第9話
光が収まりクソ野郎を確認するとクソ野郎は倒れていて、左足が脛で折れているという状態だった。
普通の奴なら間違いなく戦闘不能な重傷のはずなんだが、クソ野郎はあらゆる意味で普通ではない。
その証拠に自分の足の状態を見たクソ野郎は、何の問題もないとばかりに折れた部分をガシッと両手で押さえる。
「フー……、フン‼︎」
こいつ……、骨が折れてズレていた足を自力で元に戻しやがった。
しかも、すぐに立ち上がり直したばかりの足で石の舞台の床を叩き感触を確かめている。
「ふむ、やや違和感は残るが、こんなものであろうな」
「…………お前は乱節達と違って、その身体をお前自身とは別の道具だと割り切れているんだな」
「何を当たり前な事を言っている。我をあやつらのような中途半端な格下どもと一緒にするな」
クソ野郎は俺の発言を聞いて心底不愉快そうに表情を歪めたが、次の瞬間には表情を変え何かを考え始めた。
何をされてもすぐに反応できるよう構えていると、また光を発しようとしてきたため俺は左腕で目を守る。
さっきと同じく発光と同時にクソ野郎の懐へ飛び込んで攻撃しようとした。
しかし、発光に紛れて俺へと向かってきたクソ野郎の衝撃波に今までと違う違和感を感じたため、俺は迎撃に集中して衝撃波を斬り捨てていく。
そして何度も光と衝撃波に対応していく中で、違和感の正体に気づいた。
クソ野郎は攻め気一辺倒だった今までよりも攻め方にバラつきを持たせる事で、明らかに俺の挙動を確認していたのだ。
今さら何を確認したいのかは知らんが、俺は俺で確実に光と衝撃波に対処していくとしよう。
◆◆◆◆◆
クソ野郎が俺の動きを観察し始めて数分経った時、クソ野郎は唐突に攻撃を止め俺をにらんでくる。
「…………やはりか。貴様、何をした?」
「何の事だ?」
「今の貴様は我の初動を見切って動いている。戦い始めでは我の動きに翻弄されていた貴様が、だ。答えろ。何をした?」
「ああ、そういう事か。単純に俺がお前の動きに慣れてきただけだ」
「バカな‼︎ くだらぬ戯言で誤魔化されぬぞ‼︎」
「はあ?」
どうしてクソ野郎が、こんな事でわめいているのかがわからない。
「お前……、秋臣を通して俺の記憶とか戦い方を得てるんじゃないのか?」
「それが、どうした⁉︎」
「だったら、俺が前の世界の戦場でどんな風に生きてきて戦い抜いてきたのかもわかっているはず。いちいち騒ぐな」
「ありえん‼︎ はるか昔より存在している葛城ノ剣たる我の攻撃と、低俗で品のない戦場を同じ次元で語るな‼︎」
「そうか? 俺としてはお前と戦っている方がどちらかと言えば楽なんだが……」
「ふざけるな‼︎」
「多数と戦うよりも、目の前の相手に集中できる一対一の方が誰だって楽だろ」
「我を前にして楽だと⁉︎」
…………クソ野郎は自分以外の何かと同列に言われるのが許せないらしい。
おそらく自分自身があらゆるものの上に君臨していると考えていて、それと同じくらい生き抜くや戦い抜くといった全力を尽くす行為を下に見ている感じだな。
何をどうしたらそんな偏った思考になるのか首を傾げていたが、ふと人と同じ身体を持ち人の言葉を話せても、こいつは葛城ノ剣という道具であるという事実が俺の中にストンと収まった。
特別に作られたものだと自覚していれば周りを下に見るだろうし、そもそも壊れない限りは存在し続ける奴に生き抜くや戦い抜く事を理解しろという方が無理がある。
この結論に至った事で秋臣を傷つけられた怒りは無くなっていないものの、クソ野郎のあり方に納得した俺は一つ息を吐いて怒りを自分の中へまとめていく。
…………よし、過大も過小もないそのままのクソ野郎が見える。
「貴様は、貴様は何なのだ⁉︎」
「ずいぶんと荒れているな」
「我を、この葛城ノ剣を前にして、人ごときが訳知り顔になる、何っ⁉︎」
俺は勝手に盛り上がっているクソ野郎が雑に剣を振って衝撃波を放ってこようとしたので、スッと近づき剣を持っている腕を斬り飛ばす。
「俺のいた戦場はな少しでも気を緩めたら死ぬような環境でな、目に映る全員が敵だと言って良かった。そして、そんな状況だと冷静でいられなくなった奴や流れに乗れない奴から死んでいったぞ? まあ、さっきまでの俺は無様なものだったが……」
「ならば、無様に死ね‼︎」
俺に斬り飛ばされた腕が逆再生のように戻り、クソ野郎は何事もなかったかのように斬りかかってくる。
さて、どうするか……。
骨折と腕の切断でもクソ野郎の動作に停滞がない事から、そもそも痛覚はないと考えられる。
おそらくクソ野郎の身体を細切れにしたとしても復活してくるだろう。
いくつか試して、全てダメならゴリ押しでいくか。
方針を決めた俺は、クソ野郎の剣撃を木刀でそらした。
そして体勢を崩したクソ野郎の横へ回り込み、クソ野郎の頭部を潰すつもりで木刀の連撃を叩き込む。
「ヌ、ぐおぉぉぉぉ‼︎」
「頭部が壊れても元に戻りながら反撃をしてくるか……。次は、これだな」
「ガビャッ‼︎」
さっきと同じく木刀で剣をそらしてクソ野郎の体勢を崩した後、俺は腰、肩、膝などの主な関節を砕いた。
「ギガ、ぬ、ワッ‼︎」
「損傷が全身に広がっているためか時間はかかっているが反撃してくると。…………それならだ」
「グぬっ⁉︎」
「へえ、なるほどな」
どれだけクソ野郎の身体を斬ったり壊そうが効果が薄いと判断した俺は、葛城ノ剣自体に狙いを定めると、クソ野郎は強く反応し壊れた身体を直すよりも俺から離れる事を選択した。
「いくらお前でも本体の葛城ノ剣自体を攻撃されるのは嫌みたいだな」
「ぬうう……」
「宣言しておく。これから先、俺はお前の本体を斬る事に集中する。お前が衝撃波や光を放とうとしても、その前に本体を斬る。よく考えて動けよ」
俺が言いながら剣をジッと見ると、クソ野郎は身体を軽く前傾させ俺の視線から本体を隠すように構えた。
さっきまでどんどん攻めてきたのに完全に待ちの構えになったわけだが、それでも俺のやる事に変わりはないため構えずに自然体で散歩でもする様に近づいていく。
そして俺がクソ野郎の間合いに入ると、クソ野郎は瞬時に光を発しながら斬り払いを仕掛けてくる。
光で一瞬でも俺の動きを邪魔をしつつ斬撃を当てようという事か。
まあ、無意味だ。
俺は踏み込み、腰の回転、鞭のような腕の動きを連動させ、クソ野郎の斬撃が勢いに乗る前に最速の一撃を繰り出す。
お互いの斬撃がぶつかった結果は……。
ギャリンッ‼︎
俺の斬撃がクソ野郎の斬撃を弾き飛ばした。
「バカな……」
「完璧にお前の本体である葛城ノ剣を叩っ斬れたと思ったんだがな。衝撃波を放たずに剣を覆い強化していたとは思わなかったぞ」
「うぐぅ」
「うん?」
突然、クソ野郎が呻き声をあげてガクンと膝をつく。
「よくも……」
「どうした?」
「よくも我が本体に傷をつけてくれたな‼︎」
クソ野郎はギリギリと顔を歪めながらを俺をにらむ。
葛城ノ剣の刃に小さく欠けた部分があるから、どうやら俺の斬撃はクソ野郎の強化をも斬り裂いたらしい。
「さっきのお前の斬撃が全力だったなら、もう俺には勝てんぞ。降参するなら秋臣の魂を返せ」
「降参? …………この我がか? そんな事はありえん‼︎ これ以上ないほど完膚なきまでに殺してやるから覚悟しろ‼︎」
叫んだ後、クソ野郎の気配と表情が一変し恐ろしいほど静かになった。
「スー……、ハー……、スー……、ハー……」
それまでの騒がしさが嘘みたいに動きのなくなったこの空間に、クソ野郎の深呼吸の音だけが聞こえる。
…………深呼吸?
まずい‼︎
俺は最短で集中し、音と色のない世界へ入った。
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