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腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる  作者: 溝上 良
第3章 暗殺組織編

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第64話 夕日

 










 ルブセラの考えていたこと。

 自分がアルテミスに敵わないという状況も想定していた。


 そのために、必ず彼女に勝つための切り札を用意していた。

 それこそが、バロール。


 アルテミスにとって、最大の弱点である。

 バロール自身は戦闘能力を持っていないため、彼を捕らえることは容易だった。


 アポフィス領にいるときならば、アルテミス以外のメイドが四六時中彼の周囲を固めているため、人質にとることはできなかっただろう。

 とはいえ、さすがにその切り札を使わせてもらえずに殺されるとまでは考えていなかったようだ。


 せっかく用意した切り札が、自分の死後に活用されるのは、何とも残念なことである。


「ち、近づくなよ。身動き一つとるな。こ、殺される前に、こいつの首を掻き切ることはできるんだからな!」

「あ、あぁ……ご主人……」


 何か男が言っているのを、アルテミスは聞き流す。

 というよりも、耳に入ってこなかった。


 彼女の脳内を占めているのは、ボロボロになって倒れ伏すバロールの姿のみだった。

 迂闊だった。


 今日、この数時間離れただけで、こんなことになるなんて。

 普段、彼女はアシュヴィンの指示に従って暗殺者を処理するだけでよかった。


 それゆえに、バロールを守っていたのは事実だが、それは攻撃的な守りである。

 ここには、アシュヴィンはいない。


 イズンもすでにアルテミスの入れ替わりでアポフィス領に戻っているし、ナナシはスヤスヤである。

 彼を守る人員は、誰もいなかったのだ。


「お、俺はボスに命令されたからやったんだ。俺は悪くねえからな! そ、そこを動くなよ。俺の姿が見えなくなって、一日待てよ」


 男はバロールを引きずりながら後ずさる。

 アルテミスがその気になれば、数瞬の間に命を刈り取ることができるだろう。


 だが、彼も裏の暗殺組織の一員。

 その数瞬で逃げることや防ぐことはできないが、バロールの命を奪うことはできる。


 遠ざかっていくバロールを、金の目で凝視し続けることしかできない。


「おい、何だこの状況は?」

「ボスが死んでるのか? チャンスじゃねえか?」

「お前ら……」


 そんなところに現れたのは、さらなる暗殺者たち。

 ルブセラの命令で周りを警戒していた彼らが、集まってきていた。


 倒れるボスに嘲りすら浮かべ、彼らは状況を俯瞰する。


「ああ、人質か。ってことは、あいつは今身動きとれねえってことだ。いいじゃねえか」

「おい、抵抗するなよ。抵抗したら、あの人質をもっと痛めつけてやる」

「ご主人……ご主人……」


 下世話な目がアルテミスに向けられる。

 しかし、彼女はそれにも反応しない。


 ただ金の瞳に映るのは、ボロボロのバロールだけである。


「……ろくな反応を見せねえな。そんなにあいつが大切なのか?」

「まあ、俺たちに都合がいいからどうでもいいじゃねえか。さっさとやろうぜ」

「ああ」

「お、おい」


 抵抗しないのであれば、今の状態でも構わない。

 そんな考えで、男たちはアルテミスに近づいていく。


 バロールを抱える男が止めようとするが、もちろんそれは彼女の身を案じているからではない。

 自分たちのボスを殺し、大きなけがをしている様子もない女に、よくもまあ迫ることができるものだ。


 一瞬止めようとするも、すぐに彼らが騒いでいる間に逃げようと思考を切り替える。

 バロールの身体がピクリと動いたのは、そんな時だった。


「……あ? おい、動くな!」

「うっせえなあ。なんだって……」


 余計な邪魔が入ったと、アルテミスに近づいていた男が苛立たし気に振り返り……。

 真っ赤な瞳が、彼らを捉えた。


「許さん」










 ◆



 バロールにとって、まさに寝耳に水であった。

 酒を飲み、アルコールを体内に蓄積させて、いい気分でスヤスヤ。


 アポフィス領ではなかなかできないことをできて、大変ご満悦であった。

 だからこそ、いきなり激痛と共に起こされたことは、驚愕と共に彼に地獄の業火のごとく怒りを抱かせた。


 何が起きたかわからなかった。

 目が覚めれば、見たこともないおっさんの顔である。


 しかも、自分に殴る蹴るの暴行。


「(何が起きていますの!?)」


 思わずお嬢様言葉で驚愕するが、表に出さないのはさすがである。

 ただ、こんな近距離まで詰められており、近接戦闘の心得を微塵も持たないバロールは、なされるがままだ。


 可愛そうになるくらいボッコボコにされた後、彼は男に担がれて移動する。

 ルブセラの命令を受けた彼は、ボスの元へと戻る。


 そんなことを知りもしないバロールは、ただただ自分が誘拐されているということしかわからなかった。


「(肉盾ぇ! どうして重要な時にいないんじゃあ!)」


 自分のメイドをあっさり身代わりにしようとする男。

 天罰である。


 しかし、こうして一方的にボコられ、拉致されている間。

 そのあまり長いとは言えない時間の間で、バロールはぐつぐつとマグマのように煮立つ怒りを覚えていた。


「(この俺の美貌を傷つけるとは……絶対に許さん。地獄すら生ぬるい。一万年の拷問を喰らわせてやる……!)」


 呪詛を吐きまくるバロール。

 しかし、皮肉にも彼の身体は貧弱である。


 彼は意識を落とし……だが、その怒りと恨みだけは消えなかった。

 それゆえに……。


「許さん」


 バロールの魔眼が発動したのである。










 ◆



「……なんだ、ここ?」


 男たちは目を丸くする。

 ゴシゴシと荒々しく自分の目をこすり、目の前の光景が夢か幻かと疑う。


 しかし、その光景は微塵も陰ることなく、確かにそこに存在し続けていた。

 視覚だけではない。


 匂いも、風の感触も感じられる。

 明らかにここは現実だった。


 寝ていないのだから、それは当然だろう。

 それが、【先ほどまでいた暗い街中でなく、真っ赤に燃え上がるような夕日が見える丘でなければ】。


「幻覚か? クスリは最近やっていなかったのに……」

「自分以外の奴がいるってことは、クスリじゃねえだろ」

「……じゃあ、ここはどこだよ?」


 信じられない。

 あの一瞬で、瞬間移動でもしたというのか?


 そんな技能を持つ暗殺者はそこにいなかったし、もちろんバロールたちの仕業でもないだろう。

 瞬間移動なんて、それこそ賢者と呼ばれる歴史上の人物しか使うことができない、荒唐無稽な夢のような魔法なのだから。


「でもよ、すっげえ綺麗じゃないか?」


 突然自分の居場所が変われば、狂ったように慌てふためくのも当然だ。

 しかし、彼らはひどく心が落ち着いていた。


 その理由は、目の前に広がる光景の美しさだろう。

 真っ赤に燃え上がるような夕日。


 丘の上からそれを見ているのだが、それこそ夢のように、夕日はとてつもなく巨大だった。

 草が一つも生えていないむき出しの土の丘を、赤く照らしている。


 今まで生きてきて、見たことのない光景。

 夕日は基本的に毎日見られるものだが、これほど間近で夕日を拝むことなんて、今まで一度もなかった。


「……そういや、こうして夕日なんて見るの、いつぶりだろうな」

「ああ、温かい。夕日って温かいんだな」


 小さな声音で会話をする。

 彼らはひどく穏やかな気持ちだった。


 裏社会で生きてきて、これほど静かな心になったのは、初めてかもしれない。

 それほど、目の前の美しい光景に惹かれていた。


 今なら、誰かを殺そうだなんてことはとてもじゃないが考えられない。

 そんな気持ちだった。


 目に焼き付けるように……そして、全身に夕日を浴びるように、彼らはただ丘の上に立ち続けた。


「温かい、あたたか………暑い?」


 異変に気付いたのは、直後のことだった。

 全身がポカポカするような心地いい温かさに浸っていた彼ら。


 しかし、ふと気づけば、身体中から発汗するほどの暑さを感じていた。

 ああ、まるで夏のようじゃないか。


 じわじわと汗が流れ、肌が焼け……。

 そう、文字通り、肌が焼けていた。


 彼らの身体を業火が包む。


「あつ、あつい、あつあつあつあつあああああああああああっ!?」


 のたうち回る彼ら。

 しかし、取り巻く炎は決して消える様子がない。


 夕日がさらに大きくなっていた。

 今にも男たちを飲み込まんとするほど、巨大に。


 しかし、炎に飲まれてのたうち回る彼らが気づくはずもない。


「ぎゃああああああああああああああ!!」


 男たちの断末魔の叫びが響いた直後、緑が一切生えていないむき出しの丘には、何も残らなくなっていた。

 ただ、黒い焼け跡が残るだけだった。




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― 新着の感想 ―
バロールの魔眼 名は体を表すの通り、 視線で生命を奪う魔神の眼だった。
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