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イカ釣り編 後の祭り

 塩の買い付けの翌日には、ブルーノが違約金と塩の代金を持ってきた。金貨18枚に銀貨14枚と綺麗にまとまっている。今回は銀貨が少なくて助かった。なぜなら金貨の価値が高すぎ銀貨の価値が低いため、金貨1枚と銀貨99枚なんて事態が起こりえるからである。


 換算レートを詳しく説明すると、銅貨1枚で100SDで、その銅貨が100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、という換算になっている。金額にすると金貨1枚で百万SDという、無茶苦茶な価値のためである。


 そのため通常なら金貨は大商人か貴族以外で用いられることが無い。金貨は貴重すぎて寧ろ換金できずに困ることがあるくらいで、下手するとどこから盗んできたのか、と捕まる恐れがある。三人娘が初めて見る金貨を前に目玉を飛び出させている。


「うちの領民がご迷惑を掛けて申し訳ないです。彼らは家の御用商人でもあるのに、何故こんなことをしたのか理解に苦しみます」


 俺は受け取った貨幣を一枚一枚確認する。銀貨はともかく金貨に1枚でも偽物が混じると、大損することになってしまう。非情に面倒臭いがサカーワ領主から受け取った金でも、いちいち確認する必要がある。俺が現金を確認している間に、考え込むブルーノに俺はこう言った。


「基本的には商人の縄張り争いだ。俺というギルドにも登録していないような、もぐりの商人が大量に塩を買いつけた。しかもサカーワ領主に縁があるらしい。これは縄張り荒しだ、と排除に動いた結果に過ぎない。彼らが今回かぶった罪は、彼らの予定では本来俺がかぶる罪だったんだ」


 もぐりの商人というのは、商人ギルドに登録されていない商人のことである。国は物品の売買に関して、ギルドの管理としているので干渉しない。現実としては商人が品物を取引することもあれば、漁師が獲れた魚を売ることもある。なのでいちいち管理せず、商人なら商人ギルドに入り漁師なら漁師ギルドに入ることで、それぞれ身分をギルドに保証してもらうのだ。大きな商売をしたければ、それだけ多くをギルドに毎年収めなければならない。


 そういう仕組みが出来上がっているわけだが、「もぐり」の場合は身分を証明するギルドカードをもたないので信用がない。買う分には慎重に対応すれば問題が生じることはないが、売る側に回るとまず詐欺師として疑われる。買うにしても信用がないから現金取引でないとまず応じてもらえない。そういった違法ではないが信頼性のない人物、というのが「もぐり」に対する一般的イメージである。


「つまりイペンサさんに罪を着せる気で、あんなことをしでかしたのですか? リスクがありすぎでは?」


 なんでもないことのように言う俺の説明に、ブルーノは納得がいかないようだ。塩商人たちはアリストの沙汰待ちだが、首が飛ぶかそれに近い罰を受けることになるだろう。


「そこは完全に嘗めてたんだろうな。大量の塩の買い付けにもかかわらず、付き従うのは小娘のみだったのでとても処理しきれまいと、偽装印章に気が付いたとしても、袋を開けて仕込んだ砂までは気がつけないだろうと。もし確認のために人を雇っていたら、そこから何か仕掛けられたかもしれんな」


 何者かを罠に掛けるのであれば、当然自分もリスクをとることになる。今回の件は単純でリスクも大きかったが、成功したときの効果も大きかった。しかも俺は流れ者でもぐりの商人として勘違いされたであろうから、小金持ちの冒険者が塩の値上がり情報を元に小遣い稼ぎにやってきた、程度に思われたことだろう。冒険者がかなりの資本力がありながら商売に走らないのは、商人たちが鉄壁のガードを引いて商売事から追い出すからである。資本力があっても商売のことを知らないと、俺が仕掛けられたような罠に掛かって大損することになる。


「せっかくの一級塩を駄目にした彼らには、個人的にも腹が立ちます。そもそもその場で僕が買い付けるつもりだったというのに!」


 ブルーノがご立腹なのは領主の名代として買い付けた塩を、一部自分のものにしようと思っていたからだろう。3袋もあれば個人で消費する限りは、10年分くらいにはなるので問題はないはずだが、ブルーノの美食に対する欲の深さが窺えるというものだ。


「そこは帰りの道中で同じ荷馬車を用意して、俺が帰り道で摩り替えたと言い張る予定だったのだろう」


 俺は塩をその場でブルーノに売る予定だったので、ブルーノが買った塩に不備があれば当然塩商人にもそのとががいく。それを避けるために俺が摩り替えた結果だと言える隙させ作れれば、後は知らぬ存ぜぬを突き通せばよいだけである。


「それが警戒態勢が厳重になり、今日になって更に警戒厳重にしてから持ち帰ったため、難しくなったということですか?」


「ああ、彼らにとっては計算外だっただろう。実際に摩り替える必要は無く、摩り替える隙さえ作れば、俺が摩り替えたことになるわけだが、偽物全部を選別してしまったからそれをやる意味すらなくなったんだ」


 本来の計画では摩り替える隙を作るだけで、偽物が混じった罪はすべて俺が被ったのだが、昨日の時点で別の商人を呼んで本物の塩の確認もしている。もはや手の打ちようはなかっただろう。


「彼らが始めに除外した塩はなんだったんですか?」


「頑張って数をそろえたけど値上がりで揃えられなかった、というアピールが本来の目的で、後は俺を油断させるための餌ということだろうな」


 何も言ってこないならラッキーだからそのまま売りつける。何か言ってくるようなら数が揃えられなかったが、努力した結果であるとする。そして正常な塩だけ残しましたよとアピールし罠を仕掛けるという、商人としては3段構えの策だったわけだ。


「数が揃っていないなら、買わない恐れもあったでしょう? 違約金も安くないでしょうに」


「契約違反を理由に一切買わずに違約金だけ取ると、アリスト様に使うつもりで購入したという俺の言葉が、嘘になってしまうからな。サカーワ領主が買うと公言している塩を、一部契約違反があったから一切買わない、というのは問題とされただろうな。俺も欲しかったから買ったがな。違約金については購入時の2倍の金額で払い戻す事になっていたから、関税が5割り増しになった塩を買うくらいなら、経費その他を考えると1割程度であれば払い戻したほうが、安く付くと考えてのことだろう」


 今回違約金の設定額が低く、その上ズース領の関税の値上げ幅が大きいために、違約金を払ったほうが安くなるという、本来ありえない事態が起こったのだ。違約金を高くすると契約料も高くなるので、その分を俺がケチった所為という部分もある。


「それにしても今回かなり儲かったのでは? 御用商人が1800万SD強儲けたのではないか、と予測していましたよ」


「それくらい儲かったが、違約金で儲ける気はなかったんだ。全部の塩が揃えられればサカーワ領に売った分だけで十分だった。完全に予定外の儲けだよ」


 今回の件では実は違約金がらみだけで1400万以上儲けることになった。塩商人たちも不正をせずに値上がり前に塩を買い揃えていれば、そこそこ儲けが出たはずなのだが、結果としては社会的に多大なダメージを与えることになったのだった。金銭的には大商人であれば受け入れ可能な範囲のはずである。それは俺が望んだ結果ではなかったのだが、今回は儲けすぎということは無いのでよしとする。


 ちなみに今回の儲けは、領主館で資産的に塩漬けになっている塩、という小洒落た転売出来ない塩の価格に反映する予定だ。ダンエ村で直接買い付けた場合に比べて、他所の領主の塩保証印章が押された塩を、先渡取引で買い付けた結果として3割以上値が上がっている。その値を反映して魚醤醸造所や燻製工房は、かなりの値上げの必要があったのだが、それを幾らか抑えることが出来るだろう。




 俺が受け取った貨幣を全て確認し終えると、三人娘に金貨を持たせ本物の金貨を覚えさせる。


「ほれ、これが本物の金貨だ。お前達もそのうち扱うようになるから覚えておけ」


 三人娘がこわごわと金貨を見つめる、手を出すのも怖いらしい。


「恐れ多くて手に持つなんて出来ません」


「これ持ってお店に行っても、誰も物売ってくれないよね~、お釣りが足りなくなっちゃう」


「うちの工房は銀貨しか扱ってない」


 三人娘達は一行に金貨に手を出そうとしない。これはこれで困りものである。


「商売する以上は金貨は避けて通れないと思え、銀貨で全て払うなんて取引が大きくなればなるほど、相手への嫌がらせにしかならんからな。後ジキよ、お前の工房でも金貨は扱っているぞ、塩の買い付けとか特別な場合にしか用いないだけだ」


「金貨の真贋はどうやって見極めるのですか?」


 相変わらずヌイが生真面目に質問する。近頃は俺に働けと催促するよりも、知識を得ることにシフトしたらしく質問が多い。


「印章とか重さとか音とか色々あるが、両替商に任せるのが一番だな。信頼できる両替商を見つけたら離すな、連中は金貨以上の宝石の真贋にも詳しいからな。腕の良い両替商が西部には少ないから、複数人の両替商を使え。偽物つかまされたらたまらん」


「これらは両替商に持ち込まない?」


 ジキの質問はいつも実直だ。感情面を考慮に入れない点がある意味凄い。


「サカーワ領主が支払った現金だ。本人が確認するのはともかく、両替商に確認したら信用していないといっているようなものだしな。今回は難しいだろうな」


 ジキはこう言った面倒臭さにいちいち驚いているようだ。そうして三人娘とやり取りしている間に、ブルーノはげんなりした様子で話しかけてきた。


「兄貴が不機嫌なんだけど? 何とかしてくれませんか?」


 げんなりしているのは、兄の不機嫌を受けてのことらしい。


「無理。だって民間には不干渉が方針なんだろ? でなきゃ、あんな馬鹿なこと許さないよな? だったら俺も民間人だし不干渉としてくれよ」


「確かに兄貴は民間には不干渉が方針だけど、御用商人が我が家の名誉を汚した咎で拘禁中というのは、我が家の人を見る目を疑われるので何とかしてください。昨日から兄貴が怖いんです」


 ブルーノの言った通り貴族の顔に泥を塗る通常ありえない事態であり、泥を塗られたアリストは厳しく処罰することだろう。そして処罰しても泥を塗られた事実が消えない辺りが問題なのである。


「そうは言っても罪を無かったことにできないしな。昨日は多くの見物人がいたし町中に広まっているんだろ? だからアリスト様は不機嫌なだけで、俺に対しては何も言うべきことがないから、一切何も言わないのではないかと思うんだがな。俺が意図的に事件を誘発したわけでもないしな」


「やっぱり駄目ですか?」


 ブルーノもいまさら無理だということは分かっているらしく、無理押しする様子はない。駄目もとで聞いてみただけらしい。


「非公開で取引していれば何とかなったかもしれんがな、もはや後の祭りだろ」


 人の口に戸は立てられない。特に今回は口止めすべき内容が公爵家の恥ということで、それをわざわざ公開取引にしたのだから、民衆は公爵家が塩商人を断罪したかったのだと受け取ったことだろう。そうであれば当然のごとく噂は広まったはずである。いまさら塩商人を無罪にしてもいい恥さらし以外のなにものでもない。


「僕もあの時つい頭に血が上って罪を確定させてしまったのは拙かったなあ、でもあれを御目溢おめこぼしするなんてありえないしなぁ」


 ブルーノは後悔先に立たずという様子で溜息をついていた。恥かかせて悪いとは思うがブルーノが言ったとおり、ブルーノ自身も塩商人の断罪に加わっているので、俺だけの所為ではない。結論を出して話を締めくくることにした。


「つまり塩商人は自業自得でどうしようもなかったということだ。塩商人が上手く弁明することを祈ろう」


「そうなりますね。そして兄貴の不機嫌は続くと」


 ブルーノがガックリと肩を落とすが、何でもかんでも貴族の都合がいいようには行かないので、そこは我慢してもらう以外に方法が無い。ロタが「機嫌の悪さなんて、顔をなめれば元通りですよ。こうだよ! こう!」とばかりにブルーノの顔を嘗めまくっている。おまえはどこのセクハラ親父だ。

 副題の「イカ釣り編」を「塩騒動編」に変えると思います。イカ釣り編と書いたところからイカ釣りが主題だと思われているようですが、ご存じのように塩をテーマにしておりますので、最後まで公開した後に読者様の反応を見て改題したいと思います。


 誤解が広がっているので追加しますが、イカも出ます。がメインテーマは塩です。


第一回訂正:2013/08/25

 誤字脱字を修正

第二回訂正:2013/08/28

 表現の誤りを修正

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