーな塩っ気としつこくない脂、それに下地にしているマスタードのピリッとした辛さとハムの甘さがベストマッチである。

　サクッとした衣は薄いが、ハムに纏っていて、甘いコクのあるソースによく合う。奥歯で噛むごとにハムの芳醇な香りが鼻に抜けるのが至福の瞬間である。最後の楽しみに取っていたのはオムレツである。

「これがリオ先生の言っていたオムレツですね」

「はい、食べてみてください」

　一瞬パンケーキかと思ってしまうが、歴とした卵料理である。黄色くふわふわとして、スプーンで弾けばあっけなく崩れてしまうのではないかと思うぐらいである。いざっと勇気を振り絞り食べようとすると、弾力があることに気づいた。

『すごいっ　めっちゃふわふわしている』

「いただきます！」

　一言添えて、パクリと口の中に放り込む。口の中に入れた瞬間、卵のまろやかさな甘みが口の中いっぱいに広がる。

「どうしてこんなにふわふわなんでしょうか？」

「それはですねーー」

　リオが説明しようとしたら、横から女性の声が横いりする。

「それはメレンゲです」

　リオではないがティルはそのまま話しを続ける。

「メレンゲって、卵白を泡立たものですか？」

「貴方は料理をよくするんですね」

「お母さんは料理を作るのが大好きなんで」

「いいお母さんですね」

　キリッとした目元から想像つかないぐらい優しげな雰囲気に変わる。

『この人怖いかと思ったけど、優しい顔もできるんだな』

　ティルが心の中で見た目だけで判断したことに、少し反省する。

〇〇

「あのリオ先生とはどういう知り合いなんですか？」

「私は学園の教師をしています。　ルイズ・フィズカルトと申します」

　ティルは慌てて自己紹介をする。

「あっ、僕はティル・レイヴァントと言います」

「僕？」

　ティルの一人称に何故かハッとするルイズ。

「ごめんなさいっ　私、貴方を女の子だと思ってました」

「ああ……なるほど確かによく間違わられますね」

　ティルの今の外見はローブを羽織っているため女性か男性かの判別がつきにくい。ローブをしていなければ間違うのも格段に少なくなるが、元々細身であるティルが仕草が男っぽくないというのもある。

「ちなみに僕も最初フィズカルト先生に女の子だと間違われたんですよ」

　リオはどこか遠くを見つめながら呟いた。何か過去にあったのだろうとティルは気になったが、

「それは君がーー」

　フィズカルトが何かを言いよどんでいる様子にリオは気になった。

「僕が何ですか？」

　その二人の様子にティルは尋ねる。

「二人は付き合っているんですか？」

「へ？」と言ったのはリオで。

「え？」と驚いた声を出したのはルイズである。この時面白いことに正反対の反応が返ってきた。リオはぽかんとしておりまさに寝耳に水状態である。

　ルイズは頰に赤みが染まり、なぜかテンパっていて当初のクールさは何処へやらあたふたとしている。

「何を言っているんですか？！」

　それに同意するかのようにリオは強調する。

「そうですよ。　僕とフィズカルト先生は付き合っていませんよ」

　ティルはこの時ピシリと亀裂は入ったような音が聞こえた気がしたのは気のせいではないだろう。ルイズの顔が石化したように無表情になったその直後キリッとしたいつものクールさが戻るのを間近で見てしまい目線を逸らしたくなった。

　ルイズはリオではなくティルの方に話しかけた。

「ティル君はもう入学試験をやったんですか」

「いえ、まだこれからですよ」

　ティルが発言する前にリオが答えるとルイズはニッコリと笑みを浮かべ嫌みたらしく忠告する。

「そうですか、入学楽しみにしていますよ。フィンナッシュ先生はく(・)れ(・)ぐ(・)れ(・)も(・)あ(・)ま(・)り(・)問(・)題(・)を(・)起(・)こ(・)さ(・)な(・)い(・)で(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)ね(・)。　それでは、御機嫌よう　ティル君」

「はい、フィズカルト先生」

　ティルは普通に答えられたが、リオに対して些か語調が強すぎるようなのは気のせいではなく彼はルイズの迫力に慄いているというか若干震えているのがわかった。ティルにだけ目線を合わせて、最後にリオを横目で見て立ち去っていった。

『やっぱり……そういうことか』

　最初からおかしいと思ったのはルイズがティルに向ける視線である。ティルが男だと聞いて、安心した表情と恋人なのか示唆した時に見せた様子に故郷にいる両親も思い出した。

『僕の父さんも町まで降りるとモテていたからな、そして母さんも結構モテる』

　子供にとってそれは誇らしいことなのだが、エルヴィスが女性の人に言い寄られているところを見たルイズの表情がその時のマリノアの表情にそっくりだったからだ。

　ティルはこの時、ルイズがリオに好意を持っていることに気づくが当の本人は全く気づいていないどころか彼はどうやらルイズが嫌いとはまで行かないが苦手のようなので彼女にとっては前途多難である。

　もう少し彼女のぶっきらぼうをとれば良くなると思うのだが先ほどの言葉が藪蛇にならないことを祈った。

　美味しい朝食を食べ終わり一服していたときにふとルイズの一言を思い出したのでリオに聞いた

「そういえばフィズカルト先生が言っていた問(・)題(・)って何ですか？」

　その時リオの肩が大きく揺れたが食後のコーヒーを飲んだ後で言ったのでこぼさずに済んだ。ティルは普通に聞いただけなのにその動揺っぷりに驚く。

「そ、それじゃ、行きましょうか　ティル君」

　口元が怪しかったが毒気も無くティルに眩しいくらいの満面の笑顔に向けるリオに何故か寒気を感じた。

『いやな予感がーー』

　その虫の知らせが的中してしまうなんて、一体誰が予想するだろうかこれから自分の身に降りかかる災難などをーーティルは不安を抱えながらもリオの小さな背中を付いていった。

「ここは？」

　ティルとリオはカフェから移動して数十分歩いて学校から少し離れた洞窟の前にいる。中からビュビュという風の声が聞こえる不気味な音とどこまで続いているのか分からない不安が押し寄せる。

「さてとティル君には基本的な体力・知識があるのか試験をしてもらいます。試験の内容はこの洞窟の奥にしか咲かない花を取ってくる簡単なものです」

『え、それだけ』

　ティルは話を聞いて内心ドキドキしていたが、試験の内容を聞いて拍子抜けするぐらいである。

「試験って聞いて一瞬びっくりしましたけど、何だか思ったより簡単そうなので安心しました」

　ははとティルは空元気に笑った。

「入学前のうら若き少年を危険な目に遭わせる訳にはいきませんよ」

　リオは無邪気にティルを安心させるように言った。

「そうですよね」

　不安な気持ちがあったがリオの言葉を信じティルは薄暗い洞窟の中に足を踏み出した。