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腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる  作者: 溝上 良
最終章 バロールとナナシ編

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第70話 嬉しい……嬉しい……。

 










「えへへぇ」


 人を不安にさせるような、蕩ける笑顔を向けてくるコノハ。

 それに対し、俺は戦慄していた。


 こいつ、やっぱり俺の命を……!

 おかしい……。


 敵対している派閥から命を狙われるということは分かる。

 弟からも領主という立場を狙われて反乱を起こされたし、忌み子を抱え込んだことから四大貴族の一人から執拗につけ狙われたし、利用価値があるとされて裏社会の暗殺者が差し向けられもした。


 だが、こいつはメイドだ。

 アポフィス家の、俺の部下のはずだ。


 それが、ここまで直接的に命を狙ってくるとは……。

 ナナシですら、一か月に一回程度だぞ!


『私が言うのもなんですが、メイドからこんなに命を狙われるご主人様、不憫すぎませんか?』


 本当にお前が言うなよ。

 俺、かわいそうだろ?


 だから、クビにしていい?


『ダメです』


 なんで?

 まるで決定権があちらにあるような言動に、俺も驚愕を隠し切れない。


 そんな俺に、コノハがフラフラとした足取りで近づいてくる。


「バロールちゃん、まだこれからよねぇ」

「い、いやいや、何か今日はあまり運勢がいい日じゃないみたいだからさ。大人しく帰ろうか。ほら、お酒を一緒に飲もう」

『お酒でつられるのは、私とアルテミスくらいですよ、ご主人様』


 酒でメイドがつられるな!


「あたしぃ、お酒は別に好きじゃないのよねぇ」


 うーん、と首を傾げながら、俺の素晴らしい提案が否決される。

 じゃあ、何が好きなの?


 他にこの世の中で楽しいことってある?


『アル中全開ですね、ご主人様』


 お酒に逃げなければならないこの世の中がおかしい。

 最近、まったく俺にとって不都合なことしか起きていないし。


 都合のいい世界はどこにいったの?

 神に愛されるべき俺なのに……。


 ちなみに、神のことはまったく信じていません。


「お散歩しましょぉ。久しぶりに外に出て、バロールちゃんと一緒にいるんだものぉ。楽しまないと損でしょぉ?」

「い、いや、もうこれ以上あまり出歩かない方がいいかなって……」


 これ以上俺の命を狙う奴と一緒に行動できるか!

 俺は家に帰らせてもらうぜ!


「ほらぁ、早くぅ」


 腕を絡め取られる。

 むにゅりとナナシでは決して感じられない柔らかさに包まれる。


 パッと見より意外とある……っていうのはどうでもよく。

 問題は、しっかりと腕を固められるため、逃げられないということだ。


 ひいいいいいいいっ!

 内心で悲鳴を上げながら、俺はコノハに引きずられていくのであった。










 ◆



「えへへぇ。とっても有意義な時間だったねぇ、バロールちゃん」

「ぜはー、ぜはー……! そ、うだね……!」


 蕩けるような笑顔を向けてくるコノハに対して、俺は膝に手をついて荒く肩で息をしていた。

 有意義な時間なんてあるかぁ!


 俺、今日だけで何回殺されかけたんだよ!?

 太陽はすでに沈みかけで、夕日が輝いている。


 一日……俺はなんと、この悪魔に一日も引きずり回されていたのだ。

 信じられるか?


 領主を連れまわし、都度暗殺しようとしてくるメイドがいるなんて。

 俺もナナシ以外は存在しないと思っていた。


『えー、ご報告します。まず、鉢植えの落下。その後、馬車の前に突き出される。刃物を使った乱闘の中に放り込まれる。シンプルに悪漢に通り魔されかける。階段から突き落とされそうになる。落とし穴に落ちかける。などにより、総回数は10回程度です』


 よく生きていたな、俺!

 ナナシの報告を聞いて、唖然としてしまう。


 ろくに運動すらしない俺が、よくもまあ命をつないでこられたものだ。

 危険な時、手の届く範囲にナナシがいないものだから、肉盾にすることもできなかったし。


 存在価値ないじゃん。


『さすがに外道すぎます、ご主人様』


 主の命を狙い続けているお前も外道だぞ、ナナシ。

 俺はコノハに向かい、恐る恐る尋ねる。


「えーと……もう満足かな? そろそろ、仕事もしないといけなんだけども」

『あれだけサボっていた仕事をしたがるんですね』


 呆れた目を向けてくるナナシに、重々しく頷く。

 今ほど書類仕事が恋しいと思ったことはないな。


 仕事なんて、どれだけばれないようにサボれるかという目でしか見たことがなかったのに。

 この俺の考え方を変えるなんて、さすがコノハ。


 勘弁してください。

 さて、俺の提案をコノハが受け入れてくれるかどうか……。


 非常に怖いものを覗き見するように、こっそりと視線を向ければ、彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 怖い。


「うん、いいよぉ。もう、今日は十分だから」

「そうか! それはよかった!」


 俺もまた満面の笑みを浮かべる。

 人目がなければ、この場で飛び跳ねていたくらい嬉しい。


 いやっほー! 最高だぜぇ!

 今日は祝杯だ!


 嬉々として屋敷に帰ろうとしていた俺は、ふと気づいて足を止める。

 ……今日は?


 もしかして、これって明日以降も続いたりするの?

 悪夢かな?


「コノハ。久しぶりに外に出たんですから、少しメイドとしての仕事をした方がいいんじゃないでしょうか? アシュヴィンの考えもありますし」


 恐怖で顔を凍り付かせる俺を見て、あまりに不憫に思ったのか、まさかのナナシが助け船である。

 嬉しい……嬉しい……。


 まあ、だからと言って俺がお返しをすることはないのだが。

 普段の言動を我慢して雇用し続けていることの恩返しと思っておく。


「ダメだよぉ。そんなことをしていたら、あたしが外に出た意味がなくなるじゃない」


 ナナシの援護射撃も無残に打ち捨てられる。

 外に出た意味ってなに?


 お前が外に出た意味って、メイドとしての仕事をするためじゃないの?

 俺の暗殺のためなの?


「だから、明日からもちゃんと付き合ってねぇ、バロールちゃん」


 よし、明日から風邪を引くために、今日はずっと全裸で過ごそう。




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