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イカ釣り編 賦役の危機

「拙いな移民がばれた。賦役を課されるぞ」


 俺が村人を誘導して村についた後、今後の対策をカイアと相談するための一言がこれだった。だがカイアは今一実感が無いらしい。


「どういうこと?」


「領主かその代理人が、公証人つきで俺達の前で賦役を課す、と宣言すると最大1年のうちの半年間は賦役につかなければならない。これから逃げると犯罪者になって、その二倍の期間領主所有の奴隷として働かなければならない」


 ガシ国において奴隷とは犯罪者のことである。所有者は貴族が基本になる、大商人と貴族が組んで奴隷を使う例もあるが、労働刑を課されている犯罪者=奴隷だと思えばよい。そのため世代を超えて奴隷となるものは居ない。犯罪を犯さなければ奴隷にならないから、赤ん坊は奴隷になるのは不可能だ。奴隷が妊娠した場合は、乳離れと同時に親から引き離されることになっている。


「でも賦役なんて普通は、他所の土地へ逃げてしまえば終わりでしょう?」


 この国で戸籍は管理されていない。その土地に住んでいれば、畑の面積などにあわせて村単位で納税の義務が発生するだけなので、二度と帰らないという前提であれば、賦役を逃れるのは難しいことではない。そのために無茶な賦役を課すと、領地から人がいなくなるという現象が起こるので、バランスが取れているのだ。


「今回は村丸ごとの移民と普通じゃないんだ。当然身元がすぐにばれる、そうすると扱いは犯罪者だ。国の法に守ってもらうつもりなのに、国の法を破ってるんじゃ保護してもらえない。次の機会が来るまで最低半年間はズース領内に足止めされて、逃げようとした罰としてきつい労働が課されるだろう。下手するとその間に死に絶えてしまう。もちろん塩の作り手が居なくなれば困るが、半年後に逃げられることは分かっている。使い潰される恐れがある」


 簡単に言ってしまえば村人全員が、実質的な死刑になるということである。これは最悪のケースだが現領主が馬鹿すぎるのでありえてしまう。


「そんな! 一つの情報漏洩でそんなことになるなんて! 穴だらけの計画じゃないの!」


 その意味を理解したカイアが、顔を真っ青にして俺に抗議する。カイアが責めているのは、ほんのちょっとの穴を突かれるだけで、村人全員死刑の可能性もあるという事だ。リスクが高すぎるということである。しかし、それは遅いか早いかの違いでしかなかった。今の状況が続く限りは村人全員死に絶えるしかないのである。


「どっち道逃げ場がないんだよ、このタイミングで移民するのは間違いじゃない。もっと後になれば監視はより厳しくなっていたはずだ」


 一度文句をつけたもののカイアはすぐに冷静になった。


「喧嘩してる場合じゃないわね。とにかく家財道具捨てでも急いで帆船に乗るしかないわね」


「そうだな、こうなったら逃げるが勝ちだ。一気に方をつけよう」




 そうして急ピッチで移民作業が行われた。幸いにして個人の家財道具を除けば、重要な物資は既に大型帆船に積み込み済みである。人だけを乗せるならそれほど時間は掛からない。


 小船は双胴船の状態から切り離して1隻ずつとして、人を乗せるだけなら1隻辺り5人乗れる。シーカヤックも1隻ずつ切り離し、3人ずつ乗せて漁船まで運ぶ、漁船は1隻辺り10人乗れる。小船2隻とシーカヤック2隻で合計16人乗ることができる。


 だが船は戻るとき船頭が必要になるため、船1隻あたりに1人の船頭がつくと、小船とシーカヤックで一度に12人しか運ぶことができない。5人乗りでも移動できるのは4人になり、シーカヤックは2人しか運べないため中々厳しい状態だ。


 そのため俺も船頭の一人に加わりひたすら船を漕ぎまくる。それでも洋上のでの移乗作業は難しいものがある。人だけ優先して運んでも、避難は思うように進まなかった。


「落ち着いて! 落ち着きなさい! 町の連中は塩田の位置を知らないわ! 慌てなくても避難できるから、子供と老人を優先して!」


 まだ村人達には賦役のことを知らせていないが、それでも徒党を組んで襲ってきた、という事実は恐ろしく村人達は我先に避難しようとするが、船の都合で少しずつしか移乗ができず、パニックになりかけていた。


 村人達は船の乗員数が分かっていながら、ぎりぎり乗れるんじゃないかと船に乗ろうとしたり、乗船の順番を争ったりと、このまま放置すれば事故が起きて余計に時間がかかるだけである。


「俺が働いているのに、まだ納得いかないか! これ以上早くもならないし、船の乗員数も増えない。撤収準備はまだすんでいないだろ! 住居は残してきたが、急いで撤収したいのであれば全部壊してしまえ! しばらく野宿になるがかまわないだろ。火は使うなよ煙で位置がばれるからな!」


 俺の一言で仕事を与えられた村人達は、すぐ乗船する者を残して、木槌を拾いに何人かが駆けていき、それに釣られて多くの者が大急ぎで住居の破壊を始めた。


 そうして朝から日が暮れるまで目一杯に人を運んだ結果、日の上っている間に何とか80人移乗させることが出来た。残りの村人は78人もいる。明日もう一日必要になりそうだ。しかし、さらに新たな問題があった。




「クラーケン釣りをやるの? また? 昨日あれだけがんばって、あんたも疲れているんじゃないの?」


 カイアは心配そうに俺を見る。新たな問題とは、もうそろそろ新たなクラーケンが、空けた海路に住み着くことである。毎日座礁しないように珊瑚礁を砕いているが、その作業も危険になってきた。


 解決策は再びクラーケンを釣り上げる事しかない、俺だって短期間に何度もクラーケン釣りなんてやりたくは無い。安全に釣っている様に見えるかもしれないが、猟師が鹿を仕留めるのと同じで、うっかりすると事故で死ぬのだ。クラーケンが相手では鹿と比べるべくもない。しかも今回は調理する暇も無いから、適当に解体したらカニの餌にするしかない。獲った食材を捨てるしかないという事態は、俺にとって悲しみ以外の何も与えてくれない。


「そうは言っても水の中のクラーケンに勝ちようも無い。船が襲われて破損したら脱出が困難になる。やるしかないんだよ」


 クラーケンに人が襲われることも問題だが、船が破損すると更に乗船完了まで時間が掛かってしまう方が問題なのだ。そのためにクラーケンに襲われる可能性を残したまま、乗船作業を続けるよりは、再び釣り上げて仕留めるほうが安全で確実なのである。当然その間は時間が掛かるので、町人が塩田に到達するリスクはある、しかし急がば回れの精神で忍耐強く焦燥感に耐えるしかないのだ。


「私がクラーケン釣りで心配するのは知っているでしょう? それでもやるんだから嫌がらせよね」


「必要なことだとわかってるだろう?」


 カイアがこういう無茶な事言うのは甘えているときである。ツンデレなので素直に泣いて心配したりはしない。


「分かっていても納得行かないことはあるの! この件が済んだら、子供が出来るくらい抱いてもらうからね!」


「クラーケンを釣った後は一晩辺り一回は抱いただろう? まだ足りないの? 魔法使うから子供出来ないのは知っているだろうに」


 女の側からの積極的なアプローチを無碍にする俺の言葉に、カイアは照れ隠し半分で怒る。


「そんなのいちいち数えてなくていいの! お互い仕事を意識して余力残したでしょ! 余力ないくらい全力でやるわよ!」


 カイアがねだる形ながらも実はご褒美という、カイアの言葉を励みに、俺は朝から昨日の作業で重たい体を押してクラーケン釣りに勤しんだ。その間船も通れないため村人達も焦ること焦ること、乗船作業以外にはやることもないから村人達は固唾を呑んで見守っている。


 何しろ魔物カニの壁が何時までもつのかは運しだいである。定期的に餌を撒いて維持しているが撒く方だって命懸けである。領主の命令書を持った代理人と鉢合わせして、公証人の前で賦役を申し渡されても、これまた命に関わることになる。その辺を理解させたうえでカニ壁作戦を続行した。


 当然餌を撒き続けている分だけ多くの魔物がよってくる、その分早く餌もなくなる。同時に今度はカニよりも危険な魔物も寄ってくるため、壁としては有効だがより命懸けになっていくのだ。餌を撒き終わった村人達は、その場で酒を浴びて匂いを消すという手段に出て何とか無傷で生還した。


 俺はというと、新しいクラーケンが住み着いていなければ、乗船作業を続けるだけであったが、やはり新しいクラーケンが住み着いていた。前と同じような戦いを繰り返し、今度は1時間ほどで仕留めることに成功した。前回の獲物に比べれば若干小さく15メートル級だったことが幸いしたのだ。


「これを捨てるんですか!? イペンサさんがいなければ手に入らないのに!?」


 ブルーノが上げた声は悲鳴のようだった。釣り上げたクラーケンを魔物の餌にすることが決定し、ブルーノはそれに抗議の声を上げたのだった。なぜクラーケンを捨てなければならないかというと、近くに魔物の大群がいる状況下で、クラーケンを悠長に調理していては、呼び寄せた魔物に襲われかねないからだ。そのためクラーケンを解体した後は、魔物の壁の維持に使われるのだ。実際は捨てているようなものである。


 前回のクラーケンはほとんど食べてしまったか、樽詰めしたので魔物は寄ってこないが、これだけ大きなクラーケンの死骸を放置するわけにはいかない。


「お前は魔物の横でバーベキューする趣味があるのか? 調理しても魔物に全部食われるだけだぞ」


 その言葉にブルーノは言葉に詰まるが、それでも諦めきれないらしい。


「そうはいっても二度と手に入らないかもしれないのに、それが犬の餌になるなんて」


 ブルーノは俺の足下で、クラーケンに今回初めてありつくロタとロコを見た。ブルーノの目は犬に混じって自分もかじりつきたそうにしているが、さすがにそれは憚られたようだ。


 前回釣り上げた時ロタは船の上だったし、ロコは伝令犬としての役割をこなしていた。ロタとロコは満足そうに尻尾を振って食べている。「ようやく今回のごちそうにありつけましたな」「我が輩の苦労なんて一入ひとしおなんですぞ、でもこれがあるから旦那の飼い犬はやめられませんな」と言っているようだった。


 犬の餌を美味しそうに見る貴族、というある意味危ない情景だが命には代えられない。


「こいつらはすぐに平らげるからいいけどな。そんなに食いたいなら、村の外に持って行って食う分にはいいぞ。危ないからゴーディ連れて行け。寄せた魔物はしっかり始末するんだぞ」


「それでは美食と言うより罰ゲームになってしまいますね」


「それに時間的に大したことはないが、あの殺気立った村人を前に調理するか?」


「そんな視線にさらされては、どんな美食も美味しく感じられないでしょうね」


 1日経って落ち着いてきた村人達には、町人に捕まれば奴隷労働という事は伝えてある。刺激が強いので実質的な死刑の可能性については触れなかったが、それでも十分に効果的だったらしく、私財を捨ててでも乗船しようと再びパニックになるのを、カイアが必死で押さえている状況だ。クラーケンを解体している今も、乗船作業が行われている。


 この状況で知らん顔して美食に舌鼓を打っていれば、どんな顔されることか。それに思い当たったブルーノはようやく諦めることができたようだった。俺さえいれば手に入るので、本当は二度と手に入らないわけでもない。


 そうしてブルーノの説得が終わると、再びカイアが抱きついてくるのだが、今回はその余韻を楽しむ暇も無い。


「カイア、お前はもう乗船しろ」


 いつか俺に言われると知っていた台詞を聞いて、カイアは駄々っ子の様にむくれた顔をする。


「何言ってるの! 私が頭領よ、その私が最後まで残らなくてどうするのよ!」


「そうは言ってもな、頭領としての責任があるなら、それこそ乗り込まなきゃ駄目だろ。お前が捕まると製塩職人として働かされる。そうすれば町の連中だって製塩することが出来るようになってしまう。村人だけ避難してもお前がいなきゃ帰って来ることは難しくなるだろう。これくらい分かっているだろ?」


「だけどイペンサに任せるとまた無茶するでしょ? 私が目をつけてなけりゃ駄目じゃない」


 カイアは一転して心配そうな顔を向けてくるが、その表情は小娘のように俺を心配していて実に可愛い。思わず抱きしめてしまいたくなるがそうも行かない。


「今一番危険なのは村人だ。俺は見つかっても逃げればいいだけだが、お前達はそうは行かない。分かってくれ、息子はもう乗船しただろう? 離れ離れになるつもりか?」


 その言葉でようやくカイアは乗船を決意してくれたようだ。それでも心配げな視線を浴びせてくる。


「分かったわ、でも絶対無理しないこと。無理したらあんたの汁という汁を絞りつくしてやるからね」


 カイアの若干猟奇的な脅し文句を宥めながら、何とか小船に載せて他の製塩職人達と一緒に送り出す。周りの連中が呆れたように見ているのはご愛嬌だろう。


「さあ、後は憂いがなくなるようにガンガン、村人を送り出すぞ! ブルーノとゴーディは見張りな、ここの領民じゃないから見つかっても賦役につく必要ないからな」


「僕が目立つのは拙いんですが、そこのところはどう考えているので?」


「なに、名乗らなければブルーノが貴族だって事は、彼奴あいつらは絶対分からないし、クラーケンなんて美味しい餌を撒いたばかりだ、カニの壁は早々破れないよ。むしろカニだけじゃない強力な魔物も拠って来ているだろうから、そっちのほうを気をつけてくれ。近づかなくていいから、見ているだけの簡単なお仕事ですよ」


「どこがですか! 見てるだけといいつつも、見ているだけで命を張る機会が多すぎです!」


 余裕があればブルーノの突っ込みに返せたんだがその余裕もなく、まあまあと言って俺は送り出したのだった。ちなみに今回の船旅でブルーノは、クラーケンの塩辛一樽と茹でたクラーケンの塩漬けを一樽、更にクラーケンの燻製やクラーケンの干物など、あらゆるイカ系の加工食品を手に入れたのだった。成体のクラーケンは非売品だからその価値はプライスレス! 軽く命を掛ける危険には見合っているのではないだろうか?


 その後半日以上かけて村人が全員乗船することができた。二日目と言うこともあり手際がだいぶよくなっていたのが幸いした。村人達の避難を確認すると、ブルーノ達も呼び戻してブルーノ、ゴーディ、ルサ、ジキに俺を含めた、ズース領民ではない5人で、村から運び込まれた家財道具一式を、帆船に積み込む作業を始めるのだった。


 何かあれば塩田から狼煙を上げることで、大型帆船は隣の領まで逃げる算段がついている。これで一安心だった。幸い持ち出された家財道具は多くなく、荷車二台分ということで小船2隻を2往復させるだけで済んだ。


 そうして俺は何とか日が沈む前に何とか撤収作業を終えた。2日間にわたる撤収作業で俺はへろへろである。そうして一度大型帆船は沖まで撤収する。同時に漁船も曳航しておりその速度はゆっくりとしたものだ。


 とはいえ俺としては村長と件の娘を回収してようやく撤収完了となる。村人達の中には件の娘を嫌悪するものも居たが、村長を見捨てることは出来ない。そこで翌朝の日の出まで大型帆船が停泊することが決定された。だがここまで村人に嫌われると、件の娘が村人と再会することがあっても大きな問題になることだろう。

 大変お待たせして申し訳ないです。パソコンのCドライブが物理的に破損したため、ここ二日ほど執筆環境を整えることに腐心しておりました。


 作品はバックアップをとっていたので、問題ありませんでした。何とか書ける環境だけは整えたのですが、投稿を急ぎすぎてしまった気がします。とりあえず投稿はしますが、大幅修正の可能性が大きいです。


 また、まだ仮環境であるため、今後も投稿スピードが落ちます。作品が完成しない言い訳のように聞こえるかもしれませんが、残り3話の予定です。3日に一度は投稿できるようにしますので、じっくりお付き合いいただければと思います。


追伸:「焦って投稿しなくても」という人がいると思いますが、クライマックスで止まるのは問題だと思います。

 仮名「全て金属パニック」という作品がありまして、最後のクライマックスがいつまで経っても発刊されず、私は結局クライマックスが発刊された今でもその部分を読んでおりません。

 その作品は好きで名作と言っても問題ないと思っておりますが、なぜか未だに読んでいません。

 そういう状況は私としても不本意なので、何とかあと3話がんばりたいと思います。

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