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腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる  作者: 溝上 良
第3章 暗殺組織編

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第55話 何してんの、あいつ!?

 










 アポフィス領は、辺境の位置する土地であり、貴族のアポフィス家が代々治めている。


「とくに特徴もないよねぇ……」


 2号の言う通り、特別なものがある領地ではない。

 他国と国境を接している領地でもないし、中央から離れているため、アポフィス領の領民以外ならあまり知られている場所ではない。


 私兵を多く抱えているわけでもなく、有名な特産物があるわけでもない。

 普通の……それこそ、とりえのない一般的な領地である。


「まあ、前領主の能力はそこそこあったのかにゃ? 治安も悪くないし、評判もいい」


 2号にとってはどうでもいいことだが、どうやら亡くなった前の領主はうまくやっていたようだ。

 領民からの評判もよく、街を歩いていても王都より治安は悪くない。


「まっ、後継者問題をちゃんとやらないで死んだらダメだよね。立つ鳥跡を濁しまくってるにゃ」


 2号たちに現領主バロールの暗殺を依頼してきたのは、弟であるマルセルだ。

 それは、兄が領主になったことを、マルセルがまったく納得できていないことが原因。


 すなわち、前領主がしっかりと話をし、準備をしていなかったことが問題なのである。


「知ったこっちゃないけどね」


 ケラケラと笑う2号。

 彼女からすれば、今回獲物であるバロールも、依頼してきたが顔も合わせたことのないマルセルも、どうでもいい。


 いつか、自分も野垂れ死ぬだろう。

 ろくな死に方をしないことは、暗殺者なんてことを生業にしている時点で分かる。


 ならば、その時までせいぜい楽しく生きてやろう。

 そんな自分の糧になってもらう。


 暗殺対象に対して、2号が思うことはそれくらいだった。


「さてと、さっさと隙を見せてよね。ずっと監視するのも、面白くないし」


 2号の姿は、アポフィス領にあった。

 彼女が建物の影から様子を窺っているのは、領主の邸宅である。


 貴族の暗殺ともなれば、準備は用意周到にしておかなければならない。

 観察することは、とても重要だ。


 護衛は何人か。

 どれほどの強さか。


 警備に隙が生じるのはいつか。

 暗殺対象が最も油断するのはどんな時か。


 そういった情報を得るために、2号は物陰からバロールの様子を窺っている。


「お、やっと出てきたにゃあ。気が長い方じゃにゃいんだから、もっとみゃあのことを気にかけてほしいにゃあ」


 観察されているとも知らない相手に酷なことを言う2号。

 彼女の視線の先には、邸宅から出てきたバロールの姿があった。


 まだ若い。

 青年と少年の間というべきだろう。


 前領主が寿命で亡くなったわけではないので、それも仕方ないが。


「あーんなガキンチョに領主なんて務まるのかにゃ? まあ、どうでもいいけど」


 自分もかなり若いのだが、それを棚に上げてバロールを品評する。

 暗殺組織にいて、誕生日を祝われることもないため、自分の年齢に関して非常に無関心ということも大きい。


「それにしても……護衛って、まさかあれじゃないよね?」


 2号の視線の先には、バロールの傍に控える二人のメイドの姿があった。

 一人はとても小柄だ。


 とてもじゃないが戦いに特化しているとは思えない。

 しかし、その目は、裏社会に浸っている2号をもってしても恐怖するような、どす黒い闇に覆われていた。


 そして、もう一人は異民族の女だ。

 身体能力が優れている異民族ならば、護衛というのも理解できる。


「うーん……護衛もメイドってとんでもない放蕩バカ領主かと思っていたけど、そうでもないのかにゃ? 少なくとも、今襲って暗殺が成功するかは微妙だにゃあ」


 普通のメイドだったら、今すぐ襲ってバロールを殺し、雲隠れしていたことだろう。

 異民族のメイドは、しっかりと周りを警戒している。


 おそらく、襲い掛かっても初撃は防がれてしまうだろう。

 小柄なメイドの方は、警戒しているしぐさはない。


 だが、あの悍ましさすら感じられる黒い目が、2号を思いとどまらせていた。


「まっ、今日達成しないといけないわけじゃにゃいし、のんびりするかにゃあ」


 時間的制約はそれほどない。

 しっかりと観察していれば、隙も生まれる。


 人間、四六時中警戒し続けることなんて不可能だ。

 あの二人のメイドの護衛網が緩んだ時、それがバロールの最期の瞬間である。


「それまで、せいぜい楽しむといいにゃ。みゃあもしっかりと観察させてもらうしね」


 2号の金の瞳は、バロールの姿をじっと捉えていた。









 ◆



 2号の観察は続く。

 この当時から鋭い気配察知能力を持っていたアシュヴィンに気づかれないのは、さすがと言わざるを得ない。


 そして、そんな誰にも気づかれないような隠密を続けながら、数時間バロールを観察した2号の感想は……。


「あいつ、底なしの馬鹿にゃの?」


 心底呆れ切った表情で、そう呟く。

 これが、2号のバロール評である。


 彼女の中で、彼はとんでもないバカという称号を手にしていた。

 その理由は簡単だ。


「あいつ、誰にでも手を差し伸べているし……」


 街を歩けば、困っている人を見かける。

 だが、実際に手助けしようとする者はそれほど多くない。


 まずは、自分のことを優先する。

 それは、当たり前のことだ。


 誰に非難されることでもない。

 だが……。


「おばあさん、大丈夫か? 荷物を持つのを手伝おう」

「食材を散らばらせてしまったのか。あっちは俺が集める」

「迷子か? じゃあ、一緒にお母さんを探そうか」


 ペラペラとバロールの口から出てくるのは、そんな言葉だった。

 彼は困っている人を見かければ、一切躊躇することなく手を差し伸べていた。


「意味分かんにゃい」


 それをしているのが領主であり、貴族だと認識すると、なおさらよく分からない。

 どうしてそんなことをするのか。


 貴族が、一般市民と同じ目線に立って、時間を惜しむことなく手を差し伸べることなんて考えられない。

 陳情などをされて、もっと大きな問題の解決をするのが貴族だ。


 だというのに、やっていることは慈善事業そのものだ。

 領主という一国の主が、普通やることではない。


 助けられた人々は、老若男女を問わない。

 彼らは皆嬉しそうに笑っている。


 なるほど、弟から暗殺依頼を持ちかけられるような領主だが、領民からは慕われているらしい。

 これほどの若さで慕われているのは、この普段からの取り組みあってのことだろう。


 そんなバロールを見て、2号は……。


「あっきれるにゃあ」


 呆れていた。

 感心するでもなく、偽善者だと怒りを抱くこともなく。


 ただただ呆れる。

 いずれ死ぬのに。


 自分に命を狙われている以上、近いうちに確実な死が待っているというのに、彼はその貴重な短い時間を人助けなんてことに費やしているのだ。

 それが、どれほどつまらないことか。


「自分の人生にゃんだから、自分のために使わないでどうするの?」


 チラリと様子を窺っていれば、彼の護衛についていたメイドたちも、それに付き合わされててんやわんやだ。

 ……いや、まともに応対して苦慮しているのは異民族のメイドだけで、あの異質な目を持つメイドは出店で食べ物をほおばっていた。


 サボっていた。


「えぇ……。訳わかんにゃいんだけど……」


 護衛対象から離れて堂々とサボるメイドとはいったい……。

 しかし、これはチャンスでもあった。


 それほど距離が離れているわけではないが、最初のようにぴったりと密着するような護衛はいなくなった。

 数歩離れているだけだが、それだけでも2号にとっては大きな隙となる。


 バロールを殺して離脱することも、今なら可能だろう。

 だが……。


「……やる気も萎えるわ」


 呆れすぎて、殺す気もなくなってしまう。

 こんな暗殺対象は初めてのことだ。


 とくに、彼女は今まで難しい貴族の暗殺を何度も達成している。

 その貴族たちは、少なくとも一般市民と同じ目線に立ち、手を差し伸べるなんてことは一切していなかった。


「……にゃんか、今殺したらみゃあが悪者みたいになるし」


 暗殺という非合法なことを生業にしている時点で善人ではないのだが、変なところを気にする2号。

 別に、今日殺さなければならないわけではない。


 乗り気でないのであれば、また別の日にすればいい。

 そう思って、バロールを見て……。


「何してんの、あいつ!?」


 護衛のメイドたちから一人離れ、路地裏でいかにもな連中と相対しているバロールを見て、『にゃ』という個性をつけ忘れて素で驚愕するのであった。




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