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サンショウウオ釣り編 リンテ

 投げ飛ばされた私は膝を抱く体制をとると次なる衝撃のために備えます。着地前にイペンサさんが釣り糸を巻き上げて、竿をしならせて衝撃を緩和するのです。今度は急激な減速がかかるのでこれもかなり厳しいです。しかも全ての衝撃を竿の撓りで緩和してしまうと、今度は竿の撓りの反動で逆側に飛び出てしまうので、途中で糸が再度伸ばされて、最後の最後は私の衝撃緩和魔法の出番となります。


<ショック・リリーブ>


 私が衝撃緩和魔法を唱えると同時に貯水池に叩き込まれました。衝撃緩和魔法は衝撃そのものも弱めますが、衝撃を一時に集中させないで長い時間に分散させて、対象に緩和し切れなかった衝撃を与えるようにもする魔法です。魔法は成功し、私は弱められた衝撃と継続的に掛かる衝撃の余波で貯水池に沈み込みます。大きな水しぶきが上がったはずですが、おかげで何とかイヘの町に潜入することが出来ました。貯水池は人気の無い町外れにあり、監視の目はなかったようです。派手な水音がしたはずですけど、人が寄ってくる気配はありません。


 そうして貯水池の中に立つと、何とか顔が出る程度の水深があります。皮鎧から返しのない釣り針を取ると、3度引っ張って合図を送ります。そうすると釣り針はするすると巻き戻され、市壁の外に消えてしまいました。危険はありましたが何とも見事な手際です。


 こうして針も釣り糸も回収されて皮鎧を脱いでしまえば、人が来てもただ単に町の住人が貯水池に落ちただけとしか思えないでしょう。数キロの距離を人が投げ飛ばされるなんて想像する人は、ちょっと頭に問題があると思います。まあ、考え付く人も同様な気がしますけれど。


 この案を聞かされたときには、驚きでしばらく言葉がありませんでした。何の冗談なのか、どう反応すべきか迷ってしまったのです。人を数キロに渡って投げ飛ばすほどの筋力強化魔法が使える、とは考えなかったからです。ですがイペンサさんが本気と分かった時には、思わず抗議してしまいました。


 その後の練習は冗談としか思えない展開でした。一度町から離れた場所にある高台で、どこに投げ込むか確認した後はゴクチ川に投げ込まれるのです。それもものすごい勢いで投げ飛ばされるために、投げられた瞬間に意識を失ってしまいます。思わず射られる矢の境地を悟ってしまいましたが、そんな悟りを開きたくはありませんでした。


 意識を失うのではこの手段は使えない、と別の手段を考えるようにも促しました。しかしイペンサさんの返し方は巧みの一言でした。


「これはちょっと無理ではないでしょうか?」


「やる気がないから努力してないだけだろ? 力があるのに協力しない俺みたいに」


 こう言われては全力で努力するだけはしなければ、イペンサさんを強制的につき合わせる大義名分がなくなってしまいます。ここで私が簡単に諦めるようであれば、イペンサさんも障害があったときにすぐに諦めてしまうことでしょう。私がそれを責める資格もなくなってしまいます。


 そうしてゴクチ川に何度も投げ込まれ、水が鼻に入ったり藻が絡み付いて助けられた時の姿に逆戻りしたりと、かなり無様な姿をさらすことになったのです。何なのでしょうかここ最近の私は、ゴクチ川で濡れ鼠になる水難に取り憑かれているのかもしれません。ちょっとお払いが必要です。


 そうした努力の甲斐があって、なんとか意識を失わない方法が確立されました。されてしまいました。私としては全力で努力しても無理だったほうが、色々と幸せだったような気がします。ですが手を抜いたりすれば、イペンサさんに見透かされてしまうような気がするのです。


 もう一つの障害であるイペンサさんの腕に問題があれば、当然私としても命をイペンサさんに預けるわけには行かなかったのですが、イペンサさんは目隠しした状態で釣竿を振らせても百発百中という精度で、私の身代わりとなっている錘をゴクチ川に投げ込むのです。


 着地点が違った時に、私が気を失って衝撃緩和魔法を唱えることが出来なければ、地面に叩きつけられて死亡する可能性もありましたけれど、イペンサさんの腕前はそんな心配をかき消すほどのものでした。この調子であれば貯水池に叩きつけられるときに、衝撃緩和魔法がなくても生きていたかもしれません。あんな目覚めの悪い方法で強引に巻き込んだイペンサさんですが、信用して正解でした。


 彼に悪意や敵意があれば、事故を装って殺されてしまうこともあったでしょう、ですが疑っていては無理矢理巻き込んだ意味がありません。彼の協力がほしくて無理矢理巻き込んだのですから、信用しなければ始まらないのです。




 そもそもナイフを突きつけてしまったのは、イペンサさん個人が悪いわけではなく、この格差の激しい社会や一流冒険者のあり方に対して怒りを持っていたからで、イペンサさんには重ね重ね申し訳ないことをしてしまいました。


 この世界は酷く格差の激しい社会が横行しています。私も父が成功するまでは、普通の平民と同じ生活をしていました。だから平民の生活は知っています。それは毎日働き通しの生活です。収穫祭などの楽しみはありますが、その生活は厳しく慎ましいものです。だから父が成功して、貴族のパーティーに参加したときには驚きました。


 付け焼き刃の行儀作法で参加した私は、貴族の関係者とは見なされません。私も彼らを同じ存在と認めるのは難しいものでした。収穫祭でも滅多にお目にかかれない、贅沢な食材を使った料理がテーブルの上を所狭しと占拠しています。彼らはそれらを平気で味わいつつも、平気で残してしまうのです。確かに多めに作られていて、一人で全部食べきるのは厳しいものですが、私はそれらを食べきろうと努力しました。


 ですが、途中で父に止められてしまいました。貴族の常識ではこれらの食事は、残さなければならないものだというのです。理由は単純に言えば見栄のためです。貧乏だと思われると儲け話が来なくなる。そのためにパーティーでもてなす側は、食べきれないほどの豪華な食事を振る舞い、またもてなされる側もそれらの食事を全て食べてしまうと、食うにも困るほどなのかと思われるために、これまた食事を残すのです。


 互いの見栄のためにそれらの食事を残して、惜しげも無く捨て去ってしまうのです。余った料理をどこかに提供すると言うこともありません。それはケチ臭く見えるそうです。そういった意識の下お互いに領地の話をして、どこかに儲け話がないかと互いの腹を探るのです。


 冒険者の父が参加しているため、他にも一流の冒険者が居ました。彼らの感覚は私と同じはずで、平民の生活を知っています。それなのにそれを疑問に思うことなく貴族同様に儲け話を探しています。幼い私からすれば、まるで異国の地に放り込まれたかのようです。私の知っている言葉で、まるで私の知らない振る舞いをする人達、それはとても奇妙なものでした。




 そこで父に、なぜこうも貴族と平民で行儀作法から常識まで違ってしまうのか、幼いながらも必死に問いかけました。それによる回答は魔法の存在が大きいと言うことでした。魔法を使うには二つのものが必要です。先天的素養つまり魔力と、それを扱うだけの知識です。


 魔法使いの才能は単純に遺伝するものではありません。生まれたときの星の巡りや、その土地の環境などが個人の体質に影響して、生まれるときに決まるものだと言われていて、平民でも魔法を使える可能性はいくらでもあります。しかし一瞬火花を起こす程度魔法を除いて、まともに利用価値のある魔法は、教育がなければ発動させることは不可能です。


 その当時私も母の教えを元に魔法の勉強をしており、魔力があることもわかっており、将来的に魔法を使うことはわかっていました。他の子達が遊んでいる間も、そうして魔法の勉強をしなければならず不満でしたが、決してやめさせてくれない理由は、そのような事情が背景にあったのです。


 つまり人は魔法のあるなしで、人生が決まると言っても過言ではないのです。確かに筋力強化魔法を使うことが出来れば、人によっては普通の人の100人分の働きをすることも可能でしょう、もちろん魔力が足りなくて10人分くらい、もしくは1.5人分くらいしか働けない可能性もあります。


 だから教育のあるなしが、人の人生を左右すると言っても過言ではないのに、平民は魔法の勉強をすることがありません。魔力の大小を問わなければ、人が魔法を使える可能性は半々と言ったところです。使えたとしても特定の魔法のみに限られたり、体質的に利用が不可能な魔法があったりと、不確実なことが多すぎて教育に使う時間があるならば、仕事を手伝わせたいのが平民の正直な感想だからです。


 たとえ貴族でも魔法を使うことが出来ない人は多く居ますが、使わせるだけの権力を持っていれば、自分で使う必要はありません。魔法で何が出来るか知っていれば、その知識を利用して様々なことが出来るのです。


 つまり魔法の持つ力が大きすぎて、人一人の持つ力の格差が激しいために、こうも収入の格差が激しくなると言うことなのです。その事実を幼いながらも理解した私は、自分が学んだ魔法を近所の子供に教えることで、何とかその格差を埋めようとしました。




 そして次に私に衝撃を与えたのは、一流冒険者のあり方です。私がようやく冒険者の仲間入りを果たしたときには、回復魔法が使えるようになっていたため、すぐに一流冒険者の仲間として迎え入れられました。それだけ回復魔法が貴重だと言うことです。特に重要なのは医学知識が無ければ、回復魔法の才能があっても意味が無いと言うことです。


 例えば切られた傷の動脈と静脈をつないでしまったら、命に関わる事態になります。回復魔法の使い手というのは、その素養もさることながら、学ぶことが多くて更に使える人が少なくなるのです。


 一流冒険者の多くは平民でありながら、何らかの努力によって魔法が使える人達です。その活躍は確かに目覚ましく華やかなものです。しかし、そういった華やかな活躍で得た報酬を、彼らが何に使うかと言えば次の仕事の準備に使うのです。大きな儲けを得たらその儲けを使ってさらなる仕事に取りかかる。


 楽しいかもしれませんし、仕事をかたづけることで人の役には立っています。しかし彼らがほんの少しお金を出すだけで、多くの人を救うことが出来るのです。それなのにほとんどの収入はさらなる仕事のために、他の使い道と言ったら享楽や贅沢のためです。平民出身でありながら平民の生活を顧みない人達に、私は違和感を持たざるを得ません。


 だから私は無料での治療と、子供の頃から続けている近所の子供への魔法教育を続けました。それがもてはやされて聖女と言われているわけですが、むしろほんの少しの労力で人を救うことが出来るのに、それを行わないことに疑問を感じざるを得ません。


 そういった疑問を父には何度も相談しました。その答えは「彼らは彼らで高額な報酬をもらいながらも、人の役に立っているそれ以上を求めるのは贅沢だ」という言葉です。仕事の儲けでさらなる仕事を果たすことで人の役には立っています。ですがその果てに彼らは何を求めているのでしょうか?




 そして今回の仕事です。疫病が流行りかけているのに薬がない、それを手に入れるために力を尽くすべき冒険者ですが、一流冒険者の多くが関わろうともしませんでした。もちろんイペンサさんが嫌がったような理由で、関わろうとしないわけですけど、これほど人の役に立つ仕事も他にはないというのに、平民を顧みないにも程があります。


 メルク国においてはメルク国の兵士に邪魔をされて、死にかけてから目が覚めれば、イペンサさんも一流冒険者と同じく、のらりくらりと言い訳を立てて尻込みする。ついには腹を立ててしまい凶行に及んでしまいました。その後猛烈に自己嫌悪に陥りましたけれど、家族のように思っている人達をこれで救えるのであれば、後で逮捕されようともかまいません。


 私にとって不幸なのか幸福なのか、イペンサさんの冒険者としての腕前はわかりませんが、この上なく役に立つことはこの町への潜入で証明されました。まさか人を投げ飛ばすほどの身体強化魔法を使えるとは思いませんでした。確かに身ごなしは剣を扱う人のものではありませんが、身体強化魔法と自重強化魔法の同時発動という技があれば、様々な力仕事や力業を行うことが出来るでしょう。


 もしイペンサさんが本当に何の力も無ければ、私は一般人を脅迫したただの犯罪者ということです。イヘの町の住人を助けることはできませんが、二度と武力で人を動かそう等と考えることは無いでしょう。しかしイペンサさんに力があるために、協力を得るためにやむなく脅迫したものの、それで多くの人の命が助かる可能性が出てきたということになります。味を占めて繰り返せばいくら人の命ためでも、取り返しのつかないことになるでしょう。


 目の前にあるイヘの町の人々を助けられないという不幸、他人を脅すことで人の命を買うという行為に頼って破滅してしまう不幸、どの道不幸になるには変わりありません。ですがそれで当然でしょう、他人を脅迫するという禁忌を犯したのですから、不幸にならなければならないのです。


 犯罪を犯した腕の立つ冒険者など危険でしかありません。どの道身を滅ぼすでしょうが、身勝手ながらそれはイヘの町の人を助けた後にしたいと思います。人生をなげうったのです。例え町の人たちに感謝されなくても、次は何を犠牲にしようと必ず成功させます。もはや後戻りをする気はありません。

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