第19話
学園長室に出現したのは、艶やかな黒髪に白い肌、さらに百人に聞けば百人が美少女と答えるだろう美貌、そして微妙に輪郭や色彩がブレている事により生まれる儚さなどを含めても間違いなく見惚れてしまう存在だな。
しかし、俺の視界の端でこういう事に興味のなさそうなシスティーゾまでもが流々原先生の師匠を凝視したまま微動だにしていないのは違う。
明らかに他人の精神へ何かしら干渉しているのだろうと予想し、俺は最大級の警戒を解かない。
なぜなら目の前に現れた流々原先生の師匠は、どう言い繕っても異常に分類されるものだと肌で感じられたからだ。
…………どうする?
ここは一旦逃げるべきか?
「あらあら、初対面で私を見て逃げる事を考えられる人がいるとは思わなかったわ」
チッ、あっさり俺の心を読みやがった。
こんな理不尽な存在と対面したなら本気で逃げるべき…………、いや、斬り捨てるべきだな。
「うふふ」
…………待て。
逃げる事を考えていたのに、何で俺はこいつを斬ろうとした?
思考を誘導されたのか?
いや、何かをした様子はなかったし、そもそもあいつは俺を見ただけだ。
「どうしたのかしら?」
首を傾げる動作も絵になるな。
それでも見た目が良いだけに見えない部分が不気味すぎる。
とにかく離れ、る前に斬っておくべきだ……?
…………チッ、またか。
これはまずい。
この妙な思考の変化から逃れる方法を確立しないとまずいんだが、俺にできる事は一つだけなんだよな……。
しかもそれが成功するのかもわからない上に、あいつが俺を妨害してくる事も考えられる。
どうするつもりなのかを少しでも探るためあいつを観察すると、あいつは俺を見て笑ってきやがった。
どう見ても「お手並み拝見」か「やれるものならやってみろ」としか思えない。
上等じゃねえか。
俺はイラつきを内側に押し込めつつ目を閉じて集中し、あいつから放たれているだろうわけのわからない何かを斬るイメージを頭の中で固める
そして、そのイメージを気合いとともにあいつから放たれている何かへ叩きつけた。
「ハッ‼︎」
バツンッ‼︎
外見上は何もないのに部屋の中で何かが断ち切れた音がして、無防備な状態だったシスティーゾ達はガクンと体勢を崩して動き出す。
パチパチパチパチパチパチ。
あいつが驚いた表情で拍手をしてくる。
「あなた、すごいわね。こんな力技で私の香りを破られるとは思わなかったわ」
「…………あ?」
「し、師匠‼︎ そこまでにしてください‼︎」
俺があいつの態度に不快感をあらわにしたら、俺の前に流々原先生が出た。
「あら、流子。久しぶりね。元気にしてた?」
「そんな悠長にしている時ではありません‼︎ いきなりどういうつもりですか⁉︎」
「え? いつもの事じゃない。私は私の力に耐えられない奴に興味はないの。その点、流子が言っていたその子は合格ね」
こいつ、自分の基準を相手に押し付ける奴か。
前の世界にいた、周りを巻き込みただただ被害を出し続けた無能な指揮官を思い出す。
「へえ、良い殺気を出すわね。ますます興味が湧いたから私から自己紹介をしてあげる。私は香仙、そこにいる流子の師匠で仙人よ」
「…………」
「自己紹介には自己紹介を返すのが礼儀じゃない?」
「俺達に何か仕掛けたお前が礼儀を口にするな。失せろ」
「良いのかしら? 私の力が必要なはずだけど?」
「鶴見君」
「何か?」
「師匠は匂いを自在に操れるの。もしかしたら秋臣君を目覚めさせられるかもしれないわ」
「こいつがか?」
「香りは生物に深く深く作用するわ。日常生活でも良い香りで癒されたり嫌な臭いで体調を崩すなんてよくある事でしょ? 私が発した香りなら重度の昏睡者だろうと目を覚ますわね」
秋臣を目覚めさせられる?
それが本当なら嬉しいが、はっきり言って何一つ信用できないこいつを秋臣に関わらせて良いのか?
「まあ、初対面の私を疑う気持ちは理解できるわ。そうね、私は流子に治癒術を教えたって言えば少しは信用してもらえるかしら?」
「鶴見君、事実よ」
流々原先生は肯定してきたから高い技量を持っていて、俺は秋臣に目覚めてもらうために高い技量を必要としているのも確かだ。
しかし、本人の怪しさが全てを打ち消して不信感しか残っていない。
「流々原先生の事は信頼しているが、お前は別だ。俺の勘がお前を信用できないと言っているから、秋臣を目覚めさせる話はなかった事にしてくれ。じゃあな。…………うん?」
俺は秋臣を目覚めさせられる可能性に後ろ髪を引かれつつも断った。
もうこの場に用はないため学園長室から出て行こうとしたが身体が動かない。
そして、こんな事ができそうで、やりそうなのは、この場に一人だけだ。
俺がどういうつもりなのか香仙に問いただそうとした時には、香仙が俺の目の前に立っていて俺の額に触れていた。
「てめえ‼︎」
「言ったはずよ? 私はあなたに興味が湧いたの。それと私は私の興味を満たすためなら何だってするわ」
「くお……」
「うふふ、安心しなさい。私の力は本物だから、あなたの中にいる子を目覚めさせてあげるだけ。ただ、その結果その子がどうなっても知らないけどね」
「師匠‼︎ それ以上、鶴見君を刺激するのはやめてください‼︎」
「流子、それに他の子達も黙って見てなさい」
「この、野郎……」
「ここまで私の香りに抵抗するなんて、あなた本当にすごいわね。まあ良いわ。それなら私もかなり本気になるだけよ」
「う、あ……」
香仙の指先から流れ込んできているのがわかり、俺の感覚が鈍くなっていくごとにそれが奥底へと侵食されていった。
◆◆◆◆◆
ふと覚醒したら俺は奥底にいた。
しかし、頭にモヤがかかっているかのようにボーッとしてしまい、離れた場所で眠っている秋臣と秋臣を包もうとしている薄い桃色の煙に気づくのが遅れてしまう。
『秋臣……』
ヨタヨタしながら何とか秋臣のそばまで歩き様子を確かめる。
すると、秋臣はわずかに体を動かしており目覚める兆しがあった。
そして、それを認識した時、俺の中には安心が生まれる。
『これで、ようやく秋臣に身体をかえ……』
ポツリとつぶやき目覚めかけている秋臣の頭を撫でたが、俺の動きは止まった。
なぜなら秋臣が泣いていたからだ。
目覚めるのが苦痛なのか、目を閉じたまま口をグッと結んで涙を流していた。
『なぜだ……? 秋臣、自分の身体に戻れるんだぞ……? …………あ』
愕然としたまま必死に理由を考えて、ある簡単な理由に思い至る。
この目覚めに秋臣の意思は何一つ関わっていない。
どんな存在でも自分の望まない事を苦痛に感じるのは当たり前だ。
どうして俺は秋臣の嫌な事を望んでしまった?
学園長にも秋臣の意思を最優先にすると言ったばかりなのに、それにあいつにもきっぱりことわ……。
あいつ……?
「まさか⁉︎」
急いで自分の身体を確認したら秋臣と同じく薄桃色の煙がまとわりついていた。
『は、はは、はははは、はははははは……、そういう事かよ。おい、クソ野郎』
『ようやく我を呼んだか。それで、どうするつもりだ?』
『俺を刺せ』
『…………何?』
『ここまであいつの、香仙の香りに侵食されたら生半可な事じゃ正気に戻れない』
『俺を刺して光を放て』
『良いだろう。その代わりと言ってはなんだが、きっちり報いを受けさせろ』
『ああ、もちろんだ。グブッ‼︎』
硬く鋭いものが俺の背中から胸を貫くのを感じる。
そして俺を貫いている葛城ノ剣からカッと光が放たれた。
◆◆◆◆◆
激痛とともに覚醒した俺は、目の前にいた香仙の顔面を殴り飛ばした。
普通なら見た目が美少女の香仙を殴るのに多少のためらいは生まれるものだろうが、今の俺は違う。
秋臣の望んでない事をした香仙と香仙にいいようにされた自分への怒りで、砂粒ほどのちゅうちょもない。
俺に殴られ顔面を歪ませた香仙が、床に倒れたまま信じられないものを見たという表情になっている。
殴れるなら問題なく斬れると確信した俺は、右手に黒い木刀を左手に葛城ノ剣を出現させた。
「なあ、おい、よくもやってくれたな。まともな状態で逃げられると思うな‼︎」
俺は全力の殺気を放ちながら倒れている香仙のもとへ跳び、木刀を振り下ろす。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
また「面白かった!」、「続きが気になる、読みたい!」、「今後どうなるのっ……!」と思ったら後書きの下の方にある入力欄からのいいね・感想・★での評価・イチオシレビューもお待ちしています。




