第十九話:通りすがりの謎の少年
裏通りは大通りよりは薄暗くて人気が少ない。その真ん中でフードを羽織った少年はピタリと止まった。『なんだ』と後を尾けていた男性二人組は物陰に隠れてそっと様子を伺う。
「あの〜僕たちに何か用でしょうか?」
男二人はどきりとした。一瞬誰に話しかけているのか考えたが次の一言で焦燥に変わる。
「そこの物陰に隠れている二人組に聞いているんです。どうして僕たちの後を尾いてきていたんですか」
『あ、兄貴……』
「ちっ、バレたらしょうがねえな」
男二人はのそりと物陰から現れた。
ティルが予想していた通り、物陰から二人組の男が現れた。手前にいるのは太っていて背が低く、奥にいるのは痩せ型で背が高い。
今はまだ身構えるのは早い。こちらも緊張すると、相手にも心情が伝わってしまう。ティルはまた同じことを聞き直した。
「それで僕に何の用ですか?」
不安そうにティルは身を縮めながら聞くと、相手は小馬鹿にするように話した。
「ああん、俺たちが用があるのはお前じゃなくてお前がおぶっている娘の方だよ」
太っている男ランディはティルがおんぶしている女の子に指をさした。
「この子に一体何の用ですか? あっ、もしかしてお知り合いとかですか?」
そう聞くと、ランディは気が短いのかティルの緊張感のない話し方に苛立ちをぶつけるように話した。
「知り合いなわけねえだろ、そいつを攫って売っ払おうとした時にお前が邪魔に入ったんだ」
「え……そうなんですか?!」
『やっぱり、そうだったか』とティルは心中は呟いた。
「ああそうさ、だからその娘を置いて」
背の高い男ランディはティルに語っていると、
「あんまりベラベラ喋るんじゃねえ」
「痛っ すみません 兄貴!」
ランディの後頭部を拳骨したのは彼の背後にいたブロウだった。今度はランディが奥に行き、ブロウが前に出た。
「それでお願いがあるんだが、その娘を置いてとっととどこかに言ってくれないか」
笑っているが、目の奥が変わっていないことに尚更不気味である。ランディという男よりもティルは警戒しながら喋りかける。
「置いていかなければどうなりますか?
「そうなったら、一生歩けねえ体にするまでだな」
口元に笑みを浮かべながら、楽しそうに話した。
「そうですか……それじゃあ、逃げます」
ティルは手を振って、駆け出した。男二人は呆然と見送り、まさか逃げられるとは思わなかったので一瞬呆けた顔をしたが、すぐに理性を取り戻した。
「あいつ、逃げやがったな、まあいい……楽しい追いかけっこになりそうだな」
「ってあいつ結構足早くねえ」とランディは突っ込み自分の足に『強化』の魔法をかける。
ティルは全速力で走っていたが、真上に影が走ったことに気づきその場所を避けた瞬間ドシンと地響きの鳴る音が聴こえた。
そこには太っちょのランディが立っており後わずかでも遅ければその巨体に踏み潰されていた。見かけによらずに俊敏だとティルは驚く。
「お前足が速いな、身体強化の魔法をかけないと追いつかなかったぞ」
『“魔法”…そうだ……ここはもう今まで育っていた山奥や町でない』
「兄貴、追いついたぜ」
そうティルが考えていると後ろの方からブロウの方も追いついてきた。
「ああそうか、お前の方がスピードが速いからな」
「へへ」
ランディはブロウに褒められたことに照れ臭そうに笑った。
『やばい、一気に追いつかれた』
相手は魔法を使うことができるし情報が少ない。そしてティルは魔法を使えないし、圧倒的に不利な状況である。
「逃げられたら面倒だからまずはその足を潰すか」
もうなす術がないティルは後ずさるしかない時、どこからか人の叫び声が聞こえた。
「おまわりさん、こっちに早くきてください!!」
その声にブロウが舌打ちをする。
「チッ、騒ぎすぎたか」
「でもこいつだけでも」
諦めの悪いランディは持っていたナイフでティルに飛びかかろうとすると、地面の上にコロコロと転がる球体がランディの足元にぶつかった瞬間煙が広がった。
「なんだっ?! これは」
その煙を直に吸い込んだランディは意識を保てなくなり、倒れ込んだ。
「おい?! ランディ、くそっ」
ブロウは駆け寄りランディの容体を見ると口元を大きく開け寝ていた。
「……寝ている? あいつは…一体」
ブロウは二人に問いただそうとしたが、そこにはもう誰もいなかった。
〇〇
「はあ、はあ」
ティルは数十秒前まであの場で立ちすくんでいたが、手首を握られた同時に走り出した。
『走って』
その言葉に突き動かされたティルは彼のいうことを聞いた。
「ここら辺でいいですかね」
同じローブを羽織っていた少年は頭にかぶっていたローブを取り去った。紫紺のセミロングの髪に緑の目をしている。助けてくれた少年が同じくらいだということにティルは少年の顔をまじまじと見てしまった。
「僕の顔に何か付いていますか?」
見られていることに少年は不思議そうな顔をする。
「あ、いいえ、何にも…あの助けていただいてありがとうございました」
「いえいえ、困った時がお互い様ですよ……それと邪魔なんですよね、ああいうの僕の庭で勝手なことされるのは」
もの柔らかい印象が一転、一瞬目の前の人物が言っているとは思えないぐらい冷たい声音でティルは固まった。
「え…」
「ここは僕のお気に入りの場所なので、人が多いとこんなことがありすぎてと困ったものですね…」
ため息をつきながら苦笑する少年に自分も同意した。
「そうですね、自分のお気に入りの場所が荒らされるって嫌ですよね」
少年の方から唐突に話が変わった。話はティルがおぶっている女の子の話題になった。
「それとーー後ろの女の子は大丈夫でしたか?」
ティルはおぶっていた女の子を下ろすと少年は目を見開いた。
「え、ああ…これは囮ですよ」
「え……」
「女の子はお店の方にお願いをして、もう保護されているはずです。尾けられていることは分かってから女の子と一緒に歩くのは危険だと思ったのでお店の方にローブをもらい二人組の男を誘導しました」
「そこまでは良かったんですが、僕は魔力が無いので…っじゃなくて少ないので」
「魔力がーー「無い」?」
ふと本当のことを言ってしまったティルは言い直そうとするが、少年が「無い」と言う言葉に関心が持っているので言い直すことをやめた。ティルは見ず知らずの人でも誤魔化すのは止めた方がいいと思った。
「……はい、魔力が少ないとかじゃなく無いんです」
「……なるほど…」
「これで学園を受ける試験がどうなるか分からないんですが」
ティルは恥ずかしそうに頬をかいた。
「ああ、君は学園に入学するんですか?」
「まだどうなるか説明を受けていないので分からないですが、午後からリオ先生から説明を受ける予定です」
「…リオ、リオ・フィンナッシュ先生?」
「はい。 もしかして学園の生徒の方ですか?」
「……はい、そうなんです。 それじゃあ学園で会えるのを楽しみに待っていますね」
そう最後に言い残し、ティルは名前を聞くのを忘れていたことに気がついた。
「あ、そういえば、名前なんて言うんだろう……あれ? ーーいない?」
ティルが振り向いたときはそこにはもう少年の姿形はなかった。
〇〇
「魔力が無い少年、あのリオ先生が連れてきた」
この魔法世界で魔力を持たない存在がどれだけ珍しいことなのか彼自身も気づいていない。
「面白くなりそうですね」
ニタリとほくそ笑みながら、少年は学園がある方向に帰って行った。
〇〇
迷子の子を見つけたティルは二人の悪人とちゃんばらを繰り広げていたときに、リオは久しぶりの学園に戻ってきていた。
マルドォーク学園の外観は学校というよりも規模があり、城塞と呼ぶにふさわしい。街並みと同じ石造りで出来ており、下から見上げればその大きさに圧倒する。街の方はセキュリティーが甘いが、学園の中に入るためには検問があり、それを通り抜けなければ中に入ることができない。
リオが検問の近くに現れると、一人から馴染みのある声をかけられた。ティルの手続きをするために職員室に向かった。
「お〜、リオ 久しぶりじゃないか」
「スキンさん、お久しぶりです」
リオは手を振り返事を返した。スキンは中年の男性だが、服の上からでも分かるぐらい筋肉が鍛えられている。
「お元気でしたか? 旅は楽しかったか?」
「はい、楽しかったですよ」
「そうか よかったな」
スキンは朗らかに笑い、リオを見送った。リオの後ろに並ぶ生徒にも声をかけて、挨拶をしていった。分け隔てなく接する彼にリオは好感を抱いていた。
「ふ〜、あと何回あの人の顔を見ることができるのだろう」
この言葉で誤解を招きかねないが、リオは決して不治の病などで死期が近いというわけではない。ため息を吐きながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「フィンナッシュ先生」
フィンナッシュはリオの苗字である。
「はい」
呼ばれたことに咄嗟に反応したリオは振り向いた。そこには眼鏡をかけた男性が立っていた。リオはその人が誰なのかすぐに気づいた。
「ヴァーミリオン先生、こんにちは」
「お久しぶりですね」
パッと見て痩せ細った体をしており、髪は前髪を分けていてほおは痩せこけている。生徒たちからも人気がある先生でリオも憧れている。ここ最近姿が見えないことにどうしたのかと思っていたらしく、
「学園内でお見かけしなかったからどうしたのかと心配しておりました」
心配してくれていたことにリオは恐縮する。
「それはご心配をおかけしました」
「長旅でお疲れでしょう、ゆっくりと休んでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
リオはペコペコと頭を下げながら立ち去っていった。




