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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第三十九章 動き出す状況

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第165話 公平とは言えない交渉

「まだ……決心は付かないのかな?いい加減僕も待ちくたびれたよ」 


 真新しいちゃぶ台があった。あの墓場のような湾岸地区のアパートを後にしたときにすべての家具は処分した。新しい生活が始まる。そう確信していた。水島にとってそれはまさに再出発のはずだった。


 だが目の前で頬杖を付く少年を見ているとそれがいかに浅はかな考えだったのか思い知らされてきた。再出発なんてできるわけがない。過去のない人間なんていないのだから。過去とのつながり、過去との折り合いを付けることを放棄したときから今の脅迫めいた目つきをする恐ろしい餓鬼の瞳を目にする運命にあった。そう思ってみたところで急須を持つ手の震えを止めることなどできない話だった。


 水島を苛立たせる嫌な目つきのクリタ少年の隣では例のキャシーと名乗る少女が目をつぶってじっと俯いていた。今日は玄関から来た二人。その二人が当然のようにこの水島の住処にたどり着いて腰を据えてからずっと彼女は同じ姿勢を保っていた。


「そちらのお嬢さんは……何を?」


 他に言うべき言葉が見つからずに吐きだした水島の言葉が届いたのか、ようやくキャシーは顔を上げた。だがその目は浮ついていて水島を見ているとは思えない。 


「ご馳走になりますね」 


 相変わらず長い黒髪を揺らしながら静かに湯飲みに手を伸ばした。クリタ少年はそれを見てもまだ目の前の湯飲みには関心が無いというようにキャシーを見つめる水島の観察を続けていた。


 二人の能力をサーチしすれば逃げ出すことはできるかもしれない。だが、一体どこに逃げればいいのか?水島には分からなかった。恐らくサーチを始めた段階で気づかれて、今は少なくとも水島に敵意を持っていない二人の同類を敵に回すことになる。それから先にできることと言えば身の安全の為に警察署に自首する位のことだろう。


 そんな水島の動揺を見透かしたようにクリタ少年は満足げな笑みを浮かべた。目の前で湯気を立てる自分のための茶を断る理由は無いと言うように手を伸ばし当然のように音を立てて啜り込んだ。


「そう言えば……もうそろそろ僕のタレこんだ情報を千要県警もつかむころだよ……連中も地球圏の力を借りないと何もできないなんて……遼州同盟なんて所詮形骸だね」 


 少年の言葉。水島は手にしていた急須を取り落とした。ちゃぶ台から転がり落ちた急須はそのまま畳の上にひっくり返り残った茶をあたりにまき散らす。立ち上る湯気、しばらく言葉の意味が分からずに空転していた水島の頭の中にはっきりと『タレこんだ』という言葉が刻み込まれた。


 水島は少年を睨み付けた。クリタ少年は表情を変えることなく水島を見つめている。悪事がばれた子供でさえもう少し悪気を感じた目の色をしているものだ。


「お……大人をからかうもんじゃないよ……タレこんだ?子供のいたずらで動くほどこの国の警察は無能じゃないよ」


 水島は自分の喉が動揺で震えているのを感じながらどうにか言葉の体をなしたというような音を口から出した。それでもクリタ少年の表情は笑みで埋め尽くされたまま変わることがない。


「からかってなんかいないさ。むしろ文句を言いたいのはこちらの方なんだから。おいたはするなってあれほど念押ししていたのに……事件を次々と起こしちゃってさ……警察沙汰は起こすなとあれほど言っておいたじゃないか」 


 クリタ少年はそう言うと静かに湯飲みをちゃぶ台に置いた。


 そしてその瞳が上目がちに水島を捉えた。その虚ろな姿。恐怖というもの、それまで考えていた恐怖というものの具体的な形を初めて見た水島はただ動けずに座り込んでいた。


「これ以上は我々は待てないってことだよ……分かったかい?お馬鹿さん」 


 少年から聞くとは思えない言葉が部屋に響いた。水島は再び意識して少年を見たがそこには見慣れてきた単純に事態を楽しんでいる少年らしい笑顔があった。それでも先ほどの少年の顔に浮かんだ恫喝の視線は水島の脳裏から離れることは無かった。うなずくこともしゃべることもできずにただズボンの膝のあたりに染みこむお湯の温度だけを感じていた。



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