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夫が探しても見つからない妻

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【SIDE ブランドン辺境伯】


 訓練から戻り、3日ぶりの執務室。

 俺は、しばらくぶりの机に向かうと、当主の不在中に届いた書類の確認をする。

 先ずは、どんなものが箱に入っているかと、差出人を流し見た。

 すると、目当ての1通で手が止まった。


 マーガレットの父親から手紙が届いていたのだ。


 やっと返事が来たかと、どの書類よりも先に目を通すことにした。

 俺が、それを読み終わった途端。ふつふつと、いら立ちが込み上げる。


 目を疑うことに、『リリーが俺との結婚を拒み、マーガレットに何も知らせないまま嫁がせた』と。悪びれることなく、むしろ、それが当たり前のように書いてあるのだ。

 俄かには信じられず、開いた口が塞がらない。

 やっていることもおかしければ、子爵家当主に反省の色もない……。

 

 勝手に嫁を取り替える、非常識なことをしておきながら、この当主の反応は何なんだ?

 

 ……まあ、それでも。マーガレットが俺の元にいるからだろう。

 子爵家の当主は、彼女を案じ、事実を隠さず知らせてきたわけだ。


 そこだけは、彼女の親として、娘を大切に思っていると汲んでやれる。

 だが、そうは言っても、リリーが結婚に同意しないのであれば、初めから支度金を返せば良いだけの話。

 どうせ金に目がくらみ、返すのが惜しくなったのだろう。

 

 ……そういえば。

 俺が送ったあの金は、ちゃんとマーガレットに使われたのか?

 会った初日のマーガレットの様子では、そうも見えない雰囲気だった。



 それにしても、子爵家の当主は、自分の娘に何も伝えず嫁に出すとは。……何を考えているのだ。


 それではあまりにも、マーガレットがかわいそうだろう。

 ……そうとも知らず。俺は彼女を怖がらせてしまったわけだし。

 マーガレットを色々と疑っていたせいで、震える彼女に、俺は追い打ちをかけてしまったしな。


 俺の記憶に鮮明に残るのは、泣きそうなマーガレットの姿。

 駄目だ、何も知らなかったとはいえ、一方的に言い過ぎた。

 彼女に何か言ってやらなくては、気に病んだままかもしれない。


 この屋敷の中。どこかで会えば声を掛けたいところ。

 だが、マーガレットは、あの日以来、俺の前には現れない。

 俺に気遣って姿を見せないでいるのか、俺に会いたくないのか……。


 今更ながら、俺は、どんな顔で話しかけるべきか?

 悶々とする気持ちの俺は、部屋の中をぐるぐると歩き回り、ふと窓の外を見る。

 すると、視界に飛び込んでくるのは、畑に立つマーガレットだ。

 地味過ぎる妻は、まるで使用人にしか見えない、地味なパンツスタイルだ。


 これまでの俺は、令嬢たちと会うのは決まって、華やかなドレスを着る場面だけ。

 だけど実際。貴族の令嬢は、家だとあんなラフな格好なのか?


 だがあいつ、あんな場所に入り込めば、偏屈な叔父上に怒られるだろう。


 いや、まさかと思うが……、一緒にいるのは叔父上か!

 ウソだろう……。

 マーガレットが、あの気難しい叔父上と交流しているのか?


 勢い余った俺は、思いっきり窓を開け、その様子を食い入るように見入る。


 人の話も聞かない、自分本位の性格の叔父上。

 そのせいで、兵士の奴らも極力近寄らなかったのに、マーガレットが一緒にいるとは、……どういうことだ?

 息子のカイルでさえ、2人で過ごすのが嫌だと言いだし、兵士の宿舎で暮らしているくらいだ。

 まだ、副隊長を現役で続けられる体力も腕もあるにもかかわらず、隠居生活がしたいと突然言いだし、今では野菜を作って遊んでいる頑固者……。正直なところ、俺でもあまり関わりたくないのが本音。



 妻を亡くし、目に見えて元気のなかった叔父上が楽しそうにしているのか。

 最近来たばかりのマーガレットを気に入るとは、俄かには信じられない話だな。



 朗らかな表情のマーガレット。

 その彼女の笑い声が聞こえそうなほど、楽しそうだ。

 ……マーガレットは、あんな顔で笑うのか。


 初日に会ったときは、素朴な印象があったが、それはそれで結構かわいいかもしれない。

 派手な娘より、案外好みだ。

 って、俺は何を考えているんだ!

 自分からマーガレットと結婚する気はないと、彼女に宣言しているだろう。

 あれだけ言っておいて、今更、撤回できるわけがない。


 マーガレットとは、半年だけの手違いの夫婦だ。

 それなのに今……、叔父上といる姿を見て、何だか悔しくなった。


 あー駄目だ。このままでは、俺が釈然としない。

 俺の方から話し掛けに行ってくるか。

 何とも言えないソワソワする感情。居ても立ってもいられず、俺は急いで部屋を飛び出した。



 ……が、俺が庭へ着けば、つい今しがた姿を見かけたマーガレットはいない。

 何故だ……。彼女はどこへ行った?

 周囲を注意深く見渡すが、何故かマーガレットは見つからない。

 俺がここまで来る途中、屋敷の中ではすれ違わなかった。

 そうなれば彼女は、まだ外にいるはずだ。


 まあ、とりあえず叔父上は何か知っているだろう。

 そう思い駆け寄った俺は、叔父上の横に立つ。


 だがしかし。俺が近づいても、黙々と鍬を振り下ろしている叔父上。

 ……わざとだろう。

 戦場では、誰よりも敏感に状況を察知した叔父上が、周囲を見ていないわけもない。

 俺が来たと気付いて、知らんふりしているのが、ありありだ。


 俺は、ムッとしながら声を掛ける。

「叔父上、マーガレットはどこへ行った?」


「あー……。採れた野菜を、厨房へ運んでいるところだ。どうしたんだ? 当主自らわざわざ動き回りおって。たかだか使用人1人を探すのに、そんなに焦るなど、いつものお前らしくないな」


「あいつは使用人ではない。俺の妻だ」

「ふん、笑えない冗談を言いおって」

「冗談ではないからこうやって探しているんだ! 分かるだろう」


 どうやって向かったのか分からないが、マーガレットは厨房へ行ったのか。

 ……腑に落ちないが、取り敢えず後を追うか。



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 この作品が新たな形になるために応援をいただきました、全ての皆様へ、心より御礼申し上げます。

■書籍タイトル
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