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腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる  作者: 溝上 良
第3章 暗殺組織編

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第47話 邪魔になったご主人を暗殺するよう任務を受けたのが、このみゃあだにゃ

 










 し、信じられねえ!

 俺はアルテミスの顔を呆然と見つめるしかない。


 小首をかしげるアルテミス。

 無表情のナナシ。


 ……いや、ナナシの小さな肩が小刻みに震えている。

 こ、こいつ、今の俺を見て笑っていやがる……!?


 く、クーデターだ!

 俺のいない間に領地を乗っ取りやがった……!


 アシュヴィン!

 今まで俺に受けた恩を仇で返すつもりか!


 とんでもない奴だ。

 なんて奴を懐に入れてしまったんだ、俺は。


 アシュヴィンなら任せられると、領地を置いて出てきたのが間違いだった。

 貴族議会の要請だから、断ることなんて無理だったけれども!


 しかし、あのアシュヴィンがこの俺を裏切るとは……。

 最悪だ。


 これだから異民族は……。


『異民族とか一切気にしないとか言っていたくせに、とんでもない捨て台詞ですね』


 暢気なことを言いやがって……!

 むしろ、ナナシの念話には喜色が混じっていた。


『私の最大の敵であったご主人様がアポフィス領から放逐されるのは好都合。今までありがとうございました。ご主人様が溜めた財産で、人生謳歌させていただきます』


 許すかボケがあ!

 いつも思うけど、どうしてそれを俺に平然と言うことができるの?


 財産をかすめ取ろうとすることを公言するって、相当やばくない?

 普通、処刑ものだぞ。


 ……というか、そもそもお前アシュヴィンを相手に財産の乗っ取りとかできるの?

 ヘタしたら殺されるぞ、お前。


 俺には、ナナシがアシュヴィンに勝っている未来をまったく塑像できなかった。

 あっさり殺されてそう。


『……私はご主人様のメイド。何とかしてアポフィス領を取り戻してください、ご主人様』


 うーん、この変わり身……。

 まさに一心同体である、とすり寄ってくる。


 ナナシとそんなことになったら、精神がいかれそうだから嫌だな。


「ふっふっふっ。そして、邪魔になったご主人を暗殺するよう任務を受けたのが、このみゃあだにゃ」

「ひぇ」

「にゃっはっはっ! 冗談にゃ、冗談」


 笑えねえんだよ。

 お気楽に笑うアルテミスに、怒り心頭だ。


 元暗殺者のお前が言っていい冗談じゃねえし。

 こいつがその気になったら、俺は気づかないうちに命を落としているだろう。


 ……なんでこんな危険な奴をメイドにしたんだっけ、俺。

 俺のメイドって、まともな奴いないの?


「なんか受け入れ準備がどうたらこうたら、って言っていたにゃ。何の準備かは知らにゃいけど」


 アシュヴィンの真意を伝えてくる。

 準備ねえ。


 ……本当に分からないな。

 準備ってなんの準備?


 怖いわ。ただただ怖いわ。

 帰ってくるなとは言われているが、やっぱり帰った方がいいだろ。


 内乱の準備です、とか帰ってから言われたら地獄だ。

 間違いなく、そのまま処刑台行きだろう。


 絶対にごめんである。


「でも、ご主人」


 俺が意地でも帰ることを心に決めていると、アルテミスがスッと背後に立っていた。

 俺がまったく気づかないうちに、だ。


 や、止めろよ。背後に立つなよ。

 まったく信用していないから、心臓がキュッてなる。


 そんな彼女は俺の耳元に瑞々しい唇を寄せて……。


「いっぱい、サボれるにゃ」


 ――――――!


 アルテミスの悪魔のささやきに、俺の身体に電流が走った。

 こいつ……天才か……?


 思わず身体が震えてしまう。

 それを押さえつけ、アルテミスに笑いかける。


「こらこら。堂々と雇用主にサボる宣言はしたらダメだろ?」

「うぇー……」


 ここでアルテミスの誘惑に、ただ純粋に喜ぶことはできない。

 それは、俺の作り上げてきたバロール・アポフィス像とはかけ離れている。


 だから、たしなめるような雰囲気を醸し出しつつも……。


「でも、アシュヴィンにも何か考えがあってのことだろう。なら、お言葉に甘えて、王都でゆっくりさせてもらうとしようか」

「にゃふふー! さっすがご主人。おっぱいと違って、話が分かるにゃあ」


 たしなめつつも、アルテミスの言葉を否定しない。

 バロール・アポフィス像を崩すことなく、しかしサボれる。


 まさに、一石二鳥。

 完璧だ。


 俺の頭脳が恐ろしい……。

 正直、暗殺者に狙われた王都にまだ滞在しなければならないというのは嫌なのだが……。


 むしろ、今は安全だろう。

 なにせ、一度襲われているのだから、二度襲われることは考えにくい。


 いくら襲撃する側も、こうも連続だと警戒されていると思うに違いない。

 それに、ケルファインはイズンという忌み子がいたから俺に突っかかってきたわけであって、俺に対する個人的な恨みを持つ者は他にいるはずがない。


 ケルファインの派閥の宮廷貴族は少々危険だが、あの場で裏切った連中が、ケルファインのために俺を襲うとは考えにくい。

 ちゃっかりほかの派閥に入っているしな。


 宮廷貴族って汚いわ。


「バロール殿!」

「ぐぇっ」


 そんなことを考えていると、腹部に強烈な衝撃が。

 目を下ろせば、グリグリと頭を押し付けてくるイズンの姿があった。


 真っ白な髪と肌。

 そして、真っ赤な血のような目。


 忌み子としての特徴的な容姿に、片言の話し方。

 アポフィス家のペット枠である。


 ペットはいいんだけど、俺の腹に恨みでもあるのか、こいつ?

 マジで戻すぞ。


 王都で嘔吐するぞ。


「な、なにかな、イズン? あと、全体重を投げ出すフライングは止めようね」


 死ぬぞ、マジで!

 怒りのこもった目で睨みつけても、イズンはニッコリと笑うのみ。


 暢気な顔しやがって……。


「うん、ごめんネ。でも、イズン、バロール殿に言わないといけないことがあル」

「ん?」


 嫌な予感しかしないんだが?

 急に口がとれたりしない、イズン?


 俺、見舞金くらいは出すよ。

 そんな俺の想いもむなしく、彼女は口を開いた。


「シルティア? とか言うのが、バロール殿とお話がしたいッテ!」


 またあの婆か!










 ◆



 めちゃくちゃ足が重たいわ……。

 俺は王都をゆっくりと歩く。


 呼び出されたのは、シルティア。

 四大貴族の一角である。


 強大な権力と同時に、ケルファインを潰すときに力を貸してもらったということもあって、断りづらい。

 まあ、どうしても行きたくなかったら、何か理由をこじつけて行かないけどな。


 とはいえ、もう俺はいずれアポフィス領に帰るし、そうなったら二度とこんなクソみたいな町に戻ってくるつもりもないため、最後の顔合わせのつもりで向かっている所存である。


「ふわー……日中に外に出るとかひっさしぶりにゃあ。日光を浴びていたら眠くなってくるぅ……。ご主人、おんぶして」

「はっはっはっ」


 ぶっ殺すぞ。

 もたれかかってくるアルテミスに、強烈な殺意を覚える。


 ただでさえ足取りが重いのに、さらに重くしてくれてどうするの?

 俺の代わりにシルティアと適当に話していてくれない?


 俺、あいつに全然興味ないから、時間とられるのも苦痛なんだわ。


『胸を押し付けられたら興奮してしまいますものね』


 勘違いも甚だしいことを、ナナシが念話で伝えてくる。

 胸……?


 確かに、背中にへばりつかれているので、普通なら感じるのだろうが……。

 ああ、安心しろ。


 お前とアルテミスの『ないないコンビ』はまったくもって警戒する必要はない。

 何なら、お前らの全裸を目の前で拝んだとしても、一切反応しないことを約束しよう。


『使わないならいりませんね。引きちぎりましょうか?』


 馬鹿なの?

 どこを、とは言わない。


 言ったら本当に引きちぎられそうだから。

 無表情で引きちぎられる恐怖よ。


「ところでぇ、ご主人は気づいているかにゃ?」

「うん? ん、あ、ああ……うん」


 いきなり何言ってんだ、このクソ猫。

 耳元でこしょこしょと話されるので、くすぐったくて仕方ない。


 気づいているってなにが?

 しかし、正直にそう聞くのも癪なので、めちゃくちゃあいまいな言葉を返す。


 どうやらアルテミスはそれで充分らしく、ご機嫌そうに頬をこすりつけてきた。


「おお、さすがにゃ。あいつと、あいつと、あいつ」


 細い指を伸ばすアルテミス。

 彼女の指す方向には、普通の男や女がいる。


 ……だから、なに?


「すっごいご主人を狙っているにゃ。怖いね」


 ニッコリと楽しそうに笑うアルテミス。

 ニッゴリと恐怖で頬が引きつる俺。


 は?

 あのいかにも普通そうな連中が、俺を狙っている?


 ぜ、全然気づかなかった。

 というか、まったく普通そうなのに、俺の命狙っているの?


 じっと観察していれば、確かにちらちら見られている!

 嫌ぁ! こっち見ないで変態!


 というか、分かっているんだったら、さっさと殺してこい!

 俺の手はきれいなままだが、お前はもう血で汚れきっているし、一人や二人変わらんだろ。


「泳がせるんだね。豪胆だにゃあ、ご主人は」


 俺が恐怖で硬直していると、何か勘違いしたアルテミスはうんうんと頷く。

 殺せって言ってんだよ!!


 直接そんなことを言えるはずもなく、アルテミスを睨みつけながら、俺はシルティア邸まで歩くのであった。



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