第76話 何してんのあいつ?
「あたしはバロールちゃんに救われたのぉ。何も楽しいことも知らず、幸せを一端でも感じることすらできず、死に行くだけだったわぁ。でも、バロールちゃんが拾い上げてくれたのぉ」
大切な思い出を脳裏に浮かべているように、頬を赤らめながらコノハが言う。
しかし、俺は自分のしたことをまったく思い出せないので、何とも言えない。
俺、何したんだ?
というか、未来からコノハが来たんだとしても、彼女と出会った過去は変えられていないはずなんだけど……。
……なんで俺は覚えていないの?
怖いよぅ……。
「だから、あたしはバロールちゃんのために生きようと思った。バロールちゃんが望むように、バロールちゃんの役に立つために、あたしは頑張ったわぁ。あのゴルゴーンも倒したのよぉ?」
何か熱心にコノハが話してくれているのだが、頭に入ってこない。
記憶がないのはどういうことだ?
どうして……コノハの記憶がない?
……一つの考え方としては、彼女がタイムスリップをしたことによって、世界に影響が出た。
だから、俺がコノハと出会ったという事象にも影響が出て、それが消滅した。
……妄想全開だな。
よし、考えないようにしよう!
「死ぬほど……本当に死を間近にしながらも、力を振り絞ってゴルゴーンを討った。だから、帰ってきたとき、バロールちゃんが死んでいたのを見たときは、どれほどショックだったか……思い出したくもないわぁ」
「それから、あなたはどうしたんですか?」
なんだか話が進んでいる……。
ナナシも興味が出てきたのか、コノハに質問までしていた。
「あたしは呆然としつつも、バロールちゃんを取り戻すことに全力を注いだわぁ。魔法なんて超常的な現象を引き起こす力があるのだから、死者蘇生くらいできると思ったから」
あー……確かに、魔法って本当色々なものがあるもんなぁ。
とてつもなく使用者を限るだろうし、代償とかも大きそうだが、死者蘇生の魔法とかはあるかもしれない。
……それ、アンデッドでよみがえらせるとかないよな?
生きる屍として蘇ったら、まったく嬉しくない。
俺の美貌が台無しじゃないか。
「でも、他の子たちは違ったわねぇ」
コノハが顎に手をやる。
他の子たち……というのは、コノハ以外のメイドたちのことか。
「アシュヴィンは怒りに飲まれ、復讐者になった。誰が下手人か分からないけれど、王国の人間である可能性が一番高いことから、異民族で構成されるテロ組織に入り、王国を破壊しつくしていたわぁ」
何してんのあいつ?
「イズンは力の暴走ねぇ。バロールちゃんがいるから安定していたけど、過去が過去だから、そのトラウマもあって大暴走。あの子が歩いた場所には、すべての生命が活動を終わらせる死の世界が広がる。移動する災厄と呼ばれていたわぁ」
何してんのあいつ?
「アルテミスは完全に姿を消していたわぁ。どこで何をしているのか、皆目見当もつかない。一切の痕跡がないのよ。まるで、最初からこの世界に存在していなかったみたいに。だから、あたしはあの子のたどった結末を知らないわぁ」
あ、凄くまとも……まとも?
いや、まともじゃないんだけど、他の二人があまりにもあれなものだから、まともに見える。
テロ組織ってなに? 移動する天災ってなに?
理解の許容量を超えちゃっているんですけど……。
……そんな二人の結末を聞いてからアルテミスの行く末を聞くと、消えた先で何かよからぬことをしているのではないかと、とてつもなく不安になる。
「それで、ナナシは自決したわぁ。なんだかんだで、一番付き合いが長かったものねぇ」
「それは偽者だ。犯人はナナシで間違いない」
「忠誠心溢れる私になんてことを……」
自決なんて、絶対にお前がするはずがない。
何かの間違いだ。
自殺に見せかけられて殺されたとかじゃないの?
『それはそれで凄く怖いです……』
無表情のまま顔を青ざめさせるナナシ。
それにしても、どいつもこいつもクレイジーすぎる。
どうしてそんなやばい方向に全力疾走してしまうのか。
……理由が分からん。
俺が死んだからと言って、別の道を歩けばいいのに。
頭悪いんだなあ。
「あなたたちがどういう道をたどったかは分かりましたが、あなたがタイムスリップ? をした理由は分かりませんね」
「あたしみたいに過去をやり直そうと考えた人は、他にもいたっていうことよぉ。その人の研究成果を、使わせてもらっただけ」
……つまり、誰かがほぼ完成させていた過去への移動に、コノハがただ乗りしたということか。
そんな魔法があったら世紀の発明だし、そもそも過去の改変なんて好き勝手されたらとんでもない世界になるのだから、秘匿されていただろう。
それを見つけ出すコノハの執念も怖い。
『過去を変えられるのであれば、どうします?』
とりあえず、お前は雇わない。
『うーん、この……』
しかし、過去へ戻ってきた奴がコノハでよかったのか?
もし、俺に害をなそうとしてくる奴が戻ってきていたら、大変だもんな。
なにせ、これから起こることが分かっているのだから、俺を害そうとするタイミングも方法も完璧に熟知していることだろう。
「あたしはバロールちゃんの未来を変えてみせる。だから、あたしを信じて、バロールちゃん」
「(お前を信じるかどうかは置いておいて)全員で無事に帰られるよう、頑張ろう」
最悪、お前らが盾になって俺だけを逃がしてくれ。
……あれ?
なんか、ゴルゴーン討伐に俺がガチで参加する方向で固まっちゃった?




