プロ⇔ローグ
――都内某所のネットカフェ。
私を含めた数名の男女が、団体客専用の個室でそわそわと落ち着きのない様子をしている。
「いやマジ、緊張してきたよ俺……」
顔面蒼白のままそう呟いたのは薬学部の六年生男子、庵京一郎だ。
都内の有名企業に就職が決まっているというのにも関わらず、未だに金髪姿で平然としている私達グループの盛り上げ役でもある。
「お前が落ちたら俺なんかぜってぇ受かる訳ねえだろうが、庵」
そう言い放ったのは髪を短くカットしたメガネの青年だ。
庵と同じく薬学部の六年生。名を堀沢透という。
お酒が飲めない彼は先ほどから烏龍茶ばかりを注文し、場の空気をしらけさせている。
「ああん、どうしよう、私だけ落ちてたら……。そしたら二人とも、どっちか私をお嫁にもらってくれる?」
そう言い必死に可愛さアピールをしているのは、同じく六年生の河合玲子だ。
このメンバーの中では最も不合格からほど遠い成績の彼女だが、男を落とすことに掛けては決して妥協しない猛禽類女子でもある。玲子怖えぇ。
――そんな彼らと私を含めた四人で一台のパソコンを取り囲み、ちょっとした打ち上げみたいなことをしている最中というわけである。
テーブルの上に置いてある備え付けの時計で時刻を確認する。
あと一分もしないうちに、ネット上で合格発表の速報が流れる頃合だ。
私達は六年間も高い学費を払い続け(学費はもちろん親が払ったのだが)、一生懸命勉強してきた。
薬学部を卒業できるレベルならば、ほぼ合格する試験とはいえ、毎年約二割ほどの学生が不合格となるのも事実。
すでに模範解答からおおよその点数を知り、自己採点により私達全員が合格ラインに到達していたからこそ、こうやってお酒を飲みながら速報を待っていられるのだが。
「お、速報が流れてきたぞ!」
庵が手元にあるマウスを操作して速報サイトのページをクリックする。
『第〇〇回薬剤師国家試験合格速報』
受験地域を『東京』に選択し、固唾を飲みながら受験者番号の一覧を確認する私達。
「……よし! 合格ゲット!」
「あ、俺のもあんじゃん! おっしゃあ! 烏龍茶おかわり!」
「ええ~いいなぁ~……。どうせ私の名前なんて……あ、あったぁ~! あったよぅ~!」
三人が各々の受験番号を発見し歓喜の声を上げる。
「ええと、早苗の番号は………あれ?」
玲子が場に不穏な空気を呼び起こす。うん。
「まさか……久慈原だけ……?」
庵が私の肩を叩きうんうん、と首を頷いている。……うん?
「そうか……。残念だけど、久慈原の成績じゃ仕方がないか……」
堀沢が中指でメガネを上げ『ご愁傷様』、と私に声を掛けた。いやいやいや。
「おい、そこの三人」
――私こと、久慈原早苗。
自分で言うのも何なのですが、この薬剤師の卵達、つまり庵と堀沢と玲子と私を含めた四人の仲良しメンバーのリーダー的役割をさせていただいているのですが。
その私が一言言わせていただいても宜しいでしょうか。
「あるじゃん! よく見て! てか庵、あんたわざと私の受験番号の一覧をすっ飛ばしてクリックしたでしょう!」
金髪の馬鹿を指差して私はそう叫びます。
「……ばれたか」
「ばれるわよアホ!」
そのまま人差し指を庵の鼻に強引に突っ込む。
「ふごっ!」
「ぷ、ぷははは! おい庵! お前……イケメンが台無しに……!」
堀沢が腹を抱えて笑う。
「もう早苗ぇ……ぷっ……! は、離してあげてよ……ぷぷ……!」
釣られて玲子も笑い出す。
「あんたらはどうしていつも私をイジって楽しむのよ……。私だって落ちるかもって、ドキドキだったんだから勘弁してよね、まったく……」
庵の鼻から指を離した私は、そのままその指を堀沢の服の袖で拭きとった。
「うわきたなっ!」
「あんたもグルでしょう? 私の番号、庵がすっ飛ばしたのを知っててスルーした罪よ」
そのまま奥のソファに座りハイサワーを飲む私。
相変わらず悪戯小僧ばかりがよく集まったわホント……。
私達四人は一年生からの付き合いだ。
それぞれ別の高校から受験して現役で合格したので歳も一緒。
六年間も付き合いがあれば、さすがにお互いの性格も十二分に理解している。
「ふふ……でも、みんな一緒に合格できてホント良かったわよね」
私の横に座りワインを片手にそう言った玲子は、頬がほんのりと赤く染まっている。
学校内でも美人と噂されていた彼女のこんな姿を間近で見たら、大抵の男子は放っておかないだろう。
玲子もそれを知っていて相手を選び、つまみ食いをしていることは何度も聞いた話だけれど。
「まあ……ね。で、どうする? このままここで祝勝会にする? お酒もあるし食事も結構種類あるし」
私達の通う大学の近くにあるこのネットカフェは、我ら四人にとっては『行きつけ』の店でもある。
マンガや小説はもちろん、ダーツコーナーもあればシャワー室まで備え付けられているし、特にわりと最近の映画関係なんかはいくつも種類があって全部見るには骨が折れる。
ランチやディナーはもちろん、ネットカフェらしからぬほどに様々なお酒も充実しているとあらば、薬学部の学生のみならず一般人も含めて休日はごった返してしまっているのが玉にきずとも言えるのだが。
「……だな。もしかしたら俺ら四人でこの店に来るのも、これが最後になるのかも知れないしな」
堀沢がメガネを上げながらそう言う。
確かに彼の言うとおりだ。
庵は関西の製薬会社に、そして堀沢は東北にある大学病院に内定が決まっている。
玲子はなぜか知らないけどデザイナーの道に進むとかで、来月からはイタリアに行くんだとか。
……お前、薬剤師免許いらないじゃん。
「でもよ、久慈原はどこの企業にするんだ? 真面目に就職活動してなかったから、未だに進路が決まってないんだろ?」
庵がニヤニヤしながら含みを持たせつつ私にそう言う。
「うっさいなぁ……。いいじゃない薬剤師になれたんだから。病院だって薬局だってどこだってあるでしょうよ。ほら、私喋るのとか好きだから、MRとかも向いてそうじゃない?」
そう言いハイサワーを一気飲みする私。決して自棄になどなっていない。決して。
これから遅い就職活動が待っているのは事実だし、『薬剤師になれてからでいーや』という甘い考えが今でも私の中に存在していますから、ええ。
「これだから久慈原は能天気だって言われるんだよな」
堀沢がまったく遠慮もなしに平然と失礼なことを口走る。そのメガネ割れてしまえ。
「そんなこと無いわよぅ。これが早苗の良いところなんだからぁ……。ね? 早苗?」
フォローを入れたつもりなのだろうが、玲子の腹の底を知っている私にしたら嫌味にしか聞こえない。
あとで化粧室でこちょこちょの刑だ。覚悟しとけよ。泣きわめいても止めないからな。
「……ええい! もう私のことは放っておけい! じゃあ今日はこのままここで打ち上げでいいのね? んじゃ庵、適当に食べ物とお酒追加で頼んでおいて。私はここで堂々とBL本を読ませてもらうから」
そう言って立ち上がる私。
なんかブーブー文句を言っている庵とウゲーとか吐きそうな声を出している堀沢とかがいた気がしたが無視。
その姿を見て腹を抱えている玲子を置いて、私はいざマンガ本コーナーへと向かう。
◇
いい感じのBL本の新刊を数冊探し当てた私は、それらをカゴに入れて部屋へと戻った。
と、何やら三人がパソコンの前に集まって画面を食い入るように見ているではないか。
「なにやってんの? ゲーム?」
テーブルに本を置き、テーブルの上に並べられたピザをつまみつつ三人に近付く私。
あら美味しいこのピザ。
「ああ? お前知らねぇの? 今、薬学部でめっちゃ流行ってるオンラインゲームだぜこれ」
庵が口をパクパクさせながらそう言ったので、私はもう一枚ピザを掴み庵の口の中へ放り込んでやった。
「なんか分かんないけど凄いんだよぅ? 画面もリアルなんだけど、内容がすごく複雑で、服とかも色々と作れちゃうみたいだし」
珍しいこともあるものだ。
ゲームに疎いあの玲子まで、このオンラインゲームのことを知っているらしい。
「どうして薬学部で流行ってるの? そのゲーム」
そう言い強引に三人の間に割り込む私。
大画面のパソコンのモニターに映し出されているのは、非常に精巧に作られたキャラクターが大きな剣を振り回しモンスターと戦っているシーンだ。
「ほれはら、ほのひふへふはな……」
「食ってから話せい」
ぺしっと庵のおでこを叩く私。
「流行の理由はこのゲームのシステムだろうな。仮想現実大規模多人数オンラインゲーム『Alchemist Online』――。世界中の何万といるプレイヤーと同時にゲームの世界を冒険できるんだが、なかなか奥が深くてな」
庵の代わりに堀沢が説明してくれる。
奥が深いゲームと言われても、他にぱっと思いつくものもあまりないんだけど……。
「特にこの『Alchemist』の部分。つまり『錬金術師』って言う意味であるのは久慈原でも分かるだろう? 様々な種類がある素材を錬金して、新しいアイテムやら武器を作っていくんだが……これがまた膨大な数があってだな」
「へー……確かに薬剤師の卵達に受けそうなシステムだよね……。『仮想調剤』みたいなものって感じかしら?」
これまた一部の人間にしか受けなそうなゲームが開発されたなぁとは思うのだが。
変わり者の多い薬学部にはこう言ったコアなゲームが受け入れられるのかも知れないけれど。
「……ん、ごくっ……。ほれ、久慈原もやってみ? 面白いから」
ピザを飲み込んだ庵がゲームのコントローラーを私に渡す。
「おっし。私の素敵錬金でニセガネ作って、ボロ儲けでもしてやるわ!」
私がそう声を上げ、三人から失笑を浴びた直後――。
――画面の中央に赤く大きな《!CAUTION!》の文字が浮かび上がった。
「え? 何コレ――」
そう言葉を発した瞬間、パソコンの画面からまばゆい閃光が迸り、私達四人を照らした。
「お、ちょ……! 何よコレ……? まぶし――」
光を浴びた私は意識が飛びそうになった。
朦朧としたまま横に視線を向けると、既に庵と堀沢と玲子は気を失っていた。
――なによ、これ。
皆、どうしちゃったのよ――?
そして、私もやがて意識を保つことができず、そのまま深い闇へと落ちて行った――。
2021.11.18 改稿




