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イカ釣り編 エピローグ

 ズース領に隣接する領地からの旅路もすでに10日目の早朝、大型帆船の上で俺とカイアはまだ空も白んでいないというのに、起き出していた。


「もう行くの?」


 この10日ほど俺を雑巾のごとく絞りまくって笑顔のカイアだったが、久々に寂しそうな顔をしている。俺は旅装の準備を止めてカイアに答えることにした。


「ああ、このままだと王族や貴族に捕まるからな、先手を打って逃げて置くに限る」


 これだけの大騒動を起こしては、貴族が放っておくわけがない。


「酷い自作自演よね。自分で火をつけておいて自分で消して、ちやほやされるなんて」


「人聞きの悪いことを言うなよ、俺は自分で消してない。これから他人に消させるんだ」


「余計酷いじゃ無いの」


「火をつけたのだって、現ズース領主だぞ。俺は火が付いた後に風を送っただけだ」


「恨まれるには十分だと思うわよ、消す方だって十分水を用意して置いたくせに、この大悪党」


 カイアが笑顔で俺を罵る。言葉上罵っているが、カイアはツンデレなわけだから、きっと惚れ直してくれているはずである。


「せめて煽動者と言ってくれ、問題を拡大しただけで、問題を起こしたことは無いぞ」


「煽動者だってよく処刑されるわよ」


 一面的な事実をとれば俺はカイアの言うとおり、大悪党といえるだろう。小さな領地の問題解決に国全体を巻き込んで、王や貴族が解決せざるを得なくしたのだから、完全に的外れの非難だとは言えない。


「上手い煽動者は暴徒に隠れて逃げおおせるんだ。俺もそれにあやかるだけだ」


「来年はいつ来るの?」


「さあ? 今年はガシ国で4ヶ月以上過ごしたから、各地から苦情が上がってるだろうな、連絡はして置いたけど。問題が山積してるかもしれないからな、来年はガシ国に来れないかもな。大丈夫、今後ダンエ村の面倒は国が見てくれるんだ。俺が何かするよりよっぽどましだ」


「便りくらいよこしなさいよ、漁業ギルド経由なら連絡付くんでしょ?」


「サカーワ領くらい大きくないとな、それに漁業ギルドでも俺は鼻つまみ者だからな、関係者だなんて言わない方が良いぞ」


「それは、これだけ大きな面倒ごとを起こすんじゃ、嫌われもするわよね」


「小火を消すために家を取り壊すと一部では評判だ」


 水をかければすむ話なのに、家ごと取り壊して火を消すのだから迷惑がられること間違いなしである。


「胸を張って言うことじゃないと思うけど」


「後のことはブルーノが面倒を見てくれる。ロタを残していくから手紙を持たせろ、行き先は教えてある。何かあれば連絡するんだ」


 ロタはその土地の臭いを覚えて記憶する。だからその土地の臭いが染みついたものを嗅がせれば、行き先を覚えてくれるのだ。さすがに一度も行ったことない場所は無理だが、一度行った場所は覚えてくれる。


 またその行った先で新たな臭いを嗅がせれば、次の地点へ走って行くから移動を重ねても平気である。ちなみに目的の人物が発見できない場合は、手紙を持たせた人物の元へ返ってくる。そこへ改めて臭いの染みついた布などを送ればよいという訳である。訓練が非常に大変なのも納得の便利さである。


「ええ、分かってる。魚醤醸造所と燻製工房への塩の確保と、あんたが個人的に塩を買い付けられるように、交渉しとくわね」


「ああ、国が塩の品質を保証する訳だから、徐々に塩の値段は上がっていくことが予想される。彼らにとっては大変だが良い物作っているのに、安くしか売れないという事が不当だと言うことは、彼らも分かっている」


「ルサちゃんの所の魚醤は美味しいもの、あの魚醤なら少しの値上げなら問題なく売れるわよね」


「駄目なら他の手を考えるだろう」


 ちなみにルサは途中の寄港地で下ろしてきた。村人が魚醤醸造所まで送っていって、醸造所の親方に塩の値段が今後上がることも伝えてある。良い物を作れば良い値段で売れる。それが世の常であることは彼らも分かっている、文句ないはずだ。


 急な値上げさえなければいいのである。今後国は食品加工業者の品質や、利益の兼ね合いなどを見て値を上げていくから、バランスはとれる。塩の値段が上がることで、国に下ろされる物品の値も見直され適正価格になっていくことだろう。


 国にそこまでの識者がいるかは分からないが、ブルーノは塩の値段を決めなければならない、その点も教えてある。


「じゃあ、俺は行く」


 そう言ってまだ航行中の大型帆船から、シーカヤックをロープでつないだまま海面へと下ろす。ロープを伝ってシーカヤックに乗り移るのである。その作業中にカイアは背中に抱きついてきた。


「感謝しているわ、今回は本当にありがとう。これで村が自立できるとしても、また来てよ。私はあんたがいなきゃ駄目なんだから」


「せっかくうまい塩を今後も作れるように段取りしたんだ。また来るさ」


 俺らしい台詞にカイアは泣き笑いで答える。


「じゃあ、あんたが来たくなるように腕を磨いておくわね。最高の塩を確保しておくから絶対にまた来るのよ」


 そうして俺は船上から人知れず姿を消した。もうすぐサカーワ領府の港である。姿をくらませるにはどこの陸地に上陸しようかな? その前に釣りでもしていこうか、等と考えながら俺は久しぶりの自由を満喫するのであった。






 ようやくこの長い旅が終わった。大型帆船がサカーワ領府の港に着くと、生まれ育った町に帰ってきたことで、僕はため息をついた。


「ブルーノ様、ようやく着きましたね。任務を万事果たしてアリスト様もお喜びでしょう」


 そう話し掛けてきた護衛のゴーディに感謝の念を込めて返事を返した。


「世話になったなゴーディ、今後どういった道を希望なのか知らないが、何かあれば推薦状を書くよ。出世に関しては兄貴が取りはからうだろう」


 ゴーディが「勿体ないことです」等と謙遜しているが、それくらいの価値はあったのだ。確かに冒険者のような露骨な身の危険はなかったが、僕としてはシーカヤックで外海から陸地目指して漕ぐだけでも、十分冒険といえる経験だった。クラーケン釣りを見学するだけでも手に汗を握ったし、解体する塩田を見学することで、塩田の構造の理解という面では色々と知識になった。


 その後の暴動では民衆の避難の苦労や、魔物の壁の維持などが十分僕の神経をすり減らしてくれた。失敗すれば目の前の老若男女160人が全て死刑になる、見てるだけでいいなんて言われても、手を出してしまうのが人情というものである。とはいえ僕が出来ることと言えば監視くらいしかなく、船に荷物を積み込むだけでも、手際が悪いので外されてしまった。




 隣の領地に逃れた後は、問題らしい問題は発生しなかった。あえて言えば情報漏れの原因になった少女の処遇が問題で、少女はあの後村人全員に一人一人謝罪してまわり、それに同伴して家族も一緒に謝罪し、それを村長が監督していた。


 一通り謝罪が終わると、村長が村人を集めて集会を開き、結論を出した。今後この情報漏れの件を元に責め立てることは全面禁止とする代わり、秘密を守るべき事柄が村人間で発生した場合は、村長の監視の下家族全員軟禁するという事になった。


 もちろんそれだけで済むはずもなく、情報を漏らした少女は今後10年の間に、通常人が嫌がる夜番などの仕事を、可能な範囲で受け持つことが決められている。トラブルの原因になりやすいので、バランス調整は村長が適宜監督する事に決まった。


 領主家の一員としては甘い対応だと思うが、村人全員で160人と少ない人数で、全員が家族のような集団と言うことと、彼らの先祖は家族が罪人を出したために、辺境に追いやられ差別を受けることとなった経緯が、今回の結論の源のようである。


 特に印象に残ったのは村長の言葉だ。


「お前達の言うとおり罪には罰が与えられなければならない。それは当然だ。だが罪の本質とは何だ? 罰の本質とは? 罪は罪を犯した本人が背負う物で他人がとやかく言うものではない。娘はショックを受けるほど罪を自覚している。その点に関しては文句はないな?


今は与える罰の大きさが問題なのだ。では罰とは何だ? それは他人と折り合いをつけるためのけじめだ。けじめに明確な基準なんてあるか?


皆が納得できれば良いが、全員が納得できる結果なんて、どこにも存在しない。永遠に罰し続けるのか? 町の連中のように。それに対して我々はどう返した? 連中が困ることを承知で連中を見捨てて逃げただろう? むしろ塩田を壊して困らせたくらいだ。


過剰な罰を与えれば、それは我々の罪として返ってくるのだ。罪を知らない町の連中はどうだった? 恥知らずと呼べるだろう? 我々も連中と同じになるのか?


罪を知る者こそ誇り高い。我々は罪を知っている。だから誇り高いのだ。その誇りに掛けて永遠に罰するなんてすべきではない。だから10年と区切りをつけよう。再犯さえさせなければ今後実質的な問題はないのだから」


 その言葉を聞いて僕は感心した。村長は法学でも学んでいたのかと聞いてみたら意外な言葉が返ってきた。


「村人には一切秘密ですがお教えしましょう。罪と罰の話はイペンサの入れ知恵です。この件は我々村人で解決しなければならない。領主様がいない今、イペンサに頼らずに生きて行くには、我々は自治をしなければならないのです。中央から派遣されてくる代官には、我々の事情など分かりませんからな。


そのための公正な裁定こそが必要だそうで、この問題の解決がそれが行えるかの試金石だそうです。重要なのは罰の重さではなく、人々が納得できることだそうで、10年と区切った上で、村人達が納得できる程度の罰を与えることにしたのです。


軽いと思う者もいるかもしれませんが、今回の件は本人が反省している訳ですから、町人とは違うと村人が納得さえすれば良い訳です。軽すぎる罰は犯した罪までも軽くしますが、過剰な罰を与えたならば、それは自分たちに返ってくるのですからな」


 このように量刑を決めるのは難しいが、この調子で決めていくなら若干甘目かもしれないが、適正の範囲で済みそうである。この村長に依存する部分も多いが、それは領主が決めても同じことだ。ズース領主の立場で見れば、村人の行動も褒められたものではない。この村長が裁くのが現在最も公平だと思う。


「イペンサさんはそこそこ罪を犯しているような気がしますが?」


 そんなに偉そうに語れるものだろうか? 自分は英雄ではないと常々言っているような人である。


「罰が他人と折り合いをつけるためのものであるならば、流れ者の自分には必要ないと。でも罪だけは着いてくるからそろそろ肩が重いそうです」


 その冗談めかした言い分に村長は苦笑していた。


「罪も罰も相対的なものですからね。全ての罰を受けてはいられないでしょうが、罪だけは背負っていく訳ですか」


 例えばある人には善行でも、別の人には悪行なんてよくあることである。今回の村人の避難支援も村人には善行、町人に取っては悪行である。どちらが正しいか容易に判断のつくことではない。だからその行動の良い面と悪い面、両方を背負って生きていくと言うことである。そしてその両面を知ることで、初めて誇り高くあれるのだということなのだろう。


 そうして村長に礼を言って、そのことは胸にしまい込んだ。イペンサさんは本当に何者なんだ? 悪徳商人の弟子って事で苦労したのかな? なかなか深い事情がありそうである。






 などと思い返しているうちに、大型帆船はもやい綱で港の一角に結びつけられていた。、なぜか忙しいはずの兄貴が迎えに来ていた。早馬などなくほとんど突然の帰還だというのに、領主代行が逃げ出した村人を迎え入れるというのは、世間体上問題があるはずなのだが、どういう意図なのだろうか?


 僕が桟橋に降り立つと、兄貴は満面の笑顔である。僕の知らないところで事が動いたようである。


「兄上、こんな所に迎えに来ては、問題があるのではないですか?」


「国王のお召しだ。今回の製塩職人引き抜きを成功させた、お前とイペンサ殿を直々に恩賞を与えるため、王都まで呼び寄せたいとのことだ。イペンサ殿はどこだ?」


「さあ? イカくさい臭いをさせながら、どこかの船室で干物のようにカピカピになっているかと思います」


 あの後、イペンサさんとカイアさんは船室に籠もりきり、10日に及ぶ航海中にたまに見かけるのはカイアさんのみ、それも水を取りに来たとか用がある場合のみで、その船室からは、たまに男の悲鳴のような声が聞こえてくる、ということで船中の恐怖の対象であった。村人も恐れて誰も近づかないし、航海中はカイアさんの船室は開かずの間と称されていたくらいである。


 はじめは羨ましがっていた船乗り達も3日を超える辺りから、羨ましさより恐怖を感じていたようだ。悪徳領主が村娘を監禁するとかは官能小説の定番だが、釣り師という一種の海の男を娼婦が監禁とか、どこの本当にあった怖い話かと噂になっていた。特に往路でイペンサさんは、魚を釣り上げ美味い料理にしていたため、船乗り達に親しまれていた。そうして親近感があったから「これは本当にあったことなんだけどね……」を地で行っているのである。


 そしてそれが10日間の航海中ずっとであったため、新たな伝説が出来上がっていた。今後サカーワの港を中心に、海上で男を咥えて離さない、赤毛の美しいサキュバスの噂が立つことだろう。セイレーンが海上での出会いたくない伝説の存在であったが、今後はサキュバスも肩を並べそうである。


 そうしている間に、なにやら出会った時より肌艶の良くなったカイアさんが降りてきたので、確認してみると意外な答えが返ってきた。


「イペンサなら、港に入る前にシーカヤックで海上にて別れましたわ。これはイペンサからの手紙です」


 そうして渡された手紙を見ると、でかでかと「後は任せた」と書いてあるだけだった。に、逃げたー、徹底的に仕事を押しつける気だったのか! 僕は冷や汗を流しながら、兄貴にイペンサさんの不在を伝えるほか無かった。


「あ、兄上、言いにくいことですが、イペンサさんはすでに別天地に旅立たれた後のようです。王にはそのようにお伝え頂くしかないかと」


 王の召喚を断るとか、恐ろしいことだが、伝えられる前であればギリギリセーフだ。しかしながら、これもあまり印象は良くない。


「なに! それを嫌ったから王は、このような性急な手を取ったのだぞ! なぜ引き留めておかなかったのだ!」


「そう言われましても、イペンサさんにそんな体力が残っているとは思わなかったので」


 満面の笑顔から一転して怒り出した兄貴を何とかなだめつつ、あの後ズース領がどうなったのか聞いてみた。


「まだ詳しい情報は届いていない。ただ暴動騒ぎがあったらしく、ズース領の製塩職人が逃げ出したのは一気に広まったのでな、周辺の領主はズース領から塩を買うことをあきらめて、ほかの塩田を当てにし始めたようだ。当然ズースの塩は売れなくなると思われるし、今後ズースの塩が手に入らなくなるかと言うことで、食品加工業者ではなく金持ち連中がズースの塩を珍重し始めている。王がズース領主に対してお怒りなのは周知の事実だから、ズース領主から買い付けることはないと思うが、我が家にもズースの塩を売ってほしいと、貴族や大商人から打診が来ている」


「王が解決に乗り出しているのにですか? それはいささか不敬なのでは?」


「塩の無いズース領主など、ナイフを取り上げられた子供と同じ、きつい仕置きの後には、ナイフが王の管理下になるのは目に見えている。国が重要視しているのは食品加工業者だ。当面はズースの塩が食品加工業者にのみ、流れることが予測されるから、その前に手に入れておこうという魂胆だ」


「なるほど、それで村人の受け入れ体制の方はどうでしょうか?」


「大勢の人をまとめて管理するなど、兵舎くらいしか思いつかなかったのでな、臨時兵舎を建てさせてあるからそこで暮らしてもらう予定だ。王がズース領主から塩田を取り上げるのも時間の問題だ。それに従わないなら西部の別の領主に、塩田を作らないか打診するだけだ。どこの領主も塩田がほしい、製塩職人は引く手数多だ。国が腕前を保証しているようなものだから、製塩職人が困ることは無い」


 そうして僕と兄貴は話し合って、今後の村人の処遇などを決定していった。村人の管理は僕に任されたため、役職に就く前から大忙しである。その上王の召喚まであるとは、泣きっ面に蜂も良いところである。




 その後ズース領がどうなったかというと、村から西の土地をズース領主は王に返上することとなった。見返りは周辺領主の関税10割を撤回してもらうように、仲介をお願いすることことである。塩の無いズース領は金が無い、塩の関税引き上げに対抗措置で上げられた関税のままでは、時をおかずして破産してしまうためである。とはいえ王の仲介による救済も、一時的なものに過ぎないことは、少し学のある人物には分ることだった。


 何故なら王はズース周辺の領主に対して、入ってくるものへの関税に付いては制限しなかったのである。つまり塩の無くなったズース領には他の田舎領地と同じく、農作物くらいしか生産物が無いが、そんなものはどこの田舎も作っているため、特にズース領から買う必要が無い。そこで隣接する領地を持つ領主が、ズース領から入ってくる農作物に高い関税をかけると、当然ズース領の農作物は売れなくなる。


 一方でズース領は鉄製品などの生活必需品を買う必要がある。だが農作物が売れないので鉄製品を買うことが出来ない。必然的に高い関税をかけられても、売れるように農作物の販売価格を下げることになる。生活必需品を買わないわけにはいかないので、こうして利益を吸い上げられることになる。


 周辺領主が必ずしも入ってくる農作物に、関税をかけるとは限らないが、僕であれば間違いなく報復する。ぎりぎりでやっている領地運営を、邪魔するかのような塩の値上げをされて、怒らない領主はいない。王もその報復に反対していないのだ。ズース領に未来があるかどうか疑問である。




 更に時が経過して、ダンエ村や塩田は王に返上されたため王の直轄地となった。そのため村人達はサカーワ領に着いてから3ヶ月程で、生まれ故郷に帰ることが出来た。今後は王の手持ちの塩田として栄えることだろう。ズース領を通る時に塩に対して関税をかけることで、ズース領が起死回生を狙うことも考えられたため、王はズース領主にダンエ村の物資の行き来に関税をかけることを禁じた。これも領地の返上と同時に取り付けた約束である。


 そのためダンエ村と町との関係が逆転した。村は王の直轄地となったため、今度暴動を起こして攻め込んだら、王に楯突いた反逆者として死刑になること間違いない。その上予想された周辺領主の領地に入ってくる物への関税がかけられ、ズース領の農作物が周辺領に売れなくなったため、農作物唯一の買い手がダンエ村になったのだ。


 村人は必ずしもズース領から農作物を買う必要も無いため、気に入らなければ若干割高でも他の領地から買えばよく、その際にズース領は領地を通る物資に関税をかけられない。ダンエ村の塩がいくら売れても、塩に関税かけることが出来ないために、ダンエ村がいくら繁栄しようと、ズース領はその恩恵を受けられなくなったのだ。結果として町は、塩田に対する食料品の補給地以外の価値が無くなってしまった。個々人の思惑はともかく、町が村を害することは二度と出来なくなったのであった。




 ここまではめでたしめでたしで済む物語だが、僕はというと製塩職人管理局長という地位に就かされていた。イペンサさん不在のまま王直々の謁見に緊張しつつ無難にこなした後に、大々的に任命されてしまったのだ。実にお断りしたい事態でありながら、拒否できるわけも無く、地獄のような忙しさを想像しつつ、涙を流して拝命した。王はうれし涙だと思ったか、気づかない振りをしたのか、笑顔で任命してくださった。


 真っ先にやらなければならないのは、食品加工業者の危機を救うことである。幸い塩田に備蓄してあった塩を大型帆船で運び出しており、更に王はズース領主の持つ塩も値上げ前の値段で買い付けたので、それらを業者に流すことで、今年は何とか持ち堪えることが出来そうであった。


 しかし塩の流通過程で砂が混ぜられるのは定番であったので、その件について監視を手配したり、塩の品質の確認をしたりと忙しかった。更にズース領の塩は、国が認めた最高級の塩として、立ち位置を確立したので、値段の方も砂の混ざった塩より高くなければならない。しかし、単純に塩の値段を上げると、食品加工業者が使えなくなるという問題を抱えていたため、その解決に頭を悩ませ続けている。


 またダンエ村の塩田の復興も課題の一つだ。村人の逃散を知った町人達は、村や塩田に火をつけて回ったようで、まるで戦争の後のように荒廃していた。結局乾季中に塩を作ることができず、塩を作ることが出来ない雨季中の半年で、塩田が元の状態に戻っていないと、翌年食品加工業者の製品の品質が落ちる。大工や物資の手配に追われ、急ピッチで村の復興を行えるように下準備をする必要があった。


 幸いにして塩田はすぐに復帰できるようであったが、村人達の生活基盤である家は燃やされていたし、塩田の象徴である釜焚き小屋の再建も必要だった。また160人の人間が食べていけるだけの物資を用意するのも大変であった。それらの物資を手配する手間は、軍隊を手配するのと変わらず、僕自身も戦争している気分であった。




 そうして日々忙しくしている僕の隣には、珍しい女性秘書が控えていた。秘書といえど簡単に行える仕事では無い、読み書き計算は必須であるし、頭が良くなければつとまらないため、普通の秘書も男性貴族がやるものだが、その秘書は女性で平民出身であった。名前をヌイというのだが、当然ダンエ村出身の少女である。


 なぜヌイが僕の秘書をしているかというと、サカーワ領に到着後に、どんな仕事でもやるから雇ってくれと頼み込まれた。何でもイペンサさんの入れ知恵で、商売や政治と塩の関係を理解するには、製塩職人管理局に勤める僕の助手をするのが、手っ取り早いということで勧められたそうだ。冒険を共にした少女に親近感もわいていたため断り切れず、身の回りの世話から始めさせて家人にその教育を任せたが、あっという間に秘書としての技能を備えたそうだ。




 こうして忙しく過ごす日々ながらも、文官英雄伝説になる程では無く助かった、と息をついている時に、ダンエ村経由で陣中見舞いが届けられた。もちろんそれを知らせるのはヌイである。


「ブルーノ様、イペンサ様よりシハヤの町からお届け物です。ブルーノ様宛となっております」


「なに? 王と謁見してくれる気になったの?」


 あのあとイペンサさんと何度か、ロコを使って手紙のやりとりがあったのだが、王の召喚状を送ると、なぜか毎回ロコが書簡を落とした、という旨の返信が帰ってくるのである。早馬をやるので居場所を教えてくれ、と書いても書簡を落とすようなので、実に優秀な伝令犬である。


 一度ロコを追いかけようとしたが不可能だった。ものすごい早さで道無き道を駆けていく伝令犬に皆が目を丸くした。あまりの早さに軍にほしいと言い出す人物まで出る程であった。


「陣中見舞いとのことです。イペンサ様お手製の燻製と、シハヤの拠点で作られた、川魚やワニ等の燻製の様です」


「おお、クラーケンの加工品も切れて寂しく思っている頃に届くとは! なんてあざといタイミングで送ってくるんだろう!」


 忙しさのあまり僕は美食が趣味にもかかわらず、一年も経ってないのに体重が10キロほど落ちて、周囲に心配されていたのである。イペンサさんの鬼畜ぶりを恨まずにはいられない。


 あの後クラーケンの加工品は、料理長を筆頭に僕に賛同してくれる人々にも分けて食べた。おかげで今後クラーケンの幼体が漁師の網にかかるなら、僕の手に入る予定だ。


 だが、父や王に献上することは無かった。イペンサさん曰く、根っからの政治家に美味しい料理は危険、という教えのためである。政治取引の材料に使われたり、贅をこらしたことを知らしめるために、危険な魔物の肉を確保する課程で人が命を落とすことになるそうだ。


 その点僕はイペンサさんに胃袋捕まれているので、権力持っていても大丈夫だそうだ。そもそも僕は気楽に美食に浸っていたいので、政治取引に使われるとか、いくら美味しい料理でも作る課程で人が死ぬとかは、胃に穴が開きそうなので勘弁願いたい。そういう点を見破られた結果なのだと思う。


「品目見る限りは普通だね。特に珍しい魔物の肉とかは混ざっていないようだ」


 ワニ肉や淡水魚など内陸部より送られた品物のようだ。普通の品とは言え薬や薬膳に使われる類いの、イシナギの様に特殊な処理なしで食べると、過剰な栄養が毒になる部位を持つ魔物や魚の加工品なども混ざっている。これで精をつけろと言うことなのだろう。利用法の解説までついている辺り、心憎い配慮である。


「イペンサ様なら自分の管理の行き届かないところで、危険な程美味しい物とかは出さないでしょう。いつもバランスが重要だと言ってますし」


「で、こちらの手紙は僕宛だな、なになに」


 そうして広げたイペンサさん直筆の手紙にはこう書いてあった。


『俺ら働いてるよな?』


 その気持ちは分る。分るが、訂正させて貰いたい。「僕が働いている!」と「人に仕事押しつけて、何言ってるんだ!」と声を大にして言いたい。だが届けられた陣中見舞いの一品は、どれもこれも美味しく、不満があってもその思惑に乗って働かざるを得ない。僕も早く仕事を押しつけるべき人を、探さなきゃならないだろう。弟子は師に習うのである。


 こうして製塩職人管理局には伝統が出来た。やる気があればどんどん上を目指すことが出来る。そこそこの地位だって手に入る。だが上司から仕事と地位を押しつけられて、死ぬ程苦労する羽目になる。通常は仕事だけ押しつけられて、地位まで押しつけられることは無いのだが。それでも皆がさっさと足抜けしたいと思う職場、それが製塩職人管理局であると。

 ここまでお付き合いいただいた読者の皆様に感謝いたします。皆様のお気に入り登録や評価付け、特に感想は励みになりました。おかげさまで皆様により面白いものと提供しようと、書き上がったにもかかわらず常に、どうしたら面白くなるか? 読者のニーズは何か? 自分の持ち味は何か? 感想で教えられた語句を利用しよう、等と加筆して工夫に工夫を重ねることが出来たので、よりよい作品に仕上がったと思います。


 おかげで誤字脱字が一向に減らない訳ですが、誤字の訂正やおかしな表現方法の指摘も大変助かっております。今まで新しい話の投稿を優先しておりましたが、誤字などをこれから修正していきたいと思います。特に先渡取引に関しては感謝しております。本当にありがとうございます。


 発刊されている小説の作者が、後書きで謝辞を述べる気持ちがよく分かります。読んでくれる人や、助言をくれる人の助けがなければ完成しませんでした。一人でも書けることは書けますが、読者がいた方が圧倒的に面白くなると思います。皆様のおかげで完成度が上がり、心から感謝しております。




 次回作ですがプロットはある程度出来上がっております。後は勢いに任せて書くだけです。私は書き始めが一番楽しいタイプで、物語のプロットや導入部分から中盤まで出来ると、今後どうなるか? という部分が分かってきて、徐々にモチベーションが下がっていくのですが、今回は皆様の声援で最後まで仕上げることが出来ました。今後も温かく見守っていただければ幸いです。


 ただラノベ応募作も書いているので、少し時間が空くかもしれません。内容はイペンサの若かりし頃といったところです。仮題をつけるなら「悪徳商人の弟子」と言ったところでしょうか、こちらのプロットは完成していて、少なくとも私は楽しんで書くことが出来ます。そのうち公開する機会もあるかもしれませんが、こちらはあまり期待しないでください。公開がいつになるかは未定になっています。




 最後に今回書く上で重要なキーとなった、塩田の資料と昔の塩の価値をデータ化して、インターネット上に上げてくださった方に感謝します。作中に出てきませんが塩の値段や、塩田での年間製塩量などを、間違いを含んだ大雑把な形ですが計算する糧となっております。行き詰った時にこの資料がないと、作品として根拠が無く酷く曖昧なものに仕上がったと思います。私はほんの少し齧った程度ですが深い知識の提供に感謝いたします。本当にありがとうございました。

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