第2話
身体を動かし始めて四日が経ち、肉体的にも精神的にも鋭さが戻ってきているのを実感していた。
流々原先生も驚いていたが、おそらくこの四日の間に奥底で葛城ノ剣とも話して、秋臣は俺が武鳴 雷門との戦闘中や戦闘後で死んでいた状態でも静かに眠っていた事を聞いて安心できたのが大きいだろう。
どんな状況でも心の余裕は重要だとよくわかる。
少なくとも戦っている最中でも自分を客観視できるくらいがちょうど良いと思いながら、俺は相手の腹に前蹴りを叩き込み吹き飛ばした。
お、かなり良い一撃が入ったのに、俺に蹴られた器物級の奴が起きようとしている。
「…………あ、く、そ」
「勝負あり。そこまでよ」
一度起きあがろうとしたものの、また地面へ崩れ落ちた時、立会人をしている鈴 麗華が決着の宣言すると、すぐに俺と戦った奴は運ばれていく。
「鶴見君、かなり調子が良さそうね」
「……まあ、そうだな」
「含みのある言い方をするという事は、鶴見君的にまだ納得できてない?」
「武鳴 雷門と戦った時の俺にも戻れてないから納得できるわけがない」
「さらに強くなるつもりなのね」
「秋臣を守るためにも必要だからな」
「そう……。まだまだやる気になっているところ悪いんだけれど、次の対戦相手が決まるまで少し待っていてくれる?」
「わかった」
俺は鈴 麗華を見送った後、どう時間を潰すか考えて休める時には休む事にした。
端の日陰に入り壁に背を預けながら鈴 麗華の方を見ると、何やらもめているようだ。
たぶん俺と話した事もない、というかそもそも吾郷学園の関係者じゃないだろう五人が言い合っていて、それを鈴 麗華が仲裁しているみたいだな。
えーと、さっき蹴り飛ばした奴は六人目だったか。
今日はようやく実戦の許可が降りた初日で流々原先生からは、俺の調子次第だが最大で十人までと言われていた。
ここまで特に流々原先生に止められてないから、どうやら今日は十人までいけるらしい。
…………ああ、そうか。
今日の制限が十人で、今俺が倒したのが六人目で、あそこでもめている奴らの人数が五人とくれば一人俺と戦えない奴が出てくる。
これは揉めるのも当たり前かと思っていたら、もめている奴ら以上にイライラしている気配と足音が近づいてきた。
「チッ……」
「システィーゾ、気持ちはわかるが落ち着け」
「本当なら俺が一番に鶴見と戦うはずだったんだぞ」
「まさか黒鳥夜 綺寂から待ったがかかるとは俺も思わなかったよ」
「鶴見に一番近しい立場だから今はゆずるようか……、チッ」
「さっきの俺の蹴りを受けても動こうとした器物級の奴もそうだが、システィーゾ以外にも気合が入ってる生徒がいるから鉄は熱い内に打てって事だな」
「あー……、クソが」
システィーゾの我慢が限界に来ているようだ。
これはシスティーゾの爆発を防ぐ意味でも軽くでもやり合っておくべきか悩むところだが、俺とシスティーゾは一度戦い始めたら絶対に本気になって止められるまで戦い続けるのが確定だからどうしたものか……。
とりあえず鈴 麗華に伝えておくべきだなと移動しようとした瞬間、ビリッと空気が張り詰めるのを感じた。
「システィーゾ」
「わかっている。あいつらだな」
俺とシスティーゾが視線を向けた先には、ずっともめている五人がいる。
「システィーゾ、あいつら誰なんだ? 俺は戦う相手の選考に関わってないから知らないんだよな」
「いくつかある聖に似た外部の組織の奴ららしい。なんでも鶴見と戦わせてほしいと学園長に打診してきたみたいだぞ」
「…………全く意味がわからない」
「俺もだ。チッ、鈴の奴、さっさと黙らせろよ」
「まあ、一応、正式な客という扱いだからだろ」
「という事は客じゃなくなれば?」
「敵対行動をとる奴らを鎮圧するのは当たり前の事だな。どうせこの感じだと、そう時間はかからないはず」
俺の予想は当たり、俺が言い終わるか終わらないかぐらいの時に五人はそれぞれ異能力を発現させお互いをにらみ戦闘体勢に入った。
この吾郷学園という他組織の本拠地で許可無く異能力を使ったのは、さすがに呆れてしまうが気を取り直して五人へ対して殺気を放つ。
俺の殺気を感じて五人全員が俺を見てくる反応の速さから、五人の実力はそれなりにあるらしい。
あいつらがシスティーゾの言う聖に似た組織でどの程度の立場にいるのかは知らないが、少なくとも黒鳥夜 綺寂から許可を出されるだけはあるらしいと感心していたら、五人の内の一人が突然走り出した。
…………明らかに俺へ向かってきていて、なかなか速いし俺を見極めようとしている目が気になるものの、問題なのははあいつよりも俺の隣にいるシスティーゾの気配の物騒さが増している事。
「カスが……。身の程を知れ」
「システィーゾ、お前がキレるのはシャレにならない。それと迎撃はしなくて良いぞ」
「あ?」
「少しあいつに興味が出たから俺がやる」
「…………チッ、言っておくが、あんなカスに苦戦するなよ?」
「おう」
俺はシスティーゾへ答えた後、鈴 麗華にうなずき大丈夫だと伝えてから走り寄ってくる奴の方へ歩き出す。
走ってくる奴は俺の行動に驚いた顔になったものの、すぐにニヤリと笑い手を横に伸ばす。
次の瞬間、走ってくる奴の手には槍が握られていた。
単純に考えるなら器物級と魔導級の二択だが、あの自信満々な表情からすると魔導級か?
もし魔導級ならば、まだ見た事のない異能力が見れるかもしれないと内心で少しワクワクしていたら、走り寄ってくる奴は槍を両手に持ち変え強く踏み込み突きを放ってきた。
…………鋭いは鋭いが、どう見ても普通の突きだな。
触っても特に問題ないと判断した俺は、槍の刃の面に右掌を叩きつけて突きを弾き飛ばす。
「なっ⁉︎ だがっ‼︎」
走り寄ってきた奴は突きを弾き飛ばされた勢いを利用して身体を回転させながら槍を操り、そのまま俺の足首を狙う薙ぎ払いに変化させた。
ちゃんと鍛錬を重ねている無駄の少ない動きだから並の奴なら両足を切断されてもおかしくないが、俺にとっては驚くほどでもない。
俺は槍の刃が足首に当たる寸前、右足を高速で動かし槍の刃を全力で踏みつける。
バキンッ‼︎
ドゴンッ‼︎
おお、槍の刃は完全に粉々になって地面が足裏の形に陥没するくらいの威力を出せた。
「つ、鶴見……」
「どうしました? システィーゾ」
「今のは……?」
「手だけを加速させる動きを足でもやってみました。初めて実践しましたが成功してよかったです」
「そうか、そうか‼︎」
システィーゾの声と気配からイラつきが収まっていて、その代わりになぜか犬歯をむき出しにするように笑っていて興奮していた。
俺は首をかしげ、今の俺の動きのどこに興奮する要素があったのかという疑問をシスティーゾへ聞こうとしたら、視界の端に槍の男が新しく生み出した槍で突いてくるのが見えたためほんの少し斜め前に移動して突きを避け、そのまま槍の男の前まで踏み込んで顔を殴りぬく。
槍の男は地面へ転がったものの、すぐに顔を押さえながら立ち上がった。
「ぐ、おぉおおぉ……」
「へえ、今ので気絶させられると思っていました」
うめき声を出す槍の男の指の間から血が滴っているから、どうやら鼻血か口の中を切ったらしいな。
「僕とあなたの実力差は感じたはずですが、まだやりますか?」
「あ、あ゛だり゛ま゛え゛だ‼︎」
「そうですか。しかし、先ほどまでと同じではあなたに勝ち目はありませんよ?」
「い゛い゛だ゛ろ゛う゛‼︎ お゛れ゛の゛や゛り゛の゛ぢか゛ら゛を゛み゛せ゛でや゛る゛‼︎」
出血のせいか、ひどく聞き取りづらいもののやる気はみなぎっているらしい。
それならばどんな攻撃をしてくるのかと観察していたら、槍の男は顔から手を放し手に付いた血と出血を服の袖でふいた後に腰を落として槍を引き、突きの構えをとる。
あの槍の男が立っている位置は明らかにあいつの槍が俺へ当たらないところだが、そんな事は表情と気配から考えるとわかっているようだ。
俺はまあ良いかと頭を切り替え、どんな攻撃が来ても反応できるよう集中力を高めていく。
「じゃっ‼︎」
槍の男が強く踏み込み気合とともに槍を突き出すが、当然槍は俺に届かない…………と思いきや次の瞬間には秋臣の身体に突き刺さるまで十数センチのところまで来ていた。
俺は腕を加速させ再び槍の刃の面を掌底で叩いて跳ね上げると、槍は男の動きと関係なく戻っていく。
「…………なるほど、その槍は伸び縮みするんですね」
「ごれ゛を゛じょ゛げん゛でぶぜぐの゛が……、ばげも゛の゛め゛」
「槍使いとしては、この上なく最高と言っても過言ではない異能力だと思います」
「ぞれ゛な゛ら゛ば、ごれ゛ばどう゛だ‼︎」
次に槍の男のとった行動は俺への接近で、その後また突いてきたが槍は俺に向かってこない。
なぜなら槍の男が突く動作をしているのに槍を縮めているからだ。
攻撃のリズムを外され、俺の動きが止まった瞬間縮んでいた槍自体を伸ばして突いてきた。
この槍の男の動きと槍自体の伸縮によって生まれたズレは他の奴らなら対応できずに貫かれてもおかしくなと納得しながら、俺は伸びてくる槍を手刀で叩き落す。
「ばがな゛…………。な゛ぜ、ばん゛の゛う゛でぎる゛……?」
「それは僕が聖の武鳴隊長と戦っているからです。あなたの突きは速いですし、そこに槍の伸び縮みによる変化を加えた事も素晴らしいと思います。ですが、武鳴隊長の桁違いな攻撃速度と攻撃密度を経験している僕からすると、驚くほどではないですね。もう一度聞きます。僕とあなたの実力差を感じ取れたはずですが、まだやりますか?」
「う゛、ぐ……」
槍の男は自分の攻撃が俺に通じなかった事を認められないのか、地面を向いたままプルプル震えている。
たぶん相手が俺みたいな接近戦特化じゃなければ、十分強力な攻撃だから気にする必要はないって言っても無駄なんだろうな。
納得のない決着は後々面倒くさい展開を生む可能性があるから、秋臣に余計な手間をかけさせないためにも俺は槍の男の様子を気にしつつ待つ事にした。
◆◆◆◆◆
十秒くらい経ち槍の男の震えは止まり顔を俺に向ける。
槍の男がどんな結論を出したのか聞くとしよう。
「どうしますか?」
「お゛れ゛でば、お゛ま゛え゛にがでな゛い゛……」
「そうですね」
「あ゛の゛がだの゛い゛っだどお゛り゛、お゛ま゛え゛ばぎげん゛だ。ごごで、ばい゛じょ゛ずる゛」
あの方、ここで排除する、ね。
なるほど、こいつとこいつの親玉は明確に俺と敵対する事を選択したわけだ。
俺は木刀を出現させ槍の男へ殺気を放ちながら向けると、俺とこいつの様子から察したのかシスティーゾと鈴 麗華も戦闘態勢に入った。
「僕を排除しようとするなら、あなたも排除される事もわかっていますよね?」
「ぶば、ぶばばばばばばば、ば、も゛ぢろ゛だ。ぐげえ゛‼︎」
「は?」
すぐにでも木刀を叩き込もうとした瞬間、突然槍の男が胸を服の上からかきむしり始めた。
これにはさすがの俺もシスティーゾも迷っていたが、そのごく短い時間が次の異常に発展する。
爪が割れるほどの力でかきむしられボロボロになった服の隙間から見えた槍の男の肌には、ミミズや蛇がはっているような赤黒い紋様が刻まれてい…………いや、はっているようなじゃない。
その紋様は明らかに槍の男の肌の表面を動いていた。
「消し飛べ‼︎」
「鶴見君の言う通り、危険対象のあなたを排除します‼︎」
「ぶばッ‼︎ む゛だだ‼︎」
システィーゾが炎を放つと離れている鈴 麗華も氷を生み出したが、槍の男が叫んだ通りうごめく紋様によって吸収される。
「はあ⁉︎」
「嘘でしょ⁉︎」
「あ゛の゛がだがら゛、ざずがっだも゛の゛が、ぞの゛でい゛どで、げぜる゛わ゛げがな゛い゛‼︎ ごの゛ま゛ま゛、すべでぎえ゛ろ゛‼︎」
紋様が激しくうごめき槍の男の肌を覆っていくと、紋様は点滅を始めた。
槍の男の狙いと紋様の役割がわかった瞬間、あたり一面が槍の男の紋様から放たれた強い赤黒い光で満たされる。
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