第27話
真剣な顔で木刀を構えている秋臣と、細かく身体を揺らしながら今にも仕掛けてきそうな才歪がにらみ合っている中、俺はひたすら深く呼吸をし集中力を高めていた。
ただし、この集中にはどこか陰りがある事を自覚している。
原因はもちろん動向のわかっていない異能力図鑑のせいだ。
『すー……、はー……、すー……、はー……。チッ』
『今のところ我に把握できる範囲で異常はない。余計な事は考えるな。主人もだ』
『すー……、はー……、すー……、はー……、おう』
『わかっています』
確かに今の俺達は目の前にいる才歪への迎撃を成功させなければあとがない。
『秋臣、俺に命を預けられるか?』
『今さらです。僕が一度死んだ時から預けてますし、それを不安に思った事もありません』
『ありがとな。それなら、もう何も言わない。全身全霊をかけて俺の指示についてこいよ』
『はい、頼りにしてます』
秋臣のその言葉を最後に俺達は黙った。
辺りには才歪が着ている古いドレスの衣擦れの音しかしておらず空気も張り詰めている。
打撃主体の相手の戦闘で、ここまで緊迫する状況がこの世界にあるとは思わなかったな。
俺は内心で苦笑してから全ての雑念を消し、鈍っている全感覚を才歪へ向けた。
まだ動かない。
まだ動かない。
あ……いや、まだ動かない。
まだ動かない。
まだ動か……。
『右二歩‼︎ 左へ三歩‼︎』
ボボ、ボンッ‼︎
俺が指示して秋臣が動いた瞬間、才歪の左手が消えて二発の破裂音が小さくなった後、今度は右手が消えて大きな爆発音が響いた。
伸びる突きだけでも厄介なものなのに、それが消える突きなったわけだから神経を使う。
まあ、逆を言えば今の鈍っている俺でも神経をすり減らせば先読みできているから最悪ではないか。
お、自分の攻撃をまた避けられたために才歪の表情が厳しくなって身体の揺れが大きくなったな。
…………ここが分水嶺と考えても良いかもしれない。
『秋臣、近づけ』
『え⁉︎』
『ま、待て‼︎ 主人を危険にさらすのは承知できん‼︎』
『それなら攻めずに避け続ける気か?』
『う……』
『それは……』
『攻撃の間合いは才歪の方が長い。異能力図鑑の行方もわからない。俺達から簡単には攻撃できない。時間が経てば経つほど、俺達の方が不利になっていくのはわかるだろ? 強引にでも天秤を俺達の方へ傾けないとダメなんだよ。秋臣、葛城ノ剣、死地へ踏み込む覚悟を決めろ』
『『…………』』
二人は俺の説明に反論できず黙り込んだ。
このまま秋臣が動かない時は、どうにかして俺が表に出るしかないなと別の意味での覚悟を決めていたら、秋臣がためらいつつも木刀を構えたまま一歩踏み出し葛城ノ剣もそれを止めなかった。
圧倒的に不利な状況でさらに不利を重ねた事が意外だったのか、才歪の表情がこちらの狙いを探るものに変わっている。
まさか特攻に近い事をしようとしているとは、すぐには思いつかないだろうな。
秋臣が一歩進む、才歪は動かない。
さらに秋臣が一歩進む、才歪は動かない。
さらに秋臣がもう一歩進む、才歪は動かないものの表情が真顔に変わった。
さ。
『右斜め前跳べ‼︎ 低く伏せろ‼︎ 低くしたまま前へ走れ‼︎』
『うわあああ‼︎』
『叫ぶのは良いが叫びすぎて呼吸を乱すな‼︎ 動きが鈍った時が終わりだ‼︎ 走り続けろ‼︎』
『はいぃぃ‼︎』
『左斜め前、そのまま左へ‼︎ 右足を軸に身体を半転身体、次は右斜め前だ‼︎』
『おい、このままだと主人があのものの攻撃に捕らえられるぞ‼︎ なぜ我の異能力を使わない⁉︎』
『今使ってもそこまで効果的じゃない‼︎ 木刀を顔の前に立てろ‼︎ 木刀を消しながら前へ跳び込め‼︎』
才歪との間合いが近づくにつれて、確実に才歪の消える突きを避けるのが難しくなっているため、木刀を壁として使い一瞬の時間を稼ぐ。
秋臣の様子は必死ではあるがまだ限界ではないな。
よし、続行だ。
◆◆◆◆◆
何度も才歪の消える突きを避け、時にかすって秋臣の毛先や服の端が弾け、時に木刀を砕かせながらも、どうにか才歪との間合いを半分ほどまで潰せた。
『はあ、はあ、はあ、はあ、ここ、まで、これ、まし、たね』
『そうだな。だが、ある意味ここが一番重要だ。ここで才歪が俺達と距離を取るか、あの場所で止まるのか、それとも俺達へ向かってくるかで今後の展開がまるで変わる』
『おそらく主人へ近づいてくるか?』
『俺も同感だ……と言いたいところだが正直に言ってわからない』
『でも、僕、達は、進む、しか、あり、ません、よね?』
『その通りだ。余計な雑念は捨てて俺と秋臣は全力で才歪を倒す。葛城ノ剣、他は任せるぞ』
『もちろんだ‼︎ 存分にやれ‼︎』
改めて俺達が気合いを入れ直した後、秋臣は足を進めていく。
そして、そんな秋臣を見て才歪が取った選択は、攻撃の停止と秋臣への接近だった。
『真顔のままゆっくりと近づいてくるが、俺達を倒すか殺すという明確な意志を見せているな』
『いや、あのもの達は主人を見極めようとしていたから、より近くで主人を観察する気かもしれないぞ』
『…………まあ、どちらにしろ俺達のやる事に変わりはない。それよりもだ、秋臣、俺と呼吸を合わせろ』
『え?』
『ここからは今までよりも距離が近い分、展開が数段早くなるはずだ。お前が俺の力を発揮しやすくして生き残る確率を上げるぞ』
『わかりました。いつでも構いません』
『三二一で始める。三、二、一』
『『すー……、はー……、すー……、はー……』』
『ふはっ‼︎ 見事なものだ‼︎』
俺と秋臣の呼吸を合わせて様子を見て葛城ノ剣が興奮していても、才歪の歩みは止まらない。
多少なりとも秋臣の雰囲気が変わっているのに、どういうつもりだ?
今の秋臣なら接近戦でも圧倒できると考えているのか?
俺は不信に思いながら、じっと観察していたら才歪の重心がほんの少しだけブレた。
『左‼︎』
『はい‼︎』
『しゃがめ‼︎』
『はい‼︎』
『右に転がり、左後ろへ跳べ‼︎』
『は、い‼︎』
よしよし、身体と感覚を共有している俺達が呼吸を合わせた事で、秋臣の反応はさらに良くなったな。
秋臣が表に出てから最も短い距離の間合いで、才歪の伸びる手でのひっかけやつかみを避けられているから問題はない。
『み』
『う‼︎ 今のは危なかったですね……』
秋臣が俺の右と言い始めると同時に右へと避けたのは偶然か?
『し』
『はい‼︎』
『と』
『はい‼︎』
ああ、これは偶然じゃないな。
秋臣は今の俺の思考と反射に追いつきつつある。
油断は全くできないが、この状態を保てるとすれば生き残る芽どころか才歪に勝てる可能性すら出てきたぞ。
…………それなら俺の役割は決まった。
『つ』
『はい‼︎ え?』
俺の突きという指示に反応して秋臣が突きの構えになると、才歪はピタッと攻めをやめて秋臣へ不愉快だという視線を向けてくる。
『え? なんで? あれ?』
『秋臣、落ち着け。それと俺に合わせて呼吸をしろ』
『え? あ、はい……』
『三、二、一』
『『すー……、はー……、すー……、はー……』』
『よし、そのまま呼吸を続けるんだ。今のお前はものすごく良い状態ではあるが、逆に言えばアクセルを全力で踏み込んでいる状態でもある』
『すー……、はー……、すー……、はー……、僕は、あとどれくらい動けますか?』
『俺が秋臣のエンジンが焼け付いて動けなくなるのを防ぐ意味でも適度にブレーキをかけていくから安心しろ。秋臣は感じるままに動いて良いぞ』
『良いんですか? 僕は、その、まともに戦った事がほぼないです……』
あれだけ気分の乗っていた秋臣の表情が曇った。
いろいろ俺を通して経験はしても、吹っ切る事はできていないか。
『秋臣、重要なのは今やれるかどうかだ。それに何度も言うが俺達は三人だぞ? 今の秋臣に足りないところは俺と葛城ノ剣が補うから好きに動けば良い』
『あ、ありがとうございます‼︎』
『ふむ、それならば主人の集中を妨げないためにも、我の役割である周囲の警戒に注力するとしよう』
秋臣が気を取り直したのを確信したので意識を才歪に移すと、才歪は不愉快そうな表情のまま何かを考えている様子だった。
さっきは俺達へ近づいてきたが今度はどうだ?
おそらく秋臣の戦闘力が才歪の想定を大きく上回っているとすれば、何かしら新しい攻め方をしてくるはず。
パッと思いつくのは隠れているだろう異能力図鑑との連携だが、俺から見ている限り才歪が異能力図鑑と連絡を取り合っている感じはない。
まあ、異能力図鑑なら俺達みたいに物理的じゃない通話手段を持っていてもおかしくないか。
俺は秋臣が戦い慣れてきたからこそできた意識の余力を聴覚に集中させた。
要は視覚で才歪へ対応して、いつきてもおかしくない異能力図鑑の奇襲へは聴覚で反応しようというわけだな。
…………うん? 才歪が再び構えた?
今までと同じなら秋臣に自力で対応されるだけなのに、って、ちょっと待て、このよく聞き取れないが微かに鳴っている音は何だ?
『葛城ノ剣、俺達の周りで何が起きている⁉︎』
『主人、今すぐ後ろへ跳べ‼︎ そして止まるな⁉︎』
『は、はい‼︎』
後退した秋臣の視界を何本もの光線が一瞬埋め尽くして消え、その次の瞬間、才歪の全力の伸びる突きが繰り出され寸前まで秋臣がいた場所を爆砕した。
チッ、そういう事かよ。
さっきまでは才歪が俺達を攻撃して隠れている異能力図鑑が奇襲をするつもりだったのが、連携を変えやがったな。
『秋臣、異能力図鑑と才歪は攻め方を変えたぞ。多彩な手札を持つ異能力図鑑が俺達を攻め立てて隙を作り、才歪の一撃で決める気だ‼︎』
『ぼ、僕はどうすれば⁉︎』
『葛城ノ剣が言った通り止まるな‼︎ あといつでも異能力を消す光を放てるようにしておけ‼︎』
『はいーー‼︎』
『葛城ノ剣、周りの警戒は俺が変わる。お前は秋臣の進行方向を確認する事だけに集中しろ‼︎』
『く……、このまま状況の変化が激しくなるなら、我では把握しきれなくなるか……』
葛城ノ剣の苦々しい声が聞こえてきたが、それと同じくらいの才歪も顔をしかめている。
たぶん、独力で俺達を倒したかったのだろうが、てめえの一撃は十分厄介だという事を自覚しやがれ‼︎
俺は異能力図鑑と才歪の攻勢にイラつきつつも、細かく秋臣へ指示を出しながらタイミングを測っていく。
今ならいけるか?
いや、異能力図鑑の位置がつかめていないから中途半端な結果になりかねない……。
とは言えだ……。
『ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア……』
このままただ避け続けるだけだと秋臣の消耗が大きすぎるし、何より俺達の方から攻めないと勝てる可能性がどんどん無くなっていく。
『秋臣、葛城ノ剣、賭けに出るぞ』
『ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア……、わか、り、まし、た……』
『無意味とも無謀とも言えん。致し方あるまい……』
『できるだけ見極めるから少し待て』
『『…………』』
秋臣と葛城ノ剣は俺の狙いを察して必死に現状維持をしてくれた。
ここまでやってもらえているなら外すわけにはいかない。
俺は両頬を強く叩いた後、秋臣に才歪の方へ向かうよう指示する。
そして、俺達の行動に片眉をピクッと動かして反応した才歪が全力の突きを繰り出そうとし、それと同時に異能力図鑑が俺達に向けて光線を放とうとした瞬間に、俺は叫ぶ。
『秋臣、光らせろ‼︎』
『はい‼︎』
秋臣の持つ葛城ノ剣の剣身が強烈な光を発した。
この狙いは三つあり、まず一時的にでも異能力図鑑からの異能力の遠距離攻撃を無効化する事。
次に異能力図鑑の隠蔽を破り位置を特定する事。
そして一番重要なのは、強烈な光で異能力図鑑と才歪の視界を奪う事だ。
異能力図鑑と才歪は俺達を警戒し倒そうとしている俺達を凝視していただろう。
そんな中で突然俺達から強烈な光が放たれれば目が焼けて俺達の位置を見失い、絶好の反撃のチャンスとなる…………はずだった。
『ぐぶ……』
秋臣の右脇腹を才歪の突きがえぐり、秋臣は吐血しながら路面に転がった。
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