第22話
俺の間合いの中に入ってきた奴は、黒地に銀糸でいくつもの亀が描かれた着物を着ていて、体格は秋臣よりも少し小さいくらいか。
そして最大の特徴は顔をうねりのある長い黒髪で隠している事だな。
俺の個人的な意見だが、もし目立ちたくないという理由でこうしているなら、どう考えても逆効果になり何というか良い意味でも悪い意味でも注目を集めてしまうはずだ。
「こんにちは」
「あ、失礼しました。初めまして、こんにちは。僕は鶴見 秋臣と言います。どうぞ、よろしくお願いします」
「…………ふへぇ」
揺れる前髪の間から嬉しそうな笑い声?が聞こえてきた。
特に変わったところのない初対面でのやり取りだったと思うが、どこに嬉しくなる要素があったのか気になるな。
「私は千亀院 燈。数字の千、動物の亀、寺院の院、火へんに登るで千亀院 燈」
「丁寧にありがとうございます。それではお返しとして、鳥の鶴、見物の見、季節の秋、大臣の臣で鶴見 秋臣です」
「ふへへぇ」
また笑い声が聞こえた。
こいつの思考がよくわからないから、ここは俺から話を広げるべきか?
「ええと、千亀院さんは僕に何か用ですか?」
「あなたは強い。それはきっとものすごく……。だから、あなたを知りたい」
言い終わった瞬間、千亀院 燈の姿がフッと消え、俺の視界がグルンと動く。
俺の足に感じた衝撃、視界の端に見えた足を振り切っている千亀院 燈から考えて、俺は接近され足払いを仕掛けられたらしい。
感心しつつも、このままだと俺は後頭部から地面に落とされるので、それを防ぐために自分から身体を回転させ手と足で着地する。
「…………なかなか、面白い技ですね」
「ふへえ、やっぱりだ。私の感覚は間違ってなかった」
前髪に隠れて見えない千亀院 燈の目がギラッと光った気がしたら、千亀院 燈の掌底が俺の目の前まで迫っていた。
反射的に俺は色と音のない世界へ入り千亀院 燈の掌底を身体を引いて避けたものの、一番最初の接近時を加えると三回も間合いの内側に入り込まれた動揺で動きがぎこちなくなっている。
こういうものはできるだけ早く自分の中で消化して、いつもの自分に戻るするべきだと考えた俺は、色と音のない世界に入った状態で千亀院 燈の動きを観察していく。
◆◆◆◆◆
何回か千亀院 燈の攻撃を体感した結果、まず千亀院 燈の動きは俺よりも遅いとわかった。
それならどうして間合いの内側に入られたのかと言えば、それは千亀院 燈の動き方が原因だ。
まさか、相手の目線や意識が集中した時を感じ取って、そこから外れるように動く奴がいるとは思わなかったが、これで俺の動揺は完全に消せた。
要は対面しているのに相手から見られず意識されない状態で奇襲のような攻撃をしてくる存在だ。
それを異能力に頼らず実現しているのは驚異的だとは思うが対応策はある。
「…………どういうつもり?」
「あなたの技を破るためなので気にしないでください」
「ふへぇ、それは気になる……」
千亀院 燈は俺が自分から目線を外して地面を見始めたのに気づき、困惑して攻めてこなくなる。
俺の狙いがわからない状況で攻撃するのは危険が大きいので退くのも有りだ。
しかし、相手の狙いがわからないから戦いをやめようと考えられる奴だったら、もともと俺に襲いかかってくるはずがない。
俺の予想通り、千亀院 燈は多少慎重になっているものの、俺の間合いに入ってきた。
「ふへ……?」
「斬ったのは前髪の端だけですか。おしいですね」
「何をしたの?」
「さあ、何でしょう?」
「く……」
俺の視界と意識から外れる動きで一方的に奇襲をし続けられるはずだったのに、千亀院 燈は俺の間合いに入った瞬間、斬撃で前髪の一部を斬られた事で俺から大きく跳び退く。
よしよし、あまり俺の好みじゃないが、この戦法は使えるな。
「まさか……?」
「あ、僕が何をしているのか、もうわかったんですか?」
「あなたは私を見てない。ただ、あなたの間合いに入ってきた存在を反射的に斬っているだけ……」
「正解です。少しでも千亀院さんの動きを見ようとしたり意識したら、それを外されて奇襲される。という事は、あなたを見ずに迎撃すれば良い」
「…………」
「これは僕の間合いに入ってきた存在よりも、僕の動きの方が速くないと意味のない戦法ですけど、今のところ僕よりも速く動ける人は千亀院さんを含めていないので問題ないですね」
「どうして?」
「はい?」
「どうして何も見ないで私を攻撃できたの?」
この千亀院 燈の疑問は意外だった。
「………… 禅芭高校は異能力が現れる前の古い力、要は武術や呪術なんかを重要視していると聞いたのですが?」
「そうだけど……」
「武術において自分の攻撃できる間合いを理解するのは強くなるために必要な要素の一つです。それなら自分の間合い内の事は見えなくても把握できるべきでしょう?」
「ふへ⁉︎」
「ただでさえ武術の射程と速さは異能力や呪術なんかに負けている事が多いんですから、この程度はできないとダメだと思います」
そう、例え夜だろうと目が潰れたり耳が聞こえない状態だろうと、自分の剣が届く範囲の事をわからなければ前の世界の戦場では生き残れなかった。
「…………ふへ」
「うん?」
小技と言えば小技だが攻められた時の防御手段としては有効だったなと前の世界での戦いを思い出していたら、千亀院 燈の気配が変わった事に気づく。
「ふへへぇ、ふへふへ、ふへへへへ‼︎」
「……えっと、どうかしました?」
「やっぱりだ‼︎ 鶴見君‼︎ あなたなら私の全てを見せられる‼︎」
千亀院 燈か叫ぶと、うねりのある長い黒髪が本当に蛇のように動き出した。
当然、彼女の顔を覆っていた前髪も立ち上がっていて彼女の顔が見えるようになったのだが、俺はそれを見て無意識に一歩下がってしまう。
今まで戦意にあふれたギラギラした目は何度も見てきた。
でも、喜び、嬉しさを煮詰めたようなドロッとした目と、ニタァという音でしか表現できない笑い方の口は不気味すぎる……。
秋臣、すまん。
やばい奴を刺激したのかもしれない。
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