第二十話:ヴァーミリオンの計略・まずは腹ごしらえ
学園の廊下には一つの授業が終わってちらほらと生徒たちがいる。教室から出てきた生徒たちにヴァーミリオンはにこやかに生徒に挨拶をした。
「こんにちは」
「ヴァーミリオン先生、こんにちは」
一見教育者の鏡のような立ち居振る舞いをする彼だが人には言えない秘密があった。周囲に誰もいないことを確認した彼は舌打ちと共に小声で呟いた。
「ち、あの落ちこぼれ、まだ学園にいたとは……」
ここ数日見かけなかったので、てっきり学園にいることができなくなり消えていったかと思っていた。
ヴァーミリオンは人の良さような顔をしている反面、人がいなくなると本性を露わにする二重人格者だった。
彼マクシミリアン・ヴァーミリオンはシモン共和国の貴族の家に生まれて勉学も魔術も兼ね備えたエリート中のエリートである。
ランクもCランクと高く、そそっかしく落ちこぼれのリオを見ていると内心苛立ちを覚えていた。
「どうしてあんな奴がこの学園に入れたんだ」
この魔法学園都市は数百年ものの歴史があり、代々の学園長の一族が統括している。シモン共和国に君主と呼べるものはいないが、この学園都市は国の2大勢力の一つであり、近くにはもう一つの勢力であるギルドの総本部があり、どの先生も優秀な魔法使いの技能を持っていた。
わだかまる気持ちを抑えながらヴァーミリオンが職員室に戻ると不満の元のリオがいた。
『ちっ、この短時間でまた会うとはな』
内心舌打ちをしながらもポーカーフェイスを保つのは得意である。苛立ちはあったがそれよりも何やら準備をしている彼の様子が気になったのでヴァーミリオンはリオに聞いた。
「フィンナッシュ先生、何の準備をされているんですか?」
「ああ、これは明後日入学試験を受ける子がいるのでその準備を」
「入学試験のテストですか…誰か入られるのですか?」
先生や見習いでも資格があれば試験を受けさせることはないので問題はない。
「はい、僕の知り合いの子供さんなんですけど」
嬉しそうにいうリオに顔面に笑みをはりつけるヴァーミリオン。
「そうなんですか(知り合いの子をテストか)」
『大したことでは無いなーー!?』
と聞き流そうとしたヴァーミリオンはそこでふと思いついた。その確認のために彼はリオに聞いた。
「確か入学試験の実技の場所はAの道窟でしたね?」
リオは淀みなくそれに答えた。
「ーーはい」
「気をつけて、フィンナッシュ先生」
心配そうに手を振るバーミリオンにリオはお礼を言った。
「はい、ありがとうございます」
バーミリオンはリオに背を向けた瞬間口元に笑みを浮かべた。
『これだーー! これでフィンナッシュを辞職させることができる』
ここが往来でなければきっと高笑いしていただろう、ヴァーミリオンは小気味よく歩いていった。
〇〇
その様子を一部始終見ていたものがいた。ヴァーミリオンは最後までそのものに気付かなかった。
〇〇
そしてティルは午後からリオと約束していた通りに学園のことの説明を受けてその日は終わり、朝食を食べた後に入学試験を明日受けることになった。
部屋の中は少し薄暗い。けれどカーテンの隙間から太陽の光が差し込んできて、ティルの目に心地よい刺激を与えられてゆっくりと目を覚ます。
ティルはぐっすりと眠り清々しい朝を迎えた体を伸ばしてほぐしていくとお腹の音がグルルと鳴った。
そういえば昨日の夜は何も食べずに寝たんだっけと寝惚け眼で考えているとコンコンとドアの扉にノックされる音が聞こえた。
「はい」
誰だろうと考える必要もなく、ティルがいる部屋をノックする思い当たる人は一人しかいない。
「おはようございます、ティル君」
ティルは何の躊躇もなくドアを開ける。
「おはようございます」
ドアの外にいたのは昨日の夕方に別れたリオだった。
「昨日はゆっくりと眠れましたか?」
「はい、ぐっすりと、けど……色々と考えて寝過ぎて夜を食べていないんです」
グルルルル
ティルが話す手間が省くかのように、お腹の音の方が正直である。リオはクスリと微笑んだ。
「まずは、お腹を満たしてからですね。この宿屋の近くに美味しいカフェがあるのでそこで朝食をとりましょう」
「はい! すぐに準備をします」
お腹が空いているティルは急いで身支度を整えるとロビーで待っているリオと宿屋を出てカフェに向かう。
カフェ ピエール
学園都市を代表する老舗のカフェ。老若男女問わず人気があるようで、子供連れの家族もちらほらいる。
カフェにたどり着くと軒先にはいくつもの鮮やかなパラソルの下には洒落たテーブルと折り畳みの椅子が置かれている。
「すごいですね、人がいっぱいなのにここだけ空いているなんて、軒先で食べれるなんて贅沢ですね」
「宿屋に泊まった人はここのランチを食べれるサービスがあるんです」
「そうなんですか!」
「ティル君には是非食べて欲しいものがあるんですけどどうですか?」
「是非、お願いします」
ティルは目を輝かせながら答えた。メニューを選び店員に注文すると、リオは一言言った。
「すみません、少しお手洗いに行きます」
「はい」
ティルは少しの間だけ、一人になるが別に不安に感じることもない年齢だし、泣き出すほど精神的に不安定なわけでもない。
逆に楽しいランチを待つ間、近くで見える行き交う人たちを見るのがとても新鮮で面白く感じている。けどその楽しい人間観察も数秒後、終わりを迎える。
一人の女性の介入によってーーー
「あの、すみません 相席してよろしいですか?」
「ーーえ」
〇〇
耳が尖っている。ということはこの人はエルフかな。深い緑の髪に深いうっとりするような青い瞳をしている。
服装は黒のネクタイに真ん中が割れたフレアスカートに黒のストッキングを履いている。長めのスカートだが長身でスレンダーな彼女には合っていると感じる。
「私、ここのオムレツを楽しみに来たんですけど、どこも空いていなくて……それで一つだけ席を空いているのを見つけて」
確かに円形のテーブルは少し大きめで三人は座れなくはない。椅子をもう一つ増やせば済む話だ。ティルは特に断る理由もなく了承した。
「大丈夫ですよ、あ、リオ先生に言っておかないと」
ティルはまた景色を眺めることを開始しようとしたが、先ほどより集中できそうにない。
ずっと見詰められているのは気のせいだろうかとティルは横目で伺うと、女性が頰杖ならぬ顎杖をつきながら指を交差させて凝視していたからだ。ティルは思わずビクリと肩を揺らした。
「あの何か…?」
「君はーー」
驚いたティルは少し身を引く。何かを問いかける様子に律儀に待っているとーー
「?」
女性が口を開く瞬間に待ち人が現れた。
「お待たせしました……ってーーフィズカルト先生!? どうしてここに」
どうやらリオの知り合いらしい。先生という単語にティルは察しがついた。
「お久しぶりです。フィンナッシュ先生、私はここのオムレツを食べにきただけです。 席が空いてなくて困っていたところ、この子に助けて頂いたのです」
「…そうなんですか」
「はい」
そこでお待ちかねの朝食が良い香りと共にやってきた。
「お待たせしました。 オムレツセットのお客様〜」
「あっ、はい」
リオ先生が手を挙げた。頭にはカチューチャをつけている若い女の子が食事を運んできた。
白いフリルのエプロンにウエストがキュッとしていて胸元には小さめの黒いリボンにはブローチが付いている。後ろには尻尾のような大きめのリボンがあって可愛らしい。
「ゆっくりとお召し上がりください」
素敵な笑顔で店員の女の子は軽やかに立ち去って行き会話を再開しようと思ったが、目の前の食欲にティルは負けてしまった。なにせ腹ペコだったから。




