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イカ釣り編 燻製工房にて

 ロコの首に付いた防水管から書簡を出し、ロコに褒美の餌や水を与えた後、俺はその内容を工房の親方に伝えることとなった。


 ちなみに伝書鳩はあまり使われない。長距離を飛ぶ帰巣本能を持った種類が居ないためである。その代わりに使われるのが伝令犬だがロコは伝令犬の中でも特殊だ。長距離の伝令が可能なように魔物相手に逃げ出せる足と、いなせるだけの体力を持っている。はっきり言って人を乗せた早馬よりも早い。犬に魔物の血を掛け合わせた犬種で大きさは大の大人と同じ身長があり、重さは200キロとかなり重い。大型犬であるロタとロコが並んでいても、ロコのほうが圧倒的に大きく同じ犬と言われてもぴんと来ないだろう。数日の距離がある伝令も行ってくれる働き者で、その間の餌は自前でとってくる。速度面を比較すると人間の伝令雇うより優秀である。但し飼い慣らすのが非常に難しいため今では殆ど使われていない。シハヤの町では俺が足止めされている間にひたすら伝令役をこなしていた。


「ズース領の塩の関税が上がる」


 工房前の広場に工房で働く殆どの関係者が集っていた。その中にはブルーノや三人娘の姿もある。親方の一言に皆に動揺が走る。一瞬で広場は騒然となった。


「そんな! うちはズースからしか買ってないし、ズース以外にいい塩も無いのに!」


 若い弟子の一人が叫んだ。いかに困るか力説しているがそれはこの工房に居る全員が知っている。ズース領はガシ国の西の果てにある土地である。ここサカーワ領からではかなり遠い。小さな騎士領だが塩の品質が良く、この工房でもその塩を使っている。それもそのはず、俺の製塩の拠点であるダンエ村がその塩を作っているからだ。ヌイの故郷でもあるため、ヌイの顔は緊張感でいっぱいだ。


「安心しろ、塩なら2年分もある。イペンサ殿が何故か大量に仕入れてきて、作業スペースを圧迫しているくらいだ。お前らも見ただろあの袋の山を」


 この工房の親方である俺の協力者が皆を安心させるように断言した。厳ついひげ面中年男の一言が皆の心配を一掃する。皆が「おお」っと感心して俺を見る。止めてくれ恥ずかしいから。持ち上げたって何も出ませんよ。


「それならそれまでにいい塩を探せばいいですね」


 始めに声を上げた弟子も安心したようだ。


「そうだ、俺達にすぐに影響は無い、だが2年後までに解決するか見通しも立たない。そこでイペンサ殿に解決してもらう」


 おい、待てやこら。何だ、その無茶な丸投げは。


「いや、俺はお腹痛いから。ここで寝てるよ。そこな親方の一番弟子さん、行って様子を見てきてくださいな」


 指名されて驚いた顔で一番弟子が固まっている。一番弟子だろ、それくらい解決して来いよ。


「これはイペンサ殿一流の冗談だ。任せておけということだ。俺達は何も心配する必要は無い。半年して解決の目処が立たないなら塩探しを始めるとしよう。以上! 解散! 仕事に戻れ!」


 皆が仕事に戻って閑散とした広場に、俺と親方、それに俺に付いているのが仕事の三人娘と部外者のブルーノのみが残った。


「なあ、親方様よ、何で俺が行かなきゃならないんだよ。働き詰めなんだよ、ここの所」


 ジト目で親方を睨みつける俺の表情は不満を一杯に表しているはずだ。


「冗談言うなよ、お前しか解決できないに決まってるだろ? これを見越して既に塩まで買い溜めてあるんだから、大したもんだよ」


 笑顔の親方がバンバンと俺の背中を叩く手が痛い。そして俺の肩に手を回し、グイっと片手だけで引き寄せると、肩を掴んで痛いほどの力を加えてこう続けた。


「お前ここに来たとき歓迎会でただ酒飲んだよな? そんでもって、ここ数日はボーっと釣りしてるだけだったよな? その間の食事は何所から出たんだ? 覚えているよな? お前のここでの立場はなんだった?」


 言葉を連ねるほどに迫力を増していく声と、肩を掴む手の力が呼応してどんどん強くなっていく。親方のひげ面は笑顔のままで迫力だけが増していく。


居候いそうろうです」


 ここで、違うことを言ったら肩の骨を砕かれそうだ。


「ああ、居候だ。しかも、働かない居候だ。ここで一働きしてこそ仁義ってもんだよな? で、お前のやるべき事は?」


 もう答えは決まっていた。


「ズース領塩問題の解決です」


「そうか、やってくれるか助かるよ」


 親方の笑顔から迫力が抜けていく、肩を握りつぶしていた手を離し、俺の服のしわを伸ばし始める。俺がホッとして気を抜くと、不意に親方が俺の両肩に両手を置くと、再び笑顔に迫力を加える。そしてそのまま、もう一言付け加える。


「頼んだぞ?」


 疑問形なのに否定することは出来ない不思議な一言だった。ブルーノが「やっぱり気楽に行かないんだな」と俺を気の毒そうに眺めている。ロタは俺を慰めるでもなく燻製工房の煙にくしゃみをしていた。そして新たに加わったロコは「久しぶりですな旦那」とロタの匂いを嗅いでいた。




「イペンサ様! どうしよう?! うちはそんなに買い置き無いよ! そもそも塩を変えたら魚醤の味まで変わっちゃう!」


 ルサが青い顔して飛びついてきた。ルサは俺の拠点になっている魚醤醸造所の弟子だ。その醸造所で作る魚醤は保存料としても使えるほど塩分濃度が高い。一樽あたり2割が塩で、塩分濃度が高い分だけ塩の価格は魚醤の値段に直結している。ルサの言うとおり塩を変えると味も変わるし、砂を混ぜた低品質の塩を入れると魚醤が腐ってしまう。下手な塩は使えないのだ。発酵現象が伴うだけに醸造はデリケートだ。


「大丈夫だ。ダンエ村から買って1年分運び込んである。その上今から更に受け取りに行くんだからな」


 俺は親方を手本に安心させるよう力強く言い切った。


「今から! とてもじゃないけど間に合わないよ!」


 だがルサは安心してくれなかった。これが年季の差というものか? 心の中で敗北感に打ちひしがれながら、何はともあれ目的を告げることにした。


「ダンエ村に買いに行くんじゃない、サカーワ領府で先渡取引を使って既に買ってあるんだ」


 そうルサに告げると、今一よく分かっていない表情だが、「既に買ってある」の一言と俺の落ち着いた態度に一応信頼してくれたらしい。


「ブルーノは国の役職に就きたかったんだよな? だったら付き合ってくれるかな?」


 俺は完全に他人事として眺めるブルーノに声をかけた。


「領府に帰るくらいなら構いませんが、どうやって仕事を紹介するんです? イペンサさんは貴族にコネないでしょ? 逃げ回ってるんだから」


 確かに俺は貴族から逃げ回っている。しかしな。


「そこはそれ、民間には民間のやり方があるんだよ。見てるだけの簡単なお仕事です。他には何もしなくていいですよ。あ、それと、馬車に同乗させてくれるか?」


 つくづく怪しいお誘いだったが、ブルーノは冗談として聞き流したようだ。


「構いませんけど、何人連れてくるつもりです? 塩なんか大量に載せられませんよ?」


「荷馬車は馬ごと領府で借りるから、三人娘と俺を乗せてくれればいい」


「4人乗りですからね、御者台にイペンサさんが乗れば大丈夫です。荷物は屋根に積み替えてくださいよ」


「ほいほい、じゃあ、行くか」


 そうして準備もそこそこに俺達5人はサカーワ領府へと向かった。「ようやく出番ですか」とロタがのっそり起き上がる。悪いなロタよ、今回お前の出番は無いのだ。ロコの方はというと5日間の長距離伝令をこなし、仕事をやり終えた顔で自慢げである。今回はロコが活躍しそうだな。

 短いので連続投稿します。シーンごとに章分けしているため長さが不安定です。プロローグを修正しようかと思いましたが、プロローグ読んだ人が困るので、細切れで投稿することになりました。


 現在投稿方法などを試行錯誤中、少ないながらもお気に入りに入れてくださった方は、お付き合いいただけますようよろしくお願いします。


 投稿後に再チェックするため、最低一回は修正が入ります。急いで読んでも余り良い事はありません。


投稿日:2013/08/18


第一回訂正:2013/08/22

 句読点を修正

第二回訂正:2013/08/23

 誤字脱字を修正

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