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サンショウウオ釣り編 聖女

 何はともあれ人が生活する上で食事をとらなければ始まらない。生まれたばかりの赤ん坊だって乳を欲しがるのだ、死に掛けの病人相手でも何とか食事を取らせなければならない。本来魚の切り身なんかは病人が食べるのに適切なものではないが、俺が料理を作るのに魚を使わないわけがない。食えなければ残してもらうことにして、鯉を捌くことにした。


 本当のところはどうか知らないが、幸い鯉は滋養のあるものとして妊婦なんかが食べるとよいとされている。泥抜きもまだ半日程度だが、香草入りリゾットにする分には問題ないだろう。


 そうして俺は朝一に釣り上げた鯉を選ぶと、まず始めにやるのは生きた鯉の頭を木の棒で殴って気絶させることだ。その後病人が食べやすいように今回は3枚卸にして、骨を取り除いた後一切れずつ食べやすいサイズに切り、臭い消しに酒に漬ける。


 鯉を調理する際に気をつけなければいけないのは、内臓を取り出す際に苦玉と呼ばれる胆のうを、潰さないように取り出すことである。苦玉は文字通り苦く、こいつを潰すと身に味が移って食えたものではなくなる。煮込みであればまだ問題は無いが、焼き魚や餡掛けにするときには注意が必要だ。


 そうして切り身にした鯉の身を、まだ昼前ということもあり売っていた牛乳と小麦、さらにはバターを混ぜた濃厚なホワイトソースで煮込む。その際には病人が食べやすいようにバターを控えて、ニンジンやタマネギを加えて旨味を加える。さらにそこに米を加えて粥状になるまでじっくりとチーズとともに煮込む。そうして香り付けに香草を加えると、適当に作った鯉の切り身のホワイトソースリゾットの出来上がりである。


 コンソメなんて贅沢品は使えないので魚と野菜で旨味を出す。食欲をそそるようにうっすらと香る程度にニンニクも加える。油分を控えアッサリとした味わいながらも、チーズ等の乳製品をふんだんに使って滋養たっぷりに仕上げ、食べやすいように香草で香りを整えた。病人食でなければバターをたっぷり使って、より濃厚な仕上がりにしたのだが爺も食うことを考えれば、アッサリ目に仕上げた方が正解だろう。


 ちなみに調理の際に出た鱗や皮は唐揚げにして俺の酒の肴に、頭や骨などのアラは煮込んで出汁に利用する。内陸地の貴重なタンパク源である鯉はどこの地方でも親しまれる。その調理方法は地方によって千差万別ながらも、捨てるところがないほどに利用方法も開発されているのだ。


 内陸地のタンパク源といえば、植物でいえば大豆、動物であれば家畜に狩猟と方法はあるが、大豆はほぼ毎日食べられているものだし、家畜は飼育費用が高く、狩りで捕まえた獲物は狩人から購入するためこれも高い。鯉ならば趣味と実益を兼ねて釣れる範囲だし、地方によっては自宅に小さな池を作って、残飯をえさに飼育している所もある。そのために利用率が高いのだ。


 ちなみに川の無いような地方では、バッタやイナゴをタンパク源にすることもある。川が無く家畜も飼えないような砂漠ではよくサソリが食べられている。昆虫食を嫌う人間も多いが昆虫と人間では生物として構造が違うため、病気や寄生虫をもらうことがない。少なくとも現在まで知られていない。そのため魚を生食するよりよほど安全ということになる。俺もザザムシなどの水生昆虫は食べる、素揚げにすればお菓子になるし釣り餌にもなって一石二鳥である。


 そういうことを考えれば、鯉の位置づけというのは一般家庭で食べられるご馳走という所である。他に今回のリゾットに使った、小麦、牛乳、バター、チーズとどれも平民が食べるには少しお高い。貧乏人ならばひえあわ燕麦えんばく、ライ麦あたりが常食であり米も高い。そうした安い穀物は脱穀も荒いため、穀物独特の植物臭さで食べ辛い。病人食であるために使っているのである。この上出汁を動物系のブイヨンにした日には、貴族でも伯爵くらいの爵位でなければ食べられない一品だ。


 そんな贅沢品を食べた爺の感想も次のようになる。


「相変わらず美味いのう、しかも今回はだいぶ手が込んでいるようじゃ。材料も滋養たっぷりじゃし、アッサリ目で年寄りも食いやすい。あの娘に惚れたか?」


 爺がニヤニヤとからかい半分に聞いてくるが、俺は平然と返す。


「いや、むしろ爺にあの少女を預ける手間賃だ。あとは個人的に不味い病人食のもの申したいだけだ、体が弱って食事をとるのも大変なのに、不味く作って唯一楽しめる食の楽しみすら奪うとか、治す気があるのかと」


 「良薬は口に苦し」なんて言葉があるせいで、不味い病人食こそを有り難がる風潮もあるが、本来は「自分のためになる言葉は受け入れがたい」という事であって、本当に不味いもの全てが体に良いわけではない。味覚が本来は食えるものを判別するための判断基準であると考えれば、不味い=食えないという図式が成り立つ、この理論武装を盾に俺は日々美味いものを求めて放浪するわけである。


「確かにのう体が弱ると食事をとるのも億劫になる。そこで不味い食事を出されては食欲もなくなるというものじゃ、と待てや小僧、今ワシに娘を預けるといったかの?」


 訳知り顔でリゾットを楽しんでいた爺だったが、俺の一言に引っかかったらしく正気に戻った。ちっ、美味い料理でお茶を濁してトンズラかまそうと思ったのに!


「知り合いなんだろ? なら爺が面倒見るのが筋だろう」


 それでもめげずに爺に押しつけようとそれらしく責任を押しつける。だが爺も負けては居ない。


「ワシも年じゃ、若い娘の面倒を一人で見るなど無理なこと、ここは助けた張本人のおまえさんが面倒を見るべきじゃ」


 いかにもよぼよぼの老人のごとく、一人で船大工なんて仕事をまっとうしている爺は急に動作が緩慢かんまんになった。


「いやいや、俺は若い男だし若い娘の面倒を見るのは問題があるよ、だから任せた」


 それに対して俺は実に思慮深げに振る舞ってみせる。よぼよぼ爺対奥手で思慮深げな若者の対決だが、実際は少女の面倒を押しつけ合っているだけである。


「若い男といえば、おまえさんあの娘の裸を見たんじゃろう? 何かしたかもしれん、ここは責任をとっておまえさんがじゃな――」


 そこで爺は攻め方を変えて、責任論に話をすり替えてきた。


「人命救助で仕方が無かったんだ。胸も尻も足らん小娘に誰が欲情するか! あと2年はしてから出直してきてもらわないと」


 俺としては事実この通りである。そんなんで責任を押しつけられてはたまらない。


「悪かったですね。胸も尻も足りなくて」


「いやいや、バランスは悪くなかったよ体も引き締まっていたし、十分需要はあると思うが俺はもう少し肉感的な方が好みってだけだ。悪いなんてとんでもない」


「やはり女は肉感的な方が良いもんじゃしのう、亡き妻を思い出すのう」


 俺の感想に爺も賛成のようだ。ついついと話を続ける。女の話は共通の話題とあって盛り上がりやすい。


「だよなぁ、それで年増好きとか噂が立って、体の緩んだ自称熟女が寄ってくるのは勘弁してほしいもんだ」


「起きて早々猥談わいだん聞かされる身にもなってほしいんですけど」


 と、怒りの声がいつの間にか爺との会話に挟まっていた。気がついてみれば広い造船スペースの奥にもうけられた、爺の個人スペースから聞こえてくる。よく見ると引き戸が開いて、例の少女が四つん這いながらも元気な姿を見せている。造船スペースは土間で、爺の個人スペースは一段上がった床の間のようになっており、その境に引き戸がついているのだが、そこからシーツを体に巻き付けた少女が見える。


「いやいやこれは失礼した。ここはケアリア国のツカワの町です。この爺が責任を持って面倒を見るそうですから、安心してお休みください。じゃ、俺はこれで」


 女性に聞かれると微妙に居心地の悪い話を聞かれた俺は、そう取り繕って逃げだそうと腰を上げようとする。しかし爺が止めに入る。


「ここは命の恩人の挨拶が必要じゃろう、リンテも礼を言いたそうにしておるぞ」


 と、怒り顔の少女をさして爺が指摘するが、とてもお礼を言いたそうな雰囲気ではない。


「いやいや、お疲れのようですし、俺はこれで失礼するよ。あ、これは食事、よかったら食べてね」


 そうして冷めないように蓋をした一人用の土鍋に入れたリゾットを勧めると、強引に抜け出そうとするも。


「待って、確かにお礼を言わせてください」


 本人に止められてしまっては、立ち去るタイミングではない。何か言われたらきっぱり断ることとしよう。お礼を聞く分には問題ないはずである。大体この程度で逃げていてはどこへもいけない、どこかに要塞でも建てて立て籠もるしかなくなってしまう。


 何か言われたら断ればすむ話で、俺は嫌と言える人間だ。「働きなさい」「嫌!」、「定住して身を落ち着けなさい」「嫌!」と俺は断ることが出来るのだ。


「じゃあ、とりあえずベッドに戻ると良い。体力はあるみたいだがまだ病み上がりだ。このリゾットならそれだけ体力があれば食べられるはずだ。お礼を言う前にまず体力つけないとね」


 実際の所は美味いものは美味いうちに食べてもらいたいためでもある。せっかく暖かいうちに目が覚めたのだから、冷める前に食べてもらいたいものだ。


「ありがとうございます。いただきます」


 そう言って少女はベッドに戻ると特に警戒した様子もなく、美味しそうにリゾットを食べ始めた。爺と顔見知りらしいが、目が覚めたら突然知らないところに居たというのに、なかなか剛胆である。気の弱い少女ならリゾットに手を出すこともないか、食べたとしても味もわからないだろう。


 ついでに茶も用意してやる、このあたりの茶は茶樹の葉を使った茶である、その中でも黒茶と呼ばれる緑茶をこうじで発酵させたもので、緑茶に比べて体に優しい。一度茶葉を短くお湯にさらしてかび臭さをとってから、再度お湯を注いで改めて茶を蒸らすのが特徴だ。


 そのため茶器もお湯を捨てるための器を備えており、道具一式そろえると次のようになる。茶を飲むための器である茶杯、茶を淹れるための急須になる茶壺、お茶の濃度を均一にするため茶壺から一度茶を注ぐためのピッチャーたる茶海、要らない湯を捨てるために蓋がの子になった箱の茶盤、等と多岐にわたる。他にも茶を漉す道具や茶匙などもあるが省略する。


 そうして茶盤の上にそろえた道具に、まずはそれぞれの道具にお湯を注いで道具を暖めると、茶盤にそれらのお湯は捨て、茶壺に黒茶を茶壺が半分埋まるほど入れて、茶葉がつかる程度にお湯を注ぎ蓋をすると即座にその湯は捨てる。そして蓋を開けると再度お湯を注ぐ、そうして再び蓋をすると冷めないように茶壺に上から鉄瓶でお湯をかける。茶壺の下は茶盤の簀の子になっており、その下でお湯が受け止められるためテーブルの上でも存分にお湯が使える。


 そうして少し待ってお茶を蒸らすと、お茶を一度茶壺から茶海に注いで茶の濃度を均一にして、それぞれの茶杯に注ぎ分ける。どの道具も小さく茶杯などは一口分しかないので、この行為を何度も繰り返してお茶を飲む、同じ茶葉で3度くらいはお茶を入れることになり、良い茶葉なら5回くらいは飲むことが出来る。そうして茶葉の味の変化を楽しむのがこのあたりの習慣である。


 そういった独特の茶の出し方や茶の香りに少女は郷愁を誘われたのか、穏やかにリラックスしたように目をつぶり香りを楽しんでいる。そうして食事が終わり全員が黒茶で一息ついていると、少女が姿勢を改めた。


「どこのどなたか存じませんが、このたびは命を救っていただきありがとうございました。私は冒険者を生業としているリンテというものです、非才なる身ですがこのご恩は一生かかっても返したいと思います。命を救ってもらっておいて、このようなことを聞くのはあつかましい事この上ないのですが、救助の過程でお嫁にいけない体になったりしましたでしょうか?」


 おい、こら、貴様は「意識のない間にレイプしませんでしたか?」と聞いているのか? あん? 目覚めた直後に自分をネタにした下ネタ聞いたのが、よほど第一印象に響いたらしい。


「まあ、嫁入り前の娘だし気になるのも仕方ないか。口移しでポーション飲ませて、添い寝で体温を戻させたよ、一刻も早く体温戻させる必要があったからな」


 添い寝したのはロタだがここは意地悪く答えてやろう。


「そうですか、その過程で私の裸も見たと、ファーストキスも……」


 なにやらガックリと肩を落としている。清廉潔白に純血かといわれるとケチがついてしまったが、黙っていれば誰もわからない程度の話である。


「まあ気にするな、膜は残っているわけだし、人命救助のためで他意は無い。聞いていたと思うが俺の好みからは少し外れているんだ」


「で、デリカシーが無いですね。それは嫁入りをお断りするということでしょうか? 命を救っていただいた以上は、嫁となって尽くそうかとも考えたのですけれど」


 俺の露骨な言い回しにリンテがあきれ半分、このセクハラ野郎と怒り半分で問いかける。恩返しに嫁になるという発言は、このあたりの風習である。色々と逸話やとんでも話がつきない風習らしいが、俺にとっては実にお断りしたい風習だ。だから返答もこうなる。


「うん、お断りいたします」


 アッサリとした拒絶にリンテが唖然としている。


「そんなに魅力ありませんか? 私? これでも結構お付き合いを御願いされることもあったのですけど」


「いや、美人だと思うよ? 病み上がりだから仕方ないけど、もう少し身なりを整えれば男が群がるのも納得できるくらい」


 リンテはこうして顔色を取り戻すと、いわゆる清純派美少女路線で人気があるだろう、聖女と呼ばれるのも回復魔法が使えるだけではなく、リンテ自身の雰囲気によるものだと思える。


「では肉体的な魅力の問題ですか? 胸も尻も足りないと仰ってましたが」


「嫁の基準にするなら、肉体的な魅力は十分だが、そもそも俺は嫁を取ってないんだ。機会はあるけど全部断っている」


 嫁の肉体基準が甘くなるのは、人格面を重要視するという意味である。一晩限りの娼婦選ぶのと、一生付き合う嫁を選ぶのでは選考基準も異なる。先ほどまでの話は娼婦を選ぶ際の基準である。


 尤もこの話を嫁本人には出来ない。「おまえの体はイマイチだけど性格は最高だね!」と言われて喜ぶ嫁は居ないだろう。だから世の男達は嫁にこう言うのである。「お前が(俺にとって総合的に)最高の女だよ」と。そのあたりを全部ぶちまけられたリンテがこれでも嫁になるとしたら、大した義務感である。


 そう思っていると、俺の「嫁を取らない」という返答に疑問を抱いたのかリンテが話を変える。


「そういえばまだお名前も聞いていませんでした。お聞かせ願えるでしょうか?」


「名はイペンサという、職業は釣り師だ」


 リンテは初めて聞く釣り師という職業に、「なにそれ?」という疑問顔だ。


「地元の漁師の方ですか?」


 やっぱり間違えるのか、釣り師という職業は俺が勝手に名乗ってるだけだからな。


「いや、流れ者だ。漁師とも違う、俺は網を使わないからな、竿だけで魚でも魔物でも獲物を釣り上げるのが仕事だ」


「魔物を釣り上げる? そうすると冒険者の一種でしょうか?」


「流れ者だから定職らしい、定職は持ってないが、漁師ギルドに一応所属しているが、冒険者ギルドにも籍はある」


 冒険者は格差が激しい、上位に位置するものたちは未知の領域の地図を作る探検家であったり、魔物を狩るプロであったりと様々な冒険を主とするものたちだが、下積み時代は単なる日雇い労働者である。仕事にあぶれたら冒険者になるというのが現状で、日雇い仕事斡旋所としても機能しているので、冒険者ギルドと他のギルドに同時所属することはよくある。


「どちらかというと漁師と思えば良いのでしょうか?」


「それでいいや、俺を示す職業が無いから釣り師と名乗ってるわけだしな」


 漁師であれば漁場を把握する必要があるため、通常ならば流れ者になんてなれない。どこで何がとれるか? なんてのは時間経過で変わっていくものだし、そういった日々の変化を把握するため、広い領域を縄張りにするものが居ても、定住しなければならないのが実情だろう。俺もある程度の周期で同じ場所を巡っているので、漁師の一種かもしれないが巡る領域が極端に広いし不安定なので、漁師と名乗ると疑問符がつくのだ。


「つまり流れ者だから嫁を断っているということでしょうか?」


「それもあるけど、身を固めるつもりがそもそも無いからだな」


「それは単なる駄目人間じゃろ?」


 と、爺が横やりを入れる。爺は呆れたような目つきだが、爺に迷惑かけたことはない。だから俺は平然と答える。


「そうとも言うかもな」


「駄目人間に命を救われて嫁入り……。しかもそれすら断られるって」


 俺と結婚しても明るい未来が想像できない上に、そんなろくでもない未来にもたどり着けないことにリンテが愕然としている。


「ではせめて物でお礼をしたいと思いますが、何かほしい物とかありますか? 釣り師に必要な物が想像できなくて、聞くしかなくて申し訳ないんですが」


「気にしなくて良いぞ、旅暮らしの身には物は少ないほどいい、だから物増やされても困るしな」


 もっともな話にリンテとしても納得せざるを得なかったらしく、次善の手段を口にした。


「では、せめてお金で」


 だがその手段も爺に無駄と諭されることになる。


「リンテ、無理じゃ、此奴こやつは金も物も十分持っている。ワシから船を購入したときなんかいつも即現金払いじゃ。ワシの船の値段は知っておるじゃろう? 此奴が有り難がるほどとなると城が建つぞ、しかも白亜の壮麗な首都の王城並みのやつじゃ、飲まされたポーション代すら払えんじゃろう」


 爺の船は丸木舟であることを考えると巨木の調達、輸送費用などが非常に嵩むのである。加工費自体はそれほどでも無いが原材料費がやたら高くなってしまうのだ。冒険者への依頼でも調達系ではかなり名の通った依頼案件になっている。


「私はこれでも資産家ですよ? 私個人の資産もそうですし、父は平民になったとはいえ騎士家の四男で有名な冒険者です。それでポーション代すら払えないなんてことは――」


「単純な話じゃ、重傷用のポーション飲ませたと言っておったから、非売品のポーションなんじゃ、早々手に入る物ではない」


 重傷用のポーションは、腹を剣で刺されても医者に行く時間を稼げる程度の代物である。伝説級だとそこで即座に回復するが、重傷用となるとそこまで便利ではない。大きな傷を負った時点で、危険な場所や状況にあるということである。即座に回復してそこから逃げ出せないと一人旅では役に立たないので、使う機会は滅多にない。それでも使うことがあるとすれば、今回のように他人に使うことになる。


「そんな貴重な薬を!」


「爺余計なこと言うなよ、恩に着てほんとに嫁入りする気になっちゃったらどうする気なんだよ」


 俺としては重傷用のポーションが切れても、伝説級のポーションがあれば問題ない。釣り師も猟師並に危険な職業であるが、冒険者に比べればそう簡単に死ぬ職業というわけでもなく、ポーションの出番は少ないのである。


「そうはいってものう、言わねばワシが後で恨まれるじゃろうが」


 爺としてはそれだけが理由なのだろうが、俺の資産状況などを知る人間はトラブルになる確率が飛躍的に高まる。リンテを信頼してのことかもしれないが勘弁してほしい。


「お金も物も駄目となると、それこそ体で払うしかないんですけれど」


 リンテは申し訳なさそうにしているが、重傷用のポーションの価値を聞いた途端に、計算高い冒険者の顔が見え隠れし始めた。名の知れた冒険者というのはただ善良であったり、馬鹿正直であってはつとまらない、利用しようとする者が後を絶たないからだ。だからお互いにギブアンドテイクの関係が結べるように、大商人相手でも交渉出来ることがその腕の高さとともに必要となる。


「生娘抱いたらまず間違いなくトラブルとなるから、抱かないんだ俺は」


「そんなことありません、命を助けていただいたのですから問題になんてしません」


「親がそれで許すと思うか? 腕利き冒険者が父親なんだろ? 怒って斬りかかってくるじゃないか?」


「父だって娘の命の恩人にそんなことはしません」


 リンテは相変わらずしおらしくしているが、その言葉をそのままに受け入れることは出来ない。


「うん、責任とって結婚しろって言うだけだよね。俺に抱かれた後で御願いしたいことがあるんだろう? あと爺よ、こういうことになるから顧客の資産状況なんてのは、漏らしちゃいけないんだ。まあ、わかっててやってるんだろうけどな」


 俺の台詞に爺は苦笑しながら返答した。


「ばれたか、おぬしの実力ならリンテの仕事を手伝っても、問題ないと思っただけじゃよ。どんな仕事かは知らぬが、この地域のためであろうしな」


「実力者は働かなければならないとか言うなら、引退した爺の立場はどうなんだ? ん?」


「そう言われると厳しいのう、だが老い先短い老人の願いの一つくらい聞いてくれんかのう?」


「嫌だ」


 俺はにべもなく断るが、そこにリンテもすがりつくように頭を下げて懇願する。


「そこを何とか御願いします。命を助けていただいた上で厚かましいのは承知していますが、多くの命がかかっているのです」


 これだよ! 人命のためにご協力をという英雄的発言! 人命のためというのは免罪符になるので、大抵の事は許されてしまう。そして、その言葉を振りかざすやつを英雄と呼ぶのである。


 英雄って言うのは実際の所は、話で聞くほど高潔な存在ではない。自分の目的を達するためにはどんな汚名も引き受ける。その上でその行動が多くの人の利益にかなっていると、英雄と呼ばれるわけだ。目的のためには手段を選ばないわけだから、その課程で犠牲になる者も居るのだ。


 ちなみに他に英雄が使う言葉として有名どころは順に「人々の生活のために」「国のために」となる。国という言葉の優先順位が低いのは、英雄が国に帰属しているとあまり良い顔されない点や、国のために働くなら単に有能な役人や軍人になるからだ。平民にとって味方となる英雄は、税を取り立てる国とは背反する存在であることがしばしばである。


 とはいえ戦争の英雄なんてのは大抵は軍人であるので、必ずしも相容れないわけではない。冒険者ギルドの定義する英雄と、国の定義する英雄は微妙に違っているが、平民はそれらをまとめて大雑把に英雄と呼ぶのである。


 そして今新たに英雄になりそうなリンテは、新たな犠牲者たる俺を見つけたわけだ。そして英雄に賛同して協力する爺のような輩も出て、これまた英雄譚になるのだが、俺の役どころは英雄にその身を捧げた忠勇なる男とかになる。実際の所は英雄に利用されて搾り尽くされると、茶殻も真っ青なくらいポイっと捨てられる存在である。


「それでも嫌だ」


「こんなにかわいく御願いしても駄目ですか?(はぁと)」


 リンテがベッドの上から四つん這いになってしなを作る。だがその程度で俺は屈したりしない、小娘のしななど娼婦のそれに比べれば、100年修行して出直してこいというものではあるが、リンテのしなは特殊だった。胸をチラ見せするかのように左手でシーツを胸元に引き寄せつつ、右手はどこからともなくナイフを取り出し俺の首元を軽く突いている。


「おい! 何が『はぁと』だ! 小さく言ったところで、この行為のどこが可愛いというのか!」


 さすがに腕利き冒険者、一瞬で武器を取り出して俺に突きつけていた。やはりそこそこ警戒はしていたらしい、ベッドの脇に置いた皮鎧に仕込まれていたのだろう。


「御免なさい、でも、多くの人の命のためにあなたの協力が必要なんです。せめて話くらいは聞いてもらいたくて、健気な少女の御願いなんです。聞いてください」


 これのどこが聖女だというのか!


「自分で健気と言ったら、そりゃもう健気じゃないぞ! 多くの人の命のために犠牲にされる俺の方が100倍健気だ!」


「やっと犠牲になってくれる覚悟が出来ましたか!」


 俺を犠牲にすること認めやがった! リンテは説得が通じて嬉しそうに喜んでいるが、これは説得ではなく脅迫である。


「じーーーじーーー、恨むぞーーー」


「うむ、流石にワシもここまでやるとは思わなかったんじゃ」


 爺が冷や汗流しながら後ろめたそうにしているが、もはや後の祭りである。


「鎧を着る必要のある職業なんざ、最後には武力が出るに決まっているだろうが! 女だって一緒だ! それがたとえ聖女と呼ばれていようともな!」


 こうして俺は聖女様ご一行のお供その一となるのだった。それを見ていたロタはというと「人命のためには人を脅すこともいとわない、という存在が聖女なんですね。勉強になります」と目を輝かせていた。

 皆様の再開を喜ぶご感想ありがとうございます。しっかり読んでおりますし、むしろ繰り返して読むくらいですが、返事はちょっと待っていただきたいのです。


 前回の完結時にまとめて感想返しをしたときは、全部で約3時間ほど掛かっており、そこそこの手間になっております。そのためある程度たまってから消化させていただくことで、少しでも小説を書く時間に当てさせていただければ幸いです。ご理解なにとぞよろしくお願いいたします。


追記:結構な不満のご感想をいただいております。この話だけの公開ですと不満がたまるし疑問も残るようなので、読者の気分が不快になるだけならばということで、連載形式と読者の心情の兼ね合いに問題があったようです。結果として読者を選ぶ状態になっているようで申し訳なく思います。


 この後も内容は基本的に変わりませんが、2,3話まとめて公開して読者を納得させられるだけの事情の説明が必要なようです。次話以降は読み返してみるとまだ荒削りな感じがしたので、すぐに公開というわけには行きません。可能な限り急いで仕上げたいと思います。

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