第56話 何してんの、俺!?
「(何してんの、俺!?)」
思わず内心で絶叫してしまう。
俺の姿は、なぜか路地裏に、そして目の前にいるのはいかつい男たち。
なんていうんだろう。
よくいる荒くれ者みたいな感じではなく、やばい方向に思考がぶっ飛んでしまっているような、そんなやばさを感じる。
つまり、目を合わせたくない人たちである。
だというのに、俺は堂々と彼らの目を睨みつけていた。
普段なら絶対にそんなことはしないが、理由は俺の背後にあった。
怯える子供。
そう、こいつらは路地裏に子供を引きずり込み、恫喝していたのだ。
そして、それを見て見ぬふりをする周りの大人たち。
いや、いいんだよ?
だって、俺だってそうするし。
絡まれた奴が悪いよね。自業自得だ。
だが、他の連中が、この状況を見ているということが問題だ。
最近領主になったばかりで、まだ地位が確固としたものではない俺が、それを見過ごすとどうなるか?
自分たちのことを棚に上げて、『あの領主は子供を見捨てた』というとんでもない悪評が立つ可能性があるのだ。
それは、絶対に避けなければならない。
領民の税金でのんびり仕事もせずに暮らしていく俺の目的のためには、絶対に。
「おいおい、何だお前?」
「誰か呼んだ? 友達?」
「知らねえよ。なんで知らねえ奴が首突っ込んできてんの? は? なに?」
「(怖いよお!)」
怒鳴りつけるのではないのが、余計に怖い。
瞳孔が開いていらっしゃいますよ。
目玉えぐり取って治してもらった方がいいんじゃないですかね?
その間に、俺は逃げるから。
というか、何だお前って……。
俺、領主。
お前ら庶民とは隔絶した世界に住む殿上人である。
ひれ伏せ。
「ちょっと穏やかじゃない話が聞こえてきたものだからな」
「あー、そうそう。穏やかじゃないの。ほれ、見てみ? 俺の靴が汚れちゃったよ」
「こりゃ、ちゃんと責任とってもらわないとなあ」
どうやら、子供がおっさんの靴を踏んづけてしまったらしい。
これは子供が悪いですね。
ほら、ごめんなさいしなさい。ごめんなさい。
「ご、ごめんなさい……」
「偉いねー。よく謝れたねー。……それだけで許されるとでも思ってんのか?」
子供がおずおずと謝るが、男はニコニコ笑顔から突然豹変する。
ひぇぇ……。こいつら、明らかに慣れてやがる……。
おそらく、今回のようなことを何度もやってきているのではないだろうか?
俺でもビビるほどだ。
子供なんて、何も抗えないだろう。
「俺たちについてきて、ちゃんと謝り方を覚えようねー」
「(うっわー……ド低能じゃん……。しかも、性欲むき出しって……なんて醜いんだ)」
目的は……子供そのものということか。
ペド共め。反吐が出る。
将来、税金を納めて俺を養うべき子供に手を出そうとは、万死に値する。
俺はキリッとした表情で睨みつける。
「悪いが、俺の前でこの子を連れて行くことは認められないな」
「は? 別にいいけど。お前を殺して、その後そいつを持っていくだけだし」
「(こいつら、俺が誰だかわかって言ってんのか!? あと、躊躇がなさ過ぎて怖い!)」
俺の燃え盛る戦意が一瞬で鎮火された。
なんだこいつら!
俺、領主だぞ?
手を出したら確実に処刑だぞ?
普通なら、そのようなことはしないだろう。
まともな脳みそがあれば、そんなバカげた行動は起こさない。
しかし、バカはそういう脳みそがない。
思考回路は、自分の快楽と欲求を満たすことだけにある。
だから、何も考えずに俺に危害を加えるということもありうることで……。
よし、ここは戦略的撤退だな。
俺を養う土台になる子供だが、俺と天秤にかければ、当然こちらに傾く。
さらばだ。
「お、お兄ちゃん……」
「(あ、ちょっと離してもらっていいっすかね? 正直、助けに来たの後悔している途中だから。逃げたいのに君がズボン掴んでいたら逃げられないし。というか、身動きとれないから一方的にボコボコにされ……)」
子供は強い恐怖を感じているためか、俺のズボンのすそを全力で掴んでくる。
これじゃあ、逃げようにも逃げられない。
このまま動こうとしたら子供と一緒にずっこけるだろうし、無理やり引きはがすのも周りから様子を窺っている領民たちの目がある。
っていうか、見ているだけじゃなくて助けに来いよ!
なんだお前ら! 税率跳ね上げてやるからな!
「かっこいいね。かっこいいまま死んでくれ。じゃね」
「(ぬわあああああああ!!)」
何の躊躇もなく、小型のナイフを突き出してくる男。
躊躇もなければ、前振りもない。
いきなり的確に命を狙われ、俺は内心で絶叫する。
表には出さない。格好悪いから。
死に際にまでそんなことを思っていれば……。
「お?」
ガキン! と音が鳴る。
男も目を丸くしているし、俺なんてなおさらだ。
刃物が俺の身体に届くことはなく、それを打ち払った奴がいた。
アシュヴィンでも、ナナシでもない。
見たことのない女だった。
「にゃーにしてんだか、お前は」
そいつは、心底呆れたような目で、俺を見据えるのであった。
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