第6話
俺も玄坐もどきも構えたまま相手の些細な動きを見逃さないようにジッと見る。
明らかにガンガン攻めてきそうな雰囲気をしているのに、まずは俺を見定めようとしてくるのは少し意外だな。
まあ、俺も本当なら自分から攻める質だかららしくない事をしているのはお互い様か。
…………この空間にどれくらい入れるのかわからないから、このこう着状態はあまり良くない。
俺からきっかけを作るとして、これにはどう反応する?
「うおっと……」
俺が体重を前にかけた瞬間、玄坐が踏み込んで俺の目の前へ一気に近づき巨大な木刀を振り下ろしてきたため、俺は倒れるように横へ避けた。
ガギンッ‼︎
「隙と判断したら襲いかかり、放つのは全くちゅうちょのない一撃。肉食獣の戦い方だな」
あの筋肉はこけおどしではなく力もある。
踏み込みから木刀を振り下ろすまでの動きに無駄がなかったから技もあり、おまけに速さも十分。
さすが武術で有名な鶴見家の当主だけはあるが、俺はあえて近づいてある距離で立ち止まる。
秋臣の作り出した玄坐もどきは俺の狙いがわからず困惑していた。
まあ、俺が玄坐もどきの持つ木刀から考えた玄坐もどきの最も得意な距離にいるから当然だな。
普通、自分から不利になるような事はしないが今の俺にはこれぐらいのハンデがちょうど良い。
「どうした? 来ないのか? これぐらいがお前の得意な間合いだろ?」
玄坐もどきは俺の挑発を受けても動かないと決めたようだ。
「俺がわざわざお前の得意な間合いにいる理由がわからないか、罠だと警戒したようだが説明してやる。お前程度ならお前に有利な状況でも俺が勝てるからだ」
俺の宣言を聞いて玄坐もどきは唖然とした後、憤怒で顔が赤くなりゴリゴリ歯を食いしばる音が聞こえる。
その様子を見にした俺は構えを解き木刀を持った右手をダラッと下げ、左手をクイクイッと動かして玄坐もどきにさっさと来いと挑発する。
ドンッ‼︎
玄坐もどきが、さっき以上の速さで踏み込んできて今にも木刀を振り下ろそうとしていた。
ガガガンッ‼︎
玄坐もどきは俺の三連撃を受けて倒れたが、自分が攻撃している時にどうして倒れてしまったのか理解できないらしい。
「その様子だと何もわかってないみたいだな。俺はお前が木刀を振り下ろしてくる前に全身を動かして右手を加速して、まずお前の左脇腹を叩き、次に切り返しで右脇腹を叩き、最後に頭部を木刀で殴っただけだ」
ははは、玄坐もどきが信じられないという顔をしているな。
前の世界で傭兵をやってた時のほんの少し失敗したら死ぬような乱戦や殿戦に比べたら、馬鹿正直に正面だけから来る一撃は避けてくださいと言っているようなものだ。
しかも、今の俺は前の身体だから秋臣の身体で戦った時よりも速く動ける。
…………いや、重要なのは俺の事じゃないか。
「秋臣」
玄坐もどきが倒れているのを見ながら秋臣へ呼びかけると、奥底で眠っている秋臣から困惑の感情が伝わってくる。
「俺がお前の記憶にある玄坐もどきを倒したのが不思議なようだが、これは単純に俺の方が強かっただけだ」
秋臣の絶望で暗くなっていた空間が少し明るくなった。
「前の世界で死んで秋臣と出会った俺が言うのは説得力に欠けるかもしれない。だが、俺はだいたいの奴に勝てるくらいには強い。おそらく実際の玄坐にも勝てるくらいに強い」
また少し空間が明るくなった。
「そんな俺が秋臣の身体を守っている。絶対にお前の眠りを邪魔させない。だから、いつかお前がこの奥底から出てくる時まで何も心配せず寝てろ」
できるだけ単純に俺は秋臣を守りそばにいると伝えた。
これで秋臣が安心してくれると良いんだがな。
…………ははは、前の世界の戦場で何度も味わった命の危険よりも、秋臣の返事を待つこの時間の方が怖くて笑えてくる。
◆◆◆◆◆
玄坐もどきを一瞬で倒せる強さを示したから大丈夫だとなんとか必死に自分へ言い聞かせていたが、いくら待っても変化は起きず、俺の言葉じゃダメだったかと諦めかけた。
だが、唐突に目の前に倒れていた玄坐もどきが溶けるように消えていき、空間の明るさや粘度が一番初めにこの空間に来た時のように戻っていく。
俺は、これがどういう事か察して何もなくなった空間を進み秋臣のもとへと急いだ。
◆◆◆◆◆
しばらく歩くと秋臣が膝を抱えながら寝ている場所に出たので、俺は秋臣のそばに座り寝顔を確認する。
……よし、ごく普通の穏やかな寝顔だな。
「秋臣、またお前に会えて嬉しいぞ」
俺の言葉が伝わった事に安心し、俺は秋臣の頭を撫でるとフッと意識が上に引っ張られる感じがした。
◆◆◆◆◆
気がつくと俺はベンチに座っていた。
奥底で眠る秋臣の感情の乱れも感じない。
最悪の事態にならなかった事を心の底から安心していると、俺の方に数人の足音が近づいてくるのに気づく。
「ここにいたか愚物」
顔を上げ足音の主を確認したら五人の学園生徒が立っていて、その全員が秋臣の記憶にあった。
こいつら鶴見家の下っ端か。
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