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イカ釣り編 旅路―車上にて

「イペンサさん、何故塩の値上がりが事前に予測できたですか?」


 御者台の隣にはブルーノが居た。箱馬車の中で三人娘の恐れをなした視線に囲まれるのに、耐えられなかったらしい、貴族様も大変だ。馬車の中にロタもいるから若干狭いのもあるかもしれない。ちなみにロコはというと、大きすぎて馬車に乗らないので馬車に併走させている。


 ちなみにブルーノの馬車は4頭立てのいかにも貴族が乗ってますと、宣伝しているような装飾の馬車である。こんな馬車が田舎道を走っているものだから、周囲の人々が驚くことこの上ない。ここまで豪奢だと幾らサカーワ公爵家が金持っていようと、ブルーノ個人で使うための馬車ではないのではないかと思う。恐らく来客を迎えるための馬車ではないかと思うのだが、こんなのに乗ってきて大丈夫だったのだろうか?


「簡単な話だ。毎年西から順に拠点を回るんだが、今年はズース領は喪に服していた。先代領主が亡くなっていたんだ。俺と繋がりのあるのは先代領主と領主に紹介されたその長男だ。この長男は政治下手の先代領主が跡取りになるなら学が必要ということで、王都に留学させていたんだがその分地元に対して繋がりが強くない。先代領主が急死したこともあって引継ぎが出来てない状態だったんだ。だからズース領は跡目争いで静かな冷戦状態、忙しそうだから長男に挨拶だけして帰ったんだ。どうも先代領主の妾腹の息子が跡目を狙っていたようだ」


「それでなんで、塩が値上がりするんですか?」


 ブルーノにはまだ納得がいかないようだが、事情は簡単なのである。


「戦争には金が必要、それが例え冷戦であっても同じこと、あの領で金になるものといったら一つしかないんだ」


「塩の関税ですか、なるほど」


 流石に貴族の息子理解が早くて助かる。ちなみに関税というのは、一つの領地から別の領地まで品物が運ばれるときに掛けられる税金のことで、文字通り隣の領地との間に関を作って関を通る人から税を徴収する。主に領地間の利益の調整に使われるものである。その役割から関税の税率は領主一人一人が決定権を持っている。


 例えば今回の塩などは人に必ず必要な物資であるが、ズース領の周辺で大規模に塩を作るところはない。そのため周辺の領地はズース領から塩を買うことで、他所の遠くの領地から買うよりも、輸送費を含めると今までより安く塩が手に入る。そうするとズース領の塩を得ることで周辺の領地も儲かることになる。関税がない場合にズース領の安い塩を隣の領地が全て買ってしまったら、ズース領の領民は塩を作りながら他所から高い塩を買うことになる。結果としては隣の領地がズース領の利益を吸い上げていることになり、争いの原因となる。


 そこでズース領から出る塩に無差別に一袋幾らという税をかければ、商人がズース領の塩を買って他所で売ろうとしても、税によってズース領の外では値段を上げざるを得なくなるのである。そうすることでズース領民は地元価格で安く塩を買うことが出来るのだ。安く塩が買えるならその領地内で、燻製や干物を作ろうとする職人も出てくるため、塩を呼び水に更なる産業の発展が見込めるのだ。


 他にも色々な利益調整として使うことがあるが、基本的には前述の例を防ぐために使われる税金である。ズース領民は直接被害を受けることのない税金で、即時金を得られて、随時徴収しているため徴収しやすいという利点がある。


もっとももロコの伝令によると、その長男も急死したそうだ。先代に続いて葬儀を行っているらしい。ろくに金になるものが無い領地で、葬式ばかり2度も行い、戦争までしたとなると領主の財布は空っぽだろう。戦争に勝った以上恩賞も必要だ」


 上役ってのも苦労があるものですよ、その苦労を想像してげんなりしてしまう。


「塩の関税は値上げせざるを得ない訳ですか? その一方でそんなカツカツの領地で税の値上げなんかしたら、領民の生活が立ち行かないでしょう?」


「ブルーノはさすがに公爵の息子だな。ああ、まともな神経して居たら値上げなんてしないはずだが、まともな神経していたらそもそも跡目争いなんてしていないはずなんだ。金の無い土地の所有権を争っても借金が残るだけなんだから」


「なんて愚かな話だ。適当に金をせびって出て行ったほうが楽でしょう?」


 ブルーノは頭痛を堪える様に右手を頭に宛てている。自分が領地を出て行く選択をしただけあって事情が良く理解できるのだろう。


「まあ、そこがブルーノのブルーノたる所以だろうな。だがな、領主や貴族って言葉にかれる人も多いんだよ。特に余裕が無ければ無いほど上昇志向の人間は愚かになるみたいだな。お~い、聞いてるか三人娘?」


 これも見聞を広める一環である。三人娘にはぜひ聞いていてもらいたい。それぞれ「はい」とか「聞いてます」とか「大丈夫」と応えを返してくる。そこで彼女らにも解説してやることにした。


「領民である以上貴族の生態を把握するのは必須事項だ。跡目争いなんかは必修科目、後は味方にしても足を引っ張るとか、首輪をつけるにしても見えない首輪にしないと噛み付かれるとか。対応を間違えると自分の首が飛ぶから猛獣を飼っているようなものだからな。その猛獣に餌を与えつつ、自分は食われないようにしなければならないんだ」


「なんというか、身も蓋も無いですね。ちなみに領主は領民を同じ様な目で見てますよ」


 ブルーノは怒るというより呆れているようだ。領民側の考えを聞いてブルーノの見聞も広がっているみたいだ。


「そうだろうな。どんな関係でも持ちつ持たれつが基本だ。奴隷と主人の関係でも主人が奴隷に餌を与えなければ死ぬだけだからな。一方的な関係なんて無いだろう」


「そうかもしれませんね、兄貴見てても全然羨ましくならないです」


 ブルーノもげんなりし始めた。やはり大変な仕事を任されるのを想像すると、人間そうなるものだろう。


「ブルーノの兄貴はもう跡を継いでいたか?」


「正式にはだですが、親父は宰相だから王都から離れられないので、実質的な領主は兄貴ですよ。いまさら組織の割りようも無いです。それにしても詳しいですね? 貴族の知り合いでも居ましたか?」


「ブルーノくらいだ。まともに話すのは。領が小さいからこの手の話は漏れ聞こえてくるものだ。領主館だって通いの侍従や侍女の方が多いんだから」


 ブルーノが住む公爵の館は秘密厳守だろうが、小さな騎士爵の館なんて秘密は駄々漏れである。恐らく住み込みの使用人の数がその辺りを決めるのだろう。


「なるほど。僕が領地貰うとそういうことになるのか、全然嬉しくないな」


 ブルーノが役職持ちになって功績を上げて領地を与えられるとしても、戦争の無い現状では精々が騎士爵領くらいの大きさだろうから、ブルーノが未来に希望をもてなくても仕方が無い。


「俺も羨ましくは思わないな」


 俺は領地経営自体が面倒臭いので御免である。


「イペンサ様、質問があります」


 話が途切れた合間にジキが問いかけてきた。


「なんだ?」


「何故皆塩を代えることを考えないのでしょうか? 他にもたくさん塩があります。それを使わないのは何故ですか?」


 塩の大切さが身に滲みていないのは、経験が浅いこともあるだろうが、他の塩を知らないんだろうな。ヌイがジキの言葉にショックを受けているようだ。見捨てられたかのように悲しそうにしている。


「領府に着けば分かる事だが、この国の塩は最高級品にも砂が混ざっていることが多々ある。これは流通の彼方此方あちこちで不当な利益を増やそうという輩が、砂を混ぜてかさを誤魔化すからだ。だが塩に砂が混ざると困ることも多々ある。例えば魚醤を作るとする。魚醤は魚のわたや小魚を塩に漬け込んで作るものだ。このとき塩の分量は全体の2割と決まっている。だが塩の5割が砂だったら、塩の分量が足りなくて魚醤はただの腐った魚汁になる。わかるか?」


「塩にどれだけの割合で砂が混じっているか分からないと、実際に使った塩の量が分からないということ」


 ジキの言葉を聞いてヌイが若干驚きを示しつつ満足そうにしている。簡単に代えの効かない塩を作っているのが誇らしく、同時に砂を混ぜないことでそんな使い方が出来るのかと驚いているのだろう。悪い塩を使ったことのないヌイは、塩の使われ方なんて想像が出来ないのだろう、これを機に塩のごみ取りも気合入れてやって欲しいものである。ルサはというと当然という顔をしている。魚醤醸造職人の弟子なら塩の大事さが身に滲みているのだろう、真っ先に俺に泣き付いたのは伊達ではなさそうだ。


「そうだ、砂が混じっているだけでそんな問題が発生する。他にもな金属が混じっていて金気臭い塩とかは食べ続けると病気になる。混ぜた砂に動物の糞が混じっていたら、そこから病気になる人も出る。最後にガシ国で見ることはまず無いが、内陸国で実際にある話だ。人の糞尿から塩を取る奴らが居るこれも当然病気になる」


「そんな……ことが?」


 興味深そうに聞いていたブルーノが凍り付いていた。今のも無意識の一言だろう。


「あるよ、何なら作り方教えようか? まずは濾し取るために上が砂利で下が砂になるように、それらを箱に詰めて一番下に布を敷いて、砂がもれないようにしたら穴を開ける。その上から肥溜めから取ってきた――」


「言わなくていい! 聞きたくない!」


 ブルーノと三人娘が声をそろえて俺の台詞をさえぎった。顔色真っ青で声が震えている。自分の食った塩にそんなもの混ざってたらと思うと堪らないだろうからな。しかしながら三人娘よりブルーノのほうがダメージ受けている。三人娘も顔を真っ青にしているが、ブルーノよりはましだ。ブルーノは顔が真っ白である。元々白いからよく目立つ。


「ブルーノもやっぱり貴族だな。内陸国の貧乏人なら塩が如何に貴重か知っている。水、食料、塩どれが欠けても死んでしまう。『病気になる可能性がある』程度なら、死ぬよりましだろ? どの道死ぬのなら挑戦する奴が出るんだよ。領主としてはこれは止めなきゃならない。疫病の原因になる可能性があるからな。塩が如何に重要かわかったろ?」


「ええ、内陸国で塩は買わないことにします」


 受け答えになっていない、ブルーノにはショック過ぎたらしい。先刻まで聞いた話から視野を広く持ち領地や領民を見ていたが、一気に個人レベルの視野になっていた。三人娘もブルーノの一言に釣られた様に頷いている。

 1日2回で合計原稿用紙20枚前後を投稿する予定


投稿日:2013/08/18

第一回訂正:2013/08/18

 誤字脱字言い回し訂正

第二回訂正:2013/08/19

 馬車についての詳細挿入

第三回訂正:2013/08/22

 句読点を修正

第四回訂正:2013/08/23

 誤字脱字を修正

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