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イカ釣り編 海路

 ようやく国が動く気になった。実際は国としても、もっと早く動きたかっただろうが、ある程度困ってもらわないと塩の重要性が伝わらない。それで塩の先渡取引でズースの塩を回収し、その影響で塩の不安という種火が付けば儲け物と思っていたのだが、小火がずっと上がっている状況になってしまった。


 下手なことしなくて良かった。流れ者は常に間者としての疑いの目が向けられている。塩が高騰するなどの噂を立てていたらまず間違いなく逮捕されていたし、拷問の上で処刑された可能性だって高い。燻製工房との繋がりも、もぐりの商人として見られる一員となったろう。但し俺が間者だと疑われると最悪の場合は、燻製工房も間者の拠点として丸ごと焼き討ちされかねなかったので、諸刃の剣である。


 ものぐさな俺としては出来れば誰かに解決してもらいたい、解決できないなら俺がやることを手伝ってもらいたい。だからズース領主が行動したら、大々的に周囲に迷惑が掛かるよう、お膳立てをしておいたのだ。そうしてズース領主が行動を起こすと多くの人に迷惑が掛かる、迷惑が掛かった人は、なんとか迷惑の掛からない状態にするために行動するわけだ。


 なので俺がやった仕事と言うのは、迷惑を拡大することである。今回は俺も当然恨まれるが、より恨まれるのはズース領主である。何しろ引き金はズース領主が引いているので、俺に直接の原因がないからだ。それを分かりやすくするために、西の端でことが起きるまで東の端で待っていたわけだ。


 ちなみに東の端で小火を上げたことにも意味がある。西部で事を起こすと大火となる可能性が高く、収拾がつかなくなるわ、ダンエ村の評判もがた落ちになるわ、といいこと無しだったのである。


 特に重要なのは、国は西部より東部を重視していることだ。東部のほうが豊かであり、東部の経済が混乱すると国全体が困ることになる。一方で西部はどうかというと貧乏人が困窮しているのはいつものこととして、王が解決に乗り出すまでに暴動の10や20は起こる必要があっただろう。


「とここまで説明してきたわけだが、俺はそこまで深く考えたわけではなく、ズース領主の起こす騒動で、なるべく多くの人が少しずつ迷惑をこうむるようにしただけだ。西部でやると地元民への負担が大きいから、東部で火をつけただけの話だ」


 俺がこうして三人娘への講義を終えると、横で話を聞いていたブルーノは青い顔をしていた。ここはダンエ村に向かう大型帆船の一室である。最大350名が乗れる船を50名で操船している。今の所三人娘には秘密だが、この船に村人全員を回収して戻るのが今回の仕事である。


 自主的な行動ということになっていて、その裏の依頼主は表向きはブルーノ、更なる裏では国王ということになるだろう。資金貸与の話もあったが、表向きは貴族が関係していることがばれると、拙いとのことでもあったし、そもそも貴族に金を借りるなんて恐ろしいことをしたくないので、全部自費である。塩の先渡取引による予想外の資金で賄うことが出来た。


「それが知られたら打ち首ならいいところで、下手すると暴動を起こした民に、体中バラバラにされて橋の上に吊るされましたよ」


「西部の民が困窮しているのは話しただろう? だから東部の民にも少し味わってもらおうと思って」


 俺は気にすることなくブルーノ答えてやった。西部だけで解決しようとすれば半年や1年は掛かったのだ。現状でも関税の値上げから一月が経過している。しかも俺が個人的に動いての話である。国に任せてはダンエ村は手遅れになっただろう。


「僕はサカーワ領主家の一員なので、サカーワで問題起こされては困るのですが?」


 ブルーノの表情は暗い。今回の一件で俺がサカーワ領における火付け役だと知れば、仲良くするのに罪悪感もあるだろう。


「でも、サカーワ領主は国の宰相でもあるわけだろう? そのお膝元で事を起こしたのは偶然だったが、理屈としては十分通ると思うぞ」


 俺は一向に気にしない。ブルーノの表情にも構わない。何故なら、そもそも国が解決しなければらならない問題で、俺一人がどうこうした程度で騒動になるようでは、国が怠けていただけである。


 国が家を建てたとして一本の柱に問題があるとする、俺はズース領主がその柱を壊すのを見ていただけである。その柱を壊すと家の一部が崩壊することを知りつつ、俺がしたことといえば、その柱を壊したときに家全体に歪みが発生するように、バランスを調整しただけだ。家の一部が崩壊するのと家全体が歪むのと、どちらが良いとも言えないだろう。


「それは確かに、宰相は国全体の面倒を見るのが仕事ではありますが、領民に言わせれば『そんなことは知ったことか!』となるでしょうね」


 ブルーノは相変わらずサカーワ領主家の立場から発言する。そこそこに責任感はあるようだ。だがそんなことで俺の屁理屈は負けない。


「そこはそれ宰相閣下の領地だから、恩恵を受けている分だと思って諦めてくれ」


「そこそこ筋が通る辺りが性質悪いですね」


 なんと抗議しようと、一方的に俺が悪いという状況にならないあたりが、ブルーノの悩みどころだろう。眉間に皺を立てつつも、何とか攻め手がないか考えているようだ。


「まあまあ、その分サカーワ領はこれに成功すれば、品質の良い塩を恒久的に手に入れられるようになるわけだから、恩恵も得られるんだ気にするな」


「バランスが取れてる辺りがもはや芸術の域に達しています。但し東部の民が困る必要があったなら、何故燻製工房だけは保護したのですか?」


 呆れつつも不審気なブルーノの問い掛けに俺はあっさりと本音を白状する。


「美味いものが作れなくなったら困るだろう?」


「やっぱりただの我侭に理屈つけただけだ」


 ブルーノは額に手を当てて、頭痛を堪える様である。こういった大きな問題に巻き込まれた状況で、あらかじめ自己防衛する程度のことでは俺が悪いと言い切れないが、俺の本音は、美味いものさえ得られればいいわけだから、かなり利己的な理由が動機なのだ。その動機に対して迷惑をこうむった人々は多いが、誰のためにも成らないかと言うとそういうわけでもない。問題が解決すれば国全体の利益としては得るものがあるのだ。


「当たり前じゃないか、理屈と軟膏はどこへでも付くというだろう? 俺が今回考えたのは出来るだけ多くの人に迷惑をかけることだけだよ、但しズースの塩が遠く東の端ですら貴重な塩でなければ、この作戦は成り立たなかった。つまりズースの塩にはそれだけの価値があったわけだ」


 その一言にヌイが目を輝かせる。それに対してさめた顔でジキが質問の声を上げる。


「イペンサ様が今回やった手法って下手に真似すると、自分の首が飛ぶだけではなく、多くの人に迷惑掛けるだけで終わる可能性も多くあると思う」


「その通りだ、だからお前らは真似するな。この手法は全体の利益のバランスが取れていないと、うまく行ったとしても、後で迷惑が掛かった人に問題解決後に殺される結果、になることも多々ありえる。失敗すればお前が言ったとおり、迷惑が拡大されただけの結果に終わることもある。人に働かせるのは楽ではないのだよ」


「今回イペンサ様が与えた利益はなんですか?」


 ジキに変わってヌイが積極的に食いついてきた。


「王には塩に口出しする権利と策、宰相には息子が塩の管理における良い地位につくこと、サカーワ領には今後品質の良い塩が安定して手に入ること、ダンエ村には問題の解決と国の保護と、こんな所だろうな。ここでうっかり大手の食品加工業者が全滅した場合は、バランス取れなくて俺の首が飛ぶかもな」


 ヌイは利益のバランスが取れているか黙って考え始めた。そこにブルーノのツッコミが入る。


「イペンサさん僕の利益は?」


「美味い料理以外に何か欲しいのか?」


 俺の一言に凍りついたブルーノは、しばらく考え込むようにその状態を維持した後、しみじみと答えた。


「確かにいらないですねぇ、僕ってなんて安く済むんだろう」


 ブルーノは何を思ったのか、しくしくと泣き始めた。


「分かっていると思うが口外するなよ、意図的にズースの塩を買って問題起こした、と知れたら俺の首が飛ぶからな」


 俺が三人娘に言うとブルーノも同調した。


「ええ、ここでイペンサさんが死ぬと僕は大損なので、口外しないように」


 ブルーノの口調は若干角が立っていたが、今回ブルーノには色々と苦労をさせているから、無理もない。


「大体俺としてもここまで問題が大きくなるとは思わなかった。途中で軌道修正した結果だ。これは。俺の基本方針はもっと小さかった」


 俺としてはこの話が漏れたときの防衛線も張る必要がある。真相の更なる真相を話すことにする。


「初めは何を計画していたのですか?」


 またしても食いついたのはヌイだ。ヌイは貪欲に知識を求める。


「ズースの塩を確保すること、その確保した塩の何割かを値上がり後に売って、村人が移住できるだけの資金を確保すること、この二つだけのつもりだったんだ。ブルーノが訪ねてくるは、塩相場が混乱するはで軌道修正を図った結果、最大の結果が手に入った」


「つまり状況を利用した結果、国王まで巻き込む事になったのですか?」


 生真面目なヌイの顔に呆れが混ざる。何でその二つ目的のために、国王を巻き込むことになるのか、と呆れているのだろう。


「そうだ、今回は元々この国に巣くっていた問題が、俺の小さな種火で大きく燃え上がったに過ぎん。俺の手元にブルーノが転がり込んできたから、国王へのコネクションが得られる結果となった。それならこの際根本的に解決しようと献策しただけだ。ブルーノの策としてな」


「自分の名で献策してくださいよ」


 ブルーノとしては勝手に名前を使われるのが不愉快なのだろうが、実際に使ったのは俺ではなくてアリストである。文句は自分の兄貴に言って欲しいものである。


「どこの間者かと疑われるだけだろう、いいじゃないかブルーノは現状を正しく認識できていた。ただ解決するのは国の仕事として、それ以上考えるのは止めただけで、同じ結論には遅かれ早かれ到達しただろう」


「それはあれだけ懇切丁寧に説明されれば、普通の貴族なら考え付くでしょう。僕でなくてもよかったんじゃないですか?」


「仕事探してるって言ったじゃないか」


「やはりその一言が諸悪の根源なのか……」


 ブルーノがまたしても泣き出しそうなほどどんよりとしている。仕事押し付けたい俺の前で、仕事探しているという台詞は禁句かも知れない。

第一回訂正:2013/08/26

 誤字脱字修正

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