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イカ釣り編 王宮にて

「このままでは国内の食品加工業者に多大な影響が出ます。それも一級品を作っているところばかりに! これでは糧秣に不安を抱えることにもなります」


 ガシ国国王がその台詞を聞いたのは数日前のことである。原因はズース領における塩の関税の5割り増しが原因である。その直後から調査と対策を立てさせていて、今日はその結果を聞く日である。早急に使者を送って何故そうなっているのか原因を問い正しに行かせたのだ。


「結果を聞こう。簡潔にだ」


 帰ってきた使者の顔色から、関税の値上げ撤回には失敗したことが分かっていたので、王は既に不機嫌だった。


「現領主もしくは領主代行に当たる人物が言うには、身内で不幸が二度も続き資金が底を付き、仕方なく関税の値上げをしたとの事です」


 王の不機嫌に使者は震えながらも簡潔に報告した。交渉に失敗したことで怒りに触れたのであれば、職務怠慢で処刑もありうる話だから無理も無い。使者が怯えているのが分かっても王は怒気を隠す気にはならなかった。使者の述べた現ズース領主が主張した関税の値上げ理由は、納得できるものではなかったからだ。


「値上げするにしても急すぎるだろう、もっと穏やかに出来なかったのか?」


 この国においては塩は基本的な保存料であり、慎重に値段を決める必要がある。今回の値上げで国王が直接被害をこうむるのは、糧秣の保存性に疑問が出てしまうことである。1ヵ月持つつもりで買った糧秣が半月で腐った場合、戦時に糧秣が予想を超えて減ってしまう。戦場において食料の日持ちを頭に入れながら戦争を行いたい人間はいない。日持ちに信頼の置ける一級品の加工食品は、常時安定供給されなければならないのだ。王としては急な値上げには不快感を禁じえない。納得は出来ないが王は不機嫌を押して事情を聞くことにした。


「それが現領主は値上げが急すぎることが悪いと思っておりませんで、何故問題なのか問い返されましたので懇切丁寧に教えたのですが、領主の権利である以上は問題が無いだろうと」


 法律上は確かに問題は無いが、それをやらないのには理由がある。慣習だから皆が守っているのではない、守る必要があるから慣習化したのだ。それを理解しないということは。


「馬鹿なのか?」


 急な値上げが可能だとしても実行すれば恨みを買う、それくらいなら他所に金を借りたほうがましである。それをしないということは馬鹿という結果しか残らない。一時的な資金難を理由に関税を上げるというのは馬鹿のすることである。関税の本来の目的である利益調整を除いて関税を上げる必要があるとすれば、災害によって被害を受けたなどの理由で、継続的な資金が必要なときに関税を上げるものである。その場合は当然金を借りる手段も併用するし、それ以前に国に相談する。利益調整の場合はこんな急な値上げはしない。


「はい、正直申し上げまして私もそう思いました。町で聞いた話によりますと本来跡を継ぐはずだった先代領主の長男も急死し、現在後を継いでいるのは妾腹の息子だということです」


「つまり現領主は領主となるべき教育を受けていないのだな?」


「恐らくその通りかと、妾腹の息子にまで教育を施すと継承者争いに拍車がかかります。教育を施さないことで、暗に妾腹の息子は継承者ではないと伝えたものかと」


 聞く限りは良くある話である。その結果妾腹の息子が馬鹿な行動を取るということも、これまたよくある話である。問題点は塩の産地であることだが、名産地でもないのに何故こうなるのか?


「現領主の考えを変えるのが無理として、小さな騎士領の馬鹿な領主が、何故ここまでの問題を引き起こせるのだ?」


 暗愚な領主に交渉など通じはしない。王は早々に領主の考えを変えさせることを諦め、そもそもの問題を問いかけた。


「それは塩の純度の問題でございます」


 それに答えたのは宰相だった。


「どういうことだ?」


 宰相が答えたことで怯えていた使者は一歩下がって控えの体勢をとり、代わりに宰相が一歩前に出て説明を始める。


「ズース領の一級塩は塩の純度が9割5分以上と言われております。他に塩の名産地はあれど砂の混じらない塩はここだけでございます」


「塩はあるのだろう、何故困るのだ?」


「知る限りですが、大きな領地の食品加工業はズース領の塩を使っております。それは砂が混じらないということも有りますが、純度が一定であるということも重要であるからです」


 ここで宰相はイペンサがジキにした説明を国王に話したのだった。


「つまり純度が一定であれば、砂が混じっていても問題ないのだろう? 他の塩を使えばよいではないか」


 王としては簡単な解決策があるのに、何故それを取らないのか不思議でならない。


「それが難しいのです。例えばある領地の塩は常に1割の砂が混じっているとしましょう、それが分かっている塩商人はそこに5分の砂を混ぜても分からないと、更に砂を混ぜます。これが商人の手を渡るたびに繰り返されるため、同じ産地の塩でも流通経路によって、砂の混じる割合が変わってしまうのです」


「領地から直接買い付けてはどうか?」


「それをすると今度は塩の卸売り商に大きな影響が出ます。そもそも小売の段階で砂を混ぜられる可能性があるので、解決になりません」


「つまり他の領地の塩に砂が混じらなければいいのではないか?」


「それも無理でございます。現在大きな名産地を持つ領の塩は全て砂交じりの塩でございますが、値上げ前のズースの塩より高いのでございます。純度9割5分以上の塩となると相当な値上げが予想されます。それでは関税の上がったズース領の塩を買うのと変わりがありません」


 次々と解決策が否定されると、解決の困難さに王の機嫌は悪くなっていくばかりである。


「つまり急な値上げさえしなければ、正当な値上げだったということか?」


 暗愚な領主の領地で産するものが優秀というのは感情的にはピンと来ないが、代替わりしたばかりである。先代は優秀だったのだろう。騎士爵一人一人のことなど覚えていられない。


「そういえるでしょう」


「何故純度の低い塩が純度の高い塩より値段が上なのだ?」


「そこは塩の名産地の領主達が塩商人たちに圧力を掛けた結果にございます。ズース領は歴史の浅い新興領でございます。塩を売り始めたのも8年前と歴史が浅く殆どの民は知りません。ですから、砂の混じらない塩があるということを民が知らないため、いい塩といえば各名産地の塩なのでございます」


 塩の名産地が領地であれば貴族として影響力は大きい、圧力を掛けるのは良くあることだが、それが国政に影響するのは不愉快である。王の機嫌は悪化の一途をたどっていく。


「では、何故食品加工業者にのみ出回っているのだ?」


「それは秘密裏に塩を売った結果にございます。ズース領をはじめとする新興の産地は名産地の圧力で地元にしか売れません。先代領主も争いを好まず各地の領主への贈り物とするくらいで、大っぴらに売ることは有りませんでした。


しかしながら食品加工の職人達は砂の混じらない塩を欲しいがっています。各地の領主はそれがあることを教え、秘密裏に御用業者に自身で買い付けたズース領の塩を流します。領主の手を通ることで若干値が上がりますが、塩の信用代と思えば安いものです。


結果として食品加工業者のような頭数が少なくて噂が流れ難く、大量使用するもの限定で塩の定番として広まっていったのです。またズースの塩を使うことでそういった食品加工業者は、製品の品質を上げ多くの税を納めたので、ズース領、各地の領主、食品加工業者の三者が得する結果となりました。


損をするのは圧力を掛けていた塩の名産地の領主ですが、同格を含め地位が自分以上の領主には、ズースの塩を買うなとは言えませんので、結果としては爵位の高いものの領地にのみ、広まっていくこととなりました」


「先代領主は恐ろしく上手くやっているではないか、妾腹とはいえその息子が何故ここまで愚かなのか!?」


「いえ、先代領主も政治に関してはそれほど上手くなかったかと存じます。実際に塩田を作った以外には大した功績も無く、誠実で真面目な人物ではありましたが、何分武功によって領地を拝領したものらしく、良くある結果となっていたかと」


 領地を貰った武官が政治下手というのは良くある展開で、大抵は小さな村や町を抱える程度になる。特に国の西部は人の住める地が少ないため、新興の貴族に与えられる領地は殆どが西部の未開地となっている。元々開発の難しい土地に資金も伝手も経験も無い新興の領主は、大抵領地を発展させることが出来ない。現状維持をしていれば良い方で、考えなしに発展のために無駄な開発をして、領民が逃げ出し開発が後退することすらある。本来は経験豊富な大貴族がその地位に着けばよいのだが、誰もそんな苦労をしたいとは思わない。結果として国の西部は大半が貧しいままである。


「では、塩に関してのみ入れ知恵をしたものがいるということか?」


「恐らく存在するでしょう」


「そのものは解決のために引っ張り出せんのか?」


「誰だか判明しておりませんので無理かと、一番怪しいのは製塩職人の頭領となるでしょうが判然としません」


 誰か不明の賢者に解決してもらうというのは、王としては都合の良い案だと言うのは分かっていたので、早々に諦めることにした。国の問題は王が解決して威厳を見せねばならない。


「対策を引き続き考え調査を続行せよ、その塩田についても調査せよ。暗愚な領主が馬鹿なことをしでかすのは仕方ないとして、何とか上手く都合のいいほうに誘導できないか、引き続き交渉もさせよ」


 暗愚な領主に交渉は通じないが、暗愚であるだけに誘導や利用は出来るかもしれない。王は早々にまともな手法は諦めたのだった。


「承知いたしました。早急に実行させます」

第一回訂正:2013/08/21

 誤字修正

第二回訂正:2013/08/22

 句読点を修正

第三回修正:2013/08/24

 誤字脱字を修正

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