サンショウウオ釣り編 反撃
こうして俺は英雄リンテのお供第一号として断れない状況になった。そして俺の陰鬱とした気分を作り出した原因の一端である爺が、俺の視線を受けてガマガエルのごとく汗をじっとりと滲み出させている。リンテは現在身繕いの最中である。
「爺よ、これは一生俺のために爺の自腹で船を作り続けても、返せる貸しじゃ無いと思うんだ」
俺の一言に爺が冷や汗を滲み出させながら何とか反論する。
「そ、それは殺生じゃろう! 大衆のためなんだ、ここは涙をのんでだな――」
だが俺はそれを遮って次のように言った。
「じゃあ、爺は大衆のために一生自腹で船を提供してくれ、ため込んだ資産があるから可能だろ? 休日なしで一日の造船作業は16時間な」
大衆のためにと言うならば、これも大衆のためになっている。タダ利用されて終わるだけにしても、大衆のためであることには間違いない。
「ああ、可愛い孫よ先立つ不孝を許してくれ!」
俺の言葉に爺は現実逃避を始めた。
「爺は孫より長生きする気か? あ? 命の危険が無いだけましだろ? 俺捕まったら拷問死なんだけど?」
メルクで捕まれば拷問死、ケアリアで逃げ出せば刺殺が待っている。
「この地域のためにはなるんじゃよ」
大義の本分は多くの人のためだから、この言い訳にならざるを得ない。だがその言い訳は論破した。
「俺はこの地域の住人じゃないし! やっぱりこの地域の住人のために一日16時間休日なしで船作る? 爺の腕ならタダで作ると言えば、注文殺到間違いないしな」
「それは本気でワシを殺す気としか思えないんじゃが」
爺はさらに冷や汗を流して反論する。
「多くの船を作れば作るほど大衆のためになるでしょうが」
「ワシが死んだら元も子もなかろうが!」
爺が死んでは大量に船を作ることも叶わなくなる。しかし。
「俺が死んでも元も子もないと思わないか?」
俺が今回の仕事の途中で死んだ場合は、薬も届かないことになる。
「むぅ、何が望みじゃ?」
「まずは船、二人乗りのホワイトリバーを仕入れも含めて3日で仕上げてくれ、軽いとか頑丈だとかは当たり前だが、見た目に船を運んでいるのがばれないように偽装をして、50メートル上から水面に人を乗せたまま落下しても壊れないようによろしく、乗り場所は二人分でいいが三人分の重量を運べるようにな」
「そんな船を3日で作れとか殺す気か! 何でそんな短期間で作る必要がある!」
爺が目をむいて抗議するが、俺の知ったことではない。理由も教えてやるとする。
「感染者が増えれば増えるほどリンテの仕事を達成するのは困難になる。時間との勝負なんだよ。次に貸し犬45頭だな、返せるかわからないから買い取りだね」
さらなる難題に爺が血を吐くかのように言葉を続ける。
「ぐほぉ! ワシを破産させる気か!」
「金はリンテが出すんじゃないの? 知らないよ、そんなこと。そんでその犬が引ける台車もよろしく」
「リンテは金を持っておらんようじゃし、不渡り出したらワシの工房がつぶれるんじゃが?!」
爺の必死の懇願も俺には通用しない。俺が脅される原因を作った爺である同情の余地はない。俺は笑顔で爺に言ってやった。
「よかったね。そん時は一生大衆のために船を作る契約を実行だ!」
その言葉で爺は思い当たったらしい。
「タダで船を作ることを担保にしろというのか!」
「爺は話が早くて助かるよ」
顔を青くする爺に、俺はよく出来ましたと頷いてやった。
「ワシが断ったらどうするんじゃ?」
あまりの無理難題に爺が最終手段を持ち出すが、俺はちっとも困らない。
「是非断ってほしい。爺が協力しないから俺は協力したくても出来ない、ってリンテに言うだけだから」
そうすればリンテの説得が爺に向かうだけである。まあリンテ自身資産家と言っていたから金の点はどうにかするだろう。金まで借りっぱなしだともはや強盗である。問題点は俺は金をもらっても嬉しくない点だ。金は俺にとって命をかけることの報酬にはなり得ない。
「この外道め、老骨に鞭打ちおって!」
「どこがだ! 釣り師を捕まえて間者まがいの仕事させる人物に言われたくないぞ!」
俺の言葉に爺は二の句も告げない。そんな爺にさらなる追い打ちをかけることにする。
「後これらは全て内密に揃える必要があるから、人に頼むのは御法度だから、口止め料もよろしくね」
「やはり殺す気じゃな! おお、可愛い孫よ先立つ不孝を許してくれ!」
爺は最終手段として孫をかわいがる優しい祖父の顔になるが、そこに突っ込みを入れてやることにした。
「爺の孫はとっくに成人してたよな? 可愛いか?」
「……。おお、可愛いひ孫よ!」
俺の突っ込みに実際に孫の顔を思い出したらしい爺は、ひ孫へと語りかける対象を変えたのだった。孫と不仲なのか、よほど可愛くない孫なのか爺も苦労はしているらしい。そうこうしている内にリンテが身繕いを終えて出てきた。
「申し訳ありません。お金についてはこれで何とかしてください」
先ほどまでのやりとりが聞こえたらしく、そう言ってリンテは巾着を爺に渡した。小さな巾着で鎧に仕込まれていたと言われても違和感のないものだが、装飾は立派なものである。よほどの高級品が入っているのだろうと思われたが、出てきたのは手のひらで包める程度の灰色の石である。だが袋から出した途端に良い香りが漂い始める。
「なんじゃこれは?」
「竜の胆石です。香料として使用します。貴重品ですからお爺さんの負担額をまかなえるだけの価値はあるかと思います」
価値で言えば本当に城が建つほどである。白亜の城とは行かなくても、地方領主の城くらいであれば建てられる一品である。これは冒険者がいざというときに使う隠し財産だろう、流石に一流冒険者とあって持っているものも一級品である。
「イペンサさんにも必要でしょう」
リンテはそう言うと、惜しげも無くその石にナイフを立てると半分に割ってしまった。香料として使用するので、使うときはすり潰してしまうから、大きさによって価値は変わらないが、それでもよく惜しげも無く割ってしまえるものである。リンテの本気がどれほどのものか窺えるというものだ。
「強引に巻き込んでしまったお礼です。これでは足りませんが、足りない分は一生かけて支払わせていただきます」
そう言って竜の胆石を差し出すリンテの顔はしおらしい。こっちが聖女としての顔なのだろう。
「巻き込まないでくれるなら、そんな大変なことをしないで良いんだがな」
「そうはいきません。今は一刻を争う事態です。ああして寝ているのも惜しいくらいでした」
「それで今後どうするんだ?」
「それは、イペンサさんが考えてくれたのでしょう? なにやら色々と準備を御願いしていましたね? とりあえず、それを聞かせてください」
「俺も命がかかってるからな、準備くらいはするさ。計画としてはもぐりの商人としてメルク国に潜り込む、戦場となった国をうろついても怪しまれないのは、もぐりの商人くらいのもんだからな」
「それでは、時間がかかってしまうのでは?」
俺の言葉にリンテは疑問顔だが、俺の計画を押し通すことにする。
「急がば回れと言うだろう。どうせお前達は冒険者として行動したんだろう? だから怪しまれて失敗したんだ。戦場をうろつく冒険者がどこの世界に居るって言うんだ。ほとんどの冒険者は戦地になった場所になんて近づかないぞ」
「もぐりの商人なら怪しまれないと言うことですか?」
「そうだ。特に『もぐり』の商人は戦地になった場所に集まる。普通の商人は戦場となって商人ギルドの保護がない場所には、寄りつかないからな」
商人ギルドは商人の権利を保護するのが仕事だが、例外となる地域がいくつかある。そのなかで頻繁に発生する地域が戦場である。戦場では問題が起きやすく、商人ギルドがいちいちそれに対応することは出来ない。そのため戦場となっている地域では、権利の保護を例外的に停止するのである。
流石に地元の商人の権利の保護まで停止することはないが、他国から戦場に来る行商人や貿易商に関しては権利を保護しないとしている。そうすると当然、商人ギルドに所属する普通の商人は戦場には寄りつかない。それでも戦場となった地域でも物資は必要とされている。そこで居なくなったギルド所属の商人に代わって、物流を担うのがギルドに所属しないもぐりの商人である。
ギルド所属の普通の商人が居なくなって、稼ぎ時とばかりに命知らずのもぐりの商人が活躍するのである。とはいえ彼らはその地域で何が必要とされているか知らないことが多いため、かゆいところに手の届かない商品を運んでくることも多い。
例えば食料は軍隊には必要だが、地元住人は自給自足が常なので、必ずしも必要というわけではなく運び損になりやすい。しかし軍隊に徴発されて食糧が不足している地域など、必要とされている地域まで持って行くことが出来れば高値で売れる。
戦場におけるもぐりの商人は、そういった賭の要素が強い商売をすることになる。また当然ながら盗賊、魔物、軍隊による徴発等の障害が存在し、物資ばかりか命まで取られることも多い。そういった危険が大きい分もうけも大きくなるが、何がどうなるか予測もつかない賭であるため、手堅く商売している商人には戦場における商売など外道も良いところである。
「まあ、他にも色々と考えていることはあるが、まずは契約だ。報酬だがこの竜の胆石は要らない。金は命をかける報酬にはなり得ないんだ。せっかくメルク国に行くんだ食べたいものがあるから、それが食べられるようにあらゆる障害の排除を頼む、もし傭兵なんかがそれを独り占めしているなら盗み出すなり何なりすること」
俺はそう言うと竜の胆石を爺の前に置いてやる。
「そんな暇はないのですけれど?」
リンテはいかにも気が急いていますという顔だが、そんな事情は知ったことではない。
「強制的に協力させておいて、自分は協力しないとでも言うつもりか?」
俺の言葉にリンテはうなだれると、次のように続けた。
「そう言われると言葉もありません、ですが出来るだけ早く御願いします」
これで交渉は終わりですね? という振る舞いのリンテだが、それで終わるわけがない。俺はさらなる条件を突きつける。
「それだけじゃないぞ、魚人との交渉はお前単独でやること、俺は俺で魚人と交渉があるからそっちには協力してもらう」
「何か著しく不利な契約になってませんか?」
流石にリンテは大商人と交渉する必要があるだけあって、有利不利には敏感だ。実に不満そうな顔をしているが、俺の契約を蹴れないことも知っている。この言葉があるからだ。
「協力やめようか? 殺すなら殺せ」
実際に殺されてやる気は無いが、こちらが自棄になればリンテは従うしかない。
「ごめんなさい、我が儘を言いました」
俺の言葉にシュンと身を縮めるとリンテは頭を下げて謝った。流石に英雄にも良心はあるらしい、リンテは俺の出す難題に唯々諾々と従うのみである。こうして様々な契約事項や計画を打ち合わせると、最後に一言だけ聞くことにした。
「なんで他人を脅してまで、疫病に関わろうとする? お前がやらなくても国が対応するはずだぞ?」
「疫病が発生したのは、私が以前住んでいた町なのです。顔見知りも多く、特に妹のように可愛がっていた隣に住んでいた子が、その疫病にかかっているんです。薬が手に入らないときの国の対応は知っているでしょう? 処置なしとみればまずは患者を、次は町を焼き払うことでしょう。そんなことには絶対にさせません」
リンテは決意も新たに薬を手に入れるためには、どんなことでもやる覚悟を決めた。実に英雄らしい凜々しい顔で宣言した。だが強制的に巻き込まれたお供その一としては、節度を持ってほしいところである。
「とりあえず現状確認だ。国がもう対応したかもしれないからな、爺が色々と手配している間にその町の様子を確認しに行くことにしよう」
「わかりました。でも私は死んだことにしたいので、他人と関わるときは、代わりに御願いいたします」
「まあ、仕方ないな。それじゃ行くか」
こうして英雄リンテの冒険が始まるのである。俺としてはこれ以上、厄介事が降りかからないことを祈るのみだ。ロタは「疫病の発生した町に行くんですか? 俺大丈夫でしょうか?」などと心配顔だ。ロタの心配に関して言えば、死に至るまでに約半年ほどの年月があれば、薬を揃えることも可能である。そもそも犬にはかからないので心配は要らないというものである。




