第26話
『う、あ……?』
目を覚ますと俺の視界には何も映っていなかった。
始めは自分が目を閉じているのではと思ったが、目で見ている感覚がある。
つまり今俺のいる空間自体が暗闇で満たされているようだ。
…………うん?
どうしたものかと持っていたら俺自身が暗闇の空間で浮遊している事に気づく。
『本当にここはどこなんだ? …………この声の感じは現実じゃないな』
自分の声から俺が秋臣の奥底のような特殊な場所にいるのはわかったものの、思い当たる場所は…………ある。
『俺は秋臣の魂と出会った時の空間にいるのか? あ……』
俺が自分のいる場所を自覚すると俺の周りから無数の人魂が浮かび上がっていき暗闇が星空のようになると、俺自身も人魂の状態になっていた。
『俺は、また死んだんだな……』
おそらく武鳴 雷門との戦いで自分をすり減らしすぎたせいだろう。
秋臣は無事なのか…………って、ちょっと待て‼︎
『あ、秋臣‼︎ どこにいる⁉︎』
ここで出会った時の秋臣を思い出し、すぐに全力で周りの気配を探ったが秋臣らしき気配は俺の感知範囲にない。
一息ついた後、もう一度念入りに秋臣を探してみても見つからず一応俺の中も探ってみたが、それでも秋臣は見つからなかった。
『ここにはいないのか……? いや、それでも……』
俺の探れる範囲は、この果てがあるのかもわからない空間のごくごく一部なため全く安心はできない。
こんな時は慌てるとろくな事がないとわかっているため魂の状態ではあるが何度も深呼吸を繰り返しているつもりになり己を落ち着かせ、こうなったら動き回りながらしらみつぶしに確認していくぞと覚悟を決める。
そこで重要なのは最初に動き出す方向で、それを決めるための手がかりを探そうと真剣に周りを見ていたら、ほんの少しだが俺自身が引っ張られている事に気づいた。
しっかりと認識しないとわからないほどわずかな力のため気のせいかとも思ったが、できるだけ動かずに感覚を研ぎ澄ますと確かに俺は引っ張られていた。
『これは……糸か?』
人魂状態の俺の後上部を引っ張っているものの正体は極細の光の糸で、そこからはわずかだが秋臣の気配を感じる。
『これは秋臣と俺のつながりか。極細なのは、たぶん秋臣がまだ目覚めいないためだと思いたい。…………よし、行くぞ』
糸の細さと秋臣の気配の弱さから本当にこの先に秋臣がいるのかは確信が持てないものの、ここにいてもどうしようもないため俺は覚悟を決めて糸の先を目指し始めた。
◆◆◆◆◆
「…………ここは」
かなり長い時間糸の先へ移動していたはずなのに、俺はいつのまにかあの無数の人魂が漂う暗闇から抜け出ていた。
この見覚えがある天井は流々原先生の担当している治療室だったはず。
「…………」
いつもの俺ならとりあえず起きて周りを確認するんだろうが、全身に感じる強烈なだるさでその気になれない。
どうせ危険はないだろうという、いつもの俺ならしない考えのもと、ひとまずボーッと天井を見つめ続けた。
そしてふと思い付き、布団から手を出して黒い木刀を出現させる。
「良かった。やっぱり秋臣は無事だったか……」
俺が秋臣の異能力を使える事に安心し、もっと体調が良くなってから奥底へ行こうと今後の予定に加え葛城ノ剣にも話しかけようとしたところで、俺の視界に入っている治療室の中の影が波打っているのに気づく。
影と言えば黒鳥夜 綺寂だが俺のそばで影を揺らす理由がわからず首をかしげていると、ピンポンパンポーンという放送の開始音が鳴った。
『えー、学園長の黒鳥夜 綺寂よ。たった今鶴見君が目を覚ましたわ。みんな始めて良いわよ。それと流子はすぐに鶴見君のもとへ向かうように。放送は以上よ』
再びピンポンパンポーンと終了音が鳴り放送が終わったわけだが…………本当に意味がわからない。
後半の流々原先生の移動を指示するのは理解できるとして、他の奴らに俺が目覚めた事を伝える理由は何だ?
しかも、この疑問は次の瞬間に学園のあちこちで同時に戦闘音が起きた事でより深まった。
いったい何が起きている?
コンコン、ガチャ。
ああ、俺の疑問に答えられるだろう人が来たな。
その人は治療室に入り俺の方へ近づいてくると、俺の寝ているベットを囲んでいるカーテンを開けて俺を見てきた。
「鶴見君、体調はどうかしら?」
「とりあえず起き上がろうとも思えないほど身体がだるいな」
「十日も眠っていたから当然ね。ひとまず身体を診させてもらうわよ?」
「わかった」
流々原先生は俺のそばまで寄ってきて布団を腰まで下げ寝ている俺の身体を素早く診断していき最後に胸に手を当てて目を閉じ何かを確かめた後、大きくうなずいた。
「本当に鶴見君なのね……」
「どういう意味だ?」
「あなたが寝ている間、魂を一つしか感じられなかったの。でも、今は前と同じく二つ感じたから安心したのよ」
「なるほどな。それにしても十日か……」
「答えられるなら答えてほしいのだけど、消えていた魂は鶴見君の方よね? どこに行っていたの?」
「あそこは…………たぶんあの世っていうのが一番近い気がするな」
「鶴見君、常世に行ってたの⁉︎」
「……大声を出さないでくれ。耳に響く」
「あ、ごめんなさい。でも、よく帰ってこれたわね」
「秋臣のおかげだな」
「え?」
「俺の魂が秋臣の身体から離れても秋臣との繋がりが切れてなかったから、繋がりをたどって戻ってこれた」
「そういう事……」
俺の言葉を聞いた流々原先生は感心したような呆れたような驚いたような複雑な表情になっていた。
「今度は俺から聞いても良いか?」
「この今も続いている戦闘音の事かしら?」
「そうだ。何の騒ぎだ?」
「原因は鶴見君よ」
「はあ?」
「鶴見君が持ち前の技量で聖の隊長である武鳴 雷門に勝った事で、器物級、魔導級、精霊級問わずに生徒も職員も全員のやる気が爆発したのよ。今は次の鶴見君への挑戦権をかけてみんなが乱戦中なの」
「…………冗談だよな?」
「私の顔が冗談を言っているように見える?」
「う……」
どう見ても流々原先生は本当の事を言っているようにしか見えないため、俺は寝ながら頭を抱えてしまう。
「俺の意思を抜きに他が盛り上がるなよ……。俺にとっては十日も休んだせいで授業に追いつけるかの方が重要なんだぞ」
「ああ、鶴見君の成績についてなら問題ないわよ」
発言の真意がわからず流々原先生の顔を見ると、ものすごく良い笑顔をしていた。
「今度は何だ?」
「さっきも言った通り今は生徒も職員もやる気が爆発中なの。当然職員の中には授業を担当している先生達も含まれるわ。あとは言わなくてもわかるでしょ?」
「…………まさか、授業が止まっているのか? いや、それじゃあ他の奴らは十日間何をしてたんだ?」
「みんな、自己鍛錬とか自分の異能力の研究に熱中してたわ」
「嘘、だろ……」
「本当は鶴見君が武鳴 雷門隊長に勝って眠った後、すぐに戦いが始まりそうだったんだけれど、そこは学園長が止めたの。少なくとも鶴見君が目覚めるまでは戦いを禁ずるってね。それで十日後の今戦いが解禁されたというわけ」
「は、はは、はははは……」
流々原先生の説明を聞いたら自然と乾いた笑い声が出てきたが、そのすぐ後に俺の中で激しいイラつきが生まれたため、俺はそのイラつきを全て込め全力の殺気を戦っている奴らへ向けて放つ。
効果は劇的でピタリと戦闘音が止んだ。
そこで俺は殺気に通常の体制に戻って学園生活をおとなしく送っていろという意思を上乗せする。
◆◆◆◆◆
殺気を数分間放った後に殺気を鎮め気配を探ると、どうやらバカどもの戦う気は失せたようで校舎の中に戻っていくのを感じとれた。
「バカどもが……」
「さすがこの吾郷学園の現頂点、見事な統率力ね」
「…………流々原先生、本当に何の冗談だ? いくら俺でもキレるぞ?」
「これも冗談でもなんでもなくて学園長を含めた学園関係者全員の総意よ。あの日、武鳴隊長を倒した事で学園長も鶴見君が最強だって認めたわ」
「そんなものはいらん。俺は秋臣を守りたいだけだ」
「力があると自分の望まないものでも手に入ってしまうものよ。諦めなさい」
本当に、本当に、そんな立場はいらねえ……。
秋臣、余計なものまで手に入れてしまってすまん。
変な意地で武鳴 雷門と戦ったあの時の俺を斬り殺したい。
俺は何もする気が無くなり、ベットに身体を沈めた。
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