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イカ釣り編 破壊の儀式

 朝起きるとカイアは頭を抱えていた。二日酔いかと思ったがそうでもないらしい。


「あ~、やっちゃった。恥ずかしくて、あんたの顔が見られないよ」


 カイアは甘えることを恥ずかしがる。昨夜寝る前に絡んで甘えたことが恥ずかしいらしい。そこで俺はこう言ってやる事にした。


「昨日のカイアは可愛かったよ。一緒に寝るだけで幸せな気分になれた」


「追い討ちかけないでよ! まったく! このいたずら小僧め!」


 そう口では言うが、満更でもないらしい。幸せそうに口元がにやけているカイアに、昨晩のうちに用意しておいた水を差し出す。


「あ~、水が美味しい。さて今日からは張り切って撤収作業しなきゃね。海路も開けたし、珊瑚を砕いて積荷を運びさななきゃね」


 こうしてまた新しい一日が始まるのである。今日の朝食もイカである。村に大量に運び込むのは難しいが、塩田のほうでは余るほどである。昨晩のうちに仕込んだイカのキモ合え刺身は、村に分けるために朝早くに樽にして2つ分ほど送り出された。残った塩辛の元というべきキモ合え刺身にイカのフライを加え、茹でたイカとたまねぎと海草のマリネに、朝取れた魚を加えた海鮮スープという豪華な品揃えである。漁村だけあって海の幸はふんだんにあるのだが、穀物類が少ないのが玉に瑕である。


 とはいえ昨日しこたま飲んだ村人達は、朝から芋の主食を元気に食べるほどの胃丈夫はそれほど居らず、スープに皆が集まっている。ちなみに朝食も祭りの余勢をかって皆共同で作った。二日酔いで朝食を作るような気分ではない、人が多かったためともいえる。ちなみに俺はどれほど飲んだかというと、余り飲んでいない。緊急事態が発生する可能性が高い状況で、俺とカイア二人とも酔いつぶれていては困るし、そもそもカイアの介抱のために飲む暇は無かった。カイアは俺が居るときくらいしか、酔っ払えないのでちょうどよい息抜きとなったことだろう。




「これより釜焚き小屋を取り壊します。係の者は位置に付きなさい」


 カイアの一言で塩田の心臓部である釜焚き小屋を破壊することになった。そのため塩田にいる皆が釜焚き小屋を見つめている。昨日の祭りは良い息抜きとなり、今日反対するものは居ない、作業の無い村人は一言も喋らずに見守るだけで、儀式として成立するほど清浄な空気に包まれていた。今後も塩田が続いていくなら、この日この月は間違いなく何らかの記念日になるだろう。


 そもそも塩田とは日光の力で海水の水分を蒸発させる施設である。とはいえダンエ村は雨季に雨が降るので、完全に蒸発させるまで待つことは出来ない。そこで塩田にて粘土の上に敷いた砂に、海水を撒いて完全に水分を蒸発させる前の段階の海水を作る。これを鹹水かんすいと呼び大体海水の5倍ほどの塩分濃度を誇る。塩田で鹹水を含む砂をかき集めて、鹹水だけを濾し取ると、釜焚き小屋にて鹹水を煮詰めることで、初めて塩が出来るのである。


 日光という自然の恩恵を使うことで、直接海水を煮詰めるときに比べて、使う薪の量を8割減らすことが可能になるのだ。但し日光を利用するために日光が強く浴びせられ、雨が降らない土地でなければ、鹹水を作ることが出来ない。ダンエ村は乾季中に雨が降らず、粘土が豊富に取れ、砂もあったため塩田を作ることができたのだ。


 前述のように塩田で作った鹹水を煮詰める釜焚き小屋は、塩田の心臓部といっても間違いはないだろう。そしてその釜焚き小屋の見た目は、家の大きさをしたかまどだと思えばよい、薪の使用量を減らすためには発生した熱量を逃してはならない。そのためにろくに窓も無く、出入り口のほかには二本の煙突と空気の取り入れ口があるだけだ。中には大きな竈があり、大男が大の字に寝転がっても入りきるほど大きな釜で、鹹水を煮詰めているのだ。


 より少ない薪で大量の塩を取るために工夫を凝らした結果、釜焚き小屋の壁は乾燥レンガで作りその外側を漆喰で塗り固めている。結果として言葉どおりに建物サイズの竈という施設となっている。竈の中に竈を作って一本の煙突からは薪を燃やした煙の排気を、もう一本の煙突からは海水を煮詰めた水蒸気を排気している。


「変わった煙突ですね。あれはなんですか?」


「あれは水蒸気排気用の煙突だ。銅管が下まで曲がりくねって大きな桶に達しているだろ? 桶の中の海水で水蒸気を冷やして水を取ってるんだ。村でも水が貴重なんだ、塩田では特に水は貴重だ。せっかく水があるのに使わない手は無いからな、少し手間は掛かるがそれ以上に水の価値が高いんだ。おかげで村の水不足の解消にもなった」


「はあ、随分工夫されているんですね」


「釜焚きは辛い作業だぞ、工夫もするさ。熱が逃げないから空気取り入れ口を使って調整してるが、マグマが煮えたぎる活火山の噴火口のごとく熱くなる。熱めの風呂の湯温なんて目じゃない、下手すると死ぬ。汗の出すぎで体内の塩分も排出されるから、海水飲みながら作業しているくらいだ。そんな場所で大釜の中で結晶化した塩を掻き出すんだ。何しろ大釜が4つもあるからな、熱に当てられた若い徒弟がよく担ぎ出されるもんだ」


 傍で聞いていたヌイが身じろぎする。身に覚えがあるのだろう。そうして眺めているうちに解体作業が始まった。まずは貴重な銅管を使った水蒸気排出用の煙突が解体されていく、これらの銅管や設備は大型帆船で運び出す予定だ。それが終わるといよいよ釜焚き小屋の破壊作業に移る。戸口を全身を使って振るう大きな木槌で拡大し、中に光を取り入れるとそれを見つめる村人達にも中の様子が見えてくる。


 そうして日の光に晒された竈が壊されていくにつれ、村人全員が涙に暮れる。釜焚きは辛い作業だがその分思い出深いのだろう。竈4つが破壊され終わる頃には泣いていない者なんていなかった。ルサやジキはともかくブルーノまで貰い泣きしている。ヌイはというと。


「イペンサ様、私達が努力していれば防げたのでしょうか? そう仰ったんですよね?」


 ヌイは竈の解体作業を、一切目を逸らさずに涙を流して見つめ続けながら俺に問いかける。その姿は目にこの光景を焼き付けているようだ。


「防げたかどうかじゃない、防がなければならなかったんだ。領主だって町人だって人だぞ、その行動に俺達が影響を与えたって、可笑しくないに決まっているだろう」


「では、今後このような事態を防ぐためには私には何ができるんでしょう?」


「村人たちは塩を作ることに腐心しているけどな、もっと外に目を向けなければならない。領主や商人などの塩を買う人々や、塩を使う人々まで見据えて行動しなければな」


「そのためにはどうすればいいのでしょうか?」


「貴族の出入り商にでも弟子入りすべきだな、政治と商売の関係を理解するんだ。女だから簡単に雇ってくれるはずも無いが、そこにブルーノという都合の良い存在が居るだろ。どんな手を使ってでもいいから頼みを聞いてもらうんだ」


「ちょっとイペンサさん何言っているんですか、政商にそんなコネなんて無いです!」


 ブルーノが抗議するが、俺は一切気にしない。ここでブルーノをいじって、悲しみとは違う空気を入れるのもいいだろう。ちなみに政商とは、政治と密接に絡んだ商売を行う商人のことを言う。政商の商売は政治に絡むだけ有って、巨額の利益が発生するため、その商売の規模も桁違いに大きい。力のある政商は身分は平民だとしても、その力は下手な貴族よりも大きく、王と席を並べることも少なくない。


「なに、政商に弟子入りしなくても似たような経験をつむことが出来るだろ?」


「また、怪しげな発言を! 今度はなにをたくらんでいるんですか?!」


 そうしている合間にも解体作業は進み、竈の破壊後は釜焚き小屋そのものも破壊され、再利用不可能なほどに徹底して破壊され。乾燥レンガには海水をかけてただの土に戻してしまった。今後釜焚き小屋を作り直すには、乾燥レンガを作るところから始めなければならないだろう。




 その後に俺がやるべき事は、昨日と同じくクラーケン釣りである。他にもクラーケンが居ると作業中の村人が襲われて大惨事となる。クラーケンが居ないかの確認の為にクラーケン釣りをする必要があった。そうして魔物がいないことを確認すると、小船で珊瑚礁の辺りまで漕ぎ出す。沖まで出ることは出来ないものの、入り江内に入った魚を取るために手漕ぎの小船が2隻程あるのだ。


 そうして珊瑚礁の上に村人を送ると、珊瑚礁の上を歩いていく、この魔物の珊瑚礁は海面ぎりぎりまで育つため、その上を陸地のように歩くことが出来る。木登りをした要領と同じだが、偶にぽっきり足場が折れるので注意が必要だ。装備として浮き袋は必須である。とりあえず初めだけは村人と一緒に斧で珊瑚礁を壊していく、クラーケンや他の魔物が居れば、住処を壊され怒って襲い掛かってくるはずだが、大物だったクラーケンは他の大型魔物を追い払っていたらしく、他に魔物は居ないようだった。


 船が通れるだけの道が開けると、今度はシーカヤックの回収に行く。2隻の小船だけで塩田の荷物を運び出すのは大変なので、シーカヤックを使うのだ。シーカヤックで運べる荷は少ないが、2隻のシーカヤックを棒で繋いで双胴船とすることで、つなぐ棒の上を積荷を置くスペースとして確保することが出来るのだ。乗り手を一隻辺り一人にすることで荷を運ぶだけの浮力も得られる、船を繋ぐ棒が邪魔でパドルで船の両側を漕ぐことは難しいが、片側のみの櫂を使うことでその問題は解決する。


 そんなわけで三人娘とブルーノ達を連れて、上陸地点に戻りシーカヤックをドリーに乗せて、塩田まで運び込む頃にはまたしても日が傾いている。その頃には小船のほうも双胴船に形を変えており、明日以降からガンガン荷運びが出来そうである。今夜こそ俺が生まれつき持っている竿で、カイアをフィーッシュするぜ!






 こうして村人の避難作業の準備は整ったため、翌日からは避難作業が始まった。塩田の解体と同時に荷運びも進行する。流石に漁民だけあって皆船を漕ぐのはお手の物であり、双胴船で次々と荷を運び出す。重要なのは製塩に使う大釜である。これは絶対残していくわけには行かない。他にも大桶などの特殊な道具も運び出し、洋上で待ち構えている漁船に荷を積み替える。


 大型帆船も俺がシーカヤックで連絡に行った後は、沖合いぎりぎりから半島の南側へと位置を変え、塩田の近くまで来ているが、大型帆船は喫水が深く塩田付近には近づくことが出来なかった。そのため喫水の浅い漁船か、人力船で荷物をそこまで運ぶ必要があり、人力船で塩田から大型帆船まで運び込むのは色々と大変なので、作戦通り小型帆船である漁船に積み替えることで負担を減らしたのである。


 俺の役どころは釣竿を起重機クレーン代わりにした大釜の運び出しである。何人もの人手を使ってようやく運べる大釜は重く、小船とシーカヤックの双胴船二つを繋げて4胴船でようやく安定した。それを今度は漁船2隻を繋いで作った足場に洋上で乗せかえるのである。


「イペンサさんてつくづく便利な存在ですね。起重機代わりになるとは」


 船上で大釜を釣り上げる俺を見たブルーノが、物珍しそうに言うが俺はそれどころでは無い。


「馬鹿野郎、竿を見ろ! あんなに撓っちまって、折れやしないが、ちょっとした振動で竿が撓りまくるんだぞ! 本来の用途とは違うから、傷まないか心配で仕方ない」


「そもそも数百キロを釣り上げられる釣り竿って時点で、もはや僕の想像の範疇を超えてます。その細い紐で何故あの大釜が持ち上がるのやら」


「自重増加魔法使わずに釣り上げているから、大変なんだぞ! ブルーノも手伝え」


 船上で重さを増やすわけにも行かず、体を船のあちこちに固定して何とか俺は釣り上げているのだ。


「僕に何が出来ると言うんですか? 大釜を一人で持ち上げているんですから、僕の力なんて猫の手以下でしょう?」


「錘が足らん、見学するだけなんだから俺の上に負ぶされ」


「僕はそっちの趣味は無いんですけど?」


「俺だって無いよ! 何なら船ごと転覆してみるか?!」


「ああ、それは拙い!」


 慌てたブルーノが負ぶさってくる。そうして男に抱きつかれるという、嬉しくない経験をしながら何とか大釜を運び込む。


 洋上で重量物の移し変えは難しい、海底に沈んではえらいことになるので、ロープを編んで作った荷運び用の網を掛けて、海に落としても碇のように引き上げ可能にした状態で、作業が行われた。幸いにして落とすことはなかったが、1日辺り2個の大釜を運ぶだけで精一杯であった。4つの大釜を運び出すだけで2日掛かり、作業は難航しているかのように思われたが、後は水に浮く桶ばかりであり、大きさは大きいものの木製であるため、一気に作業は楽になった。


 その間の俺はと言うと大釜を運び出した後は、朝にクラーケンの確認、昼は釣りをして、夜はカイアの寝床に潜り込む日々である。三人娘は洋上での積み替え作業の見学をした以外は、塩田の解体作業を手伝っていた。ブルーノは塩田の解体作業を見て塩田の構造や使われ方、また釜焚き施設跡を参考に製塩について学んでいた。


「イペンサさん村人が必死に働いているのに、その横でよく平然と釣りに明け暮れることが出来ますね」


 昼に釣りをしている俺を見て、塩田の見学の合間らしいブルーノが声をかけてくる。


「お前は、俺の必死の作業を見ていなかったのか?! 人間起重機だぞ! 休んだって良いじゃ無いか!」


 ブルーノのあまりな台詞に俺は猛抗議をした。2日働いたんだから4日休んでも良いじゃ無いか、俺は働いた日の倍以上の日数休むことにしている。


「う~ん、そう言われればそうなんですけど、勤勉な態度というわけでもないですよね。う~ん、一人前以上に働いているのに、そうは見えない辺りイペンサさんも苦労されているんですね」


「ようやく俺の苦労が分ったか、この苦労を分かち合おうな」


 俺はブルーノの将来を予測して、ニヤニヤとブルーノを仲間認定してやった。


「自分が大変だからって人を巻き込まないでくださいよ」


 俺に言われて将来の苦労に思い当たったらしい、ブルーノがへこんでいるが知ったことでは無い。貴族は国のために働くから、その地位を約束されていると言うのであれば、馬車馬のごとく働かせても、誰も文句言わない存在だと言うことである。過労死する貴族というのは、あまり聞き覚えが無いから、どこまで働かせても大丈夫なのだろう。


 そうしている合間にロタも荷物を積み終えた漁船の復路で上陸し、洋上で食べていた芋以外も食わせろと魚をねだるのだった。一方でロコはその頃どうしているかというと、カイアの弟に付いて伝令犬の役割をこなしつつ、餌は自分で獲物を確保していることだろう。犬も馬と一緒で自然の中では自前で餌を確保してくれるのが利点である。ロタは子犬の頃から俺と一緒の為に餌をねだることが多い。


 その後重要な器材の積み込みが終わると、塩田からは塩と水や食料が、村からは重要な家財道具が秘密裏に漁船で運び込まれていった。そうして移民準備が大分整い、今度は人を運び出すことになる。村人のうち何人かは、塩田の作業の手伝いという名目で、塩田から大型帆船へと移動を開始する。この段階に来てようやく村人全員への事情説明が行われた。


 他所の領地へ移民すること、その領地での生活は保障されていること、町人に襲われる可能性があること、ズース領に未来がない事は、今まで塩田で行われた説明と違いはなかったが、どうしても残りたいものは残れること、一度避難してから戻ることも出来ることなども、話し合いの中で決められた。製塩関係者はその選択肢がなかったが、村人には若干選択の余地はあるものの、殆どの村人が移民するため残っても生活が成り立たないので、結局村人160人全員が移民することとなった。


 実際その頃には町から態々村まで嫌がらせに来る若者が増えており、村人達も危険を感じていたため反対するものは居なかった。そうして新たに家財道具の運び出しなどの作業が秘密裏に行われていたが、俺が上陸してから10日後にしてとうとう恐れていた事態が起こった。町人達の暴動である。

 ご感想ありがとうございます。感想は楽しみにしてみておりますが、感想返しがしんどくなってきております。ここで改めて御礼申し上げると共に、今後感想が返せなくても、ご理解頂けますようよろしくお願いいたします。ご感想本当にありがとうございます。

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