イカ釣り編 ヌイの焦り
領府について3日が経ったがイペンサ様は何もしようとはしない。私はどうすべきかも分からず、ただ日々を漫然と過ごしていた。イペンサ様は私の村の英雄である。8年前に村を訪れたイペンサ様は塩作りの方法を伝え、未開地を開発し、領主と交渉し村の地位を向上させた。その英雄が働いてくれない。私は焦るばかりである。
「ヌイ不安なのは分かるけど、焦ってもどうしようもない、私達に何が出来るの? 私達はイペンサ様に言われた事をやっていればいい」
領府に付いた翌日から私達はイペンサ様に案内された地区の露天を見て周り、その値段を羊皮紙に書き付けるという行為をひたすら続けていた。物の値段を覚えるためと聞いてはいるが、暢気に観光まがいのことをさせられていた私は、ジキの言葉に私はつい反発してしまった。
「ジキさんはいいですよね、既に村に対策を打ってあって2年後までに何とかすればいいんですから、でも私の村は今まさに危機に瀕しているはずです」
私は関税が上がったことが村にどう影響するか、まだ良く分かっていない。塩が値上がりしただけなら、その分村への利益も上がるはずだ。だがイペンサ様はそう言って安心させてくれないし、そもそも関税が上がったということがどういうことか教えてくれない。私がわかる税は塩を作成して売るときに、領主様の塩販売所を通して売らねばならず、売価の4割が税としてとられることである。それが上がったのかとイペンサ様に聞いたが別の税が上がったというだけだ。それでもなお税が上がって村に良い影響があるわけが無い。
「私は確かに幸運だと思う、ルサも心配そうにしてる。でも私が村にいても何も出来なかった」
ジキの言い分は私には何も出来ないと言いたいのだろう。そんなことは分かっている。でも!
「何とかできるイペンサ様の近くにいるのは、私達だけよ! イペンサ様になんとしても解決してもらわなければ!」
そうイペンサ様は英雄だ。今回もきっと何とかしてくれるに違いない、普段まったく働いていないけれどジキの村での一件は知っている。きっと何とかしてくれるはずだ。でもイペンサ様はすぐに仕事を怠けるのだ。今回も怠けているに違いない!
そんな様子を見た護衛兼散歩に連れてきたロタは「落ち着きなはれ」と、ヌイの膝に手を伸ばし爪を立てずに私の膝を掻いている。
「そのイペンサ様が待つ必要があると言った。大体ヌイの村を出るときに、既にこのことは分かっていたと言っていたのだから、対策はしているはず。今年のイペンサ様は例年より長く村に留まっていた、と言ったのはヌイ自身」
そう今年は例年に無くイペンサ様が村に長逗留した。10日ほどだが初めて村に塩田を作ってくれたとき以来のことである。とはいえ8年前は私は5歳で村で何が起こっていたかよく知らない。物心ついた頃には皆で塩作りに奔走していた。イペンサ様と村の女6人で何ヶ月かで作り上げたと聞いている。
「でもイペンサ様は怠けているだけかもしれないじゃない!」
そうなのだ、村を出るときにイペンサ様の妻として認識されている製塩職人の親方に、怠けないように注意しろと言われたのだ。ハニートラップに引っ掛けた本人であり、最もイペンサ様を動かすのが上手いといわれている。
「他所の塩の味も教えてくれたし、ズース領の一級塩がどのように出回っているのか、もし発見したらどれが本物か見分ける方法も教えてもらった」
逆に言うとこの3日間で教えられたのはそれだけである、1日もあれば終わる話だったのだ。但し他所の塩の味を知ることは有益だとは思った。砂交じりの塩があれほど不味いとは思わなかった。
特に困ったのが調理に使うと塩加減が足りなくなるため、後々塩を足していくことになるのだが後で塩を足すものだから、食材に味が滲みず美味しくないのだ。これをどこの一般家庭でも使っているというのだから驚いた。塩加減に関する味覚が鋭くないと、美味しい料理が作れないんじゃないかと思う。領府に来る途中で立ち寄った宿の食事が、美味しくない理由が理解できた気がした。
但し私達の塩の使い方が控えめなだけで、一般家庭では砂交じりの塩を使うために、味付けが濃くなるよう大胆に塩を使うそうだ。それはそれで大味な料理の理由になると思う。その上更に砂のおかげでじゃりじゃりするのだから、あんなものでは美味しい料理を作れるはずが無いと思った。
またズースの塩が出回っていないのも私にとっては初めての体験だ。西部では塩の産地としてそこそこ有名なのに、他の地域ではほぼ無名の上に使う業者も限られていて、その領の領主様を通さないと手に入らないとは思わなかった。偽物の見分け方は村でも習ったが、貴族様の印章まではまだ全て把握していない。
「私は村の皆に、イペンサ様が怠けないように見張っておくように言われたの!」
「私は同時にイペンサ様の指示に従うようにも言われた」
それは私も言われている。そもそも求められたなら身を捧げよとまで言われている。村人のそんな思惑に対して、親方はそんなことは無いだろうと言っていたし、実際旅の最中でも私を子ども扱いするだけで女性としては見てくれない。今回選ばれた理由も私がある程度読み書きが出来るからという理由が大きい。
そもそもイペンサ様は年増好きと言われている。村に立ち寄ったときが17だったのである。それで5歳年上の親方を抱いたわけであるから、15で結婚する私達から見れば十分年増好きである。
但し親方の前でそれは言えない。イペンサ様は年増好きという言葉を聞くと「私はまだ若い! イペンサだって抱いてくれる!」とイペンサ様と出会う前に既に子持ちで現在では30を過ぎた親方は暴れるのである。
そもそも何故イペンサ様が村に塩作りを伝えたかというと、8年前の村は貧しいことこの上なかった。まず土が悪い、粘土質で作物が育たない。その上塩害まであって、ますます作物が育つ状況に無い。そのため主食となる穀物を他所から買う必要があった。その上更に悪いことに雨があまり降らない。雨季が終わると真水が手に入らなくなるのだ。それを防ぐために貯水池を作ってあるのだが、乾季が終わる頃には極端に水が悪くなっていて、その上塩害により塩辛くまでなっている。そのため遠く離れた町から水を貰う必要があり、それが村と町の関係を表していた。
そんな不毛の地に何故村人が住み着いたのかというと、私の村が強制によって開拓されたからである。私の親が生まれる頃に罪人を出した家族をまとめて、魚を獲るために沿岸に送られたのだ。そのため産業は海産物しかなく町で魚と交換に穀物を貰うものの、年を経るごとに魚は安く買い叩かれる。魚を買わなくても生きていけるが、穀物が無くては生きていけない。水すら年に一回は町の厄介にらならければならない。家族が罪人を出したということで差別にもあう、逃げ出したくても国の西部はどこも苦しいので、人の口が増えるのを歓迎しない。結果として行き場が無いのだ。
そんな状況下で村の女は成人したら町の娼館に身売りする。食が確保できて僅かながら現金収入が手に入り、それが村に住む家族の支えになるから仕方が無い。しかしながら娼婦をしていれば子供が出来る。娼館で子供の面倒は見られないから村で何とか面倒を見てもらう、そういったサイクルが既に出来上がっていた。年を取って娼婦として使い物にならなくなる頃には、大抵病気でやられているので、村の女は使い捨てにされているようなものであった。そうならないために出来るだけ娼館で良い夫を探すのが、村娘にとっての幸福への近道であった。
だがとうとうそのサイクルにも限界が来た。村で支えられる人口の限界が来た状況下で、更に現在の親方が子供を抱えて里帰りしたのである。これ以上村に負担になる子供を抱えられない、だが娼館でも面倒を見てくれない。もはや子供を捨てるしかない。そういう状況下でイペンサ様が訪れたのだ。
ふらりと村を訪れたイペンサ様は、当時成人して少しばかり経験をつんだ若造に過ぎなかったが、犬を連れていた。コカヌ犬は手に入れるのは難しくないが、維持するには食費がかかり連れているだけでその甲斐性が窺えるものだった。初めは見栄のために連れているだけだと思われたが、釣り師と名乗るイペンサ様は次々に魚を釣り上げ、終いには海獣のイルカや鯨も釣り上げる。
この周辺ではサメやイルカを食べる、大型の肉食鯨というか鯨の魔物が回遊していたが、村人が獲れるのは大型の魚が精々で鯨が近くにいても銛も無く、鯨の抵抗に耐えるだけの船も無かった。イペンサ様はそうして釣り上げた獲物を自分で調理し食べるのだが当然余る。イルカ程度なら燻製にして余りは犬に与えていたようだが、鯨は大き過ぎであり処理し切れなかったらしく村に売りに来たのである。村人はこれを町に転売して久々の現金収入を得た。
そうすると困窮した村人達は、鯨すら釣り上げるイペンサ様に何とか住み着いてもらおうと、あの手この手を考える。一番いいのは妻を与えることだが、ちょうど年頃の娘が居らず、夫がいない女といえば娼館から帰った親方のような女のみであった。そこで親方がモーションを掛けると、ホイホイとイペンサ様は釣り上げられたのだった。
そうして一夜を過ごした後に、イペンサ様は親方を嫁に村に住んでもらえないか迫られる。親方は子持ちであったし娼婦であることを隠さなかったので、娼婦と寝たから責任取れとは言えず。妻にというのは断れるのだが、では親方とその赤子を何とか旅の連れ合いにと言われてイペンサ様は困った。
生まれたばかりの赤子を連れて旅などすれば、死亡するのはほぼ確実であったからだ。かといって一晩寝ただけの娼婦に仕送りなんて出来ない。一回寝ただけで一生面倒見なければならない女は娼婦とは呼ばない。そもそも娼婦と分かっていたから抱いたのであって、こんなことをお願いされる筋は無かったのである。
そこで困ったイペンサ様は何故そこまで困窮しているのか事情を聞く、そうして事情を聞き終えたイペンサ様は「穀物が無いなら塩を作ればいいじゃない」と一言言った。しかし村人が海水を煮詰めて塩を作るほどの薪が無いと言うと、村で男女問わず暇している人を集めておいてと言い置くと、イペンサ様は村の外に出かけていった。
そうして帰ってくると、近場に製塩に適した場所があったのでそこに塩田を作るという。村で製塩といえば海水を煮詰めて作るだけであり、塩田の作り方など知らなかった。親方と同じ状況にあった5人の女が開拓に加わることになったが、男手は貴重で貸し出されなかった。そうして村の造船職人に桶などの製作を頼むと、5人の女を連れて開拓に出て行った。現金収入を約束された女達は子供を村に預けて素直に従った。鯨をまた釣り上げれば現金が手に入るので、支払いを心配する必要が無かったのだ。
イペンサ様が鯨を釣り上げられた秘密は魔法による身体強化である。その力によって開拓に出た先でもイペンサ様は百人力の働きをし、女たちの多大な苦労とイペンサの資金力によって手に入れられた、大釜などの一部の文明の利器により、塩田とそれに付随する施設が出来上がるとまずまずの塩が出来上がった。
それらの塩を持ってイペンサ様と親方の二人で、領主様に掛け合いに行き塩田の施設も村の一部として認めてもらい、更に領内と隣接する他領に塩を売る権利も頂いて来た。当然それには税が掛かるのだが、村が自立できるだけの権利は与えて貰えた。当時新しく領主になられた先代領主様は町と村の関係や、村が特に困窮していることに心を痛めていたが、政治下手のためそれを解決する手段を持ち合わせていなかったのだ。そこで領主様は塩田を利用して、村が自立するだけの権利を与えてくださったのだ。むしろ塩が手に入るのであればと資金を貸してくれるほどであった。
その後塩が安定して作れるまで塩田の指導をしたイペンサ様は、苦労を共にした6人の女達に追い出された。但し用済みになったから追い出されたわけではなかった。村の救い主に夫になってもらうべく、親方以外の女性もイペンサ様に抱かれたのだがイペンサ様の対応が拙かった。彼女達は元娼婦でありその手のことはお手の物であったし、イペンサ様も断ることは無く、来るものは拒まずの精神でハーレム状態であった。彼女達の望みは誰か一人でもイペンサの子供を身ごもることであった。娼婦と寝たからと言って責任を取れと迫るのは無理があるが、子供が出来れば別である。そのためにイペンサ様に睦言を囁き寝所を共にしていたのだが、一向に子供が出来ない。最終的な切っ掛けになったのは親方この一言であった。
「子供が出来たら一緒に暮らしましょうね。楽しみだわ、あなたと私で子供たちが幸せに慣れる素敵な家庭を築きましょう」
親方は惚れるほどイペンサ様に入れ込んでいるつもりは無かったが、イペンサ様と家庭を持てば子供10人だって養えるし、イペンサ様の性格にもそれほど問題を感じなかった。働きたがらないので尻を叩くのが大変だが尻を叩いても怒ることは無く、気だるそうに仕事をこなすのだ。
あまり働かせすぎると釣りに出かけてしまうが、一度寝ただけの娼婦に、一生自立できるだけの設備と技術を注ぐ甲斐性があることが、既に証明されている。イペンサ様に贅沢する趣味は無かったから贅沢は無理だろうが、明日の暮らしに不安が無いだけで、幸せな家庭が約束されているような気がした。
「ああ、それ無理、魔法で子供が出来ないように子種流し込んでないもん」
だからこの台詞が返って来たときは目を剥いた。なんとイペンサ様は失われた古代魔法<コンドーム>により、自分の子種を女達に流し込むことを防いでいたのだ。女達はイペンサ様と寝れば子供が出来ると思って、6人全員が妻になるつもりで誠心誠意尽くしたというのに、その思いを無碍にしたのであった。確かに表向きはイペンサ様を愛しているという風に誘ったが、寝所を共にすれば子供が出来るのは当然なのだから暗黙の了解である。女達からするとその暗黙の了解が破られた気がしたのだ。当然女たちは怒った。それに対してイペンサ様はこう答えた。
「いや、俺は旅暮らしだし子供なんて作りませんよ」
「ここに住めばいいでしょ! 私達の純真な心を弄んで酷い男!」
「いや、純真て言うにはちょっと問題があるんじゃないかな?」
最終的にはこの一言が止めとなり。「何ですってぇ?」と女三人寄れば姦しいと言うがその2倍の女の力により、そんなに旅を続けたければ好きにしろ、と有無を言わさず村から追い出されたのであった。その後1年に1回様子を見に来ては塩田の改良技術を齎してくれ、その頃には女達の感情も収まっており一部は別の男と結婚したりして、それぞれ納まる所に納まったのである。親方はその後もイペンサ様と寝所を共にし、普段仕事に忙しく他に男も作らなかったので、イペンサ様の現地妻のような、イペンサ様を神とするとその巫女のような、表現しがたい立ち位置を確立してしまったのである。
つまりイペンサ様は養う能力で言えば、村一つ養うのも可能なほどの力を持っているが働きたがらず。所帯を持つ気が一切無いのでものの見事に甲斐性無しと呼べる存在であった。今現在も怠けているだけの可能性が十分あるのだ。私はイペンサ様が本当に村を救ってくれるために働いているのか、不安で仕方が無いのだ。
「凄いね。狐と狸の化かし合い見たい」
「えっ? 村の英雄伝を話したつもりですけど?」
何か変な事言っただろうか? 私は6人の妻をもったかもしれない英雄の話のつもりだったのだが、ジキにはそのようには受け取れなかったようだ。
「まずそこまで困窮していたのが凄い、うちもそう豊かではなかったけど食べるのに困るほどでもなかった。次にイペンサ様が鯨の魔物釣り上げていたのは初めて聞いた。最後に村に取り込もうという手段も凄いけど、それに抵抗して美味しいところだけ持っていくイペンサ様も凄い。それなら英雄と呼ばれる理由も納得」
ジキの関心の仕方を窺う限り、親方達の結婚へのアプローチを弄んだところまでも、英雄伝にされている気がする。私としては男としてまとめて面倒を見る、くらいの甲斐性が欲しかったところだ。イペンサ様が塩作りを伝えたところが肝心なのだけれど、そこに興味をもたれないのは何故だろう?
「イペンサ様から西部は東部に比べると基本的に貧乏だというのは、こちらに来る前に聞きましたけど、身売りしなくて済むのであればそれは素晴らしい事だと思います。しかしイペンサ様の甲斐性が無いところまで英雄として扱ってませんか? というか塩田を一から作った話は気になりませんか?」
「うちの村では困窮してなかったせいか、妻を娶らせようという話は聞かなかった。方向性としては英雄というより賢者で、魚介類料理の賢者という異名があるくらい。だからイペンサ様がいろんな知識を持っているのは当たり前で、塩田作ったとしても人手が有れば出来ることだし驚かない。うちは村に縛り付けるよりは、放浪させて知識集めてこさせる方向性が強かったんじゃないかと思う、村の人も鯨を釣り上げるなんて知らないんじゃないかな?」
イペンサ様の甲斐性の部分は聞かなかったことにされたらしい。
「実力を知らせていないのは怠けたかったからに違いないと思う、鯨釣れると言ったら釣って来いと言われるだろうから、言わなかったんだよ」
「イペンサ様らしいというか、それもある意味賢者として賢いといえるかも」
「そうかもしれないけど、働かない英雄や賢者に何の意味があるの?」
「それはヌイがイペンサ様に働かせろと言われているからの価値観でしょ? 私はイペンサ様を見て学んで来いと言われて来た」
確かに私も学んできなさいと言われていた。だがそれ以上に怠けないように働かせなければならないと思っていた。村の人には働かない英雄としてのイメージが強いみたいだったが、イペンサ様に近しい親方はどうだっただろうか? 怠けさせないようにと言い置く一方で、何かあってもイペンサ様に任せておけば、酷いことにはならないとも言っていた。そして、だから焦らず心配の必要は無いとも言っていた。今回の件は事前に知っていたのかもしれない。
「西部と東部の違いでしょうか? 西部は余裕が無いからイペンサ様に可能な限り働いてもらいたい、東部は生活に困るほどではないから、イペンサ様から何らかの知識が得られればと放し飼いする」
私は酷く自分が貧しい思考の持ち主のように思えて惨めであった。ロタが私の体に鼻を押し付けて慰めてくれる。「気にすることありやせん、俺なんか旦那に飼われてますぜ」と言っている様だ。だがその慰め方はちょっと間違っている。
「気風の問題かもしれない、話を聞くとヌイの親方達は随分逞しい、それが貧困に関するものかは分からない。女が逞しいのはいいこと、こちらでは女は男に付き従うのが当然とされている」
どうだろう? 貧しいと女が逞しくなるだろうか? 必ずしもそうは言えない気がする、貧しければ男のほうが力が有るため力関係は男のほうが上になりそうだが、村ではそんなことは無い。
女である親方の台頭で、頑張る女は並みの男よりも役立つと証明してしまったような気がする。だけどそれを可能にしたのはイペンサ様で、それ以前なら女の地位は東部と変わらなかったかもしれない。とすると貧しいという理由よりもイペンサ様が生み出した気風だろうか? 女が逞しいのはいいとしても、その気風によってイペンサ様が女にこき使われるとなると、自分で自分の首を絞めていることになるけれど……。もはや考えれば考えるほど訳が分からない。
「それは確かに気風の違いというのはありそうですね。主にイペンサ様が作り出した気がしますが」
「そこまで頼り切っているならイペンサ様を信じればいい、少なくともヌイに出来ることは無い。働かせなければと言ってるけど、どう働かせれば正解かも分からないなら、それはただ不安に任せて当り散らしているだけ」
その言葉に私は反論のしようも無かった。きっとジキの言う通りなのだろう、私はどうすればよいかも分からないのだ。それで働けというのは八つ当たりなのだろう。
「その通りですね。あなたにも当り散らしてしまいました。ごめんなさい」
私がジキに謝るとジキは許してくれた。イペンサ様にも謝らなければならない。どんなに働いているように見えなくても、今の私は冷静ではない。イペンサ様の行動の何が村を助けているのか、観察するのに専念しようと決意を固めた。
私が村を離れて見聞を広める必要があるというのは、何をすべきかも分からないからだ。私が不安なのはどうなれば解決なのか、どうすれば問題を解決できるのかすら分からないからだ。それだけでも分かれば不安は解消できると信じて、今はただイペンサ様の行動の一つ一つの意味を考えることにした。
そんな様子のヌイを見たロタはというと「旦那も罪作りなことをしやすぜ、こんな小娘まで悩ませるとは」とため息を吐いていた。
第一回訂正:2013/08/22
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