第16話
目を開けると俺は秋臣が眠っている空間に立っていた。
今さらながら、この空間は何なんだろうな?
夢に近かったりするのか?
…………まあ、もっと重要な事があるし考えても結論を出せないから今は良いか。
「秋臣、起きてるか?」
俺が秋臣へ問いかけると前よりも黒さがほんの少しだけ薄くなった空間が揺れた。
今の空間の色はものすごく濃い焦茶色といったところで、この空間の色が秋臣の精神状態を表すなら、あの黒い粘液のような時から比べると少し良くなったという事だろう。
龍造寺の婚約者である佐木疋の言葉で昔の嫌な記憶を強く思い出したはずだから、もしかしたらまたひどい状態になっているかもしれないと思っていただけ安心した。
このまま秋臣の精神が持ち直していけば、秋臣の本来の色を見れる日も遠くはないのかもな。
俺はそんな事を考えながら秋臣のもとへと歩いていく。
◆◆◆◆◆
秋臣の寝ている場所に着くと、前との違いに気づいた。
前にこの空間で秋臣を見た時は膝を抱えて眠っていたが、今の寝姿はごく普通の自然体だ。
今の眠っている秋臣がベッドに寝ていても、全く違和感はない。
俺は秋臣の隣に座り頭を撫でた後に秋臣の顔を見る。
よし、穏やかな寝顔だな。
「…………うん?」
秋臣の寝顔をじっくり見ていると、秋臣から恥ずかしいからあまり見ないでほしいという意思が伝わってくる。
ほうほう、そういう事を想えるようになったのか。
「これは守る側の特権みたいなものだ。寝顔を見られるのが嫌なら早く起きるんだな」
俺がからかい混じりに言うと秋臣は穏やかな寝顔をやや不満げな顔にする。
よしよし、表情も変化するようになってるな。
これなら、これから話そうとしている事も大丈夫だろう。
「秋臣、大事な話があるんだが良いか?」
秋臣は俺の言葉に込めたものを感づいたのか、ピンッと張り詰めた雰囲気になる。
「秋臣も佐木疋の話を聞いていたからわかっていると思う。どうやら俺が悪目立ちをしすぎてあいつらに目をつけられたようだ。本来ならあいつらとは、お前がもっとゆっくり時間をかけて立ち直った後に対面してほしかったが、俺の考えなしの行動のせいで近々出くわす可能性が高まってしまった。すまん……」
俺の謝罪を聞いた秋臣は、少し迷った後に気にしなくても良いという意思が伝わってきた。
「……悪いな。まあ、それで本題だ。あいつらが秋臣へしてきた事を考えると本当にムカつくが、俺からあいつらへ攻め込むつもりはない。ないが、あいつらからケンカを売ってきたら買って叩き潰そうとは思っている。それは構わないか?」
…………秋臣から返事がこない。
いや、できないと言った方が正しいか?
どんな関係にしろ身内を叩き潰すと言われて、すぐに結論を出せるわけがない。
しかも俺が秋臣とは完全に一蓮托生の存在と言っても鶴見家とは何の関係もない上に、秋臣の身体と能力を使って鶴見家の人間を倒すと言っているのだから、なおさら迷うはずだ。
今は秋臣が結論を出すのを待つとしよう。
◆◆◆◆◆
しばらく待つと俺越しとはいえ、あいつらと対面する覚悟を決めた秋臣から俺の好きにして構わないという意思が伝わってきた。
「わかった。秋臣がそれで良いなら俺の好きにしてさせてもらう。そうだな……、骨折はさせるだろうが殺しはしない。降参するなら見逃す。この二つは約束する」
俺の宣言に秋臣はホッとした顔になる。
……秋臣の優しさは間違いなく良いところだが、性格はまったく戦いに向いていない。
戦場に生きて戦場で死んだ俺が言う事じゃないけれど、武門の家柄じゃないもっと普通の家庭に生まれていれば、きっと今も笑えていたはずなんだ。
俺はかすかに震えている秋臣の手を握り、少しでも落ち着くように頭を撫でる。
秋臣、俺がお前の身体で戦えているという事は、お前も自分の身体を完全に使いこなせれば絶対に強くなれるという事だ。
ここで眠りながらでも良いから、あいつらと俺の戦い方を感じろ。
俺の息づかい、身体の動かし方、戦況の見極め方、そういったものを体感すれば、それは必ずお前の財産になる。
お前がいつの日か守りたいものを守れる強者になるのを待っているぞ。
◆◆◆◆◆
目が覚めると、もちろん寮の秋臣の部屋のベッドの上でチラッと時計を見ると数時間経っていてすでに夕方になっていた。
秋臣の頭を撫でた感触と手を握った感触が残る両手を見つめる。
そして、ある事に気づきベッドの端に座り目を閉じた。
「これは…………今までより感覚が鋭くなっているな」
秋臣と話す前よりも遠くの小さな音がわかり、秋臣と話す前よりも空気の流れを肌で感じる。
おそらく俺と秋臣の意思が、あいつらと戦うという同じ方向に向いたため身体が活性化しているのだろう。
今なら前以上の動きができるかもしれないと思い、俺は部屋を出て訓練場へと足を進めた。
◆◆◆◆◆
訓練場に着くと、そこで鍛錬をしていたもの達が俺をギョッとした顔で見てくる。
何にそんなに驚いているのかわからないしどうでも良いため、俺は訓練場の隅へ行き黒い木刀を出現させ握り構えた。
そして自分が前の世界の戦場にいる事を想像する。
俺を囲む無数の敵、その手に握られている剣や槍、血臭に土煙が合わさった戦場の臭い……。
仮想の敵がいっせいに襲いかかってくるが、どれも俺には届かない。
なぜなら俺は敵の攻撃やつかみかかってくるのを全て避け、逆に敵の身体も敵の武器も敵の鎧も敵の盾も全て例外なく切り伏せているからだ。
ははは……、敵の陣形もコンビネーションも無意味なものにする、システィーゾと戦った時以上の前の世界での動きができる。
ゴウッ!
パキンッ!
俺が仮想の戦闘に没頭していると突然俺に向かってくる熱気と冷気を感じたため、そちらに見ると炎と氷の弾丸がいくつも飛んできていた。
視界を埋め尽くす数の弾幕だが今の俺には問題ない。
仮想の敵と同じく全てを切り捨てていった。
「……ふう」
最後の弾丸を切り捨てた後、一息つき弾丸を放ってきた奴らを見ると、システィーゾと鈴 麗華が唖然としていて二人の後ろにいる生徒会の連中と龍造寺の婚約者である佐木疋も顔を引きつらせていた。
「システィーゾ、鈴先輩、鍛錬中にいきなり攻撃してくるのは卑怯ですね」
「お前……、本当に鶴見か?」
「そうですが、どうかしましたか?」
「数時間前とは動きがまるで違うじゃない……。鶴見君、いったいあなたに何が起こったの?」
「学園に戻る前に言った通り精神を研ぎ澄ませた結果ですよ」
俺が言った事は素直に受け入れられなかったようで、訓練場が絶対に嘘だという雰囲気に包まれる。
まあ、実際に俺と秋臣の関係を知らないからそう思うのも無理はない。
その後も何か追及されるかと思ったが、特に何も言われないので俺は今の自分にできる動きの確認に戻った。
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