第74話 殺されちゃうんだから
「この地図を見ていただきたい」
見たくない……。
「この街道。王都とつながるこの道は、農産物が豊富にとれる街に続いている。ここでとれた農産物を王都に持って来て売る商人が大勢いる。さらに、税収も多い街だから、王都に納める税金もここを通ってやってくる」
「しかし、この街道の近くに化け物が住み着いたことによって、人の往来が難しくなった。商人が動かなければ経済は落ち込むし、何より税金が届かないとなると、王都の維持にも問題が生じる」
「そこで、ぜひ君にこの化物の討伐をしていただきたい」
バカか?
「なぜ俺なのでしょうか? ヨルダク様には、優秀は兵が大勢いるとお聞きしていますが……」
別に聞いたことはないが、四大貴族の一角なら、私兵くらい持っているだろう。
ケルファインも暗殺部隊なんてものを抱えていたし。
「確かに、君の言う通り私には優秀な兵がいくらかいますな。だが、立場があるというものはなかなか厄介でして……。私が動けば、改革派に属するレスクやシルティアが黙っていないでしょう。彼らだけならともかく、末端の者たちは対立を激化させかねない」
政治の話なんて知らんわぁ……。
「では、国軍。それが難しければ、冒険者に委託するなど……」
「今王都に滞在する冒険者にめぼしいものがいませんでな。国軍を動かすには、準備が必要です。可及的に解決したいので、そちらも避けたい」
グチグチ言い訳ばっかりしやがって……!
「しかし、あの化け物をこのままにすることはできん。今の状況を変革しようなどと……許されるはずがない!」
ひぇ。
「ですから、君のお力を借りたいのですよ。四大貴族の一角……ケルファインを追い落とした、バロール・アポフィスの力がね」
「い、いや、それは俺が求めた結果じゃなくて、ただ降りかかる火の粉を……」
「本当はだね、四大貴族の一人を消すというのは、なかなか難しいことなのだよ。単純にケルファインめが潰されたというだけの話じゃない。その影響で、ケルファインの派閥の暴走などの抑制や、混乱の収束。それらを、他の四大貴族が行ったわけですな」
「そ、その節はお世話に……」
こいつ、脅してきやがる……!
「いやいや。ケルファインも調子に乗りすぎたということでしょうな。足元をすくわれるようでは、四大貴族とは言えません。しかし……」
「この変革、保守派の中には好ましく思わない者も多いのも事実でしてな」
「ほひ……」
「私はね、君を高く評価している。だから、保守派の暴走などは、私が何とか食いとどめたいと思っているのですよ」
「まあ、今までの話は何も関係ないのですが。話を戻し、化け物のことです。私からのお願い、聞いてくれますかな?」
「お、お任せ、ください……!」
選択肢がないやんけ!
「おお、さすがはバロール・アポフィスだ。とても嬉しいですよ」
まあ、そんなに急いでいない、また大事になっていないということは、それほど大したことがないということだろう。
適当なメイドに突撃させれば済む話……。
「では、伝説の化物ゴルゴーンの討伐、よろしくお願いしますね」
ほひ……?
◆
ヨルダクとの何の利益も生むことのなかった、生産性のかけらもないクソみたいな会談が終わった。
もちろん、嫌な思い出しかない王都に長く滞在するはずもなく、俺はすぐさまアポフィス領の邸宅に戻り……。
「なあにがよろしくお願いしますだあのクソ狸いいいいいいい!!」
怒りを爆発させていた。
枕に顔を押し付け、絶叫する。
こうすることで、声がこもって聞こえにくくなるのである!
わぁ、賢い!
クソがああああああああああああああ!!
「ぬわあああああああああああああああん!!」
「ベッドの上でドタバタしないでください。掃除するの、私なんですが?」
衝動に任せて跳ねまくっていると、ナナシの冷たい声が届く。
まあ、まったく効かないが。
「ろくに仕事をしないお前に仕事を作ってやっているんだ。感謝しろ」
「許しがたい……」
仕事を与えるのも上司の役目。
俺はなんとできた上司なのだろうか?
いや、上司というより雇用主なんだけど。
「しかし、どうされるんですか? 今更断ることなんてできないでしょう?」
「やるしかないだろ。四大貴族と一度約束したことを反故にしたら、どうなるか……。怖くて想像もしたくない」
考えたくないことだが、考えざるを得ない。
ヨルダクから依頼された、ゴルゴーンという化物の討伐。
俺でも知っているような、伝説的な魔物だ。
ぶっちゃけ、俺でどうにかできるはずもない。
街のチンピラが相手でも敗北する俺が、伝説の魔物とどう戦うというのだろうか?
瞬殺である。
一秒後には、ゴルゴーンは返り血まみれになっていることだろう。
すぐさま夜逃げしたいのだが……そうすると、俺のヒモ計画に重大な支障が生じる。
くそぅ……神は死んだ……。
「シルティアやレスクに助力を求めるのは?」
「シルティアは絶対に力を貸してこないな。あいつ、俺が右往左往しているのを見て、高みの見物をしながら笑うタイプだ。レスクは助けてくれるだろうが、そうしたらマジで手放されなくなりそう。あいつの下で、一生こき使われそう」
「詰みですね。ご主人様の友人の少なさが、ここで仇となりましたか」
友達少ないって言うな。
まったくいない。ゼロの間違いだ。
ギブアンドテイクで一番助けてくれそうなのは、レスクである。
改革派に属する四大貴族で、よく勧誘してくる。
ゴルゴーンが相手でも、求めれば助けてくれそうだ。
ただ、対価に派閥に入ることは確実に要求されるだろう。
派閥争いとか、もっとも嫌いなものだ。
絶対に参加したくない。
そういうことで、レスクにも頼れない。
どいつもこいつも……。
「まあ、俺が前線に出るわけじゃないし……」
「うっわ……。ここで史上最低のゲス発言が出ましたね……」
よくよく考えなくても、俺が直接ゴルゴーンと戦うわけではない。
前線に行くのはメイドたちである。
……なんで俺はメイドしか雇っていないんだ?
いや、金が無駄にかかるからだけど……。
やっぱり、私兵を何人か雇った方がいいか。
ともかく、今回伝説の化物と戦うのはメイドたちなので、俺は安全圏でお茶でも飲んでいる。
メイドたちが討伐に失敗しても……というか、確実に失敗するだろうけど、それならそれでいい。
挑戦したけど失敗した、なら通用するだろう。
何もしないで約束をブッチするのはアウトだが、一度取り組んでみたのであれば、なんとでも言いようがある。
となると、誰を戦いに行かせるかということだが……。
「アシュヴィン……は俺の代わりにこの領地を回さないといけないから……」
「メイドに領主の仕事を任せるのってどうなんです?」
俺の代わりに仕事をしてくれる人を殺させるわけにはいかない。
ナナシのツッコミは無視だ。
なにせ、俺が一番思っていることだからな!
「イズンとアルテミス、コノハにナナシをゴルゴーンに突撃させるか」
「私……?」
まさか自分の名が呼ばれるとは思っていなかったのか、唖然として俺を見る。
君には、決死隊を任命しよう。
「この屋敷の家事はどうするんですか?」
「アシュヴィンが一日30時間労働するから問題ない」
「最近、時間って伸びたんでしたっけ?」
メイドの中での家事能力は、ナナシがダントツである。
しかし、比較するから劣るだけで、アシュヴィンだって十分以上の能力を有している。
領主の仕事もする。メイドの仕事もする。
これ、つらいところね。
「こんなところで死ぬわけにはいきません。なんとしてでもここに残ります」
「ダメです」
へばりついてくる。
はっはっはっ! お前のひょろい身体で、この俺を止められるとでも……力つよっ!?
えっ!? お前、こんなに力強かったっけ!?
くそっ! 邪魔ばかりしやがって……!
俺とナナシがそんな格闘を繰り広げていると、扉がノックもなしに開けられた。
「バロールちゃん、ちょっといい?」
「どうしたんだい、コノハ?」
『切り替えの早さは目を見張るべきものがありますね』
コノハが入ってきたと同時に、俺とナナシの身体はすぐさま離れていた。
まるで何事もなかったかのように、平然として彼女を迎え入れる。
メイドの一人とわちゃわちゃしている姿を見られるのは、俺にとっていいことではない。
コノハがどういう反応を見せるか、予想もできないから怖いし。
そんな彼女は、普段浮かべている気味の悪い笑みは消し、じっと俺を見ていた。
「バロールちゃん、ゴルゴーンの討伐に行くのよねぇ?」
「ああ、そうだけど……なんで知っているんだ?」
あれ?
俺、もう言ったっけ?
ヨルダク邸に行ったのは俺とナナシだけだし、まだほかのメイドには説明していなかったと思うんだけど……。
「うん、仕方ないわぁ。それは、避けられない運命だからぁ」
「は?」
電波ちゃんかな?
コクコクと頷きながら話すコノハに、俺はニッコリ苦笑である。
やばいなあ。
ずっと部屋に引きこもっていたから、脳がやられているのか?
よし、これを理由にクビにしよう。
「でも、覚悟してね、バロールちゃん。だって、バロールちゃん……」
決意を固めると、コノハが俺を見る。
じっと見て、唇を震わせた。
「――――――殺されちゃうんだから」
過去作『人類裏切ったら幼なじみの勇者にぶっ殺された』のコミカライズ最新話が公開されました。
下記から飛べるので、ぜひご覧ください!
https://www.comic-valkyrie.com/jinruiuragiri/




