イカ釣り編 人力長距離航海
「何で私達が先発しなきゃならないの! それもシーカヤックで迎えに行くなんて!」
一夜明けるとカイアはまたしても心配していた。村長たちを迎えに行くのは、当然魔法が使えて村人でもない俺になるわけだが、俺が迎えに行くと同時に、大型帆船は漁船を曳航しつつ隣の領地の漁港に向かうことが決定していた。夜が明ければ逃げるしかやることのない状況で、村人達の不安が爆発したのだ。
「皆不安なんだ。暴動の原因となった娘の為に命は張りたくないとさ。俺のほうにも何人か陳情に来たぞ。船長は俺の指示で動くが皆が船を乗っ取ろうと暴動を起こしたら、こんな陸の近くで遭難しかねないぞ」
実際の危険性としては高性能の大型帆船が外洋に出ていれば、追いつかれることもなく逃げ出せる可能性も高い。漁船を放棄することを検討に入れれば待つことも十分可能である。とはいえ村人がそれで安心できるわけではない。結局は気持ちの問題であり不安感を払拭するには至らない。
村を捨てさせるため不安感を煽ったりもした。その張本人が大丈夫だと言っても説得力が出てこないのだ。俺は英雄だが結局は外部の人間で、捕まっても村人と運命を共にしないのでこれまた説得力がなく、唯一説得できるのが村長だったのだがその村長が居ない。
「だからって、シーカヤックで行くことないでしょう? 漁船で行けばいいでしょう」
そうするとこうしてカイアが心配するわけだ。そもそもカイアは待つことに賛成であったし、ほんの数時間待つことを厭って、俺や村長に2日も荒波の中を漕がせるなんて事は望まないのだ。個人に集中する負担も大きいし効率も悪い。
「漁船じゃあの上陸地点には接岸できない、泳いでもらうことになるし発見率も高まる。シーカヤックなら問題解決だ」
そこで俺は単独でシーカヤックにて迎えに行き、隣の領地の漁港までシーカヤックで航行することにしたのだ。ちょっと疲れるが、距離にして100キロほどである。魔法を併用すれば2日で行けない距離でもない。うまく行かなくても更に1泊どこかの陸地で休めば、翌日には確実に到達できる距離だ。
「帰ってきたら絶対絞り尽くすからね! 覚えておきなさい!」
心配ばかりかける所為かとうとうカイアが怒ってしまった。かなり本気でむくれている。ご褒美の予定がお仕置きに変更になった気がする。天にも昇るような気持ちで地獄行きにされそうだ。
美味い料理で機嫌直るかな? でも、釣りをする機会もないしな。そう考えながら帆船からシーカヤックを降ろすと船長と相談し、帆船のルートや待ち合わせ場所の確認、もし予定日までに俺が来なかった場合の対応なども決める。そうしてむくれるカイアを尻目にシーカヤックで漕ぎ出すのだった。
そうして再び沖合いから前回と同じ上陸地点に向けて漕ぎ出すことしばし、前回と違い今度はシーカヤックを強行上陸させる。それに気がついた町人だろう人影が村から馬を走らせてくる。
「イペンサだ! 村から馬が走ってくる、彼らが到着する前にとっとと乗るんだ」
そうやって林に向かって声を掛けると、村長とそれに抱えられた13ほどの少女が林の中から現れた。
「出迎えありがとうございます。おかげで助かりました。あの魔物の壁は凄いですな、町の連中が手をこまねいていましたぞ」
そういいながらも村長は手早くロープを自分に縛りつけ、少女にも同様に縛り付けるとシーカヤックに乗り込んだ。
「そんなこと言う暇があったらとっとと乗る! 最後の最後で締めに欠ける結末なんて望んでないんだ!」
そうしてラダーの都合上俺が一番後ろで、村長が一番前、そして少女が真ん中という位置取りだ。手早く村長と娘を乗せて全力で身体強化魔法を使って漕ぎ出す。幾ら村から見えるといっても距離の上では上陸地点と村の間は数キロある。町人に追いつかれる前に何とか出発することが出来た。
あ~、心臓に悪いこと悪いこと。とにかく距離をとることを目標に沖に向かって漕ぎ出して、陸地から一キロほど離れてから振り返ると、なにやら叫んでいるようだったが、これでこちらの勝ちである。移民はまだ完了しないものの勝負はほぼついたも同然、公証人が居たとしても誰に言ったかすら判断できないだろう。後は町の連中がこの二日間の間に、シーカヤックより早い帆船で追いつくことさえなければ勝ちである。
町の連中は船を持っていないので、他所の領地から船を借りたことも予測して、帆船のほうは一度公海上に抜けてから、大回りに隣の領地に入ることになっている。俺の漕ぐシーカヤックも発見されにくいように捜索船の裏を突く、大型帆船の存在は知らせていないので恐らく町の連中は、漁船で避難していると思っていることだろう。10人乗りの漁船で隣の領地まで160人の村人を避難させれば、現状では何日も掛かる。だがその裏を付いて外洋を回る大型帆船とは別に、喫水が浅いシーカヤックは陸沿いに回るのだ。
半日ほど漕いでから再びパラシュートアンカーを広げて休憩することとした。村長も少女もシーカヤックに乗る準備が出来ていたわけではないので、洋上で徐々に日に焼かれていく。
「ほらこれで、焼けた肌を冷やしてくれ、まあ村長なら大丈夫だと思うが」
そう言って海水で濡らした手拭を渡す。
「ははは、確かに」
村長は素直に手拭を使って火照った肌を冷やすのだが、少女のほうに反応はない。船を漕ぐこともなくひたすら呆然としている。
「それでその黙りこくった少女が件の娘でいいんだな?」
「はい、村を見渡せる山の中腹で、呆然としているところを発見しました。あそこは地元民しか知らず、発見されにくい場所で助かりました」
村長が聞きだした話によると、恋人の男の子に絶対秘密だといって、何とか移民せず済む方法を共に考え出そうとしたそうだが、根本的な問題の解決方法など思いつかなかった。そもそも何故村人が町の連中に襲われるかも、わかっていないのだから当たり前である。
夕方に門が閉まる前に短い逢瀬をして、朝また会おうと約束して、少女は町の外の樹上の隠れ家で一夜を過ごしたそうだ。子供が一人で見張りもなく、村や町の外に泊まるというのは命の危険がある。樹上はこの辺で上ってくる魔物が居ないとはいえ、よくもまあ生きていたものである。その辺りからも無鉄砲さが分かるというものだ。
そして夜明けと共に100人ほどの男の一団が門を飛び出してくるのを見て、秘密がばれたことを知ったそうだ。そうして村に帰ってみると村はもぬけの殻になっており、町の連中が家捜ししている最中だったそうだ。そうして村人が町の連中に連れ去られた後ではないか、と思った少女は自分が大虐殺の引き金を引いたと考えたのだそうだ。少女の勘違いは殆ど間違っていない、実際に大虐殺の引き金を引いたが、周りが優秀だったおかげで、死ぬ人が出なかっただけだ。
少女は「ごめんなさい」を繰り返す人形のようになっていた。村長がこれらの話をしたことが、少女を刺激したらしくひたすら謝り続けている。自分の行った行為を理解するだけの頭があるだけましだろう。だが家族を危険に晒された村人達は笑って許すというわけには行かない。
村人に再会した後は今より辛い事態が待ち受けているであろう。幾ら反省したところで許されないことというのはあるのである。俺もカイアを危険に晒されて腹が立っているが、部外者であるため口をさしはさむのは控えることとした。この問題を村人達で解決することこそ、英雄に頼らない自治の第一歩である。本当の英雄なら何か言うのかもしれないが、俺は英雄ではない。説教できるほど立派な人間じゃない。
そうして陸地を遠くに見ながら漕ぐこと更に半日、時には陸地が見えないような場所も航行する。そういうところでは高波が来ると船が落下するような感覚を味わう、実際波の上から海面に落下するのでかなり激しく揺れる。
時には船首を波に向けて波を受けなければならないこともある。横波を食らうと転覆するのだ。幸いカヤックは転覆しても、上面を閉じた船体には浮き袋が仕込んであり沈むことはなく、パドルで水を漕ぐで船に乗ったまま正位置に戻ることが出来る。とはいえ船がひっくり返って水に体を晒すのは初心者には怖い、少女のほうがパニックになる恐れがあるので危険は冒さなかった。
それでも小型の船で100キロに及ぶ船旅はきつい、村長たちを回収したその日は50キロほどしか進まなかったが、少女は荒波にもまれて胃の中身を空っぽにしていた。
「今日は波が荒いですな、この船では少々危険では?」
「そうだな、日が落ちるまで少しあるが、ここら辺で上陸するか、でもその前に晩飯を釣り上げよう」
そうして手近な地点に上陸する前に、海上で釣り糸を垂れる。俺がシーカヤックに乗り始めたのは元々移動手段ではなく、こうして手軽に釣りが出来る様にである。三人乗りのシーカヤックは細長く、横波を受けると転覆するため、停止した状態でバランスを保持するのは中々難しいが、そこは経験と村長にバランスを取ってもらうことで解消する。
フライと呼ばれる虫を模した針をつけた仕掛けで魚を狙う。フライとはいえ種類が色々あり、今回は小型のエビを模した一品で沈下製である。それを水中であたかも生きたエビのように動かして、魚を食い付かせて釣るのである。久々の普通の釣りはものすごく落ち着く、そうしてゆっくりと釣りを楽しもうと思った矢先に反応があった。手ごたえからしてボラかなこれは?
早いよ。もうちょっと待ってくれてもいいじゃないか、もちろん村長待たせてるから全力で釣るけどさ、全力で釣れなかったら俺の所為じゃないんだから空気読め。そうボラに文句を言いつつ、悲しみつつも引きの強い魚の反応を楽しむという、相反した感情を抱きながら、引き上げると案の定ボラであった。網で掬い上げるとさっさと首を折って絞めてしまう、絞めた魚を足元の桶に放り込み、もう何匹か釣り上げると同様に処理して陸を目指して漕ぎ出した。
到着したのはまだズース領内のマングローブの茂る海岸だ。ズース領内の南側は基本的に人が住まない未開の地である。人に出会う心配はないが魔物の心配がある。海岸についても少女は船を下りぬ気力も無い様で、村長にされるがままになっている。村長が居てよかった、面倒臭い事は全部押し付けられる。
そうして村長に少女の世話を任せると、いつも愛用している鉄棺鍋を取り出すと、そこらをうろつく小ガニを拾い上げて放り込み海水で煮る。出汁が取れると海草と三枚に下ろしたボラの切り身を煮る。ボラのへそと呼ばれる部分はよく洗い塩焼きにする。他にもカイア用に燻製にしたりもする。カイアのご機嫌を取るために重くなるのを承知で、調理道具と釣り道具を持ってきていたのだ。幸いメスの卵巣が取れたので塩漬けにするが、カイアのご機嫌取りにカラスミにするには間に合わない。
甲斐甲斐しくもカイアのご機嫌取りの為に、作り置きできるものを調理する俺を見て村長が声をかけてきた。
「こんなに大量に作ってどうするんです?」
「俺一人シーカヤックで迎えに来たろ? その件でカイアが怒っているんだ。ご機嫌取らないと、大変なことになるんだ」
「諦めたほうがいいですよ、大量のご馳走を持っていっても物で釣る気かと言われるだけでしょう」
「やはりそうかな? でも、絞られるんだ。物理的に」
「ははは、それはご愁傷様です。男の甲斐性だと思って黙って受け入れることです。ああして一人で息子を育てていますが、カイアにも甘えたい時くらいあるでしょう」
「ミイラになっちまうよ」
俺の心配に村長は笑いながら鍋の味見をすると、それと黒パンを持って少女の世話に行くのだった。
翌日も天気晴朗なれど波高し、俺の興廃は既に決まっているようだったが、それでもカイアを目指して漕ぎ出すのだった。そうして漕ぎ続けるとやがて隣の領地との境目に達した。監視と拿捕が目的ならここが最適ポイントである。カヤックは船体が低いため波間に隠れてそうそう見えないが、帆船はマストがあるのですぐに発見できる。
捜索に使うのであれば足の速い船を使うことだろう。となると、当然帆船ということになりこちらが警戒していれば特に恐れることもない。シーカヤックは視点が低いので、見つかりにくいが見つけにくいという特性もあったが、相手が帆船であれば問題なかった。
そうして波間に隠れて進んで行き、とうとう隣の領地まで抜けた。後は追いかけっこをする必要もなく全力で漁港へ向かえばいいだけである。日も落ち始めているので魔法も使ってラストスパートを掛ける。そうすると大きな帆船のマストが見えてきた。
村人達の乗っている大型帆船である。無事にズース領を抜けてきたらしい。そして日暮れと共に全員無事に隣の領までたどり着いたのだ。ここで帆船に乗り込むと、ズース領主が乗っていたなんて展開はないと祈りたい。
そうして不安と期待を胸に抱えつつ、大型帆船に近寄って声を掛ける。
「お~い、引き上げてくれ~」
見張りに立っていた水夫がシーカヤックの存在にようやく気がつく、ここまで気が付かれないなら夜に船の強奪に使えそうなものである。そうして俺の存在を確認すると、船長に水夫が確認するために一度船べりから姿を消す。そうすると船長だけではない、ぞろぞろと多くの人が寄って来る気配がある。
「イペンサ!」
真っ先に顔を出したのはカイアだった。喜色を顕わにするカイアは俺を確認して、船縁からシーカヤックに飛び移りそうな気配だ。実際に実行されると、帆船の船縁から海面に位置するシーカヤックまでは、何メートルも飛び降りる事になるので勘弁願いたい。良くてシーカヤックが転覆、悪ければ破損の上沈没しかねない。
「無事だったんだね! 村長と女の子も一緒ね!」
「ああ、しっかり見えるだろ? 全員無事に連れ帰ってきたよ」
そう答えるとカイアは後ろを振り返って誰かにその旨を伝えたようだ。そうすると少女の母親が顔を出し、少女の名前を呼び始める。そうすると「ごめんなさい」を言い疲れた少女は呆然とした顔を上げ、母親を確認した。その瞬間には母親との再会を喜んだ少女だが、掛けた迷惑を思い知る少女は今度は母親に謝り始めた。
その間にも船長の許可の下で回収作業が実行される。船腹に登攀用の網を掛けて俺達がそれを上ると同時に、水夫が降りてきてシーカヤックにロープをかけて回収準備に入っている。シーカヤックの回収を水夫達に任せると、俺は船上に上りついた。そうすると再びカイアの抱擁による歓迎が俺を迎える。だが不穏な空気をカイアが漂わせている。
「あんたはまた心配をかける! お仕置きするから、こっちにいらっしゃい!」
そうして着いて早々カイアは抱きついたまま、強引に船室へ引っ張り込もうとし始めた。俺はそれに何とか抵抗しつつ。
「村長、後は任せた。船長は予定通りによろしく。カイア! ほらお土産、ボラの燻製とか色々作ってきたんだ!」
俺は何とかご機嫌を取ろうとするが、カイアの反応は無情であった。
「あら、用意がいいわね。食事を取りに出る必要も無いわね。ほらこっちよ!」
そうしてとうとうカイアの強引さに負けて船室に放り込まれる。そうして船室から俺の声が漏れ聞こえてきたそうだ。俺はこの前後の記憶がないので、この後は村長による伝聞だ。
「いきなり?! 俺は二日ほどシーカヤック漕いで疲れてるし、汗臭いんだけど!」
「そんなの気にしなくていいわよ」
「いや、でも、こんな狭い船の中だと丸聞こえに――」
「大丈夫よ、村の皆には了解取ったし、子供は離れた場所に居るから」
「カイア! そこは反則っ! アッーーーー!」
翌日には村長の交渉で曳航していた漁船を無料で隣領の漁村に貸し出し、その代わりに管理を任せた。その交渉が終わると水などの補給物資を積んで、大型帆船は一路サカーワ領領府に向けて進路を取り、その間の約10日間俺は船室から出て行くことかなわず、結局絞られた。
赤玉が出て尻子玉が抜かれた。抵抗はするものの、元娼婦のお姉さんに敵う訳もなく、徹底的に絞りつくされ、その間船には俺の声が響き渡ったそうな。もうお婿に行けない。むしろ嫁に行く体に……。




